「まったく。こんなに遅れたんじゃ船賃は返してもらわないとならないわね」
腕を組んだ女が悪態をつく。頭には日除けの白い布を巻いている。
「まあ、そう言うなよ。この船の船長はよくやってるほうだぜ。風も潮も悪い中、これだけの遅れで済んだんだ。良しとしようや」
黒く日焼けした顔の男がそれに答えて言った。日差しが照りつける甲板の上だというのに用心のためか着込んでいる革鎧が不自然だ。
船はオランを出航して1ヶ月近く経っていた。今やっとエレミアの港が遠くに見えてきたところ。港が見えてきた、と、船長が嬉しそうに怒鳴る声を聞いて皆が甲板に出ていた。ただ一人、精霊使いのジーサムは気分が悪いと言って船室に籠もったままだったが。
「だってこれじゃ、正直言って街道を歩いたほうが早かったじゃないの。せっかく高い金を払ったってのにどうしてくれんのよ」
女はまだ言い足りない様子。もう3日も前からこの調子である。
「ちょ、ちょっと船長の手伝いをしてくるわ。もうそろそろ停船の準備もあるだろうし」
先ほど女に答えた男は誰にとも無く言い、その場を去った。
「何だってまた、こんなにグネグネ曲がっていくのよ。きっと、時間が掛かったから船賃をもっと寄越せって言うつもりなんだわ。食事もだんだん粗末になって行くし。けちくさいったらありゃしない。トルークもそう思うでしょ」
話を振られた男は口ごもっていたが、胸から下げた至高神ファリスの聖印を軽く握り手の中で転がすと言った。
「エンクイが言っていたのだけど、向かい風だから風を横から受けて進まないとならないんですよ。だから頻繁に向きを変えているんです。食料だって、必要な量しか積んでなかったでしょうから、予定が遅れれば節約しないとならないし…」
「そんなこと。あんたに分かんの? エンクイに船乗りの経験があるって言ったってそんなもの、どうだって言えるわよ。それとも何? 船が遅れて嬉しいわけ?」
頭に布を巻いた女〜スーチェンの剣幕は続く。トルークと呼ばれた男は生返事をする。そしてスーチェンに気付かれないように信じる神の名を小さく唱えた。