(日記第十一集)
2001年2月24日から3月2日まで

 
2001年2月24日
土曜、雨のち曇り。低温、中風。
 
 
解体修理が完了し、98noteが再びファイル転送の業務可能になったので再会されました。
 
ほぼ一ヶ月休んでたなぁ。
思えば色々なことがあった。
当初はもうちょっと早めに決着を付けているはずの受験が、未だ合格無しの悲劇。
どちらかというと島根大しか選択肢がないと言う、想像以上の状況に。
 
しかも、聞くところお友達の皆さんも揃いも揃ってレッドゾーン。
私の知る勝者は、αさんとtkoさんしかいませんよ。
 
……仲良く浪人かぁ?
ま、それも良いけど。
 
で、東京残留の最終戦が明日の国立前期・東京農工大。
しかし、合格確率は限りなく零に近い。
となると、島根大に順調に通らなかった場合を除いてもはや運命は固まった。
 
立教に落ちた時点で決まっていたようなモノだ。
その不合格通知を聞いて達観した精神状況のせいか、クロノクロスサントラを2月20日に買う。
 
「時のみる夢」を聞いて涙が出そうになった。
 
光田康典の音楽は、それ単体がショウとしてなりたつ芸術だ。
多くのゲームサウンドが近藤浩治を頂点とする劇伴型なのとは好対照だ。
そのせいか、音楽のメロディだけでゲームの記憶がないのに、泣けた。
自分は、クロノクロスは未プレイに近いのだよ。
 
ラジカルドリーマーズのテーマそのものが、根本的に涙を誘う。
クロノクロスでは、アナザーワールドのマップ音楽と言えば通じるだろうか。
あの曲は私の涙腺刺激コードだ、とも言えよう。
そのラジカルのテーマとトリガーのテーマを合体させたのが「時のみる夢」。
CDの3枚目7番に収録されているが、実際やるとこの曲はデモプレイのBGMとわかる。
なるほど、メロディの力、申し分なしなのもわかる。
 
いずれもっともっと詳しく触れていこうと思うが、今日はこれくらい。
 
で、昨日はラピュタ、今日はターミネーター2である。
映画はよい。これも感想は掃いて捨てるほどある。
本来は書くが、今日は時間も押してきたし、明日仮にも受験なのでお暇させてもらう。
 

2001年2月25日
日曜、晴れ。低温強風。
 
 
東京農工大学工学部物理選択者受験。
地獄絵図。
 
マニアな人種というのは、決して見た目が生理的に良くはない。
そういうのが全体の九割以上を占めているのが……。
 
 
担当教師は、口が回らなくて紙の扱いが下手な老教授。
設備はぼろいもボロいも、言っちゃ失礼なくらい。
暖房壊れ気味で、熱望走起きそうな高温の中。
あんまりにも時間が長すぎて夢を見ていた。
休み時間も各時間90分ずつ有るし……。
 
試験場は線路から遮蔽物無しで50m地点。
中央線の頻繁に通る列車の音がやかましい。
 
やかましと思っていたら、突然やんだ。
なんでも架線トラブルで東京-高尾間運転休止。
 
スザケンナ!
帰りエライ目に遭うんだまったく!
だって、入ってくる電車はもはや隙間無く肉がつまっている。
駅のホームももちろん、隙間無く人肉山積み。
しかも、ホーム側は人口内訳九割が野郎(生理的嫌悪感あり)。
……地獄だよぉ。
 
 
疲れたので寝る。

 
2001年2月27日
月曜、晴れ。強風低温。
 
 
もの凄く寝付きが悪かった。
癖なのだが、重圧から解放された次の夜は絶対眠れない。
零時に寝て、眠るまで軽く一時間。
寝たあとは三時に目が覚める。
むりやり寝る。
六時に目覚ましが暴走する。
寝付けない。
むりやり寝直す。
十時、口全開でよだれを垂らしまくりながら右手圧迫止血した状態で目を覚ます。
 
もう、散々な気分ですよ。
 
今日はyabusitaやらマリンやらK.A.Z.やら、ゾンビ(仮名)やらが遊びに来た。
 
まあ、遊び自体は極めて低調だった。
ゾンビ(仮名)に持ってこさせたPS2が無駄できわまりなかった。
やたらと変なCDの流通やら、MIDIのやりとりやらで何とか終わりを締めた。
 
ええと、今日印象に残ったことといえば。
なんと言っても揺玉先生(HNは入力しにくいので、ここではこう呼ばせてもらう是!)のKO大学合格報。
失礼な、とか言われるでしょう!ハイ、マジで?
 
