三日間のキス



鼻腔をくすぐる、とてもよいレモンの香りと、
これは・・・何だろう、口の中いっぱいに広がる甘酸っぱい味で意識が浮上した。



ああ・・・これは彼が良く作ってくれたレモネードの味だっけ・・・


そう思いながら、うっすらと目を開けると、目の前には何よりも大切な幼なじみの顔。

大好きな君の顔を見ながら起きられるなんて、なんて幸せな夢だろう・・・と思っていると、
突然、耳元で、
「ジョウイ!ジョウイ!目が・・・目が覚めたんだね!」
という、君の大音量の声。
大声でも、イイ声だな・・・なんて思って、引き寄せようとしたら、あっさりと撲の手をすり抜け、ツバメのように翻って、
「ナナミ!ナナミ!ジョウイが!」
とナナミを呼びに行ってしまった。
朝、目が覚めるのは当たり前じゃないか、なに大騒ぎして・・・・と思考を巡らせていて、はた、と気がついた。

そういえば・・・・・ここはどこだ?
僕は・・・・どうしてここにいる?


さあっと、背中に冷たいものが走る。
僕は・・・・僕たちは・・・
そうだ、あの日、天山の峠で、命がけの戦いをして・・・・
そうして、君がよんだ奇跡によって命を長らえ、ナナミと再会して、三人でキャロの街を旅立ったばかりではなかったか?



「あ・・・・!」
突然、思い出した。
そうだ、ここは旅を始めた最初の宿で・・・・僕は・・・・





「ジョウイ!ジョウイ!気がついたのね!よ・・・よかった〜」
撲の思考を遮るようにナナミがバタバタと部屋の中に飛び込んできた。
「もうもう!すごく、すご────く、心配したんだよ────!」
泣き笑いのような顔をしてナナミが撲の枕元で語り出す。
「ここの宿に着いた途端、ジョウイってば、倒れちゃうんだもん。シャオロンなんか、このまま、ジョウイが目を覚まさないんじゃないかって、真っ青になっちゃうし・・・・もう、もう!」

「ナナミ・・・」
最後には言葉が詰まってしまったナナミにどう声をかけていいかわからずに、「心配かけちゃったね」と、うっすらと微笑んだ。

彼女の様子から、自分がかけてしまった心配の度合いを知って、心が痛くなる。
そうして、さっきまで思い出していたことが事実なんだとも知った。

「ごめんね。心配かけて。もう、大丈夫だから」
そういって起きあがろうとすると、
「ホントに大丈夫なの?痛いとことか、気持ち悪いとことかない?」
と聞いてくる。
「本当に大丈夫。むしろ、気分がいいくらいなんだ」
明るく笑って答えると、彼女は真から安心したように、ホッと一つ息を吐いた。

実際、今はなぜだか、すがすがしい程気分がいい。
僕は、彼女が安心したのを見て、一番聞きたかったことを口にした。
「あの・・・ナナミ。シャオロンは?」
その問いに、彼女はキョトンと手を顎に持っていき、今思い出したように答える。
「あれ?あの子なら、さっき血相を変えてあたしを呼びに来て・・・どこ行っちゃったんだろう?」
キョロキョロと辺りを見回すナナミだったが、もちろんそんなところにシャオロンがいるはずもなく。
僕は改めて君の不在を知った。

シャオロンが傍にいない・・・・・。
さっき、目の前に彼の顔が見えたって事は、ほんの少し前まで、つまり、僕が気がつくまではいてくれたはずで・・・。


なのに、今、君はいない。


どうして?
どうしてだい?

