■15
悪魔-THE DEVIL-

Variation2
淡・淡・淡。
空/くう。
流・婁・覯・瑠。
ロビーのソファーから
異国の晨光/そらを見上げる。
雲が薄く刷いたように伸び
青は随分と薄い。
見慣れぬ景色が
酷く近い。
ゆら・ゆら・ゆら。
曉の凪に空が淡む。
舞・舞・舞。
花。
宵・酔い・旨い。
記憶の中に藤が匂う。
風散/ふぢの命が、不死/ふしと重なる。
巡廻の輪が、久遠の標/しるしと姿を代える。
ならば死は…
そう邪険にしたものでもないだろう。
闇雲に畏れるでなく
捨て鉢に飛びつくでなく
死を否定する事により
生きる気力を獲るのではなく。
ひとつの選択肢であるとすれば
それは、きっと、悪くない。
勿論、まだ死ねない。
死にたいとも思わない。
それでも。
死の存在を受け入れる。
それだけで心が少し軽くなる。
恐怖がひとつ、不二に融ける。
はら・はら・はら。
宵の波に花が舞う。
駆。
稀・氛・己・寄。
唐突に響く不快な音。
地獄の底の亡者の叫びも似た…歓喜の声?
払。
来・禮・儡。
転。そして、暗。
ああ、ここは―――また、来てしまったのか。
もう来る事もないと、忘れていたのに。
こんなに遠い地から…
魂/虚霊の浮遊。
再・贄・蔡。
魄/実躯はどうしているだろう。
硝子越しの空を
物憂げに見上げているのか。
もしかしたら
軽く微睡んでいるかもしれない。
なんの違和も与えず。
蝉の抜け殻のように身動ぎもせず。
まるで生きているかのように、
ただそこに在/ある。
塊・痕・昏。
ふふふ。
そうだな。距離など問題ではない。
みつからない誰かを捜し疲れ、
ぼろぼろに果てた末に辿りついたこの世界。
影の色した黒だけが展がる闇の中は
居心地が好かった。
ここでは何も見えないから、
『ひたすらに捜し続けた誰か、など
僕の歴史の創めから居やしなかったのだ』
そう、納得する事ができた。
ひとりの理由が欲しかった。
脆く孤独に苛まされ、
心の砦を築くため
僕が僕に魔法/目眩しをかける。
閇じた闇の中では
何を求めても無駄な事を知っていたので…
誰かを「捜しにゆかない僕」を
ひとり蹲る僕を正当化する為、
頗る得心のゆく理由を
手に入れた気になれた。
『誰もみつからないのなら
総てを締め出してしまえば良い』
誰も居ない闇の主となり
小さな満足感を得た。
自虐という名の限りなく脆い結界。
帰りたい。
ここから抜け出すなど
意識した事もなかったので…
どうしたらよいのだろう?
破。
卦・化・袈・華。
暗。 更に、 転。
そうして、あの時。
何もない闇の更に奥から
忽然と現れた存在/もの。
全身が総毛立ち、足が竦む。
後退るタイミングを失って、
恐怖している事を悟った。
闇よりも濃い影を従え、
優雅にして泰然と佇む存在/それ。
妖しく歪む口元だけが
影の中にはっきりと浮かび上がり…
あれは何者なのか、
どこから現れたのか。
解かる事は、ただひとつ。
逃げられない。
僕の居場所/存在を押し潰してゆく、
圧倒的な力。
あっさりと主を乗り換え蠢く
かつての砦。
何人たりとも立ち入る事の出来ない
この空間に軽々と入り込むのは…
≪こんなちっぽけな安心感で
君は、満足しているのか≫
ゆったりとした声に気道を塞がれ
呼吸が引き攣る。
奇妙な圧迫感。
≪何をそんなに恐怖している?
恐れる事はない≫
きっと僕は殺される。
実感が胃液を押し出し、喉を焼く。
口の中がおかしい。
無意識のうちに「法王の緑」を纏う。
この現象故に、迷い込んだこの空間で。
防御したところで、結果は見えている。
力の差は歴然とし過ぎていた。
敵わない…それなのに。
≪その能力を…君よりも
誰よりも理解しているのは私だ≫
無駄だと判っていても
無意識が行う保身。
そう、今までの繰り返し。
無意識? 否!
そんなもの、大嘘だ!
≪君の悲しみ、苦しみ。
私には手に取るように判る≫
痛い・痛い・イタイ。
喉が、胃が、頭が、四肢が、
巨大な真綿に磨り潰されるような
(そんな事が可能であるならば)
感覚に臓腑が捩れる。
≪君が求めているものは
全て私の手の中にある≫
声がうねる度に
躯中がぎりぎりと締め上げられる。
爪先立ちになり、
少しでも呼吸を取り戻そうともがく。
≪大いなる安心。
そして、君が望むのならば
気の済むまでここにいてやることも≫
「法王の緑」が音もなく消滅する。
背骨が割れる鈍い感覚。
そうか、僕はここで死…。
≪友達になろう≫

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