LAST UPDATE 1999.6.6

■0 愚者 -THE FOOL-

 

夢の闇の中を走っている。

自分の手すら見えない墨染の闇は、

永久に続いているのか、3歩前で途切れているのか。

それすらもわからない。

誰かに追われている気配はなく、

何かを追いかけている訳でもない。

何故、走っているのだろう。

一体、何処に向かっているのだろう。

 

ごつっと何かに足を取られる。

どっと冷や汗が流れる。

闇が闇の中に口を開いていても

見極める事は出来ない。

もうこれから先には無数の虚孔が、

罠を巡らせ獲物を待ち伏せて

いるようにしか思えない。

落ちたら終わりだ。

全身が竦む程の恐怖を感じているのに、

不安を掻き分け突き進んで往く。

我乍ら、良く足を踏み出せるものだ。

次に出す一歩の下に、地面があるとは限らないのに。

心なしか少し楽しい。

恐怖のあまり、感覚がズレているのか。

少し、違う。

ブレーキをかける恐怖に逆らって盲進するのが、

きっと愉快なんだ。

 

怖いもの見たさ。

一言でいうなら、それだ。

自分の限界を、探しているのかもしれない。

 

突然目の前に、同じように走る人物が現れる。

いささか邪魔に感じて、追抜きをかける。

擦れ違いざま顔を見ると、

驚いた視線を向けたそれは――――自分自身…?

 

よく確かめようとしたものの、

それはあっと言う間に

遥か後方へ消えて往った。

 

振り向いたままの視界の中に

何者かが、また入り込んで来る。

 

取り立てて急ぐ風でもなく追いつき、

あっさりと抜かされた瞬間

嫌な予感と共に目が合う。

 

自分と同じ顔をしたそれがニヤリと笑う。

それは確かに、先刻の自分のもの…。

瞬く間に、その背中は遠ざかって往く。

 

未来の自分を追い越し、

過去の自分に追い抜かれる。

同じ時間に、複数の自分が在るのか。

 

…いいや、そんな事はある筈がない。

未来の自分など存在しない。

それは、現在の自分が作り出した安易な偶像。

 

過去の自分に追い抜かれる筈もない。

それは、現在の自分が作り出した卑屈な妄想。

自分と言う名の、他人。

切り離された、意識。

自分を騙る、自分。

 

混乱――――――…迷うな。

 

選択肢が幾つあろうと

選べるものは1つ。

選ぶのは自分。

過去でも未来でも他人でもなく。

 

自分が在る処。

それは今、

この思考を掌る意識が存在する場所。

この、一点限り。ただ、それだけ。

もう少し、走ってみるか。

いつの間にか止まっていた自分に語りかける。

とん、と地面を蹴る。

思ったよりも軽く、躯は動き出した。

 

目が醒めるまでにはまだ時間がある。

ひょっとすると何か、

面白いものを見つけられるかも知れない。

 

否、

必ず見つける。

――――奈落の淵に、飛び込む前に。

 

  初出 19990527 

一部改訂19990605

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