そう、何度も頭の中で問うてみるが、もちろん答えはなくて。
でも、そんなことよりも、なぜだろう・・・彼が今、撲の傍にいないことが、すごく・・・・。

「どうしたの?ジョウイ」
急に暗い顔になった僕に、ナナミが心配そうに尋ねてくる。
ああ・・・ごめん。また、心配かけるような事しちゃったね。

「あ・・・。ごめん、ごめん。なんでもないよ」
首を振って否定し、無理に笑顔を作ってみる。

でも、そんな撲の様子に彼女がダマされるはずもなく。
「何でもないわけないでしょう?どう・・・・・?」
そういったなり、少し考え込んで
「・・・・あ!わかった!シャオロンがいないからなのね?」
と、いきなり核心をついてきた。

「ど・・・どうして・・・」
「もう・・・。わかるわよ、そんな顔されちゃあね」
いともあっさり答えてくれる。
「シャオロンが見あたらなくて、寂しいんでしょう?」
「寂しい?」

そんな感情、僕は知らない。
「なんか、変なんだ。冷たい氷を無理矢理飲み込んじゃったみたいな・・・」
これが、寂しいっていう気持なんだろうか?

「そうよ。それが、寂しいっていうのよ。ジョウイってば、他人の感情には人一倍敏感なくせに、自分のにはホントに昔っから鈍感なんだから」
あははは・・・。と明るく破顔されて、言葉に詰まる。
なんだか、今日はナナミがヤケにお姉さんっぽい。

シャオロンを呼んでこようか?という彼女を制して、身体を慣らそうと思うから自分で少し歩きながら見つけてくるよ、とベットから起きあがると、部屋中にレモンとハチミツの香りが漂っているのに気がついた。

「あれ?この香りは・・・」
「気がついた?シャオロンだよ」
「え?」
「あの子、ジョウイが倒れてから、そりゃもう取り乱しちゃって、これは自分のせいだから、とか何とか言って、一人でジョウイの看病していたんだよ」
「シャオロンが?」
嬉しい気持とないまぜに心が痛む。
「うん。ジョウイがね。うわごとで、水をほしがっていたのを聞いて、口移しで飲ませてあげていたりね」
「口移しで?シャオロンが?」
あの、人一倍恥ずかしがりの彼が?
「うん」

ナナミの答えを聞いて、僕は舞い上がりそうだった。
ああ・・・・どうしよう。申し訳ないと思うより、ものすごく嬉しい。
崩れ落ちそうになる顔を何とか保って、さっきから気になっていた答えを求める。
「え?でも、この香りは?」
「もう!ジョウイってば、気がつかないの?」
「え?」
「味が残っているでしょう?」
確かに、口の中にはレモネードの香りと味。
「あ・・・・じゃ、じゃあ・・・・」
「そうよ。シャオロンがあたしにも手を出させないで作って、ジョウイに飲ませていたんだから」
「『少しでも栄養をとらせなきゃ』って」
ああ、シャオロン。ナナミに手を出させなかったのには感謝するよ・・・・って、そうじゃない!

シャオロンが・・・・僕のために?
撲の・・・・ために?
ああ・・・・どうしよう。どうして、今、ここに君がいないんだろう。
心が沸き立つような嬉しさで、彼を抱きしめたい衝動に駆られる。

・・・と、そこで、はっと気がついた。
「栄養・・・って、ナナミ。僕は、一体何日ぐらい倒れていたんだい?」


「三日間よ」


「みっか・・・・」
聞いてから絶句した。そんなにも君達に心配をかけていたなんて・・・
「そうよ。三日!その間、シャオロンはず───っと、ジョウイの看病をしていたんだよ」

そうか、そうだったのか。
シャオロン・・・・。
口中に広がる味に彼への想いがふくれあがっていく。
早く、君に会いたいよ。



「ナナミ・・・」
「うん。いっといでよ。」
「ありがとう」
僕の気持ちを察して、明るく僕を送り出してくれた彼女に感謝しながら、
僕はシャオロンを捜しに、走って宿屋の外に出た。


君や彼女の優しさに、胸がつまる。


ありがとう・・・・。

泣きそうになりながら、その言葉を胸の中で何度も何度も繰り返す。



ありがとう・・・・と。

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