創造主を倒しエクスキューショナーが消えても、卑汚の風の影響で狂った生態系はそう簡単に戻らない。凶暴化した魔物があちこちで暴れていたり、魔物の数が異常に増えているとの報告もある。
最近、アーリグリフの山で魔物の大量発生の報告があった。そこは王都アーリグリフに近い場所で、未だ被害報告は無いものの早急な対応が必要であった。しかしその山は道が狭く、ぞろぞろ軍を率いても意味がない。
そこで、少数精鋭で魔物を掃討する事になった。アーリグリフからはアルベル、協力を要請したシーハーツからはクレアが派遣された。
二人の力をもってすれば魔物とて敵ではない。細い山道を歩く二人には雑談する余裕まで見られる。と言っても、常に意識は周囲に向けられている。
「ちっ…俺一人で十分だと言ったんだがな。」
「まあ、そう仰らずに。今回の件はそれなりに思惑があるのですから。この手の問題はシーハーツでも起きています。ですから、いざというときアーリグリフの戦力を得られるようにしておきたかったんですよ。」
笑顔で説明するクレアに、アルベルは苦々しげに吐き捨てる。
「知っている。この件はそっちが無理矢理協力を申し出たんだろう。ったく、いい迷惑だ。」
本来この件はアルベルが一人で解決する事になっていた。と言うより、王がアルベルに掃討を命じたものの、アルベルが勝手に一人で行く事に決めたのだ。アーリグリフがシーハーツの申し出をあっさり受けたのは、王がアルベルを心配したからかもしれない。
そんな仮説を立てながら、きっとそれは間違っていないとクレアは確信していた。何だかんだいってアルベルは王に気に入られているし、アルベルに何かあって喜ぶ者など今のアーリグリフにはあまり居ないだろう。ただ、それを口にするとアルベルは怒るだろうから口にはしないけれど。
暫く歩いていくと、少し広くなった場所に出た。地面をよく観察してみると、足跡がいくつか残っている。大きさからして結構小型のようだ。足跡はその先の細い道に向かっている。人が一人通れる程度で、このまま追うにはあまりにも危険だが、そんな事を言っていては目的は達成できない。クレアはアルベルに目配せし、互いに頷くと先に進んだ。
アルベルを先に歩いているが、アルベルは口元に手を当て何か考え事をしているようだった。一応周囲には注意を払っているようで不安定な様子は無いのでクレアは特に気に留めなかったが、後から思えば追求しておくべきだった。
ずっと歩いた先に、小型の魔物がいた。アルベル達に気づくと牙をむき出しにして飛びかかってきた。が、魔物一体くらいアルベルの敵ではなく、鋭い一刀の元に切り捨てる。
アルベルは魔物の死骸を一瞥し、すぐに視線を正面に戻す。するとアルベルは急に思い出したように声を上げる。
「そうだった…」
「どうかしたのですか?」
アルベルの口調的にあまり良くない気配を感じるが、クレアは敢えて尋ねた。
彼から返ってきた答えは、あまりにも唐突で危険極まりないものであった。
「この先は崖だ。」
クレアが驚く間もなく、背後から新たな魔物が牙を剥いていた。今度は3匹の魔物がクレア達の退路を塞いでしまっている。足場は今にも崩れそうな上非常に狭いので、更に一歩足を踏み外せば底の見えない谷底に真っ逆様。
絶体絶命である。
「アルベルさん、どうします?」
「何とかその邪魔な奴らを倒して行くしかねぇだろ。」
それしかない、というのは確かだが、位置関係上クレアが突破口を開かなければならない。接近戦はあまり得意でないが、成功させなければならない。クレアは短剣を構え、目の前の敵を倒そうとしたが…
「!!」
2匹同時に襲いかかってきて、クレアはすかさず1匹の爪を払うがもう1匹の攻撃を避けきれず右肩に受ける。
「ちっ!」
アルベルが舌打ちをしながら手を伸ばし、その魔物を突き殺す。しかしクレアは肩の傷を押さえるとその場に膝をついた。無防備になったクレアに、残り一体の爪が襲いかかる。
急に崩れたクレアを横目で心配しつつも最後の一匹を斬り捨てたアルベルは、他に敵が居ない事を確認してクレアに声を掛けた。
「…生きてるか?」
「もう少しまともな言葉を掛けられないんですか。…敵は?」
「それだけ吐けるなら問題ないな。敵は倒した。お前が邪魔で感触は薄かったがな。」
「酷い言い草ですね。とりあえず、この傷を治さないと…」
クレアが言いかけたその時、地面が不意に大きく揺れた。嫌な予感がしてアルベルは叫ぶ。
「走れ!!」
