天翔ける竜に乗って


 シランドに、一匹の竜が降り立った。
 その竜は、見慣れているわけではないものの、過去に何度か中庭に降りた事のある竜だった。だが、突然現れれば驚くのは必然。ましてや、降りてきたのは侯爵級の竜だったのだから。
 中庭に居た者たちは命からがら逃げ出し、竜に踏み潰されるのを何とか避けた。いや、竜の方も踏まないよう考慮したのかもしれないが。そして別の場所に居た者たちも驚愕して竜をまじまじと見つめていた。
 やがて、竜の背中から一人の男が現れる。金と黒の珍しい色彩の髪の男は、シーハーツでもよく知られ恐れられている「歪のアルベル」だった。
 アルベルは、一言も言葉を発さずずかずかと城内に入ろうとした。無礼極まりないが、彼に表立って逆らう者などこのシーハーツには存在しない。・・・約一名を除いて。
「あんた、いい加減にマトモな登場の仕方は出来ないのかい!?いちいちこんな所にあんな大きなドラゴンで現れて・・・しかも事前の知らせも無いときたものだ。」
「こっちの方が早いんだ。それに、文句なら俺に使者の役割を押し付ける王に言うんだな。」
 騒ぎに気づいて駆けつけてきた約一名のネルは、親の仇でも見るような目つきでアルベルを睨む。ネルは見事にアルベルを嫌っている。アルベルもネルを鬱陶しがっている。
「全く・・・書簡は預かるよ。あんたなんかを女王陛下の元へ行かせるわけにはいかないからね。」
 そう言って不快そうに手を差し出したネルをきっぱり無視してアルベルは城内に再び入ろうとする。それを慌ててネルは再び止める。
「話を聞いていたのかい!?書簡は私が預かるから、さっさとアーリグリフへ帰りなって言ってるんだよ!!あんたがシランドに居るだけで気分悪い!!!」
 が、今度はアルベルは歩みを止める事無くネルを一瞥する。
「テメェの指図は受けねぇ。引っ込んでろ、阿呆。」
 尚も止めようとするネルを、アルベルは容赦なく衝撃波で吹っ飛ばした。



「またクロセルさんで来たんですね、アルベルさん。」
 何処か面白そうに笑いながら、先ほどとは別の女が現れる。灰色の髪をリボンで纏めた、穏やかそうな女性である。彼女―――クレアはクリムゾンブレイドの片割れであり、アルベルと非常に仲のいい女性である。
「あれの方が早い。尤も、本人は「使い走りなど冗談ではない」とか言っていたがな。」
 アルベルは、クロセルの意見に同調するような意見を付け加える。
「俺もゴメンだ。使い走りなんぞの為にこんな所には来たくねぇ。いつもあのクソ虫が鬱陶しい。」
「ネルは普段は任務で居ないんですけどね。あなたが来る時は何故か大抵居ますね。何故でしょう?」
「俺に聞くな、阿呆。」
 アルベルはネルの時とは違い、ほぼ剥き出しだった棘をクレアの前では殆ど出さない。アルベルがクレア相手に敵意をぶつける事もまず無い。二人の間に流れる空気は酷く穏やかだった。



 クレアを通して女王に書簡を渡すと、アルベルはすぐにクロセルの元へ戻ろうとする。アルベルにしてみれば、未だに敵意を残すシランドには一秒も長く居たくないそうだが、クレアにとってはアルベルに会う数少ないチャンス。いつもいつも引き止めようとあれこれ考えて行動を起こすが、大抵は失敗に終わる。そして今回も、性懲りも無くアルベルを引き止めようとアルベルの腕を引こうとするが、その前にアルベルの方が立ち止まりクレアの方を振り向いた。
「おい。」
 不意に呼びかけられ両腕が停止したまま止まるクレア。そしてたっぷりその状況を噛み締めて、返事した。
「何ですか?」
 普段このタイミングでアルベルがクレアに呼びかける事は無い。なのでクレアが呼びかけられた事実に気づくまで少し時間が掛かった。
 アルベルはクレアの困惑など知った事では無いという顔で言う。
「ちょっと付き合え。」
「は・・・」
 クレアが返事する前に、アルベルはクレアの腕を引いてずかずかと先を歩いた。
 いつもと逆だな、と思いながらクレアはその状況に頬を緩ませた。



