気まぐれなるままに,でたらめなる友達論
 
 
暇なので、再び友達とはなんたるか論について書く。
友達関係で上手く渡っていくコツというのは、適当にバカを見せることだろう。
例えば、知人のSさんに対して私は非常に好感を抱いているが、彼の魅力は美貌ももちろんだが、話術を除いては成立しないものだろう。
彼の話術は非常に巧みである。第一段階、お互いに切り口がないときには積極的だ。話題を強制的に次々と打ち出し、同じ話を続けるよりもなるべく別の話題へと舵を切り、相手の出方を探る。
第二に、相手の切り口がよい話題が見つかるととにかく相手に説明させる。重要なのは超簡単よりも一レベル上のネタについて説明させ、それを興味深そうに聞き入ることだ。すると相手は得意になって話を始め、会話が終了した時点で相手は彼に対して非常に好感を抱いているという寸法だ。
 
要するに、相手に好感を抱くポイントというのはこと友情に関しては劣等感を抱かせないことである。威圧的な人間に対して弱気な人間は友達になることが出来ないのは当たり前なことであるが、一方的な話を続ける人間や自分の話したことに良い反応を示さない人間に対してほとんどの人は好感を持たない。
 
自分とSさんの場合、自分の大好きな話題はコンピュータと乗り物である。S氏は最初補講の話から始め、彼の得意なスポーツの話に繋げるも自分がよい反応をしなかったのを見て、すぐさま音楽からコンピュータへと繋いだ。コンピュータの話になると「CDってどれくらい容量有るの?」「MDとどっちが良い?」「SSとかPSってコピーできる?」「そもそもゲーム機の性能ってどれくらいなのよ?」などと多段式の質問を連発し、こちらとしては快くそれらの答えを提供できて大変良い思いをさせてもらった。
 
自分の場合、相手に対して質問をぶつけるのは大抵自分がわからないことか、或いは相手が絶対にわかりそうにない問題を考えさせる場合のみである。そして、多くの場合相手が知りたくもない自分好みの話題に無理矢理引き込み、一方的な説明をして楽しんだりしてしまう。が、こういう行為は相手の立場で見れば絶望的な仕打ちであることがわかった。
 
よく自分などは、それこそ自分の得意な話に流れを誘導するきらいがある。自分の場合は主に飛行機とか、コンピュータとか。人によってはガンダムとか、野球とか、ロケテストのゲーム機とか、思い当たるのは色々。共通して言えるのは、相手にそれをやられた瞬間「こいつとはもう話したくない」と言う気分になること。
 
自分は、少なくともこのことの害悪について気が付くことが出来た。S!ありがとう、我が恩師!
 
 
2000年12月19日夜
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