ある日、エトリアに一人の冒険者志望者が現れた。
名をケヴィン。新米パラディンである。代々騎士の家系に生まれ、自身も短い期間ながらとある国の騎士団に所属していた彼は、パラディンらしく真面目そうな顔つきである。
ケヴィンは希望に目を輝かせ、街を歩きながら辺りを見回している。見るもの全てが新鮮に感じられる。いわゆるおのぼりさんだが、辺りを観察している理由はそれだけではない。
この街で冒険者になるなら、まずはどこかのギルドに所属しなければならない。ギルドに所属しなければ、この街の執政院から樹海探索の許可を貰えない。フリーでは死亡率がかなり上がることから、死亡者を少しでも少なくするためのものらしいが、管理しやすいとか他にも理由はあるだろう。だが、そんな裏事情はケヴィンにはどうでも良い話だ。
新米冒険者にとって、最初に所属するギルドは非常に重要だ。ここで変なギルドを選んでしまえば、そこで冒険者人生終わったも同然。しかしギルドの良し悪しなど実際に見てみなければ分からない。ここは結局のところ、運なのだ。
暫く歩いて、ケヴィンはある建物の前に立ち止まった。少し古い建物だが、冒険者ギルドのシンボルがついた扉が確かにあった。ギルド名がどこにも書いてないように見えるのが気になるが、どうしてかケヴィンはそのギルドに惹かれていた。きっとこれは予感なのだろう。ここが自分の所属するべきギルドだと、何かが告げている気がした。
期待に胸を膨らませ、ケヴィンは元気良く扉を開いた。今にも壊れそうな軋んだ音がするが、ケヴィンは聞かなかったことにした。
「失礼します! 僕をここのギルドに登録させてください!!」
元気の良い声が、外見以上にボロボロな内装の建物に響いた。そして、三つの視線がケヴィンに突き刺さった。
「……新入りか?」
中でトンカチ片手に壁の修復をしていた男が呟く。そして、中に居た二人の女にそれぞれ目配せをする。一人は眼帯をつけた怖そうな女の人。もう一人は両腕に何か変なのをつけた三つ編みの偉そうな女の人。どちらも結構おば……もとい年上のようだ。
「そうみたいだな」
三つ編みの女が頷く。彼女は壊れそうな椅子に座って足を組み、紙に何かを書き込んでいる。
もう一人の眼帯の女は何も言わず、穴の開いた床の修復をしながら黙ってケヴィンを見つめている。
静まり返った空気の中、ケヴィンは早くも何かを間違えた気がした。否、確実に間違えたのだ。一番重要なギルド選択を。
見るからにボロボロの建物を、たった三人の人間が修復している。ここがギルドだとしても、とても機能しているようには思えない。つまり、ここは既に寂れたギルドなのではないか。
直感なんて当てにならない、いきなりそんなことを感じてしまったケヴィンは、へらっと笑いながら再び扉の外に出ようとした。
「すみません、間違えました」
が、ケヴィンが外に踏み出すよりも早く、首根っこを掴まれてしまった。喉を押さえられカエルのような声を上げる。犯人はずっと沈黙していた眼帯の女だった。警戒していなかったとはいえまるで動きの見えない素早さにケヴィンは絶句した。
「何を間違えたの?」
「ぐえっ」
「カエルみたいな声を出さないで。一体何を間違えたのか、はっきり言いなさい」
「エマ、そんな状態じゃまともに喋れないだろ」
自分で喉を押さえているくせに言葉を要求する理不尽な物言いに、男が注意した。どうやらこの怖い女はエマというらしい。そんなことをのんびり考えている自分は結構余裕あるな、とケヴィンは他人事のように思っていた。
「けど、離したら逃げるでしょう」
「だったら足押さえとけ。何なら凍らせてやろうか?」
「止めろってレオナ。そんなんだからうちはいつも新人に逃げられるんだろうが」
「この程度で逃げるような弱虫なら、始めから樹海の探索なんて無理ってもんだ」
「あのな、誰だって最初は弱くて当然だろ。大体お前ちゃんと術式覚えてるのか? それとエマ、いい加減そいつを離してやれ。そろそろ顔色やばいぞ」
またも身勝手な発言をするもう一人の女はレオナというらしい。凍らせるとか言ってるということはアルケミストだろうか。何にしても、ケヴィンはこれだけですぐに女二人が怖いということを認識してしまった。
男の言葉に納得したのか、エマという女性はすぐにケヴィンを離した。身体は自由になったが、酸欠で逃げる気も起きない。酸素が十分に足りていたとしても逃げようという気にはなれなかったかもしれないが。
膝をついて荒い呼吸を繰り返すケヴィンに、男が近づいて声を掛けてきた。
「おい、大丈夫か? 悪いな、うちの女どもはどうにも凶悪でな」
「人聞き悪いな、強いと言え」
笑いながら反論するレオナという女性に、男は視線を向けずしゃがみ込んだ。漸く呼吸が落ち着いてきたケヴィンは、まだ話がまともに通じそうな男に対し口を開いた。
「げほっ……一体ここは何なんですか?」
「何って、冒険者ギルドに決まってんだろ。外のシンボル見なかったのか?」
「見ましたけど……」
ギルド名も書かれていない、中身はボロボロ。こんな状態でまともに機能しているなんてとても思えない。そう言いたいのをすぐに感じ取ったか男が済まなそうに頭を掻く。
「あー、こんなんじゃわかんなくて当然か。ただ、ここは別に寂れたわけじゃないぞ。立ち上げたばっかりだからな」
「え……」
立ち上げたばっかり。それでこの状態。なるほど、機能してるわけがない。
ケヴィンはショックを受けながらふらふら立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
「お騒がせしました。それでは僕はこの辺で」
