皇王付きの馬丁から愛馬の手綱を受け取り、クルガンから手渡された黒いマントを頭からすっぽりと目深にかぶると、ジョウイは栗毛の馬に跨った。 ふと、闇の中に浮かび上がる白亜の城の窓に目をやると、そこには、いつのまにか白い肌の人影がある。 室内の明かりと手に持つ燭台。浮かび上がるシルエットは黒い髪、赤い服の皇女。 仮初めの愛を誓った我が妻、ジル、その人だった。 窓枠に手をかけ、こちらを見やるその表情は、逆光で伺い知れない。そんな彼女にジョウイは目を伏せ、気づかぬ振りをして馬を蹴るのだった。 ジル・・・ そっと、口の中でその名を呼んでみる。 しかし、彼女ではダメなのだ。彼女ではダメだった。 自分と同じ境遇、同じ哀しみを持つ彼女。 それ故に、自分は彼女に救われた。同じ哀しみを見つめる事が出来た。 それも愛情の一種ではあった。 だが・・・・癒されはしなかった。 同じ境遇、同じ哀しみを持つ者として、癒しより、愛情より、同情の方が強かった。 どうしても、同情してしまう。 そして、同情してしまうが故に、彼女は癒しとは最も遠いところにいた。 自分は彼女では癒されない。それ以上に自分が癒すこともなく、決して癒されることも無い。 飢えたような自分の渇望を満たしてくれる存在・・・・それは、彼女ではなかった。 すまない・・・ 彼女に同情以上のものを与えてあげられない自分に嫌気が差す。 それでも・・・・どうしようもなかった。 それ以上の思考を止めようと、ジョウイは馬を駆り、皇居の門を目指して疾走する。 総力戦に向けての準備でざわつく居城は、誰もが己の職務に忙しく、黒っぽいマントを羽織った、たかだか一騎の人馬に気を止める者は、誰もいなかった。 やがて、人馬は、皇都ハイランドの城壁を後に闇の中へ溶けだしていく。 城壁を遥か後方にして、しばらくすると、前方に黒く広がる深い森が見えた。 皇都ハイランドの防衛もかねる広大な森である。 崖や起伏に富み、昼なお暗く、磁場を含んだ大地は、あらゆる磁石を狂わせ、およそ一般のものであれば、案内人なしには生きて出られないとされている森。 その森を、ジョウイは案内人もなく、まるで我が家の庭のように馬を走らせる。 ハイランドの軍門に下ったときから、少しずつ、森の中に踏み込み、地形と地図を作ってきた成果であった。 走らせること数刻、その鬱蒼とした黒い森の中で、不意に右手から迫ってくるものがある。 「何?」 人ではない。ましてや馬でもなかった。 漆黒の闇の中から聞こえるのは、土を蹴る音と獲物を求める獣の息使い。 それは、あきらかに・・・・。 馬が、恐慌を起こしたように跳ねて、いなないた。 「どう!」 手綱を締めて馬を静まらせ、落ち着かせるように首を軽く2・3度叩いてやる。 馬脚をゆるめないように走らせながら、ジョウイは冷静に周囲の状況を伺った。 そのまま走らせること30分。 追っ手の追尾は、まだ、消えない。 20・・・30・・・・ 土を蹴る足音から、相手の数を把握する。 どうやら、自分たちを追ってきているのは、無数のモンスターらしい。 だが、おかしい・・・・・。 ジョウイの乗る愛馬は、名馬の産地であるハイランドの中でも屈指の駿馬である。 その馬脚にぴったりと、しかも、執拗なまでに追いかけてくる。 通常のモンスターであるならば、これほどの数で群をなさず、しかも、たった一騎の、エサにすらも足りない獲物を追いかけてくるようなことは、まず、なかった。 考えている内に、モンスター達が一気に距離を縮めてきた。 これは・・・・・。 敵の方が足が速いらしい。このまま、馬の速さに乗じて逃げ切るのも手かと思っていたが、どうやら、状況はそれを許してはくれないらしかった。 「はあっ」 方針を変えたジョウイが方向転換を図る。 計っていたように、数匹のモンスターが襲いかかってきた。 ザシュッ 抜きはなった剣が一閃し、鮮血とともに、襲ってきたモンスターの首を跳ね飛ばせる。 速度を落としての方向転換はジョウイの誘いだった。 それに敵が一瞬怯む。 