崩壊したイスマス城を後にして、仲間達はそれぞれ散り散りになった。彼らには、明確に帰る場所があったから、早く帰りを待つ人たちを安心させたかったのだろう。
彼らを見送った後、残っているのはクローディアとグレイのみ。彼らには帰る場所はない。否、クローディアには帰るべき場所そのものはある。しかしそこはまだ彼女にとっての故郷ではなく、今はただ皇女としての義務感のみに縛られた場所である。
「私はこれから、何処に行けばいいの?」
誰も答えてくれるはずのない問いを、ふいと呟く。彼女とて答えを期待しているわけではない。それでも、自分で考えても答えが出ない問いを、口に出さずにはいられなかった。
皇女になんてなりたくない。それはずっと彼女が抱えていた思いであり、今でも抱き続けているものである。自分は迷いの森の番人クローディア。それだけで良かった。真相なんて知りたくもなかった。今更告げられても、すぐに受け入れて皇女として生きられるほど彼女ば単純ではない。森の番人として生きてきた自分を否定するには、あまりにも多くの年月が流れすぎていた。
ずっと結論を延ばしていたけど、もう逃げられない。どう生きるのか、何処に行くのか、決めなければならない。自分の宿命と向き合わなければならない。
迷いの森に帰る事も考えた。けれど、オウルが死んだときに感じた。もうあの森に自分の居場所は無いのだと。森の動物たちは受け入れてくれるかもしれない。但しそれは客人としてであって住人としてではない。そんな状態ではきっと彼女自身が耐えられない。
ならば皇女になるか。恐らく無理だ。森で育ってきた自分には荷が重すぎる。皇位にも興味がない。皇帝である父に一度娘として会いたい気持ちは多少はあるけれど、出来るだけ帝国とは無関係で生きていきたい。
自分の考えている事は、あまりにも自分勝手に過ぎるだろうか。皇女として生を受け、今も皇女として扱われているだろうに、それを全て否定するのは虫が良すぎるだろうか。
森を出てから出会った人達、ジャン、パトリック、ネビル、モニカ…皆、クローディアが皇女だから今まで構っていたのだ。もし皇女である事を彼女が放棄してしまえば、きっと彼らはクローディアには見向きもしなくなる。護衛として雇われた彼も―――
そこでクローディアははっと振り返り、そこにいつも通りある顔を確認してほっと安心した。世界を色々見て回ったとはいえ、クローディアにとって未知なものは多い。今一人で放り出されたら、きっと何処にも行けない。自由に生きるどころじゃない。
いや、そんな事は関係ないのだ。ただグレイに側に居てほしい。居なくならないでほしい。彼女にとってグレイの存在は、既に何よりも大きなものとなっていた。
最初はガイドとして紹介された彼は、口数は少ないものの彼女が望むときに望む答えを即座に返してくれ、また世間に疎かったクローディアに色々な事を教えてくれた。また彼の持つ雰囲気は森の静寂さを思い出させ、一緒に居て落ち着く。そんな彼に、いつしかクローディアは特別な感情を抱くようになっていた。その感情は彼女にとって不可解であったものの、決して悪いものではない事は感じていた。ただ、その感情は時に彼女に鈍い痛みをもたらしていた。
その痛みが、今彼女の中で蘇る。何故こんなに苦しいのか、彼女には分からない。けれど、皇女として生きる事を考えたらじわじわと襲ってくるようになった。最初は、自分はそんなに皇女になりたくないのかと思った。けれどこれは違うとすぐにその考えを打ち消す。そんなんじゃない。原因はもっと別にある。帝国に戻り、皇女になればもう会えないであろう人物。
「グレイ…」
「何だ?」
独り言のつもりで吐いた言葉はグレイに聞こえていたようで、冷たく低い声が帰ってきた。その声を聞くと、聞きたい事など無かったはずなのに自然と口から言葉が紡がれる。
「あなたは、これからどうするの?」
「…今まで通り、適当に旅を続けるだけだ。」
グレイの声は相変わらず素っ気無い。結構長い事一緒に居るけれど、彼が感情を露わにする事は滅多に無い。それはクローディアもそうだが、彼は愛想よく出来ないのではなくて、自分からそういう態度を取っているのだ。そうする理由などクローディアが知る由もないが、それは気分悪いものではなかったから特に追求もしなかった。
