初秋の青い空の下で剣と剣が打ち合わされる音が高く響いている。ブーリアの村の午後には必ず聞かれる音だった。
ブーリアの村はガルガライスの街から北に街道を4日ほど歩き、そこから分岐した道を四半日ほど山に入った所にある300人ほどの規模の村。常夏の海の街として知られるガルガライスだが、4日も北に行けば、その暑さも薄らいでくる。山の涼しさが育てる作物を作って街で売り生計を立てるそんな村に、元冒険者で剣士のタンディムがやってきたのはもう15年も前のことだ。たまたま立ち寄ったこの村で起きた事件で一人のエルフと出会い、そして結婚。結局この村に落ち着くことになった。
それ以来、村で剣術を教えながら、作物を作って暮らし、気付けば一人息子のティルトスも今年の春に13歳になっている。小さいときから教え始めた剣もだいぶ板に付いてきて、村の他の子とはずいぶん差が付いた。妖精の血が入っているので筋力や体力は他の子に負けるが、素早さと正確さ、そして戦術の確かさは同年代の子供の中でも群を抜いている。さすが我が子、と心の中では自慢しているのだが、甘やかすのは良くないと思う心がその自慢を口に出すことを許さず、逆に厳しく子に接しさせた。
今も実際の剣を用いた打ち込み稽古の最中である。
「父さん。オレ、旅に出ようと思っているんだ」
ティルトスは父に打ち込みながら唐突に言った。打ち込まれた剣は何とか受けたが、その切先は滑って流れ、危うく腕に当たるところだった。タンディムはそれでも表情を変えずに答えた。
「どうして、また急に」
「父さんも今ぐらいの頃から旅に出ていたと言っていただろ。オレも旅に出て父さんみたいに強くなりたいんだ」
ティルトスは剣を降ろしながら父の目をまっすぐに見据えて言った。父親はかすかに視線を逸らした。
「しかし、俺の場合は仕方なかったんだよ。故郷の家には居られなかったんだから。その話はしなかったか」
「いや、聞いたよ」
「だったら、出ていくことはないだろう。お前はそんなに苦労することはないよ。この村でもう少し修行を続けてガルガライスの兵隊にでも志願した方が活躍できる。最近海賊相手の戦いも増えてきているようだからな。昔の知り合いだっているし、それに、、」
「決められた戦いには興味がないんだ。どうしても許してくれないなら勝手に出ていくよ」
剣を乱暴にさやに収める。そして大股で家に戻っていく息子。タンディムはその姿を目で追うことしかできなかった。
その日の夕食は静かだった。普段からそんなに話が弾む訳ではないが、一言二言は必ず会話がある。しかし、この日は食事の始まりと終わりの祈りを除いて一切の会話が無かった。いつもと違って、食器の片づけが終わっても母は竪琴を取り出さなかった。
それから数日間、親子の会話は途絶えていた。毎日の剣の練習は欠かさず黙々と続いた。だんだんとわだかまりは薄れていき、次第に親子は元の通りに接していくようになった。
二月ほどが過ぎ、作物の収穫も終わり近くなって、もうそろそろ冬の準備を始めようかという時期の朝だった。父は子に声を掛けた。畑仕事の手伝いの準備をしていたティルトスは振り返りながら明るい声で答えた。
「なんだい。父さん」
タンディムは心持ち低い声で言う。
「おまえの決意は分かった。何処にでも好きに行くがいい。母さんにはちゃんと自分から話をするんだぞ」
「何の話だい。いきなり」
ティルトスはあくまでも明るい声を保って答えた。父の声はさらに低くなった。
「おまえがあの日からずっとトマスの店で雑用をして小遣い稼ぎをしているのは知っていた。そして、冒険に必要な品をトマスが安く仕入れた時に安く買って、こつこつと集めていたこともな」
ティルトスの表情は未だ明るいままだったが、その目はすっかり下を向いてしまっていた。
「昨日、トマスから連絡があったよ。お前が保存用の食料をかなり多めに買っていったとな。俺は思ったよ。いよいよ決断しなきゃなるまいって、まあ、お前は俺の子だ。何とかやっていくことだろうとは思うが、俺も親だ。少しは心配させてくれよ」
ティルトスはもう完全に下を向いてしまっている。作っていた明るい表情はもう欠片もなかった。
「出発は今日明日ってわけじゃあるまい。盛大に見送ってやることは出来ないが、まあ、必要な準備とかはきちんとしておいた方がいい。俺の方にもまだ教えときたい心得とかが少し残っているしな。まあ、何だ。今日の所はちゃんと畑仕事を手伝ってくれ」
今にも泣き出しそうな我が子の表情を見ていられずに、タンディムは話を切り上げ、静かに扉を開け、外に出ていった。