迷いの森はクローディアにとって故郷だった。
生まれは分からない、自分の本当の親も分からない。けれど、自分を育ててくれたオウルや、自分を見守り支えてくれた動物達が居た。それだけでクローディアには十分だった。ちょっと人間たちが大勢いる町に遊びに行っても、迷いの森と言う帰る場所があるから不安も何も無かった。
けれど、オウルが死んで、自分の出生について聞かされてから、迷いの森は帰るべき場所ではなくなっていた。森全体から感じる違和感、それは自分に、あるべき場所に帰れと告げられているようだった。一緒にいた仲間のシルベンとブラウも森に残り、別れの意志を露にした。
もう、迷いの森には帰れない。けれど、自分の帰るべき場所は何処なのか?自分が生まれた帝国に戻れという事か、それとも他に道があるのか。何も、分からない。
森を出るその時に振り返り、緑が生い茂る森を眺める。それまでは当然あるものとして存在していたものが、今では酷く遠いものに感じる。
「これから私は、何処に行けば良いの…?」
思わず零れた言葉に、答えるものは無い。
これから、どうすれば良いのか。とりあえず言える事は、自分はもう森には戻れないという事。けれど、何処か行く当てがあるかというと、そんなものは無い。ただ人間の世界を知る為に旅してきただけだから。
「大丈夫なのか。」
思考に耽っていると、背後からの低く静かな声。既に彼女にとってかなり聞き慣れた声。ただ気配は複数、他にも仲間が居るのだろう。
「私なら大丈夫だって言ったでしょう。」
冷たい調子で突き放す物言い。こうすると大抵の人は去っていく。普段はそれで相手を傷つけない対応が出来ない自分に辟易するが、今回だけはそんな自分に感謝する。今は一人で居たいから。
そう告げると、溜息やらが微かに聞こえて、複数の足音が遠ざかる。まともに人付き合いも出来ないクローディアを相手にするには彼らは人であり過ぎるから、時にそんな彼女を持て余す。メルビルの宿屋で待っている、と告げて去る。
しかし、一人だけそこに残っている。彼は最初の一声しか声を発していないが、そこに居るのが誰か、見なくても分かる。彼の空気は他の人と違って不思議な感じがする。まるで人という存在から半分くらいはみ出したような、いわば自分と同じような気配。尤も、自分よりはずっと人間に近いと思うが。
「…グレイ。お願いだから、一人にして。」
「本当にお前がそれを望んでいるなら、そうする。」
抑揚の無い淡々とした声が返ってくる。けれどその内容は、自分が思っているのとは全くの正反対。
「私が嘘をつけるほど器用じゃないって分かってるでしょう?」
「お前は嘘はつかないが、良く迷うな。」
即返された言葉にクローディアはつい顔を真っ赤にする。
「町は慣れてないのよ。」
人間の町は複雑で騒々しい。未だに慣れず、道に迷う事もある。けれど後ろから呆れるような溜息が聞こえ、クローディアは目を細めた。
「町も歩けない女は馬鹿みたい?」
「いや…言い直そう。お前は自分がどうすればいいのか分からなくて迷う事が多い。恐らく今も迷っているのだろう?皇女として生きるべきか、それとも他の生き方をするべきか。」
珍しく饒舌な彼の言葉に、クローディアは無言で振り向く。そして見つめる先の灰色の瞳にいつも通り揺らぎが無いのを確認する。暫しの沈黙の後、クローディアは少しだけ感心したように呟く。
「何故、あなたには分かってしまうのかしら。」
「お前が分かりやすいだけだ。俺だけでなく、他の奴らもそれくらい気付いている。」
「なら何故、あなただけ残ったの?」
「よく分からんが押し付けられた。」
渋い顔をするグレイに、一体何を考えて彼に自分を押し付けたのか、他の人たちに問うてみたい気分になった。きっと自分とまともに話せるのが彼くらいしか居ないのだと思っているのだろうし、自分でもそう思うが、あの人たちには何か別の意図もあるような気がする。それが何か、クローディアには想像もつかないが。
不思議と、彼と一緒にいるだけで混乱していた心が穏やかになるのを感じた。自分にとって唯一気を許せる存在だからか、何はともあれ今はもう、あれこれ悩んでいるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。悩みが解決されたわけではないのに、もう気にならなくなっているのを感じる。
思えば彼とは、ガイドとして初めて紹介された時からずっと一緒にいた。護衛は要らないけれど、ガイドは何も分からない自分に必要だと思ったから受け入れた。彼は本当に色々と知っていて、また他の人より旅慣れているらしかった。彼が居なければ、自分はとっくに野垂れ死んでいたかもしれない。それに彼は、他の人と違ってあまり喋らない。静けさを好むのか、クローディアと居ても他の人と居ても口数はそう多くない。けれど必要な時はちゃんと話をする。つかず離れずな彼のスタンスは、クローディアにとって非常に心地良いものだった。