そんな事よりも気になるのは、グレイの言葉の意味。一カ所に落ち着く事の無い、自由に生きる冒険者。その彼は、もしクローディアが皇女になれば、堅苦しい世界を嫌う彼と二度と会う事は無いだろう。そうしなくても、一度でも別れれば再会する可能性はそう高くない。
考えすぎだ、と頭を小さく振って否定するも、その考えは簡単に消えない。何故そこまで気にするのか、彼女自身もよく分かっていない。しかし一つだけ確かな事は、グレイと別れたくないという思い、ただその一点。
「私は、帝国に戻らなければならないの?」
父に会いたいという気持ちと、皇女にはなりたくないという気持ちが反発してしまう。そして、グレイと別れたくないという思いもある。迷いは、消えない。
「戻りたいのか?」
グレイの問いにきっぱりと首を横に振る。何故こんな事になったのか。運命は、本当に残酷だ。
「私は…皇女になんてなりたくない。私は、今のままで良い。世界を回って、色々なものを見て、聞いて、自由に生きたい。もう運命に振り回されるのは嫌。」
結局、彼女の思いはそこに行き着く。けれど運命は、その選択を許してくれないだろう。そう自嘲気味に自ら否定の言葉を紡ごうとしたその時。
「なら、それで良いだろう。」
諦めにも近い思いを込めて吐いた言葉は、いともたやすく同意を得てしまう。彼女が最も望んでいた言葉が、彼女の渦巻く心を沈静化させる。
いつも、グレイは彼女が望む言葉を望む時にくれる。それは彼女にとって大きな喜びだった。けれど同時に、本当にそれで良いのか不安にもなる。
「本当に良いの?あなたは皇女の護衛じゃなかったの?」
「俺の仕事はクローディア、お前を守る事だ。皇女の話など、俺は聞いてない。」
一緒にオウルの話を聞いたはずなのに、それ以前から知っていた節は見せていたのに。そう言ってくれる事さえ嬉しかった。
「けど、他の人達は私が戻る事を期待しているわ。オウルがあの話をしたのも、それが私の役割だからじゃないの?」
だから悩んでいるのに、と小声で呟くクローディアに、グレイは相変わらず眉一つ動かさず答える。
「期待に応えるか否かは、お前の自由だろう。どちらの道を選んでも、必ず切り捨てなければならないものはある。全てが上手くいく選択肢など、大抵は存在しない。」
自由、その言葉は酷く甘美なもので、同時に最も冷酷なものでもある。選択できる喜びと、全ての責任を負わなければならない苦しみを与えるもの。その両極端な性質は、まさに自由のままに生きる彼を示しているようだ。
結局クローディアは殆ど悩む事は無かった。心などとうに決まっていた事だから。自分の思いのままに生きていいと誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない。
「グレイ、あなたは皇女としての私と一緒に居るわけじゃないって言ったわね。それなら、これからも私と一緒にいてくれる?皇女じゃない私の側にいてくれる?」
「お前が望む限りは。」
「ずっと離さないかもしれないのに?」
「それはお前の自由だ。」
続けざまに飛び出してくるクローディアの問いに淡々と答えるグレイ。その答えは彼女にとって何よりも心地よかった。
「私は…あなたと旅をしたい。今度は何にも縛られずに、ただのクローディアとして。グレイ、あなたと一緒に行ってもいい?」
クローディアは少し不安そうにグレイを見上げる。彼の答えを聞くまでは安心できない。
ふっ、とグレイの表情が穏やかになり、微かに微笑みを見せる。ああ、この人はこんなに穏やかに笑う事も出来るんだと見惚れていると、彼は囁くように一言。
「ああ。」
短い、たった一言の肯定の言葉。それが嬉しくてクローディアは思わず微笑みを浮かべた。
この先どうなるかなんて分からない。先が見えない不安に押し潰されそうになった事もある。けれど、今はそうでもない。先が見えないのも悪くない。
それを気づかせてくれた、自由を掲げて生きる彼と共に、今は見えない未来を模索していきたい。
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クローディアED後でグレクロむしろクロ→グレ?
彼女は全てが終わったら旅に出るんじゃないかというか、それ以外のEDが想像つかないのでこんな感じになりました。
迷いの森に帰るならまだしも、皇女なんて流石に無理なんじゃ(ry
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