失敗についてのお話。 少し、気を抜いて、おはなしを・・・。
失敗は成功の母である。
しかし、くよくよしていると、前に進みにくい。かえってマイナスになる。
明るく前向きな行動こそ、失敗を減らす源である。
これは不変の真理である。
あなたは悪くない!
・・・だからといって、周囲もおそらく悪くない。
じゃあ誰が悪いんだろう。
誰も悪くないかも知れない。
大事なのは前に進むことであり、それ以外のことではない。
自分も、他人も前に進めることが最もいい道である。
失敗とは、こうでなければならないという、思いの強い人ほど増える。
同じ結果に対しても、より失敗だと思うことが多いからだ。
それでも、努力していける人は偉大であるが、ほとんどは、もうだめだと投げ出す。
結局は同じような失敗をして、それと気づかない鈍感な人でも、前に前に進む人の方が、より先に行っている。
社会的な成功は、ほとんどの場合、お金や、権力、名誉は満たしてくれるが、個人としての意志、性格は、
全く無視される。
社会的な落ちこぼれこそ、自由に、本当の自分のままで生きることが出来る。
もうひとつ。
エリートになる、社会的な成功を得ることが、よいことであるというのは、一部の無知な物が作った幻想であり、
それに多くの人がだまされているのだ。
どんな立場にいる人であれ、その立場にいる自分を楽しめない限り、不幸せである。
人間が求める物は、実際は些細なことである。しかし、目の前に様々な物が飛び込んでくるために、
見失ってしまうものだ。自分に立ち返り、本心に向かい合える人は幸せである。ひとはその努力を惜しむべきではない。
失敗の分析
失敗は分析していくことで、その成因を知ることができ、どこに注意が足りないかを明確にできる。
もちろん、それで改善されるわけではないが、少なくとも、盲目的に注意するだけでは、改善されないのは明白である。
世界各地で発生している問題も、身近に起きているちょっとした問題も、分析していけばその成因においては同じものであったりするものだ。簡単に考えてはいけないが、難しいものと、最初から理解することを捨てるのも悪いことである。
人間、仕事や、自分で何か作業をしているときでも、失敗をしてしまうものである。
その多くは、うっかり見過ごしたり、深く考えずに行った結果であろう。
しかし、中には、自分のせいではなく、自分の了解している範囲外で、起きたあげく、自分のせいにされたり、
自分の作業に必要な事柄を周囲が伝えなかったことにより、起きることなどがある。
つい、周囲の人間のせいだと考え、そして、次に、いまさら、とか、人のせいにするなんて、と、後悔や、自己嫌悪にさらされてしまう。
さて、これは良く経験することであるが、いったいどうしてこうなってしまうのだろうか。
先に挙げた例は、自分の了解の範囲外での出来事、そして、周囲からの必要な情報の伝達不足だ。
これはどういう状況が考えられるだろうか。
誰でも、こんな状況は陥ったことがあるはず。少し考えてみよう。
まず、あんまり言いたくないことを先に書いてしまおう。
「自分の仕事に関与する事柄を、勝手に変えておきながら、どうして自分にその情報を伝えなかったのか!」
怒りたくなる。そして、改善してもらわないとならない。自分も、その情報に関して、簡易な形で情報伝達が出来るように協力は惜しまないのだから。
とはいえ、他人に努力を強いるというのは、難しいものだ。やる気がなければ何もしないだろうし、怒ってみても、人間関係がぎくしゃくしてしまうと、職場の雰囲気が悪くなり、仕事そのものもつまらなくなる。
じゃあ、自分に何が出来るだろうか。
周囲の人間と、普段から、会話して、報告なんて形式にこだわらず、円滑なコミュニケーションが取れるように、心がけること。・・・・なんと、こんな所にも、対人関係の重要さが隠されているわけだ。