けれど、彼は元々ガイドとして雇われた身。いつまで自分の元に居てくれるか分からない。そもそも彼にそれを依頼したのはジャンであって、クローディア自身はそのやり取りも知らない。
「グレイ、あなたはいつまで私と居てくれるの?」
「さあな。期間については特に決めていなかった。」
「いつまでも私といるわけじゃないでしょう。」
「そうだな。貰った分だけの仕事をすれば、それで終わりだ。」
「なら、終わりはいつ来るの?」
いつになく食い下がってくるクローディアに、グレイは眉を顰めた。いつもはガイドの仕事に関する話などしないのに。
そもそも1000金で護衛ということで始めた仕事だが、肝心のクローディアが強く守る必要は無かった。それどころか敵の数が多い戦闘になると、彼女の弓に助けられた事もある。だからグレイの仕事はガイドのみと言っても良く、世界中の主要都市を巡るくらいには問題無かった。色々と世界を巡るのは本来のグレイの生き方と何ら変わりは無く、せいぜい妙な連れがついてきただけだ。だから、終わりがあるとすれば帝国が彼女を迎えるその時だと、そう思っていた。
答えない、いや答えられないグレイに、クローディアは暫く自分の身の回りを見渡し、やがて指に嵌っている珊瑚の指輪を取る。それを名残惜しげにじっと眺めると、徐にそれをグレイに差し出す。
「…何のつもりだ?」
「ガイド代。今は他にお金になるもの持ってないから。」
目を見開くグレイに、クローディアは真剣な眼差しを向ける。元々コミュニケーションが苦手な彼女が冗談を言えるわけもなく、つまりそれは本気の証。
良く分からないが、クローディアは今はまだグレイと別れたくなかった。彼が居なければ色々と不便というのもあるが、多分それ以上の何かがある。その感情をクローディアは持て余していたが、少なくともその思いのままに動きたい。皇女になるのか、それとも他の生き方をするのか、それすら分からないし自分の意志も掴めない。そんなあやふやな中でのたった一つの真実。
珊瑚の指輪は大切なものだが、他にお金になるものが無いので手放すのも仕方ないと思っている。それを手放せば皇女に戻る道も無くなるかもしれないのだが、それでもいいとさえ思ってしまっている。
「それを手放せば、帝国には戻れないぞ。」
「それでも良い。皇女になりたいのかなりたくないのか、それさえも私には分からないけれど…今あなたと別れたくない。それだけが、今の私の本当の気持ちだから。」
指輪を差し出すクローディアに、グレイはやがて首を横に振る。途端に眉が下がる彼女に、グレイは静かに告げた。
「それは簡単に手放していいものじゃないだろう。それに、お前の戦力は俺にとって有益だから、このままでも問題無い。」
その言葉の意味、言外にグレイはクローディアと一緒に居るのに金は関係無い、と言っているのだが、残念ながら彼女には言葉以上の意味は伝わっていない。けれどそれで一応納得したのか、クローディアは指輪を元の自分の指に戻して頷いた。
「戦力…じゃあ私の報酬はそれで良いのね。」
やはり微妙に伝わっていないとグレイは感じたが、元々分かりやすい言い方をしていないのでそれでもいいだろうと適当に相槌を打つ。
クローディアにしてもその受け答えは微妙な感覚を引き起こしたが、それを敢えて気付かない振りして一歩前に踏み出した。
「メルビルに行きましょう。彼らを待たせているのでしょう?」
そうグレイに告げる瞳には最早迷いは無い。本当はまだぐらついているのだが、それを表面に出さないくらいには落ち着いている。ただ、そんなクローディアの様子もグレイには筒抜けで。
「自分一人でどうしようもなくなったら話せ。話をするだけで落ち着く事もある。」
無表情の瞳の奥で、自分を心配する光が見えてクローディアは何となく嬉しくなった。こうして心配してくれる人がすぐ傍に居るから、安心して自分の宿命と向き合っていける。その感謝の気持ちを込めて微笑むと、グレイは表情を和らげた。微かに笑い返してくれた彼に、自分を見守っててくれたオウルや森の動物達と同じ空気を感じた。
自分がどんな道を進むかまだ分からないけれど、行動が掴めなくて不可解な、でも自分をちゃんと見守っててくれるこの人が居る限り迷う事は無い。そんな気がした。
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何と言うか真面目にグレクロを意識するとどうしてもクロ→グレ風味になってしまう。私的にはそれで問題無いんですが。
何だかんだ言いながらミンサガでのクローディアと旧クローディアとの区別が上手く出来てません。今回の話、ミンサガ基本のはずなのにSFCが混ざってます(爆)
この話のクローディアに違和感を感じた方、正解です(をい)
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