馬上少年行


遠くで雷鳴がとどろき、雨はひときわ激しさを増している。

「確かこのような晩だったな」
キバは懐かしそうに紅龍(ホンロン)城の窓から外を眺めると、暖かなお茶を一口くちに含んだ。
傍らでは息子のクラウスがティーポットにお湯をつぎ足している。
「何を思いだしておいでですか?父上」
「あの少年に出会ったときのことだよ」
そう語ると、クラウスも懐かしそうに
「ああ・・・あの時の・・・」
と即座に思い出したようだ。

それほど、自分たちとあの少年の出会いは劇的なものだった。



その少年が自分の目の前に初めて現れたのは、彼が一部隊の将として任命されて来たときのことである。
同じ軍団の将として、大隊の将を努めていたキバはその少年の容姿を見て、我が目を疑った。
こんな華奢ななりで、果たして一部隊の将が務まるものだろうか、・・・と。
その線の細い、まだ少年といってもいい風貌に、キバはおおかた、またどこぞの有力貴族の子弟が箔付けのために軍隊に配属されたのであろうと思った。
ならば、自分がこの少年のおもり役といったところなのか、・・・やれやれだな・・・
内心げんなりとしていたキバだったが、努めてそれを表に現さないように型どおりの礼にかなった挨拶をすませた。



ジョウストン都市同盟とハイランド王国の皇王アガレス・ブライトとの間に結ばれた休戦協定も
都市同盟によるハイランド王国少年部隊急襲という協定破壊によって一方的に終わりを告げていた。
年端もいかない少年部隊の全滅は王国の兵や民の怒りを巻き起こし、
皇子ルカ・ブライトを筆頭とするハイランド軍は都市同盟への侵攻を開始した。
対する都市同盟は盟邦ミューズが王国軍に堕ちてから、ガクリとその勢力の弱体化が起こり、
同盟軍が結成されたと聞いたものの、それに加盟する都市たちはまだ少なく、戦闘は各都市の軍事力によってなされている状態だった。
だが、都市によっては傭兵部隊なども組織し、なかなかにあなどれない軍事力を持つ所も少なくなかったのだ。



そうこうするうちに、自分たち部隊の作戦の日が決まった。
キバ達に与えられたのは、敵軍の分断である。
情報によれば敵の数はおよそ1大隊。
ミューズ奪回を狙ってのものか、大軍が、ミューズ付近に駐屯しているとの情報だった。
この軍団をうち破らねば、最近手に入れたミューズの地を安心して治めることが困難なのは明白である。

しかし、あろうことか、ルカ皇子から与えられた兵の数は自兵を含めてのたった2中隊だった。

「この少なすぎる兵でどうやれというのか・・・」
怒気を表し、ルカ皇子にくってかかろうとしたとき、件の少年がキバの前をふさぐような形で前に進みいでた。
「承知いたしました。キバ将軍と力を合わせ、2中隊で敵を分断してごらんにいれます」

「なっ・・・・」
キバは絶句した。
言うにことを欠いて、この小僧は、なんと言うことを言ってしまったのか。
敵軍の分断だぞ、分かっているのか!!たった2中隊でどうやれというのだ!!!!
キバの怒りを知ってか知らずか、少年は氷のようなまなざしで、
「それには、ルカ様。二つ条件がございます」
と、恐れもせずルカに話しかけている。

こいつは・・・・?

興味をもったキバはこのあと少年がどんなことをルカに申し出るのか、思わず聞き耳をたてていた。

「なんだ、言って見ろ」
「はい」
伏せられた長い少年のまつげと瞼がゆっくりと上がり、中から、思いも寄らぬほど鋭い眼光のブルーグリーンの瞳が表れる。
そうして、その少年は自らの意志の強そうな紅い唇を開いた。
「では、ハイランド白馬隊の騎兵を2部隊。一部隊を自分に。残り一部隊をキバ将軍にお与え下さい。
それから、どなたかの指揮する一中隊を後方援助にお貸し下さいませ。」
「よかろう。そのくらいで敵軍を分断できるなら、各個撃破もたやすい。貸してやる」
ルカが残忍そうに微笑む・・・・。
「だが、失敗すればどうなるか、わかっていような」
「はい」
万人が恐れるルカ皇子の冷ややかな笑いに恐れもせず、その少年はルカ皇子を見据え、凛といいはなった。



「父上はあの少年に命を救われたのですよ」
自分のテントに戻ったキバは一部始終を息子に話すと、軍師でもある息子クラウスにそういわれた。
「救われた?無謀な作戦の片棒を担がされたの間違いじゃないのか?」
するとクラウスは薄く笑って、
「父上。父上がどういおうと、ルカ皇子は父上に充分な戦力の兵を与えるつもりはありませんでしたよ。」
「まさか・・・。わしはアガレス様のときからハイランドに忠誠を尽くしてきた将軍だぞ」
「だからですよ。
ルカ皇子は、父上が自分よりも現皇王アガレスさまの味方だと信じております。
彼は自分にとって、いずれじゃまになるであろう父上をどうにかして早く排除したいのです」
「ううむ・・・。」
「もし、父上がそこで強行にルカ皇子の意見に反対するようであれば、皇子は上官の命令に反した将軍として父上を切り捨てるつもりであったでしょう」
「では、あの少年はそれを知ってわしをかばったというのか?」
「それだけではないでしょうが、結果的にはそうなりますね。でも、彼には・・・そうですね、私には常人にはない力を感じます」
「そうか・・」
では、儂はあの少年に一つ貸しが出来たことになるな、と話していると、
テントの入り口のむこうから、

「失礼します。キバ将軍はいらっしゃいますでしょうか?」
と、噂の当人の声が聞こえてきた。


そうして、彼は招き入れた我々の差し出したお茶には手も触れず、驚くべき明日の作戦を我ら親子に語り始めた・・・・。