婚約者は見た!





 ローザリアの首都、クリスタルシティ。その奥にあるクリスタルパレスには、ローザリアの皇太子ナイトハルトがいる。
 どう考えても一般人であるグレイ達には全く縁の無い場所なのだが、ディアナの希望でそこに行く事になった。彼女は最近滅ぼされたイスマス城の領主の娘で、ナイトハルトとの面識もある。彼女が居ればクリスタルパレスに入れてくれるだろう、という事なので興味本位で行く事にした。彼女はナイトハルトの婚約者で、アルベルトを逃がした件から恐らく自分が死んでいると思われているかもしれない、一度ちゃんと面会しようと思う、との事なので、ジャミルやミリアムが大いに賛同したという事もある。クローディアだけは非常に面倒そうな顔をしていたが、珍しいものが見れるかもしれないという事で渋々ながらもついてきた。
 が。
「私はイスマス城主ルドルフの娘、ディアナ。ナイトハルト殿下にお目通り願いたい。」
「…ディ、ディアナ様!?いいいいい生きておられたのですか!?」
 門番の異常なまでの狼狽に、グレイ達は首を傾げる。ディアナが死んでいたものと話が伝わっていたからなのか、それにしても雰囲気が微妙に違う気がする。どうも幽霊というよりはサルーインにでも遭遇したかのような驚き方だ。
「ええ。既にアルベルトから聞き及んでいると思いますが、その件で一度殿下に報告しておこうと思いまして。」
「あああいいいいいえいえディアナ様!その件については既にナイトハルト殿下はご存知で!!」
「それでも一度謁見を願いたいのです。イスマス城陥落で既に反故になってしまったかもしれませんが、私は殿下の婚約者ですから。」
「…その…お気持ちは分かりますが…それが…」
 どうも門番の歯切れが悪い。話に口を挟むのはマナー違反だとは思いつつも、グレイは探りを入れてみる。
「まるで、今ディアナに来られては困るという雰囲気だな。」
「!!!!!!ぶ、ぶ、無礼者!!そのような事は決して…」
「じゃあ何でディアナを入れないんだよ?」
 ジャミルまで詰め寄ってきて問い詰める。どうやら本当に何か隠しているようだが、それが何なのかは流石に分からない。ただ、この門番は基本的に押しが弱く、ディアナに続いてグレイやらジャミルやらの視線を受けてあっさり通してしまった。
 ぞろぞろと何とか中に入った一行だが、どうにも門番の対応が腑に落ちなかった。




