人格改造計画。
人格の改良でも良いが、自分自身が、自分の変わりたい、変えてもいい人格を部分的に変化させること。
人間の性格、人格、定義は色々あるので、ここでは、人が行為を行う際に、どんなことを考えて行っているかを考えるものとして、考えた。

あっ、失敗したかな?
そう思ったときに、隠したい。恥ずかしい。とか、後ろ向きな気持ちを抱くものだが、
改善するにはどうする?どうすれば良くなる?
こういった気分になるのも、通常の流れであろう。

しかし、意外と、自分で、もうすんだことだから、とか、思い出したくないと考えて、忘れる方に努力してしまうのも良くあることだ。

ここで、踏みとどまれるようになること、それがはじめの目標である。

簡単ではない。理屈ではなく、いつものパターン、慣れとして、そういう防御反応をしているものを、無くすのだから。

こういう場合、失敗する人のほとんどは、とにかく我慢する!
頑張ります!!
と、人一倍意気込んでいるものだ。

自分の欠点、失敗した経験だけはいっぱい思い出せるから、また自分が同じ状況に陥り、つらい経験をして、周囲にも申し訳ない気持ちになってしまうのではないかと、不安でいっぱいなわけだ。

しかし、実際は改善してるかというと、部分的にはできても、結局は、同じ状況に至っている。
失敗も、同じ状況ではなくても、同じようなことで、うっかりミス、連絡ミス、物忘れが出てしまう。

それにより、頑張っても自分には無理だとか、できないと思い、やる気自体を失ってしまう。
悪い循環の完成である。

こんな状態にいたらず、自分が前に向けるようになることが必要であるが、私もそうなった経験があるので、そういう状況、煮詰まった状況からは、何とも抜け出せないものだ。私は一回職場を辞め、頭を空っぽになるまでさましてから、自分のやりたいことをやるなどして、その際に起きた苦労、つらさを通して、職場の人間の気持ちが少しずつ見えてきて、ようやく、そこから抜け出すことができたのだと思う。一人ではまず、無理だった。
カッコつけず、馬鹿な自分を見てもらおう! 隠してきた、否定してきた自分の心。(他人に指摘されると、とにかくそうじゃないと、否定してしまう心。)それに、素直に向かい、認められること。
そんな時、初めて、恥ずかしい自分から抜け出せるのだと思う。
恥ずかしい自分、これは、表現が難しいが、自分が進みたい方向に進めないでいる、自分自身をまっすぐ前に向けられないでいる自分。そんな自分を恥ずかしい自分と考え、そこから抜け出すことを考えたのだ。

今までの自分。好きなところもあるけれど、嫌いなところも多い自分。変わってしまうのは怖いし、寂しい。しかし、社会に出て、自分を変えずに接し続けることは不可能に近い。個人で作業する技能職でも、一人で他人と接しないでいることなんてできない。どこかで、他人と出会い、そこで摩擦が出る。そこで、受けたストレスから、自分が徐々に向かいたい方向から離れ、いやな方向に向かっていくのだ。
そんなことになるくらいなら、自分の中で、変えられるところ、変えたいと思うところ、変えても良いところ、そんなところを変革させてしまおう。
それが人格改造計画の発起であった。

自分を変えないために、自分の変えられるところ、悪い所を、(ここでは、社会に適応できない部分を差す)、変えていくという発想である。