魂だけが、何かに突き飛ばされたかのようにそこに在った。
給水タンクに突き刺さり、最早指1本動かす事も出来ない『それ』を凝視する。

(不思議なものだ…)
体内から溢れ出した血液は、辺り一面を猩々に染めている。しかし血液特有の粘性は大量の水に薄められ、透明感すら漂わせている。つまり目の前の光景は、その不愉快な血臭さえ除けば、陰惨な事故現場というよりはむしろ、薄赤いセロファン越しに何かのオブジェでも見ているようだった。

(精神と肉体…魂と魄は2つ揃っていてこそ、人間であるのではないのか)
徐々に朽ちて往く「花京院」の肉体を冷静に見下ろしながら、「花京院」の精神はそんな事を考えていた。

(今の僕は、一体何というものなのだろう)

名も形容も与えられていない存在。
それはもう、この世ならざるモノという事だ。


恐らくDIOとの戦いはまだ続いている。戦況を知りたい。しかし空中に縛されている、とでも表現すればよいのだろうか。宙に浮かんだまま身動きも取れず、瞬きはおろか視線を逸らす事すら出来ない。自分のアナの開いた体躯と向き合う他、何も出来ないのが現状だった。

(どうにもイヤな状態だが…)
眸を瞑った自分の貌を肉眼で目視する機会は、確かに通常ではあり得まい。珍しいものでも眺めるように、極めて不自然な状況を受け入れる。
あまりの衝撃に、痛覚は既に麻痺していた。それでも、苦悶の表情だけは残したくない、と思っていた。苦痛の中でもがき死んだような印象を与えては、彼等に必要以上の負担を与えてしまうだろうから。それだけは避けたかった。
もう如何なる手段を講じようとも、「花京院典明」が蘇生する確率はゼロであり、それは諦めではなく、事実だ。

志を同じくした仲間が死んだ。

それだけですら、彼らをどれだけ傷付ける事になるか。自惚れではなく、自分がそう思える仲間達だからこそ。悲劇を演出するような真似はしたくない。心地好い故郷を後にし旅立ってゆく鳥のように、何も残さず飛び去ってしまいたかった。

(―――死に顔としては、不味くはないかな)
せめてもの願いが叶ったのか、ともすればタンクの中から起きあがり、文句を言いながらずぶ濡れになった制服の裾を絞り出しそうな姿に、我ながら苦笑する。


刻一刻と死に迫る肉体。だが、返せばまだ「生きて」いるという事だ。それ故に精神と肉体を繋ぐ糸が、いまだ自分の責務を果たさんと、強固に現状を維持している。
結果的にそれが、呪縛と言う形になっているのだ。
「アトゥム神」との戦いで、1度魂を抜かれている。そのせいだろうか。魂だけが浮遊する、というのは、明かに尋常ではない。しかし魂に抜け癖がつく、などというまぬけな話は聞いた事もない。
下らない事をつらつら考えている間にも、先程から何度か「時が止まっている」のを感じた。この世の時間の流れとは無関係な存在になったが故だろう。

(僕のメッセージは…正確に伝わっただろうか)
咄嗟に、文字盤を打ち抜くしかなかった。「時間」に関するものが、それしかなかったからだ。だがいまだ「時が止まる」のは、最終戦のケリが着いていない事を意味している。「世界」のスタンド能力がいまだ未知のものであったなら、今頃はもうとっくに瞬殺されている。
ジョセフ・ジョースターは謎を解いたのだ。後は彼等が然るべき結果を出してくれるだろう。そして、「花京院」に出来る事はもうない。為すべき事は総て終えたのだ。この世に未練がない事もないが、魂の消滅に対する恐怖や嫌悪はない。それなのに何故、自分はこんなところに留まっているのだろう。疑問が疑惑に変わろうとした刹那。
ばちん、と、高圧電流が体内を駆け抜けるような衝撃があった。また、時が止まったのだ。

(――――長い)
数回の「世界」発動によって、DIOは着々と経験を積んでいる。止まる時間が伸びているのは、スタンドが成長しているからに他ならない。それともDIOの能力をサポートするような新手のスタンド使いが現われたとでも云うのなら…承太郎達は更なる窮地に立たされてしまう。


(…違う、これはDIOではないッ?! 一体誰が―――――……ッ?!)
動かない首を巡らせ、その方向を見遣ろうとした瞬間、


1.「花京院」の肉体が完全に息絶えた。
1.止まった時間の中で更に時が止まり、異常な負荷が周囲に加わった。
1.「花京院」の魂と魄を繋いでいた緊張が負荷に負けた。


コンマ何秒の瞬差を置いて、ほぼ同時にそれだけの事が起こった。
物凄い圧力に押し潰され、魂の破片がバラバラと四散する。


(人は、魂の昇華の瞬間まで苦しまなければならないのか)


微かに大気を揺らし、「花京院」の魂は空/くうに融けた。





うっすらと白み始めた東の空が、
忌々しい程にゆっくりと、だが確実に彩度を取り戻してゆく。
花京院の血の気の失せた頬も、漸く闇から解放される。
だが既に、この世を遍く照らし出す太陽の恩恵を享受している事実を、
『それ』が自ら天に感謝する事はなかった。

もう、2度と。

出来なかった。







pray for white




親友はいるのか?
…考えた事もねぇ――――












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