 アルベルにつれて来られたのは中庭。更に言うならクロセルの背中。
 クレアが気づいた時は、既に陸は遥か下方だった。
「全ク・・・我ハ貴様ノ下僕デハナイゾ。」
「文句なら王に言えっつってんだろうが。」
「奴ハ我ノ話ヲマトモニ聞カン。ソレニ、我ハ強キ者シカ背ニハ乗セヌト・・・」
「コイツに喧嘩吹っかけてみるか?凍らされるか焼かれるかのどちらかだな。」
 自分の事を言っているのだな、とクレアは気づいた。別に争い事が好きなわけではないが、弱いと思われるのは気に入らない。
「不満でしたら、いつでもお相手して差し上げますよ。」
 目一杯の殺意を醸し出しながらクレアはクロセルに告げる。クレアの殺気に臆したかはともかく、クロセルは簡潔に答えた。
「・・・別二文句デハナイ。」
 心なしかクロセルの声が震えているように聞こえた気がする。気のせいだろう。クロセルの声はくぐもっていて元々響いているように聞こえる。
 クレアはそれきりクロセルに興味を無くし、アルベルに向き直る。
「ところでアルベルさん、何で私はこんな所にいるんですか?」
「帰してほしいか?」
 クレアはすぐに首を振った。アルベルと一緒に居られる機会は滅多にない。こんな竜が居るような状況でも、嬉しいものは嬉しい。仕事がまだ残ってはいるが、別に支障はない。
「そういうわけではなくて、アルベルさんが私をここへ連れて来た理由を訊きたいのですが。」
 エアードラゴンは竜騎士にとって相棒。その背中には軽々と他人を乗せる事はあまりしない。特にプライドの高いアルベルとクロセルのコンビなら尚更だ。
 アルベルはクレアの顔を見ずに呟く。
「約束だからな。」
「え?」
 聞き間違いかと一瞬疑った。だが、聞こえてなかったかと疑ったアルベルが思い切り顔を顰めているのに気づくと、聞き間違いでないと分かった。
 昔、焔の継承に挑む直前にアルベルと会い、焔の継承の話を聞いた。確かその時、クレアはアルベルと約束をしたのだ。
「儀式に成功したら、私を竜に乗せてくれる?」
 半ば冗談で尋ねてみた事を、アルベルは自信満々でOKした。その時柄にも無く大喜びでアルベルに抱きついたりした覚えがある。
「あの時の約束・・・覚えててくれてたんですね。」
 アルベルは何の反応も返さない。が、無理やりクレアから顔を逸らしているのが良く分かる。
 クレアはこっそり笑うと、アルベルに体を寄せてシーハーツの大地を眺めた。こんな光景を見られるとは、思っても見なかった。竜に乗って空を翔ける事なんて、考えられなかった。少なくとも、9年前のあの日からは。
 疾風に憧れる騎士達の気持ちが分かるな、とクレアは思い流れる景色を目で追い続けていた。



