とある木造の建物の中、バーバラは目の前の扉をゆっくりと押し開けた。そこに誰が居るのかバーバラは知らなかったが、何処か期待していた節はある。
彼女の視線が灰色の髪を捉え、期待通りの人物が先にカウンターに座っている事に安堵した。けれどその本音は表に出さず軽くおどけたように声を掛けた。
「あら、先客が居たの。しかもあなただったとはねぇ。」
「俺では不満か?」
返すグレイの言葉は淡々とした、けれど確かな感情の篭った声。見た目よりも感情豊かな彼が紡いだその言葉には、明らかにバーバラに合わせたようなからかいの口調があった。
「いーえ。あたしとしては寧ろ大歓迎よ。」
「それはどういう意味だ?」
「さあ、どういう意味でしょうねぇ?」
「勘違いされる物言いが好きだな。」
「あなた程じゃないわよ。」
表面だけの会話を繰り返す二人は、会話そのものを楽しんでいるようだった。口先だけの何となく出てきた言葉だけで他愛もない会話を楽しむ。あるいは、言葉の端々に本音が混じっているのを互いに探っているようでもある。グレイの方は言葉遊びは好きじゃないが、バーバラが相手だと必要の無い会話を純粋に楽しめる。尤も、常に何かしら探りを入れようとしたり、こちらの隙を窺っているようである彼女との会話は一種の駆け引きのようなもののように思えるのも確かで、もしかしたらグレイ自身はそれを好んでいるのかもしれないと感じる。
バーバラは一旦言葉を切ると、グレイの隣の席に座った。無言で視線を向けたグレイに、バーバラは肩を竦めた。
「もしかして邪魔?だったら、あの子が来たら離れるから、安心してよ。」
謝罪するように手を合わせるバーバラだが、グレイは途端に不機嫌そうになる。これまで様々な場所や状況で言われる事は多かったが、一人になってまで言われたくはなかった。彼女の言う「あの子」が誰を指すのかはこれまでの経験ですぐに分かったが、返答までに奇妙な沈黙が生まれた。
しかし、バーバラの揶揄するような視線に、自分は彼女との事をからかわれたのだと悟ると、すぐに否定した。
「クローディアの事なら、別にお前が勘ぐるような関係ではない。…この手の問答を、一体何度繰り返した事か。」
殊更大仰にため息をついて、その話はこれ以上する気はないとばかりに顔を背けた。余程色々言われるらしい。でも、バーバラにしてみればそれは決して誇張ではない。あの二人は一緒に居るだけで独特の雰囲気を醸し出すのだ。その空気が二人だけの世界を作って周りを拒絶しているように思える。本人達にその気が無くても、そう感じるのは確かな事実。
「四六日中若い男女が一緒に居れば、そりゃ勘ぐりたくもなるよ。ましてや、あなた達美形だから目立つしねぇ。」
心の奥底に僅かにある嫉妬をひた隠し、あくまで会話を楽しむ。そんな感情は、自分には似合わないから。
「…顔がどうこうで良かった事など一度も無いがな。」
「それはあなたが無愛想だからよ。ちょっと笑い掛けるだけで女の子達は皆夢中、選び放題でしょ。」
わざとあり得ない一例を持ち出し会話を続ける。実際にグレイがそんな事をやらかしたらバーバラは女の敵と彼に侮蔑の視線を送るだろうし、そもそもそんな事をするような男ではない。それは、彼女が気に入っている彼ではない。
「馬鹿馬鹿しい。不特定多数の女に言い寄られても面倒なだけだ。」
彼のつくため息は何だか実感が篭っているようでもある。多分そういう経験はあるのだろう。これだけの美形で、しかも相手が居なさそうであれば狙う人も多いだろう。
微かに感じた胸の痛みをごまかすように、一旦席を立ってカウンターの奥に置いてあった酒の一つをグラスに注いで一気に飲み干す。いくら酒に強いとはいえ、こういう飲み方は良くないと分かっているが、今はそうしたかった。それで胸の痛みも消せる気がしたから。
それを見て何を思ったかグレイもバーバラが飲んだ酒を自分のグラスに注ぎ、彼女と同じように一気に中身を空にした。やや困惑気味にグレイを見つめるバーバラに、彼は呆れるような眼差しを向けた。
「こんな強い酒を一気に飲んだのか。」
口元を拭ってからグレイは酒瓶のラベルを見て、やや驚いているようだった。バーバラはラベルを確認せず適当に持ってきたから知らないが、相当強い酒である。
「あたしも飲んでから驚いたよ。でも、言う割には平気そうじゃないか。」
「お前もな。」
どれだけ強くても、一杯では酔わないくらいには酒に慣れている。二人とも焦点ははっきりしていて酔った様子はない。
グレイはもう一度同じ酒を煽り、ちらりと真剣な眼差しをバーバラに向ける。
「俺は、お前一人で十分だ。これ以上は要らん。」
一気にそう告げると、グレイはすぐに視線を逸らし舌打ちした。
「やはり、少し酔っているな。」
ごまかすように一言。色素の薄い頬がほんのり赤いのは、酔っているからか。相変わらず焦点ははっきりしているし、意識が朦朧としているわけでもなさそう。尤も、そう見えるのはバーバラの願望に過ぎなくて、実際はやはり酔っているのかもしれない。
バーバラは自分の手の甲を強く捻ってみる。痛い。夢ではない。あのグレイがこんな事を口にする事自体が信じられないのに、その言葉は自分に向けられている。
そう感じると急激に喜びが溢れてきて、思わずバーバラはグレイの頬に軽くキスした。
グレイが目を向ける前にバーバラは離れ、楽しそうに微笑んだ。
「ありがと、少しだけ良い気分に浸らせてもらったわ。」
バーバラの言葉にグレイは答えず、更に酒を注ぐ。声もなく、バーバラも次々に酒を飲む。二人の間に会話は無くなった。けれど、それは気分の悪い沈黙ではなかった。
やがて、更なる来客がその部屋を訪れる。全体的に緑に覆われた美しい女性。彼女の視線はまず灰色の髪の男を捉え安堵したように優しい目になる。が、直後彼のすぐ向こうに別の女性の姿を見つけ、更に彼らの目の前にある酒瓶を確認すると、一転して表情は冷たいものとなる。
大体は女性の方が色々喋っていて、男は相槌を打ったりたまに言い返したりするだけだが、その空気は彼女にとって独特のもので、不思議な感じを引き起こす。その空気は酒場に入ると大体感じる類のもので、その瞬間彼女は悟った。
今そこに居るのは、彼女が知る人達ではなく、ただの酔っ払いだと。
彼女曰く「酔っ払い達」は、未だに彼女の視線に気付かない。
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グレバー風味でおまけのクローディア。別に三角関係とかではありません。
グレイとバーバラはかなりさっぱりした関係という事を書きたかっただけです。
というか、この話はクリア後主人公達が入るあの場所です。別に酒場ってわけじゃないはずなんですが、何となくグレイとバーバラだったら酒場が一番似合ってるかなと。
何でこの二人なのかは…私がその順番にクリアしたからです。
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