 滅多に入れないクリスタルパレスに大喜びのジャミルとミリアム、そして早々に煌びやかな内装が鬱陶しくなってじっとしている事を選択したグレイとクローディアを置いて、ディアナは一人でナイトハルトに会ってくる事にした。その間グレイ達は入り口の開けたところで適当に待っている事にしたが、ふとクローディアが周囲をきょろきょろ見回しているのに気付き、グレイが声を掛けた。
「落ち着かないのか。」
 声を掛けられたクローディアは少しの間沈黙していたが、やがて吐き捨てるように答えた。
「ええ。何だかここは、作られた感じが強くて、あまり良い気分じゃないわ。」
 森の奥で育ったクローディアにとっては、普通の人間から見てパッとしないメルビルですら騒々しいと評するくらいだ。この煌びやかな宮殿は肌に合わないのだろう。
「ここは特に栄えているからな。そもそも王宮というのは程度の差こそあれ、大体は豪華に設えて権力を誇示するものだ。」
「私も、こういう所で生きなければならないのかしら?」
 そう呟くクローディアの顔は暗く沈んでいる。最近知った彼女の出生の秘密。それは恐らく、ただの一人の人間でありたいクローディアには重荷でしかないだろう。恐らく大抵の人々が望んでもなれないものであるが、王族というものが憧れだけでやっていけるほど簡単でない事はかつてバファルの帝国兵だったグレイも大体分かっている。ましてや、森の奥に引っ込んでて世間知らず、そして人嫌いのクローディアにとっては苦痛でしかない。それが今の彼女の最大の悩みでもある。
「それはお前が決める事だ。皇女に戻るのも、森の番人のままである事も、全く別の生き方をするも、お前にしか決められない。他の誰かが与えてくれるのは選択肢だけだ。」
「皆は皇女が戻ってくる事を期待しているわ。なのに私は、好きに生きてもいいの?」
 正確には皆、というわけではない。クローディアがいなければ、と思う貴族達も多い。筆頭がローバーン公だろう。けれど民衆は、行方不明の皇女が戻ってくれば大喜びするだろう。後継ぎが無く王が病気になっただけで大騒ぎする不安定なバファルが安定し、家臣達も安心するだろう。
 だが、それは決定要因とはなり得ない。
「それも選択の一つだ。大勢の期待を受けるか、裏切って自由に生きるか、だ。最後に決める元になるのは、己の意思一つだ。」
「だが、それが許されない人間も居る。」
 突如会話に割り込んできた低い男の声。感情が篭らない淡々としたその声に振り向くと、そこには黒い鎧に身を包んだ若い男がこちらに歩み寄っていた。周囲の視線を浴びながら、堂々とした佇まいを見せる。
「国のための奴隷として国に尽くす者。それが王族だ。王族に生まれた者は、生まれながらにして自由を奪われている。決してその重責から逃れる事は出来ない。」
 不敵に笑うその男、容貌から彼こそが名君と称えられる皇太子ナイトハルトである。彼の射抜くような視線はクローディアに向けられ、彼女はその不躾さと不快さに顔を顰める。
「バファル皇女、クローディア。あなたにはその義務がある。」
「…あなたには関係無いことだわ。」
 冷たく跳ね除けるクローディアは、しかし己の身を抱き締め不快な気分に耐えようとしている。ナイトハルトの事を知っているのかどうか、それはグレイには分からない。彼女の場合、本能でナイトハルトを拒絶しているようにも思える。
「あります。私もあなたも同じ王族。しかも対立している国同士の…全くの無関係とは思えません。あなたが皇女に戻った暁には、我々の婚姻によって同盟を結ぶ事も考えられます。」
「止めて!」
 震える声で激昂するクローディアに、ナイトハルトは歯牙にもかけず歩み寄る。が、横で成り行きを見守っていたグレイが、彼らの間に鞘ごと刀を差し入れ黒い悪魔の侵攻を遮った。途端に沸き起こる悲鳴と非難の声。周りにいた兵士達が駆け寄ってくるところをナイトハルト自身が手で制した。グレイの顔をまじまじと眺め、ナイトハルトはニヤリと笑う。
「…グレイ、だったな?君の噂はいろいろと聞いている。」
 いろいろ、という所にアクセントを置いて頷くナイトハルトに、グレイはあからさまに不快な視線を返す。
「権力に媚びず己の価値判断で動く冒険者…それが何故バファルの皇女様に付き従う?」
「仕事だ。」
 素っ気無く返すグレイの言葉に、一瞬クローディアは顔を強張らせる。それが何を意味するのか、彼女と正面から相対しているナイトハルトは気付いていたが、それについては問わなかった。彼にとってそんな事は意味が無い。
 黒き皇太子は跪きクローディアの手を取る。急な事に驚いて手を引こうとしたクローディアだが、思いのほか強く握られていて離せない。
「離して。」
「皇女への最低限の礼儀のつもりだが。」
「おい。」
 クローディアの細い手に唇を落とそうとしたナイトハルトに、グレイが声を掛ける。邪魔されて気分を悪くしたものの表面上は冷静さを保ちながら顔を上げる。
「何かな?」
「二匹の龍に注意しておけ。」
「は…?」
 グレイの謎の言葉に、ナイトハルトは初めて困惑した顔を見せた。そして周囲でどよめく気配を感じ立ち上がった。
 途端にぞく、と凄まじい殺気を背後から感じた。ここまで自分を恐れさせるとは、とある意味感嘆しながらその気配の主の姿を見咎め…
「……ディアナ…。」
「お久しぶりです、ナイトハルト殿下。壮健そうで何よりです。」
 笑顔を見せ近づいてくるディアナ、しかし彼女の目は全く笑ってない。しかも皇太子の面前だというのに手に持っているのは槍。更に彼女の言葉が完全に棒読みになっている。
「随分お盛んに動いていらしたそうですね。最近ではタラール族の娘を連れ込んだとか。」
「いや、それはガレサステップの支配のために…分かるだろうディアナ!」
「ええ、殿下が野心的な人物である事は良くご存知です。そして今、バファルの皇女をも誑し込もうとしているのも、広大なバファル帝国を手に入れるためですよね。」
「う、うむ流石我が未来の妻!私の事を良く分かっている!」
 ディアナの殺気は収まるどころか増すばかり。ナイトハルトは既にクローディアに構うどころではなく、目の前の武神相手にすっかり萎縮してしまっている。余程ディアナが怖いのだろう。既にクローディアもグレイも、ナイトハルトから完全に離れてしまっている。周りの兵士達も相手がディアナという事でいまいち踏み切れないでいる。
「あら、私との婚姻はまだ有効なのですね?光栄です。」
「ちなみにディアナ、非常に核心突いた質問をしたいのだが。」
「何なりと。」
「うむ、何故お前はそんなに怒り狂っているのか、具体的に理由を言ってほしいのだが。」
 ここまで来ると時間稼ぎをしているようにしか見えない。無論、己の死を先延ばしにする為だけの小細工にもならない悪あがき。ディアナに隙は全く無い。
「タラール族の娘、バファルの皇女。彼女らを手に入れる事でローザリアの発展を願ったのは承知しております。ですが、族長や皇帝に何の話も通さずいきなり娘たちに手を出すのは、外交として間違っていると思いますが。」
「そ、それはだな、交渉する段取りはあったのだが、先に彼女達と接触する機会があってな、それで…」
「しかも16歳の少女を娶って、当然のように契りを交わすつもりだったとか。」
「ん?いや待て。それは初耳…」
「その上私が居なくなった事で、婚約者不在をいい事に各国の有力貴族の娘たちをご自分のものにした挙句ハーレムを作る予定だったとか。」
「そんな話も私はした覚えが…」
「ですから、今更生きて現れた私が厄介になったのですね。門番に追い返されかけた理由が分かりました。」
「確かにお前が今来ると色々大変だったので門番にはそう命令したが…」
「…野心とかそれ以前に、あなたは最低です、殿下。」
「だからそれはごか…」
 聞く耳持たないディアナの素早い構えから放たれた双龍でナイトハルトは気絶し、挙句一部始終を聞いていた女性達が眉を顰めて侮蔑の視線を送っていた。
「…ウハンジと同レベルだな。」
「あんな人と関わらなければならないのなら、私は絶対皇女になんて戻りたくないわ。」
「それもまた、お前の自由だ。」
 冷ややかに見つめるグレイとクローディアの視線の先には、ディアナにボロボロにされた皇太子の無残な姿があった。