 一方、アルベルに吹っ飛ばされても性懲りも無く逆上するネルは、遂にあるものを用意した。星の船との戦いに使われたっきり、ずっと倉庫にしまってあったサンダーアローである。
「あのプリン頭・・・今度こそこの世から消してやる・・・!!」
 シーハーツ至上の彼女には、アーリグリフの幹部であるアルベルを始末などしたらどうなるかとか全く頭に無いようである。いや、むしろクレア至上か。
 サンダーアローを、部下を使って中庭へ運ばせる。ラッセルが騒いでいたが、ネルは全く取り合わない。
「ネ、ネル様ぁ〜〜、本当にこんなの使うんですかぁ〜?」
 サンダーアローを運ぶ一人のファリンが息切れに苦しみながらネルに尋ねる。
「大体、コレ使ってもあのドラゴンに当てるのは難しいと思いますけどぉ〜〜?」
 クロセルはその大きな体躯に似合わず結構素早い。サンダーアローは小回りが効かない兵器である。星の船は巨大だったから気にならなかったが、クロセルに当てようとすると結構大変だ。
「難しくてもやる!!あの男をこの世から抹消するには、これが一番なんだ!!呑気に空を飛んでいるのも今のうちだよ、アルベル・ノックス!!!」
 般若の形相でサンダーアローを操作し、施力を送り込み照準をクロセルに合わせるネル。部下の封魔師団「闇」の人々が困惑しながら見守っている。本当は止めたいが怖くて止められない。彼女を止められるのはクレアと女王、そして・・・
「な、何やってるんですかネル様!!!??」
「アンタかい。悪いけど、黙ってておくれ。私はあの男をさっさと殺さなきゃならないんだからさ・・・」
「黙ってておけますか!!!!」
 速攻ネルを止めに入ったのは、クレアの右腕とも言われる光牙師団「光」の副隊長、ヴァン・ノックス。彼はその名前から分かるように、アルベルの親戚である。基本的に真面目で実直だが、怒らせるとアルベル並の迫力を見せるという、結構恐れられている男である。
「アンタは引っ込んでな!!!私はクレアをあの男から引き離す為にやってるんだ!!」
「そんな事したらクレア様怒りますよ!!」
「今はそうでも、いつかは分かってくれるさ。あの男を選んだ自分が愚かだったってね。」
 もの凄く勝手である。
 そしてヴァンは、何気に上司相手でも容赦の無い男として有名である。遂に切れたヴァンは、ネルに向かって怒鳴りつける。
「何勝手な事言ってるんだボケ!!!あんたは人の気持ちを勝手に代弁できるほど偉いのか!!??」
 少なくともクリムゾンブレイドに対する言葉ではないが、周りは誰もヴァンに対して何も言わない。とにかく周りの部下たちはネルの怒りを恐れ、こっそりと逃げ出しつつあった。
「ボケって、それが上司に言う言葉かい!?やっぱりあの男の家系はロクなのがいないね!!」
「人の家系まで馬鹿にするなクソ女!!!大体アンタ、そこまで偉ぶるほど大層な人間か!?」
「何だって!?大体・・・」
 ネルの言葉は途中で途切れ、体がその場に崩れ落ちた。そして視界に入った影にヴァンがやや驚いたように見上げると、そこには刀の鞘を振り上げているアドレーが居た。
「何をしておるのだ。こんな所に兵器まで持ち出しおって。」
「あ、アドレー様・・・」
 突然現れた豪快ジジイに、ヴァンはゆっくりと説明する。するとアドレーは深々とため息を吐いた。
「全く、何処までもネーベルに似ておるの。あ奴も周りが見えなくなりがちな男だった。尤も、この娘よりは現実を見ていたがの。」
 アンタには言われたくないだろう・・・とヴァンは思ったが口にはしなかった。しても無駄だと既に分かっていた。
「それから、お主も少しは上司に対する言葉を気をつけた方が良いぞ。まあ、あの気迫は流石グラオの親戚と言ったところじゃったがの。」
 一応嗜める口調だが、アドレーは楽しそうだ。
「申し訳ありませんでした・・・以後気をつけます。」
 少し言い方が酷すぎたかと落ち着いてから反省し、空の竜を見上げる。
「それにしても、何で今回はいつまでも空に居るんだ?いつもはすぐ帰ってしまうのに・・・」
 そこまでうろうろしてなければそもそもネルはここまでしなかった・・・ような気がする。確証はない。
 ヴァンの呟きを聞くとアドレーは知らんかったのか、と目を見開いた。
「今クレアがアレに乗っておるようじゃ。どうやらグラオの息子が乗せたようじゃが。」
「え?」
 それは知らなかった。知っていたら速攻それをネルに告げて止めさせていた。
「グラオの息子か。奴ならクレアを任せてもよかろう。シーハーツの軟弱な施術士よりはずっと見所がある。」
 愉快そうに笑う親父を眺めつつ、ヴァンはアルベルにちょっとだけ同情した。
(こんなのに見込まれたら、大変だろうなぁ・・・)



「・・・何だか下が騒がしいみたいですね。」
「そうか?」
「ええ。中庭に大勢集まってます。何かあったのでしょうか?」
 不安そうに下を見つめるクレアに、アルベルは平然と言い放つ。
「大丈夫だろ。あそこにはテメェの親父とかヴァンとかが居る。テメェ一人居なくても何とかなるだろ。」
 ネルを出さない辺りが彼らしい。
 クレアは微笑んでアルベルを見つめる。
「そうですね。空を飛ぶなんて、そう体験できる事じゃないですから。」
 本当に楽しそうに笑うクレアに、アルベルもかすかに微笑を浮かべる。
「いつでも乗せてやるよ、テメェならな。」
「・・・はい。」
 出来れば、ずっとこうしていたかった。双方共にそう願ったくらい、その状況は心地よかった。
 クレアは主神アペリスに祈るように、アルベルは柄にも無くありもしない筈の神に。
 この一時が幻とならない事を祈った。

 

キリリクの「ラブラブかギャグ」なアルクレ。
・・・別に指定されなくても、勝手にギャグになってしまうようです。
最初はラブラブでいこうと思ってたなんて、多分誰も信じてくれない。
ちなみにヴァンの登場は完全にイレギュラーです。まともに出す気は無かったはずなんですが。そしてネルと仲悪くなったのもイレギュラー。本当は真面目な好青年のはずだったのに・・・
更にクロセル。バカップルに当てられてます(酷)
ついでに、この話の時期について。
この話は勿論ED後、アルクレお題「和平」の直前辺りの話です。一応。


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