「いやお前も待てって」
「ぶへっ!!」
さっさと出て行こうとしたケヴィンの足を、今度はしゃがんだままの男に掴まれて派手に転んだ。何だかもう泣きたくなってきた。樹海の探索とかではなく、まだ第一歩を踏み出したばかりだというのに。最早気力が底を尽きそうだ。
「言っとくが、ここ最近のギルドはどこもかしこも新人なんか受け入れてくれないぞ」
「な、何でですか……?」
「あいつらは今や小遣い稼ぎでちまちま生きてるようなのばっかりだからな。夢と希望と気力に溢れた新人なんて見たくもないんだろ」
「ええっ、そんな……」
まともなギルドを探そうと張り切っていたのに、そんな話はあんまりだ。それはもう、冒険者になるなということか。
「少年、今のはこいつの単なる想像だ。あっさり信じるな」
「騙されやすいのね。今時珍しいわ」
ケヴィンが落ち込んでいると、今度は例の女性二人が男の言葉を否定する。ドサクサ紛れで馬鹿にされてる気もするが、それならそうとケヴィンはあっさり立ち直る。
「そ、そうか。まともなギルドもちゃんとありますよね。よし、これから頑張って探しにぐぎょっ!」
勝手に立ち直って勢いでそのまま出て行こうとしたケヴィンは、またエマに首を掴まれる。
「まだわかんねぇのか? うちは立ち上げ直後だからとにかく人が居ない。新人なんて大歓迎だね。というわけだから」
そう言うと、男は小さな紙とペンを取り出しケヴィンに突きつけた。
「お前、うちに入れ。ちなみに拒否権は無い」
一見まともそうに見えた男は、爽やかな笑顔でケヴィンに死の宣告を叩き付けた。
街に来て早々変なギルドに入らされたケヴィンは、半泣きで壁の補修をしていた。
「ああ……せっかく樹海探索で名を上げようと思ったのに」
「まあ落ち込むなって。他のギルド行くよりはマシだと思うぜ、きっと」
壁に向かってぶつぶつ呟くケヴィンの肩を男が軽く叩く。話を聞けばこの男、名をクラレンスといい実はこのギルドのリーダーらしい。最も、ギルドを立ち上げて日が浅く、その日を稼ぐので手一杯のようだが。
「そういえば、何でクラレンスさんはギルドを立ち上げようとしたんですか?」
いくら今のギルドに不満があるといっても、自分でギルドを立ち上げることに比べればずっと楽だ。なのに、何故この人はわざわざ大変な道を選んだのだろうとケヴィンは疑問だった。
それを尋ねると、クラレンスは肩を竦めた。
「お前に言ってることそのままだ。俺も樹海の探索のためにここで冒険者になろうと思ったんだけどよ、どこのギルドもなかなか新人なんて受け入れてくれない。散々探し回って漸く入れてくれたギルドがあったんだけどよ、そいつらは地下1〜2階でちまちま稼いでるだけで、奥なんて行こうともしないんだ。ただ日々をのんびり過ごしてるだけでよ、それじゃ冒険者になった意味なんて無いと思わねぇか!?」
「そんな状態だったんですか!? それは酷いです! それじゃ何で冒険者になったのかわからないじゃないですか!!」
「だろ!? だから俺はギルドを立ち上げることにしたんだ。まともなギルドが無いなら自分で作るしかないってな。ギルド長も協力してくれたしよ」
クラレンスの言葉に同調して盛り上がるケヴィンだったが、ふと知らない単語を聞いて首を傾げる。
「ギルド長?」
「おう! エトリアの街のすべてのギルドを統括するギルド協会の長だ。街におけるギルドや冒険者の権限は、協会によって保証されてる。たまにここに来るから、その時に紹介してやるよ」
「はい! お願いします!!」
そんな調子でやたら盛り上がる男二人を、女達は呆れながら遠巻きに見ていた。
「馬鹿が一人増えたな」
「騒がしくなったわね。戦力になるなら、多少騒がしくても構わないんだけれど」
「賑やかなのは良いことですよぉ〜」
レオナとエマの話に入ってきた間延びした声。突然だったにも関わらず二人は驚かず受け入れた。
「お帰り。買出しご苦労様」
白い服の少女が、買い物籠をレオナに渡してから、ぼんやりした瞳でケヴィンを見つめる。普段から感情の起伏が非常に少ない彼女にしては、見慣れない顔に興味を持っているようだ。
「はい。ところでエマさん、あの見慣れない鎧の子、誰ですかぁ?」
「新入り。ケヴィン……だったかしら。多分パラディンね」
「あぁ〜、何となくそれっぽい外見ですものね。良かったですねぇ、戦力が増えて」
「戦力ね、なれば良いのだけれど」
見るからにアホっぽいし、と呟くエマとは対照的に、白い服の少女は楽しそうに目をキラキラさせる。
「私は嬉しいです。初めての後輩ですから。私、メアリー先輩って呼ばれるの夢の一つなんですよぉ」
「……呼んでくれるよう頼んでみたら?」
良く分からない夢だな、と内心思いつつもはっきりとは口にせず、エマは適当に返した。
「夢見るのも良いが、現実もそろそろ見た方が良いな。資金がかなりギリギリだ」
買い物籠を脇に置き、帳簿に様々な数字を書き込んでいるレオナが、ひんやりとした空気を放った。崩壊しかけた壁からの隙間風が身に染みる。
「第二階層ですら俺はまだ見たことがねぇ! だからまずは階層を一つ突破することが目標だ!!」
「はい!!」
重苦しい空気の存在など露知らず、ケヴィンとクラレンスは無駄に熱く無意味な会話を繰り広げていた。
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説明を大分端折ってます。必要な部分についてはおいおい……設定のページに追加します(殴)
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