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剣の世界の終焉2

 王の死。その知らせは静かに、そして急速に宮廷内を伝わった。

 

 最初に何か違うことに気付いたのは王妃だった。王妃が目を覚ました時、隣の寝台に横たわっているはずの王の姿が見えなかったのだ。

 変だとは思ったが、気紛れな王のこと、何処かに出かけてでもいるのだろう、と気に留めなかった。以前にも同じようなことは何度もあったから。

 しかし、朝食が済んでも、その後の鍛錬の時間になっても、王は現れなかった。侍従や騎士たちにはだんだんと不安が広がった。

 騎士たちは毎朝の鍛錬で王と立会いを行っていた。初老とも呼べる年齢ではあったが、王の剣さばきは衰えを知らない。何百回、何千回と行われた練習でも、王から一本取った者は数えるほどしかいない。

 王はこの毎朝の鍛錬を楽しみにしていた。公務で城外に出向いているという事が無い限り、朝の食事を省いてでも鍛錬に出てこないことは無かった。調子が悪い時も、剣を会わせる事は無くても、指導にだけは来ていたのだ。部下の騎士たちが剣を降る様を眺める王の顔はいかにも幸せそうだった。

 

 場内の捜索が少人数の近衛の騎士によって行われた。王が立ち寄りそうなところを見て回ったのだ。

 異変は宝物庫の扉の前で見つかった。

 警備の兵が倒れていたのだ。

 倉の鍵は閉められていた。すぐに宝物庫担当の文官が呼ばれた。

 大勢の近衛騎士が厳重に警戒する中、宝物庫の鍵は鍵穴に差し込まれた。カタリと軽い音がして鍵が回る。勢い余った近衛の騎士の長が取っ手を引くが扉は開かない。文官はそれを制して、何事か、古代の言葉で唱えた。

 一瞬扉が光ったような気がした。そして扉は自然と手前側に開き始めた。

 誰かがうつ伏せに倒れていた。血だまりが見える。すぐに司祭を呼べ、指示が近衛騎士隊長から飛ぶ。続けて隊長は倒れている者に慎重に近づき、首筋に手を当てる。その時隊長は気付いた。倒れている者が王であることに。

 冷静な行動。それがこの隊長の心情だった。しかし指示を与える声が震えているのは自分でも分かった。笑われるぞ、と隊長は軽く自分を叱咤した。

 王の体には胸の辺りから背中に貫通したと思しき傷が見える。断じて背中から切りつけられた傷ではない。庫の扉は閉じられていた。

 「扉の前を固めろ! 黒(ダーク)エルフに警戒!」

 近衛の騎士たちは言葉を理解する前に行動していた。この訓練は飽きるほど繰り返している。空中に剣を走らせる。まるでそこに敵がいるかのように。

 この場に魔法使いがいないことが悔やまれた。

 王を正面から刺し貫く。それが可能な人間は数えるほどしかいない。王に次ぐ実力を持つと言われる近衛騎士隊長でさえ、何十回に一回、いや百回の機会があろうと一撃で倒すのは無理ではないかと思った。

 考えられるのは魔法だ。魔法使いの中には精霊の力を借りて自らの姿を消す力を持つものがいる。黒エルフはそうした魔法の力を持つ代表的な種族だ。

 闇の力を持つこの妖精は歴史上何人もの要人を暗殺してきたと伝えられている。

 剣の力を頼みにするこの国では黒エルフに対する戦術というものが研究され、そして近衛の騎士には必修の訓練とされているのだ。

 幸い、宝物庫の中では、いかなる魔法も唱えられないと聞いている。魔法の無い黒エルフなど、少々手強いゴブリンと同じだ。分かっていれば、姿を表す瞬間だけに気をつければ良い。

 重苦しい沈黙の中、数刻経ったところでようやく一人の魔術師が姿を見せた。若い男の魔術師だった。たまたま、宮廷魔術師を訪れていたのだが、留守だったので魔術師ギルドに帰ろうとしたところを呼び止められたのだ。宮廷魔術師が留守であるのは残念だったが致し方ない。隊長は妻でもある宮廷魔術師にうろたえている姿を見られなくて内心ほっとしていた。

 若い魔術師は事情を道なりに聞いていたらしく、部屋の前に着くなり探知の魔法を唱えた。魔力を帯びたものを見分ける魔法である。魔術師の目には部屋の中全体が光っているように見えた。魔法の発動を阻止する魔力が見えているのである。

 杖を構え大げさな身振りと共に、意味の分からない言葉を発する姿は何も知らない者の目には奇異に映る。近衛の騎士たちは剣を振る手を休めて魔術師が部屋に入る道を開けた。

 魔術師の目は部屋に入っても魔力を捉えていた。部屋の外で発動した魔術はその効果が消えるまで魔力を保つ。魔術師は慎重に歩を進めた。

 魔法で姿を消している者がいれば強い光を放って見えるはずだ。隅から隅まで見渡す。それらしい魔力は見当たらない。

 近衛騎士の隊長が部屋に入り、魔術師を守るように剣を振るう。隠れることが出来そうな場所を覗き込みながら、若い魔術師は思わず感嘆のため息を漏らした。魔力に満ちた工芸品(アーティファクト)をこれほどたくさん見たことは無い。置かれている品はどれも皆、強い魔力を放っていた。

 やがて探知の魔法の効果時間が過ぎた。

 「どうしますか。もう一度魔法をかけるなら部屋の外に出ないとなりませんが。」

 「いや、もういいだろう。ここに賊はもういない。」

 魔術師の話では、姿隠しの魔法は精神の集中が必要だ、とのことだ。くまなく探して見つからないということはもう庫内にはいないということだろう。

 近衛騎士隊長は改めて王の遺体を見た。

 王は普段の服装で、右手に愛用の剣を握っていた。近づいてみる。やはり王に間違いない。最初の見立てどおり胸から背中に穿たれた傷が死因のようだ。

 仰向けにしても、他に新しい傷跡は見えない。詳しいところは城の賢者どもが見るのだろうが、近衛騎士隊長は自分の見立てに間違いは無い自信が有った。冒険、そして戦場と何百という死を経験してきた者のみが持ちうる自信だった。

 隊長は王のまぶたに手を当て、ゆっくりと閉じた。王の死に顔には苦悩が表れているようだった。

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