いんやぁ、これは何て言うか、坪井のサヨナラホームランみたいな感じ?
ううん、とにかく凄いわ。
我々の仲間内でまともにブランドなとこに受かったの本当に希少だもん。
 
(うーん、私も対抗上がんばらなければならなかったのか?)
(疑問形な時点でお前もうダメだよ)
 
あと、貸してもらったワンダースワンカラーのファイナルファンタジー。
無邪気な気分で面白い。あれは良いのかな。
懐かしいとか、古典とか、楽しさはそこなんだよな。
私も、ゲーム人としては歳をとりすぎたのかな。
なんだか、クラシックしか聞かないオヤジになった気分だよ。

 
2001年2月27日
火曜、晴れ。微風適温。
 
 
結構予定日は、予定外の好天気の元に概ね成功に終わった。
 
今日は登校日。時間はお昼過ぎである。
はっきり言うと、三時間かけて通学する価値など皆無である。
だから、サボろうかとも思っていた。
 
しかし、どうせその方面に出て行くならば出来ることがあるではないか!
 
六年間、私のテーマだった成増-和光市-朝霞区間の風景写真である!
 
順当に受験処理は全て終了し、あとは現地巡礼するだけである。
もし進学が決まれば、そこはもう松江という大変な新天地である。
魅力的ではあるが、同時に六年間のテーマの地に戻ること困難になる。
ならば今の間、出来るだけの写真を採取しておいてしかるべきではないか!
 
 
というわけで、マツタケさんに頼んで自転車を借りて午前中散歩してきた。
 
 
順路は、まず和光市駅南口から線路沿いに東へ真っ直ぐ行く。
線路沿いの道は人通り、車通りが少なく、その整備具合が不釣り合い。
環七の上を通り、鉄道は複々線でうるさいのに、道は静か。
整備公園、セメント工場、線路をまたぐ橋と線路をくぐるトンネル、
そびえるマンション、ごつい製造プラント、空き地。
逆光で写真撮影には不向きだったが、目で見るにはすごく良かった。
 
やがて、見物・谷西の絶壁上にさしかかる。
線路南には、この開発困難な地点に大規模な墓地と寺がある。
県道の喧噪がにわかに耳を刺激し、車の流れが非現実的だった。
 
マンションの脇道から土の階段道を自転車で突破するのには勇気がいった。
丘の一部は小山として、桜の森のようになっていた。
自転車を降りて登ってみる。
 
頂上まで一分ほど。
見下ろす景色は枝にまみれて上手く見えないが、桜の季節はさぞかし美しいだろう。
後ろを振り返ると、崖の上に立つ十階以上の高層マンションが高級旅館のように美しかった。
この辺りは地価が高いのだろう、列車から見ると谷沿いに高層マンションが並んでいる。
しかし、私も駅から徒歩二十分でも良いから住みたいものだ。
 
寺院を抜けると、先程のものよりずっと小規模な県道に出る。
歩道が無く一車線の、田舎道のようだ。
今日の探索範囲は和光市内で、県道の向こうにある川より先は東京都だ。
よって、県道を北上して線路を越える。
 
線路は、谷を高架で越えている。
高架橋の下をくぐる付近では、まるで都会の中心部のようだった。
適度に静かで、川のおかげで適度に湿気があり、非現実的だった。
 
道の左手には絶壁がそびえている。
列車で見た記憶ではこの上には療養所のような古びた白建築があったが、
今回は線路から離れた北地区を初めて探検することが目的だった。
いずれ撮りたいものだ。
 
しかし、自転車が踏破可能な道がない!
崖には階段が設置されているものの、道路はこれと言ってないのだ。
凄い衝撃である。愉快すぎて顔は苦笑気味だった。
開き直って五分くらい一直線に走っていくと、その間にみっつくらい道路を見つけた。
どれも崖を這うように横向きに走るものばかり。
いよいよ私のココロは踊り狂った。
魅力的すぎるこの街は、私の夢のような存在だ。
 
大きく曲がった登り坂の上を先程の交通量の多い県道がまたいでいる。
 
 
坂を登りきると、そこは畑地帯だった。
住宅よりも畑が多く、道は大変曲がりくねり波打っている。
車の通りは驚くほど少なく、道は静かだった。
 
不意に水音が聞こえ、道は小さな川の上を横断していた。
 
畑の作物は大根が中心のようだ。
道が思いのほか入り組んでいて、方向感覚を失う。
畑を見渡して一休みすると、そこに大量のヒヨドリがいることに気が付く。
ヒヨドリは一株一羽でとりついており、葉を喰っているようだ。
それを狙って黒猫のつがいが身を低くして接近しているのを見た。
この狩りが成功したのかどうかを知る前に、時間が押してきたので休憩を終えた。
 
線路の向こう側は高い建物でいっぱいなのに較べると北側の発展は今一つだ。
駅付近には環七が大きく曲がって半地下ながら存在感を主張している。
大変無機質なエントランス通りを直行して真っ直ぐ進むとすぐ駅北口に出た。
 
