ナナミが抜けて、二人で旅を続けていた僕たちは山間のたいそうこぢんまりした宿屋に長逗留していた。 季節は秋もたけなわで、色とりどりの紅葉が山のあちこちに見え、 朝晩の寒さに、宿の主人に毛布をもう一枚ずつと、暖炉の薪をそろそろ入れてもらおうかと話していた、そんな頃の夜。 ふと・・・夜中に目を覚ますと・・・・隣のベットにジョウイがいない。 すぐに戻ってくるのだろうと待っていたが、一刻を過ぎても戻ってこない。 ドクン・・・・と布団の中で急に不安の鼓動が大きくなる・・・・。 「ジョウイ?」 そのあたりにでも戻っているのじゃないだろうかと、なるべく震えた声にならないように、もう一度呼んでみる。 「ジョウイ・・・・」 今度は少し大きめに。 でも・・・・・・・答えはなかった。 はやる心臓を押さえ、心許なさで上がる息を整えながら、上着を羽織って靴を履き、部屋から出る。 キン・・・・と冷える山間の夜気を感じながら小道に出てみると、天空には光るような三日月がさしかかっていた。 それとともに、辺り一面に、とても良い花の香り。 「ジョウイ・・・・ホントにもう、こんなに寒いのに、どこに行っちゃったんだよ」 花の香を吸いながら、心に沸いた暗い思考を吹き飛ばそうと、無理矢理怒ってみる。 だけど、そんなことでは消えるはずもなく、不安な気持ちを抱えたまま、ジョウイの防寒着を片手に、宿から続く道を森の方へと歩をすすめた。 森の中をしばらく行くと、 ふいに・・・・音が聞こえた。 音と言うより何かの旋律・・・・。 「ジョウイ・・・?」 それは、間違いなく彼の弾くリュートの調べ。 リュートは本来女性用の楽器だったが、「旅をするのにはこちらの方がコンパクトで持ちやすそうだね」というジョウイに、ある日、少しずつ貯めたお金でプレゼントしたものだ。 彼はとても音楽が好きだったから。 旅を続けるために楽器も弾けない彼がとても可哀想だったから。 あのときの、少しはにかんだような彼の笑顔と本当に嬉しそうな「ありがとう」の言葉は、今でもとても良く覚えている。 「よかった・・・ジョウイ・・・・いたんだ」 なんだかホッとして足の速度が少し遅くなる。 「バカだな。何考えてるんだろう・・・・撲」 さっきまでの恐ろしい考えをどこかにやってしまおうと、頭を振り、腕を振り回して、まるで空元気のように言葉を続ける。 「何考えてんだ。・・・・・ジョウイが・・・・いなくなるはずないじゃないか。僕を置いて・・・・」 僕を置いて・・・・・。 発してしまった言葉の重さに改めて戦慄しながら、そんな考えを追い払うように首を振る。 そんなことなんか、絶対に有りはしない・・・・・・と。 あの戦いの後、負ってしまったお互いのキズを、二人でゆっくり、ゆっくり癒してきた。 傷はなくならない・・・無くなるはずはないけれど、互いの気持ちを互いの傷の上に優しく、優しく降り積もらせた。 花が地面を覆うように・・・・・。 雪が大地に降り積もるように・・・・・。 二人の気持ちが、互いの傷をすっかり覆ってしまうようにと願いながら・・・。 その、過ごしてきた年月の日々・・・・。 穏やかだけど、決して軽くはなかった日々の重みが二人にはあるから・・・。 音に導かれるまま、森を抜けるとそこは少し開けた岬の突端だった。 花の香がいっそう強くなる。 目を凝らすと・・・開けた土地の周囲は、何の花だろう、夜目にも鮮やかな金色の小さな花をたくさん付けた木々の群生。 その小さな花々は、地面も金色に染まれと言わんばかりに、散りこぼれていて・・・。 そうして・・・・ その中の一番大きな木の下にジョウイがいた。 「ジョ・・・・」 声を掛けようとして、一瞬、伸びた手が止まる。 小さな花々が頭や肩や膝の上に散り落ちるのも気にとめず、その木の下で、ジョウイは一心不乱にリュートをつま弾いていたから。 金色の絨毯の上で、たった一人の演奏会を開いているように。 シャオロンは、手近にあった花の群れる一枝を手折ってジョウイに近づき、 彼の背後から、ほんの2.3メートル離れた木の下で、ジョウイの演奏を聴いていた。 彼の弾くリュートは透き通るように美しくて・・・・・・そして、なぜだか悲しかった。 曲が進むに連れ、胸が締め付けられるようになる。 自分は音楽のことなど何も知らないから、これがジョウイの即興の曲なのか、それとも何かのメロディーなのかは分からない。 けれど・・・・、 でも・・・・でも・・・・、これは・・・・。 ・・・・・・・・・レクイエムだ・・・・・・・・・ 理屈でなく知識でもなく、心の一番深いところでそう思った。自分の心の中の糸がそう共鳴している。 これは・・・・・・鎮魂歌だと・・・・。 そうして、それは・・・・・・・きっと・・・・・・・・・のための・・・・・・。 その先を考えようとして、頭の中が真っ白になった。 なぜなら自分は知っているから。これが誰に対してのレクイエムかを。 不意にシャオロンの頬に温かいなにかが伝い落ちる。 曲が・・・・・・・終わった。 自分の感情を全て出しきったような感覚に、ジョウイは、ほう・・・・と息をついた。 その時、足下にぱさり・・・・と何かか落ちてきた。いや、投げ込まれた。 拾ってみると、それは一枝の花。 「え・・・・・?」 振り向くと・・・・・そこに、シャオロンが立っていた。 「シャオロン?」 どうしたんだい?と言おうとしたとたん、 「ジョウイ!ジョウイ・・・・!」 彼がものすごい勢いで飛びついてきた。 「ど・・・どうしたんだい?どうして、ここが?」 ジョウイは頭の中を素早く整理しようとしたが、思わぬ事態でなかなか整理できない。 宿を黙って抜け出してしまったから、すごく心配かけちゃったんだろうな。とか、そんなことをぼんやり思っていると、不意にシャオロンが口を開いた。 「撲・・・・僕は・・・・・ジョウイが泣いているんじゃないかと思って・・・・・」 「シャオロン?」 「ジョウイ・・・・ジョウイが・・・」 「・・・・・・泣いているのは・・・・・君の方だよ。」 言葉のでない彼をゆっくりと抱きしめて、優しくその背中をさすってやる。髪に手を入れてゆっくりなでてやると少しずつ彼の嗚咽が小さくなった。 「シャオロン・・・・髪が花だらけだ」 「ジョウイだって!」 「とっても良い香りがするよ」 「ジョウイも」 ようやく、お互いがお互いの顔を見合わせ、そうして、やっと二人とも少し笑った。 ジョウイは、シャオロンが大好きな、とびきり優しい綺麗な笑顔で。 シャオロンは、ジョウイが大好きなとても暖かな笑顔で。 君さえいれば・・・・といえるお互いの存在。 でも、確かな強い気持ちの後には必ず弱い気持ちが潜んでいるから。 そのことをお互いによく知っているから。 だから、お互いに何も聞かない。何も言わない。 「ジョウイ・・・・もう一曲弾いてよ」 「うん。いいよ。どんな曲が良い?」 「とっても良く眠れる曲」 「ふふふ・・・・いいよ。お礼をちゃんとくれたらね。」 「?」 答えるまもなく顎を持ち上げられ、唇を奪われる。 「ん・・・・んん」 花の香にむせて口を少し開くと更に深くくちずけられて・・・・。 ようやく離してもらったときは息が上がっていた。 「花の香がするよ・・・・・ここまで」 指でゆっくり唇をなぞられる。 「・・・・・っ。ジョウイ、この花、なんて言うんだよ」 真っ赤になって撲の腕をふりほどき、防寒着を撲の上からかぶせると、シャオロンはそんなことを聞いてきた。 「一緒に入ってくれたら教えてあげる」 大きめの防寒着の一方をまくり上げてそういうと、 「へ・・・へんなこと、しないなら!」とにらんできた。 「しないよ。・・・・・それに、早く入ってくれないと、寒いな」 苦笑しながら彼の弱い物言いでニッコリ微笑むと、案の定、しぶしぶと入ってきてくれた。 やっぱり彼は温かい。 シャオロンはきっと、今の撲の気持ちに気づいているのだろう。 それでも微笑む君。苦しくても、悲しくても微笑む君。 「桂花(金木犀)っていうんだ」 「まるで、金色の雪のようだね」 撲の代わりに泣いてくれた彼は、そういうと、今度はとびきりの暖かな笑顔を僕にくれた。 「じゃあ、なにか花をテーマにした曲にするね」 彼への切ないほど愛しい気持ちで、僕は再びリュートを抱え直す。 今の僕には・・・・・・・こんなことしか君にしてあげられないから・・・・・と心の中で呟きながら。 そうして、花の香の漂う夜、金の雪舞うただ中で、二人だけの演奏会が開かれる。 二人の物語をつま弾くように・・・・。 終 |
わははははは・・・・。えらい恥ずかしい物を書いてしまいました。いえ、今、家の周りが金木犀の香りだらけだもので(笑)。そして、今聞いているのはリュートではなく胡弓の音です・・・・(爆)。 しかし、あうあう・・・。やっぱり、猫には文章は無理なんだと実感しましたー(>_<)。はい。遁走ーーーーー! |