 その後グレイ達は顔も隠さず堂々とクリスタルシティをうろうろしていたが、全く追われる事も捕まる事も無かったため、ナイトハルトがどうなったかは知ることは無かった。
 ただ、ディアナが話を聞いたのはナイトハルト周りの女官たちであり、彼女達の勝手な解釈が含まれていた事だけは、ディアナの知らない純然たる事実である。


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最初シリアスと見せかけてナイトハルト無残なギャグ。まあタイトルが全然シリアスでないのでバレバレだと思いますが。
実際ナイトハルトがディアナをどう思っていたのかは謎ですが、それなりにディアナ自身に魅力があったんじゃないかと思います。ディアナって自分で自分の身を守るどころか一軍率いていけるくらいに強いし、政治的な目もあるように思えるので王妃としては非常に優秀なんじゃないかと。
ただこの話では、ナイトハルトが何故ディアナを入れないようにしたのかはぼかしてます。理由は色々考えたのですが、どれにするか決まらなかったので結局こんな形です。一応提案としては、
・ハーレムはともかく浮気はしていたので入れたくなかった。
・既にアルベルトの報告で死んだものと思っていたため、葬式まで盛大にやった後で生きているという情報が手に入り、自室の墓を片付けるまで入れないようにしておいた。
・ディアナの幽霊が来るかもしれないと思い怖がっていた。部屋に変なお札とかがある。
など、まあ全部アホです。
そして微妙なところでグレクロ主張する。

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