LASTUPDATE20010615
| 「大丈夫…か?」 息も絶え絶えに訊くから、 本当は私にも切っ先が刺さっていたとは云えなかった。 槍、だろうか、矢だろうか。 どちらにしてもこの時世には限りなく非常識な武器が、 いきなり空を切り裂き向かってきた。 私目掛けて。 なのに。 |
|
| 「仗助君! 億泰君、来てる〜? 教室寄ったらもう居なくてさ〜」 学期末テスト最後の教科、数学の問題の答合わせで盛り上がっていた一団は、中心となっていた仗助の意識が逸れた事により、ひとりふたりと帰り支度を始め出す。 「あ〜〜、億泰なら速攻家、帰ってるぜ〜」 「へ? 何かあったの?」 疑問符を飛ばしている康一を横目に、問題用紙をカバンにぐしゃりと突っ込む。困った事に、今半分程照らし合わせただけで既に4問間違っている。快適な夏休みへの布石の為にも、配点が少ない事を祈るばかりだ。 「……今日は形兆さんの月命日だからよ〜」 そう云うと、仗助は椅子代わりに腰掛けていた机からゆっくりと立ち上がった。 |
|
| どうして、どうして 死んでいたのは、私だったのに。 こんな所でこんな訳も判らず死ぬなんて ホントにバカバカしいったらなかったけど。 あなたが狙われなくて良かった、と。 それだけはホントに良かったと安心した。 なのに。 私を庇って飛び出して、 でもその恐ろしい勢いは人1人射貫いただけでは少しも殺げる事無く、 2人まとめて串刺しになってしまった。 身じろぎすらままならず、傷口は見えなかった。 激痛に悲鳴は掠れ、死を予感した。 このままでは助からない、と。 |
|
| 不本意な鼎談は先刻から、露伴の本音をよそに当り障りなく続いている。庭先の鮮やかな青空へと視線を泳がせるその横顔に緊張が走ったのは、追加のコーヒーが運ばれて来る直前だった。 「露伴先生、いかがなさいました?」 怪訝そうに声をかけるセンセイ方も、露伴の視界から綺麗に消去されている。 「ちょっぴり席を外します」 「え、ちょっ、どちらに―――…?!」 弾かれたように立ち上がった露伴を引き留めようと、慌ててインタビュアーも腰を浮かすが追い付かない。 「何、ほんのヤボ用だよ、直ぐに戻る」 そう云い終わる前に既に駆け出していた露伴を、引き止められる者は誰もいなかった。 |
|
絶対にイヤだ。 あなただけは絶対に死なせない。 人を呼ばなくちゃ、 誰か助けて、この人を助けて! 早くしないと死んでしまうの、誰か来て!! 私は死ねない、 あなたの安全を確保するまで、 私は絶対に死なない。 だからあなたも死んだりしないで! |
|
| 「あっ! ちくしょう、オヤジてめー何すんだ! イジキタねぇぞ!!」 億泰が、彼なりに精一杯苦心して盛り付けた陰膳に、横から手を出して鷲掴みにした挙句ガツガツと食べ始めたのは、人の形を失って久しい“オヤジ”だった。半泣きで訴えても、小首を傾げるばかりのオヤジには通じない。 「てめーの分はこっちだっつってんろ〜がよ〜〜〜ッ!! 聞いてんのかぁ〜〜ッッ?!」 プッツン寸前で拳を握り締めても、振り下ろす事は億泰には出来ない。だが、そんな震える拳すら“オヤジ”はお構いなしにぶん取った分を腹に収めると、いそいそと家族の写真と一緒に大切に大切にしまってある紙切れを取り出し、億泰の顔を見ながらばしばしと叩きだした。最近「主張」と「要求」を覚えたらしく、憎たらしい事この上ない。 「くっそ〜〜、ナマイキだ! ぜってーナマイキだ!!」 頭からユゲを出さんばかりに怒り狂う億泰とは対照的に、はめ殺しの窓にはのんびりとした青空が四角く映っている。 「〜〜〜〜今日だけだかんなッ!!」 結局根負けした人の好い億泰は、蹴り飛ばすように椅子から勢い良く立ち上がった。 |
|
| なのに。 私は生きて、あなたは死んだ。 凶器のない不気味な殺人事件は、 報道規制され、捜査の進捗さえ芳しくない。 それだけではない。 いつの間にか痕すら残さず消えた傷口は 「始めからなかった」のだと決め付けられてしまった。 思い込みだの被害妄想だの自殺願望だのと ありとあらゆるカッテな理由をつけて私の言葉を否定した。 医者や警察や、身内まで。 悲しい。悔しい。 犯人扱いされないだけまだマシ、という状況に歯軋りする。 ひとりだけ、助かったから。 憎い、憎い、憎い。 |
|
| 時間通り蒸らし終わった紅茶をカップに注ぎ、承太郎はソーサーごと持ち上げるとソファに腰を降ろした。平穏を絵に描いたような青空をガラス越しに眺めながら、熱い紅茶をすする。 「・・・・・・・・・」 約束の時間は幾らか過ぎていたが、客人の気配は未だ感じられない。苛立っているのか気に留めていないのか、その表情から心中を察する事は不可能に近い。年季の入ったポーカーフェイスではあるものの、今日に限っていささか気の抜けたようなオーラが彼らしからぬ印象を与えていた。 だが不意を衝いて視界の端を掠めた影に、誰もが知る「空条承太郎」へと一変する。暫くそれを観察し、おもむろにカップをテーブルに押し戻す。厳しく眉を顰め、承太郎は躊躇なく立ち上がった。 |