駅の西側の交差トンネルをくぐってマツタケさんの団地へ急ぐ。
それ程小さくない通りだが、線路の下をくぐるために急角度で高度を下げる。
上には線路に平行する道路、複々線の本線、高架で本線をまたぐ引き込み線があり、
立体的な景観はここでもまた私を魅了してくれる。
引き込み線は営団の終点であり、これまた大規模である。
道路は失った高度を取り戻すべく急角度で登る。
右手には、道路をまたぐ線路をさらにまたいだ高みの線路を支える壁。
左手には自動車会社の工場と、二十階建て十棟以上の団地。
この旅の、私的に最大の見せ場だ。
 
 
自転車を返した後、二十分ほど時間が余る。
大変な部屋数の団地は、常に歩行者の途絶える間がない。
見てくれ的にも内装的にも割と高級感があり、清楚だ。
私は、この団地の空気も大好きである。
太陽を遮る構造物の迷宮が大好きなのだ。
 
団地の東の出口付近に、公共スペースのようなものがある。
そこに、閉鎖中の医院と歯医者を結ぶ歩道橋がある。
旅の最後も、立体交差が出てきた。
幸いにも日差しがあり、風もなく暖かい。
下のにぎわいに較べて橋の上は人通りもなく、絶妙だ。
廃れたベンチの上に腰掛け、ぼんやりと空に突き刺さるハイツを見る。
 
私の旅の目的とはなんだろうか。
それは、恐らく想像の場所を追い求めることである。
私にとって、人の住む見通しの悪くて見晴らしの良い場所は、
ジャングルや高空のような秘境に等しいのである。
 
ある時は街の風景やそのものについて。
またある時はバカな物語の舞台として。
そういうことを記憶を美化しながら考えていることは楽しい。
 
ベンチの上の二十分なんて眠る間もなく過ぎてしまった。
 
 
(旅日記終わり)
 
 
 
マツタケさんはどうも東大失敗らしい。
私は、彼とは有無を言わさず友達でいたいのだが最近はなかなか。
確実にお互いの間に遠慮が生じている。
自分も引いてしまっているので、やっぱりいけない。
久しぶりにまともな会話が出来て少し安堵している。
 
マツタケさんはどうして東大を志望しているのだろうか。
私は、それが一度聞いてみたい。
学力にみあったからか、ブランドに引かれているのか、
親の圧力か姉弟間の勝負なのか、支配欲なのか。
 
或いは、その様な無様な理由なんかよりずっと学びたいのか。
 
私のような内気な人間ではこのような事を問えないのが残念でならない。
ただ、一つだけ最大限に進んでいって聞けたことが、今年の失敗だけだ。
 
 
午後は悪友とスキー旅行の画策のため、上板マックに籠もる。
結局論議には参加しなかったが、なんとか決まったみたいだ。
ただ、国立後期合格の場合、日程的に厳しい。
なんとか成らないものかと思う。
 
 
 
家に帰って、久しぶりに『ダブルブリッド』ファンサイト
"DB2000"を見て、衝撃を受ける。
 
私がその絵を見てベタベタに惚れ込んだ挿し絵担当だった、
藤倉和音さんが交通事故で亡くなっておられたそうだ。
 
彼の作品センスは、友に言わせると今一つだが少なくとも私にとっては素晴らしかった。
ここで熱弁を振るっても仕方がない、しかし、……その死が残念でならない。
私の中では間違いなく昨今一二を争う画家というか、デザイナーというか。
他とは違う味を持っていて楽しかった人だ。
 
受験のために情報をセーブしていたため、もう葬儀も済んでいたのが悲しい。
今はただ、少しだけ不運を呪いつつも彼のご冥福をお祈りするばかりです……。
 
 
バイクって、安全上はやっぱり怖いな。
自転車好きな私は自動車よりもバイクに魅力を感じる。
そこに、「作家、バイクでトラックに接触、即死らしい」なんて聞くと。
 
……でも、それはともかくとしてオレの死に様としては、
好きなものに乗って死ぬならそれでも良いのかな。
 
……複雑だ、これは。
また今度別の所で考えておくとしよう。

 
2001年2月28日
水曜、曇り。春一番が吹いたらしいが当地方は寒く無風。
 
 
昨日の旅の余韻と、昨日知った訃報の衝撃がまだ残る。
 
今日は、島根行き旅券の手配をした。
ただたんに代理店に頼んで発見してもらっただけ。
別に書くことも無し。
 
あとは、ホームページの更新ばかり。
 
本日、cgi利用可の宣伝に負けてtok2無料に契約。
一応geoで築いた部分はそのままに新たな部分について頑張る。
しかし、まずはFTPの設定に負けそうな気配。
あ、あっぷ出来ない・・・。

 
2001年3月1日
木曜、雨のち雪。低温、風強く。
 
 
一体tok2は、どういうサーバー設計をしているのか!
転送サービスは確かに格好良いかも知れないが、オフライン時には為す術がない。
しかも、バナーの読み込みルーチンがずさんで、読み込み二分、
その上オフライン読み込み時にエラーを出すとは……。
 
cgi使い放題でも、いくらなんでも酷すぎる!
 