クレアもすぐに事態を察したか傷を押さえたまま立ち上がり足を踏み出す。しかし時既に遅し、地面が完全に崩れ、アルベルとクレアは底の見えない真っ暗な崖下に落ちていった。
クレアが目を覚ますと、そこは洞窟のようだった。外に繋がっている場所から少し身を乗り出して観察してみると、どうやら自分は落ちた崖の切り出した部分に居るらしい事が分かった。クレアが今居る場所は崖から突き出ているが、それほどの広さもなく、自然に引っかかったとは思えない。ましてや、肩に傷を負ったクレアでは到底そんな事は出来ない。
は、と傷の事を思い出し肩に手を置く。傷を負った時に流した血が赤黒くこびり付いているが、傷そのものはある程度塞がっているようだった。あの時受けた傷は毒も含まれていて、だからこそ浅い傷にも関わらず膝をつく醜態を晒してしまったのだが、それも治療されている。勿論自分でやった覚えもない。
そういえば一緒に落ちたはずのアルベルはどうしたのかと見回してみるが、姿は無い。今は周りの様子を調べに行ったのか、それとも別の場所に落ちたのか定かではないが、この状況を考えると後者はないだろう。そう判断して壁面に体を預ける。傷は完治したわけではなく、また失った血は簡単には戻らない。ここが魔物の巣である事を考えると、じっとしているべきだ、とクレアは判断した。
「単独行動はすべきではないと、出る前に散々言ったのに…」
まともに人の意見を聞き入れるとも思っていなかったが、どうしようもなく予想通りの展開に、クレアは呆れつつため息をついた。
一方、アルベルは気を失っているクレアを置いて周囲の探索をしていた。クレアの怪我と毒は一応治しておいたものの、治癒術は応急処置程度しか使えないアルベルでは完治は出来なかった。あの場所は魔物が来る気配もなかったし大丈夫だとは思うが、万が一の事を思うと不安は拭えない。じっとしているのが性に合わないという理由で勝手に動いたくせに、彼らしくもなく内心焦りつつ先を行く。
結局、この近辺には魔物の影は無かった。これ以上離れるとクレアに何かあった場合戻りにくくなる。収穫が何もなかったのは残念だが、犠牲を増やすよりマシだ。
そんな風に思い、アルベルは自嘲気味に口の端をつり上げる。いつから自分はそんなに甘くなったのかと。そして、そんな甘い自分も悪くないと思ってしまっている事も。
元いた場所に戻ると、クレアが岩壁に体を預けて座っているのを発見する。目を覚ましたのか、と声を掛けると、クレアはその姿勢のまま微笑んだ。
「お帰りなさい。何か見つかりました?」
「魔物は影も形も見当たらねぇ。ただ、帰り道くらいは分かる。」
どうする?と目で問うと、クレアは暫し悩む素振りを見せる。
「任務失敗は困りますが…このまま当てもなく彷徨って遭難するよりはマシですね。」
帰りましょう、と案外あっさり決定するクレアに、アルベルは目を見張る。
「意外だな。お前はもっと任務に執着すると思っていた。」
「任務成功率が低く、かつ重要な任務でなければ私は拘りません。退くのも一つの勇気です。」
その任務の重要性は一体どういう基準で決めているのはか知らないが、確かに今回の任務は本来部下に任せるはずのものだった。それをアルベルが勝手に一人で行く事に決めたのだ。被害報告そのものはまだ無いので、今躍起になって魔物を排除する事もないとアルベルは勝手に思っている。それに、この山は元々魔物が棲んでいた。今ほど数が多くなかっただけだ。
クレアは立ち上がって服の埃を払う。その時傷を受けた肩がアルベルに向けられ、アルベルは心配そうに尋ねる。
「その肩の傷は大丈夫なのか?」
「問題ありません。ただ、血がこびり付いているのが少々気持ち悪いですが。」
「…悪かった。」
ボソリと呟くようなアルベルの謝罪に、クレアは何を謝られたのか分からず瞬きをする。が、アルベルの視線に気付き言葉の意味を把握する。
「血の事ですか?この程度なら別に気にする事でも」
「それもあるが、傷の事だ。女はそういうのを気にするらしいからな。」
殆ど伝聞で知ったのだろうその情報、けれど自分の言葉に自信が無いようでアルベルの語気が段々弱くなり、遂には顔を逸らしてしまう。その仕草にクレアは悪いとは思ってもつい吹き出してしまう。
「おい…何を笑っている。」
「すみません…つい。」
笑いを止めると、クレアは突然左腕の長手袋を外し肌を晒す。特に興味無さげにそれを眺めていたアルベルだが、良く見れば細かい傷が複数ついている事に気付く。中には結構深手だった事を象徴するようにくっきり残っている傷もある。
