失敗に学ぶとは?
はじめに
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私は非常に失敗の多い人間である。 しかし、その内容は千差万別で、いつも気をつけていない限り、 それは解決しないのではないかと考えてきた。 しかし、ある時気づいた。 私の行う失敗にはどれも何かしら似たような所がある。 それを分析して、失敗がどんなところで起きているのかが、分かれば、もしかしたら解決に近づけるかも知れないということに。 |
いきなり出されてもなんだか分からないだろうが、これが私の学習の集大成である。↓
| 表1: 人間が起こす行為・失敗を分類した表 | |
| A 人間の心自分、対象、周囲 {気づく・認識している} | @ 対象への興味・関心、好き・嫌い。 @ 責任・義務感。役割意識。 →行為への意欲、向上心。 @ 物事を見ようとする心。新しいものを発見する心。 @ 素直に目の前の現象を認める心。 |
| B 人間の能力自分、対象、周囲{出来る・実際にやっている} | @ 知識 −−−量(幅)・質。 −−情報収集。 @ 理解 −−−知識の理解。 −−知識の実用。 −−知識の発見。 @ 会話 −−−適切な情報収集・伝達。 @ 手順 −−−ミスのおきやすい部分の抽出。 −−注意点をチェック項目としてあげる。 −−難しいところは複雑化。 −−易しいところは単純化 @ 対人関係 −−−良好に保つ。 −−協力関係を築く。 −−結果の予測 正当性。 |
| C 自己を取り巻く環境{存在してる・機能してる} | @ 場の雰囲気 忠告、助け合い。 @ 情報の共有(失敗の情報)。 @ 時間・空間・人員・物品・設備・土地(立地条件) @ 非常時、変更時に対処できる(十分か、余裕があるか) @ 要求される成果・結果の正当性。 |
表1の作成日:2002.12.20.管理人。
上記のように必死で自分の失敗に含まれると考えられるものを項目上げしてみた。
なに?
どうすればこれが出来るかって?
そんなもん知るか!自分で考えろ!
それが次の課題です・・・
| 失敗の分析の役に立て方。 |
これまでのまとめ 一応だが、大体こんな図になるというものができあがった。そこで、次はこれを役に立てることを考えていく。 まず、説明する際のことを考えて組み立てていった。最初に表1を出されてもなんだかよく分からないので、失敗を三つの大項目に分けて考える見方を説明する。 A:見方 @ 自分の心 そこに向かおうとする心 失敗を認めようとする心 @が出来ない限りその場でA、Bは実行できない A自分の能力持っている B 周囲の環境 存在する 出来る 機能している @からBはそれぞれあるかないか、出来るかどうかを考えて。 次に、見方の例として、失敗しやすい人と、そういう人を指導する人の考え方について考察してみた。 B:見方の例 失敗しやすい人はこう考えて 自分にとっても、周囲にとっても良い方向はどっちなのかを考える 性格を変えると考えるのではなく、やり方を変えると考える。 自分が今まで行ってきた行為、そこから生まれていた間違いを認める。これは今までうやむやにしていたことであろうから、時間がかかり、苦痛が起きる。 失敗をなくす努力は、注意することだけでは不可能である。注意していても失敗は起きるのだから。 失敗したときのフォローを考えておく。予想される事態にどう対処するかを考える。 恥、外分、損得などで失敗を隠さない。 失敗しないような処置をどん欲に行う。失敗しなくなることで、周囲にも良い影響が起きると考え、そのためになら他人を利用しても良い。 周囲と失敗の経験を共有する。言われることに腹を立てず、むしろ喜べればいい。 (だが、普通、間違いを指摘されると、人間はいやな感情を持つものだ。) 失敗してもくよくよしない、落ち込んだり、忘却したりして元の状態にもどることこそ恐れる。 失敗する人を身近に持った人はこう考えて 失敗を報告すれば怒らない、逆に報告しなければ激怒する。 怒る際は失敗した物事に対して注意し、不明瞭で改善の難しい言葉を使わない。 子供扱いしたり、劣等感を持たせない。こうなると、何か言うほどに言われたこと自体や、インパクトの強い言葉に対して考えるようになり、結局は自分自身の心の声に従うようになる。身内に対してはこうなりやすい。(とほほ。) 洗脳しない。その方が楽だからと言って、言ったことにだけ従うような人間にしてはいけない。 失敗の経験は共有しておき、普段の会話の中で言うようにする。 |
まとめの作成:2003.1.17
東大工学系大学院教授 畑中洋太郎著 失敗学のすすめより
本書は統計学によって導き出された個人や、組織の失敗に対し、どのように対処するべきかを説いた
貴重な学習教本である。
| 本書で説いている項目 | 内容 |
| 失敗の本質 | 「人間が関わっている」「望ましくない結果」それが失敗。 失敗を悪いものとして、追いやってしまわずに、失敗に目を向けることが、失敗を繰り返さないための第一歩である。 |
| 失敗を生かしてきた歴史 | 大きな事故が、社会的な啓蒙活動に与えてきた影響を、実例を持って示している。学生に対して、記憶に残るような失敗談をすることで、学生の成長を図る。これは擬似的に失敗の経験をさせることが出来るから。 |
| 失敗には種類がある | 次に生かせる形の失敗、そうでない失敗など、失敗の原因を想定して、様々な種類に分類している。無知、不注意、手順の不順守、誤判断、調査・検討の不足、制約・条件の変化、企画不良、価値観不良、組織運営不良。という具合。なかでも、著者が経験して感じたと思われる、組織の樹木構造によって起きる不具合を例示している。 |
| 失敗情報の特徴 | 失敗の情報は、伝わりにくく、減衰しやすい。本人も、周囲も、それを隠したく思い、原因を追及するよりも、単純にこれが悪いと決めて、決着をつけてしまう。実際に行った行為の情報は一般的に役に立たず、その原因をほかの人間に理解できる「知識」として、変換しておく必要がある。 |
| 失敗・行為の捉え方 | 物事を全体として捕らえる。あらゆる行為を多くの可能性の中にある物として考える。ともすれば単純化し、狭窄した思考になる自分をコントロールする楽しみ。その努力、例としては、思いつきを全てノートに書き連ねてみる。空想ではなく、現実的な想像してみる。 |
| 私の研究との対比 | 私は、上記した項目を100個程度の失敗を想定した項目を用いて、分類、構成してみた。実際の経験も入っているが、それを本当に分析し切れているかは証明していない。人間の行為である以上証明は困難であり、おそらくは著者のように自分の経験を取り混ぜて記述する本としてしか、利用できないだろう。著者は、元、製造過程を経験したサラリーマンであり、公務員という上の意向に左右される立場にあり、私のように親の臑をかじっている者とは実際の経験量が違い、失敗の実例を多く示している。歴史を知り、経験を積むことで私の学習ももっと役に立てる形に出来るかも知れない。 |
おわりに
記入の仕方は私の理解によって描かれているため、
一部著者の意向とは異なった表記がされていると思うが、
失敗の学習とは、個人個人が自分で想起しやすい形、関連性の大きい形へと、
変化して利用すべき物であり、その形は不変な物ではない。
誰もが、利用できる物は作成は不可能ということだ。
しかし、この失敗の捉え方そのものは不変の物であり、物事にあたるとき、
何をどれだけ創造して行えるか、
つまずいたときにどれだけ早く、的確に行動できるか。
その手助けとなる物として表せていれば、私の学習もまんざら捨てた物ではないと思う。
まずは自分が記載したことを利用できるかどうかだ。