あ、一般的にきちんとしているかどうかは問題じゃないよ。
少なくとも、geocitiesは全くの初心者の私でもページが組めた。
それに対して、少なくともパスや広告についての思考が身に付いた
今の私に全く手がつけられないとは、少なからず嫌気がさす!
 
なんだかむかついたので、今後は真っ当に利用するのはヤメだ。
取り合えずはcgi利用のため、掲示板の移設と、
本当のダウンロード専門のサーバーにすることに決定!
っていうか、普通のページはやっぱりgeoで行く!
改善できたらそれに越したことはないのだが、ストレスためちゃいけねえ。
 
 
うーん、にしても最近は訃報が続く。
昨日書いたようにあの作家さんが亡くなられたが、他にも。
 
「愛聴する某MIDIサイトの愛犬、コリー。十歳で死去」
「私と同じ歳の友達の愛犬、ぷっちー。十七歳で死去」
「私の指をかじった親戚の犬、大吉。年齢不詳で死去」
「お隣の家の悲痛な遠吠えをする犬、家康。死去らしい」
「学校の前の家にいたキツネっぽい犬、どうやら死去」
 
……なんだよ、犬ばかりじゃねえか!
でも、犬猫の死ってのは重いよ。
彼らの一生は友達と同じ単位だし、愛着はずっと深い。
むしろ人と違って一線を引いて、人より潔く死んでいく。
その姿は惚れ込むばかりで、人の死と同じくらい辛い。
 
他人やその他の死の重さってのは、どうにも出来ないもんなんだろうな。
愛情の縛り付けや、保守的な思想に一番反する行為だもの。
好きという感情は、同じ明日を求める気持ち。
死を認識する立場として生きる者にとっては、相手の死は、
お互いの世界の断絶を有無もなく宣告されたようなものだ。
 
人でなくて犬でも、顔も知らない作家さんでも、思い入れと愛着がある限り辛いものは辛いのだ。
 
……、文章が続かなくなったからこの辺でやめよっと。
 
 
罵声、訃報と続けてちゃ見ている方も書いている方も気が休まらん。
今日は、珍しくネットサーフィンをした。
接続時間の関係で自宅からサーフィンをかけることは滅多にないのだが、
大容量のMOVファイルのダウンロードを行ったのでその合間にやってみた。
 
すると、"NSFファイル"を発見した!
 
NSFとは、ファミコンのBGMをアーカイブ化したもの。
割と有名なKbmediaPlayerで再生できるのだが、国内ではなかなか見つからない。
Zopherで発見した。
全てダウンロードで、6MBほどダウンロード追加だったが何のその。
当然やってのけましたや。
 
うーん、レトロの良さはやっぱりあるね。
 
ちなみに、先に落としていたMOVファイルの中身は。
「旧ソ連最強戦闘機Su-37によるクルビット機動の動画」
 
……エロファイルの方がマシな気がするのはオレだけか。

 
2001年3月2日
金曜、晴れ。低温、微風。
 
 
特に、これと言ってしたことはないなぁ。
 
ここ最近はやたらとホームページ更新したがり。
ようやく先日の和光市旅行写真をアップできた。
もちろん、geocitiesの方に。
 
なんていうか、有効な利用法を思いつくまでtok2は封印だわ。
掲示板に使えることは使えるけど、それもオフラインで利用できないとオレとしては致命的。
この問題が直るまで耐えておくべきか。
 
そうねぇ、Javaのステータス表示コントロールにはまってる。
書くのはやたらとめんどいし、手打ちでミスも多いけれど、面白い。
リンク先の説明は今後は全部あれで賄おうかと考えている。
 
 
スキー旅行。
いよいよ画策も、時期資金ともに目処がついたッス。
明日契約に行くのだが、その前にKAZ氏と話し合った。
 
KAZ氏は今回の旅行には行かないが、スキーの達人である。
当然、主目的は彼のスキー装備を借りることにあったが、ネタももらう。
 
スキーウェアの上に学生服を着て、上に鳶コートを羽織り、制帽を被り、長い棒一本を持って。
 
絵を想像すればわかるが、一回りして面白いとはこのことだ。
これはいけてる!
しかし、スキーで転ぶと絶望的に寒くなるし、一本ストックは極端に難しいらしい。
私は出来ない。
 
さて、一緒に来る皆さん。誰か挑戦する人!
だってさ、どうせ卒業式後に学生服なんて着ないっしょ?
最後にひとボケ!ね。
 
 
ま、こんなとこかなぁ。

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