「これでも戦場を生き抜いてきた身ですから。今更傷の一つ二つで騒いだりしません。」
「それは俺への皮肉か?」
表情を変えずアルベルは返す。彼の左腕を覆うガントレットは、彼の火傷を隠す為のもの。義手を兼ねているが結局はアルベルがその傷を隠したがっているのが一番の理由である。
「戦場で受ける傷と、あなたの火傷とは意味合いが違います。まあ、未熟ゆえの傷という意味では同じかもしれませんが。」
そう返すクレアには嘲りも同情も無い。アルベルはそういう感情が嫌で火傷を隠しているのだが、きっとクレアにはそんなもの必要無いのだろう。自分の目の前で臆面もなく傷だらけの腕を晒すクレアに、アルベルは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「その傷は俺達との戦争によるものだろう。俺達が憎くはないのか?」
「仕方ない事です。まさか女だからという理由で手加減されたくはありませんし。憎むとすれば傷を受けてしまった弱い自分でしょう。…あなたが、そうであるように。」
アルベルが言葉に詰まると、クレアは「もう帰りましょう」と素っ気無く告げる。平然としているが、クレアはその話題を早く終わらせたかった。自分よりも辛そうなアルベルのために。
それ以降、王都に戻るまで会話は一切無かったが、気まずい沈黙ではなかった。
王都に戻りアルベルが報告書を書いた翌日、アルベルとクレアは王に呼び出された。
「報告書は読んだ。足場が悪く魔物掃討は難しいとの事だが…弱音を吐くとは、お前にしては珍しいな。」
「うるせぇ。足場のしっかりした場所に魔物が出なかったんだから仕方ねぇだろ。」
相変わらずの王に対する不遜な態度に、脇に控えていた疾風騎士がアルベルを睨んだが、王はいつもの事と特に気にしなかった。
「それと、私個人が気になった事なんですが、もしかしたらあの山に居着いている魔物はちゃんと棲み分けているのではないかと。でなければ行きや帰りの際に道端で全く魔物に出会わなかった事も説明がつきます。大量発生の情報の発信源は疾風だそうですから、恐らく空で確認して中の状況まで把握していなかったのではないでしょうか。」
話に加わったクレアの、暗に疾風の報告不足を責めているようでもある言動に、プライドの高い疾風騎士がまたも怒るが、それも王に差し止められる。
「そうだな。今のところ被害報告もなし、魔物が人里に下りてきた事を考えて掃討を命じたが、そう目くじら立てることでもないのかもしれないな。せいぜい立ち入り禁止にするくらいか。」
もう下がって良いぞ、と王が告げるとクレアは頭を下げ、アルベルも一応形式的に頭を軽く下げ踵を返そうとすると、王に呼び止められる。
「そうだアルベル。お前、報告書を書く時に毛筆縦書き巻物はどうにかならないのか?あんな独特の書き方をされると読みづらくて敵わん。」
「羽ペンなんて使えるか、阿呆。」
普通は毛筆の方が大変だろうに…と呆れる王は更に頭を横に振ってぼやく。
「全く、お前といいグラオといい、何故ノックスの生き物は無駄なところで頑固になるのだ?それでは嫁に来る女性は大変だろうな。」
と、王はそんな事を言いつつ「嫁」という単語を強調しながらクレアを見やる。するとクレアは、いとも輝かしい笑顔で答える。
「アルベルさんのトンデモ行動には慣れたので大丈夫です。毛筆縦書き巻物で報告書を書こうが、自宅で竜の群れを飼っていようが、魔物を食料にしようが、大抵の事にはもう驚きません。」
「ふむ、それに慣れたのであれば及第点だな。アルベルよ、良い嫁を見つけたな。」
「勝手に延々ふざけてろ!!!」
からかいの目を向ける王にアルベルは怒りをぶつけ、そのままさっさと踵を返して去ってしまった。嫁を置いていくとは何事かと非常に楽しそうに呟く王に、クレアはクスクス音を立てて笑った。
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まあ傷というテーマで書いてみました。傷と言えばまずアルベルの左腕なんですが、一応戦場を生き抜いてきた戦士なので、全くの無傷のままで生きていけるとは到底思えません。そんな感じで書いてみました。
そして最後にはまたギャグオチ。何でシリアスオンリーで纏めないかな自分。
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