間髪を入れず、ジョウイは紋章を繰り出した。 真空の刃が敵を切り裂き、大半のモンスターが絶命する。 残った敵を、馬でジャンプさせながら片づけようとした、その、矢先。 「・・・つううっ」 右手が切り裂かれるような痛みを伴って輝いた。 「紋章が!!!」 ジョウイの顔が蒼白になった。 かつて何度か、これと同じ痛みを経験したことがある。 これは・・・・この痛みと輝きは・・・・ シャオロン! 近くに・・・・いる。 紋章の片割れ、あの・・・幼なじみが。 シャオロン・・・・ 悲鳴のように彼の名を呼んだ。 シャオロン・・・・ 出会ったときから感じていた、その暖かな光。 幼いとさえ感じてしまう、その純粋さや無垢さ 、そして、奇跡のような包容力。 人が長ずるにつれ、無くしてしまう宝石のように大切なものを、彼は変わらず持ち続けていた。 その、彼のまとう不思議な力に、自分はどれだけ癒され、潤されてきたことだろう。 それ故に、彼に惹かれ、焦がれた。 焦がれは渇望へ、渇望は、やがて、執着へと変わった。 自分でも信じられない、狂気を生みそうなほどの執着。 恐い・・・・と思った。 祈るような気持で、それを押さえ、気づかぬふりをしてきた。 シャオロン・・・・ 自分にとっての奇跡・・・。 そうして、今、その輝く楯の持ち主の身に何かが起こった。 ジョウイはざわめく不安と、早鐘のように脈打つ心臓のまま、自分の直感を頼りに、馬首を巡らせた。 もはや残りのモンスターどもを微塵も省みることなどなく・・・・・。 馬で駆けつけた先、血の匂いがあたりに充満している木々の間に、ジョウイは目指すものを見つけた。 地面に倒れ伏し、頭から足先まで血に染まった幼なじみ。 その姿を見つけたとき、ジョウイは驚愕に目を見開き、怒りで全身が泡立つのを感じた。 手近な数匹を絶命させ、幼なじみの元に駆け寄る。 その彼を、身体ごと抱きしめた時、彼の様子が目に入った。 夜目にもそれと分かる蒼白な顔。 額から流れる血。左の肩口は牙でやられたのだろう、ざっくりと割られ、血がたまっていた。 腕と足に巻き付けられた包帯はすでに血糊でどす黒く変色し、全身を・・・・血に染めていた。 ジョウイの身体を氷の刃が突き抜ける。 全身に冷水を浴びせられ、瘧のように震わせられる身体。 膝が・・・くずれた。 「シャオロン!」 絶叫のような呼びかけが、喉の奥から絞り出される。 ジョウイは腕にした幼なじみをきつく抱きしめ、彼の肩に顔を埋めた。 「おまえらっ・・・・」 絶望の淵から顔を上げた彼の双眸は、狂気の怒りで満ちていた。 体中の血が沸騰し、毛の一本一本までが総毛立つ怒り。 ジョウイの全身を青白いオーラが炎のように取り巻く。 その殺気と凄味に、モンスターが一瞬、後ずさった。 虚空の闇から生まれた無数の黒い刃が、ターゲットに向かって牙を剥く。 その、圧倒的な破壊力。 気づかなければ良かった。 でも、気づいてしまった。 自分の渇望の正体を。 自分を癒すことの出来る唯一のものの存在を。 自分を潤し、愛して止まない、奇跡のような彼という存在。 その彼に出会えたとき、自分はどれほど狂喜し、感謝したことだろう。 だからこそ、守るはずだった。 全てを守っていくはずだった。皆が安心して住める平和な世界を作ろうと。 なのに・・・・・・ その世界を手にする代償が、この奇跡のような彼の存在だというのだろうか。 |
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性懲りもなく、まだ続きます(汗)。
あきれずにおつきあいいただけると、嬉しいな(汗)・・・・とか。
ちょこっと忘れちゃったんですけど、黒い刃のお友達が発動されるときって、何色でしたっけ?
今回、「青白い」って書いちゃったんですけれど、違っているような気がします。
でもまあ、めんどくさいので、このままいきます。お・・・お許しを(←オイ)。
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