|
| あなたに庇われてまで生きたいなんて、 …あなたの代わりに死んでしまいたかった。 私が死んでいれば、 あなたが生き残ったかもしれないのに。 戻って来て。 一緒に生きたい。 死ぬには全然、早過ぎる。 あれは君の見たヘンな夢だよ、と。 笑って総てを幻にして欲しい。 逢いたい、逢いたい。 あなたに、逢いたい。 もう一度、逢いたいのはあなただけ――――――――・・・・・ |
|
stay gold〜あの頃のままでいて。 |
|
| それは、唐突に現実となり忽然と目の前に現れた。 | |
「そう云えばさー、この付近だよね〜」 康一は思い出したように仗助に声をかけた。 学期末テストも結果はともあれとにかく終わり、夏休みは直ぐそこまで来ている。浮かれた気分を抱え、康一はご機嫌だった。 吉良事件が終局を迎え、ジョゼフや承太郎は杜王町を発つ日程を具体的に決めた。それを伝え聞いたトニオ・トラサルディが自らの店舗を提供し、主だったスタンド使いを集め、慰労と追悼を兼ねた送別パーティを開くという。由花子も腕を振るうらしく、新メニューを考案中との事らしい。その陣中見舞いに、今密かに注目を集めている「特撰・杜王グランドホテルブレッド」を差し入れようと、杜王グランドホテル内にあるベーカリーへ向かう道すがらの出来事だった。 『恋は盲目っつーけどよ〜』 あの由花子が康一とのデートの時間まで犠牲にするという気合いの入れように、仗助はやはり多少の恐ろしさを感じるも、康一は一向に気にした様子はない。むしろ料理への期待は高まっているようで、 『気が付かなくてイイコトってのは、世の中確かにあるよな〜。後がコワそーだけどよ〜〜』 そんな事を考えていた仗助は、康一の声を完全に聞き流してしまった。 「何だって〜?」 大したスピードは出ていないものの、バイクに乗っているからして声はそれ程通らない。仗助の背から伸び上がるようにして、康一は声を一段大きくした。 「ほら、例の連続通り魔暴行事件だよ〜」 川尻浩作、否、吉良吉影事件が佳境を迎えていた時、杜王町では奇妙な小事件が発生していた。 曰く「透明人間に殴られた」と。 決して人通りが少ないとは云えない道で、しかしただひとりの目撃者も出さずにその犯罪は行われていた。隣を歩いていた同行者ですら、犯人の接近に気が付かない程巧みに。幸い怪我の程度はそれ程深刻なものではなかったが、分別のない暴行は、いつ凶器を用いた凶悪犯罪に転がり落ちるか予断を許さない。目的があるのか無差別の行為なのか、ここ暫く猟奇殺人が続いただけに話題性は低かったが、意図の見えない不安は確実に膨らみつつある。 「まだ犯人捕まってないんだって。気味悪いよね〜。ひょっとして、スタンド使いが関係してたりするのかな〜?」 康一のぼやきには、憤りと困惑が混じっている。言外に「吉良吉影は倒したのに」という意味合いを察知し、 「承太郎さんが云ってたんだけどよ〜」 仗助は視線は前に向けたまま、そう前置きして後ろの康一に話しかけた。 「吉良吉影ってのはこの街の悪の元凶だったけどよ、タチのワルいスタンド使いを集めてボスやってた訳じゃあね〜んだよなぁ〜」 「??? うん?」 「承太郎さん達が昔闘ったDIOってのは、スタンド使いを探してきたり作ったりして、自分に仕えさせてたんだってよ〜。カリスマだったり肉の芽使ってな〜〜」 だからこそ、DIOの死は彼等に大きな影響を与えた。生き残った配下達は軒並み鳴りを潜め、暴走した肉の芽により「怪物」と化した者もあった。肉の芽、が実際どのようなものか、仗助も康一も知らない。それでも「肉の芽」と聞くだけでぞっとする。身近にその犠牲者がいる。現実を目の当たりにし、充分過ぎる程その恐ろしさを知った。そしてそのDIOに立ち向かい…生き残った者達の強さも。 だが今回のケース、杜王町の場合は違う。 吉良吉影は他人と群れようとも、他人を支配しようともしなかった。吉良吉廣もまた、最愛の息子に危機が迫らぬよう、承太郎達を撹乱させるためだけにスタンド使いを増やしていたに過ぎない。 吉良が引き起こした事件は解決した。だがそれは、吉良吉廣、もしくは矢の気紛れによりスタンド使いにさせられた者達がまだいるとしたら、彼等には何の影響も与えてはいない。それこそ川尻浩作のすべてを奪って逃げ延びた吉良吉影のように、ごく普通の暮らしを続けている。潜在的にスタンド能力を秘めた人物が、何を契機に暴走しないとも限らない。 「四六時中キバってる必要はねーけどよ〜、何かアヤシイと思ったらそのままにしねーでとりあえず「疑え」だとよ〜」 「ふ〜〜ん」 理解したのかどうなのか、いまいち頼りない返事に苦笑いする。 「鈴美さんに訊けたらいくらかラクなんだろーけど、鈴美さんもいっちゃったしよ〜」 「鈴美さんがいないと、やっぱり何か、寂しいよね〜…」 思わず見上げた青い空には夏の日差しが白く溢れていて、クリーニングの近くなった学生服を酷く重苦しいものに感じさせた。 |
| INDEX | NEXT |