〜料理〜
2の月20番目の日
いよいよ料理に取りかかる。といっても、料理をするのは料理人。我々は手伝いをす
るのみだ。鹿肉を付けていた液から取り出す。鹿の毛と肉は見事なまでに白くなってい
る。ここからは時間との勝負、取り出した瞬間から変色が始まっているとのことだ。
目の回る暇がないほど急いで鹿をさばき、料理人が用意した特殊な鍋の中に置いた。
肉を周りから熱気で包んで焼けるように何重かの底になっている特殊な鍋だ。多種多様
な香辛料が置かれており、その香りでむせるようだ。
微妙な火加減が必要とのことで、火の加減の調整は全て料理人が行った。肉を火にか
けると、良いにおいがかすかにしてくる。
しばらくして、料理人が鍋を叩き、中の水気の様子を音で確認する。一気に火から下
ろして、蓋を開ける。何とも言えない素晴らしく良いにおいが広がる。
赤を基調とした極彩色に彩られた皿に盛り、別に作っておいた鮮やかな黄色のソース
をかけて、病床の富豪の元へ持っていく。富豪は何も言わずに一口、また一口と肉を口
に運んだ。一筋の涙が富豪の目から頬に伝った。
2の月21番目の日
昨日の料理人の技は今思い出しても見事な物だった。
今日の朝には残った肉の色は変色してしまっていた。
料理人によると、変色してしまうと味に渋みが入ってしまうということだ。
村ではさばいたあとに酒に漬け込んで保存しているとのことだが、今回は特別に1匹
丸ごとで漬けてもらったとのこと。その方が本来のうまみを凝縮できるのだそうだ。そ
して、一番おいしい3日目の肉。料理人もあんなに富豪に喜んでもらえて嬉しいと言っ
ていた。
それにしても、なぜあんなにあの富豪が感動したのか分からない。言葉は無かったが、
食べ終わってもしばらく涙が止まることはなかった。料理人は何となく分かっているよ
うであったが、まあ、単なる冒険者としては、依頼人の事情に踏み込むことは避けるべ
きだ。
変色した肉も食べられないことはない、と言って、料理人が料理した。ご相伴に預か
ったが、我々には渋みなど気にならないくらいおいしかった。