もう本格的な春が来ている。

何処かの街のように遅咲きでない桜は、所狭しと街を埋めていた。

風も穏やかに流れ、日光と相まってその暖かさを増している。

夕方になり風も冷たさを帯びてくるが、そんな風がさらに冷たく感じる場所・・・。

そんな、いつもよりも高い位置に、2人・・・相沢祐一と瀬璃迂悠那はいた・・・・・・。

「2回目って・・・って言ったよな?」

「はい?」

悠那は突然の祐一の質問に、頭を傾げる。

「いや、俺たちが会ったのは2回目だと、さっき言ったよな?」

「はい。」

小さな声だが、言葉には強さが宿っている。

悠那は、祐一にはっきりとそう言った・・・。

「俺は初めてだと思うんだが・・・?」

祐一はそう言うと、悠那の顔をジッと見つめる。

記憶から引っ張り出しているのだろうが、なかなか見つからないようだ。

そんな祐一とは別に、悠那は頬を赤く染め上げていた。

それは夕日なんかのせいでは無い・・・。

「あの・・・。」

真っ赤な顔のまま、精一杯の声を出す悠那。

そんな悠那の声で、祐一はハッと我に返る。

「ああ、悪い。それで、どうかしたのか?」

「いえっ・・・あの・・・思い出しましたか?」

言いたい事が言葉にならず、やっと出てきたのは別の言葉・・・。

「いや、まだだけど・・・・・・って、なんか顔赤くないか?」

祐一はそう言って悠那の顔に近づく。

祐一の位置からだと、夕日が反射して眩しいので、よく見えないのだ。

「なっ、だっ、大丈夫です!!」

悠那はそれだけ言うと、ワタワタと両手を胸の前で大きく振りながら、後ずさる。

そんな悠那の顔はさらに真っ赤になっていた。

もともと、異性には・・・それも、特に初対面の人間には極度の抵抗がある悠那。

仲良くなれば別なのだが・・・まあそれまでは苦手意識が専攻してしまうのである。

「そうか?」

一方の祐一は、どこか釈然としない顔でそう言うと、スッと悠那から離れる。

まあ、手を振るだけならともかく、後ずさりをされるとあまり良い気分はしないだろう・・・。

「えっと・・・ほっ、本当に覚えてないんですか?」

「ああ・・・本当に・・・・・・・・・んっ?」

祐一は言葉の途中で何かに気が付いたようで、視線を悠那から外す。

そして、腕組みをして先ほど頭をよぎった事を思い出す。

「・・・・・・・・・なあ?」

「はい?」

「悠那って・・・ああっ、悠那って呼んで良いか?」

祐一は照れくさそうに頭を掻きながらそう言う。

悠那は、最初言われたときにはポカンッとしていたが、祐一の言った意味が分かると、クスッと笑った。

何処かこの人はずれている・・・祐一には失礼かも知れないが、悠那はそう思った。

そう思うと同時に、悠那は言い知れぬ安心感・・・っとでもいうのだろうか?

そのような・・・これからも上手くやっていけるような・・・そんな気持ちを何故か抱いた。

それは本能的なモノであるから、悠那自身も何故こんな気持ちを抱いたのかよく分からなかった。

「私は、悠那で良いですよ。」

自然と明るくなる声を抑えつつ、悠那は先ほどまでと同じ微笑みをもって答えた。

「分かった。俺は祐一でもいいが・・・まあ好きな風に呼んでくれ。」

「分かりました、相沢先輩。」

そう言って、ニコッと笑う。

悠那自身驚いていた・・・。

今まで此処まで早くに打ち解ける事なんて無かったから・・・。

それに、祐一は肝心の事にまだ触れていない・・・。

「とりあえず話を戻すぞ?悠那と最初に会ったのは、桜の木の下であってるか?」

先ほどまでの調子とは裏腹に、祐一はそうサラリと流すように言う。

「あっ、はい。・・・やっと、思い出してくれたんですね。」

春の日差しのように穏やかに笑う悠那。

見ているモノを和ませる・・・忙しい日常を忘れさせてくれるような、そんな笑顔に、祐一の心が少し揺れる。

「あれは会ったとは言わないだろう・・・。」

少し赤い頬のまま、祐一はそう言って苦笑する。

照れ隠しも手伝ってか、祐一の視線は宙を舞う・・・。

「でも、ちゃんと言葉を交わしましたよ?」

悠那は楽しそうにそう答える。

自分でも何に楽しいのか分からない・・・。

只、人と話すだけでこんなに楽しい気持ちになれたのは初めてだった。

それに、こんなに早く慣れたのも・・・・・・。

「あのときは直ぐにかわっちゃい・・・・・あっ!!」

悠那はそこまで言って、表情を一変させる。

危うく流してしまいそうだったが、まだ肝心な事を聞いていない事を思い出したようだ。

悠那にとって肝心な・・・とても、大切な事・・・。

祐一は突然言葉を止め、大声(っと言ってもちょっと大きいぐらいだが・・・。)を出した悠那を、少し驚いた顔で眺めていた。

「あの・・・先輩・・・?」

「んっ?」

顔は俯き、スカートの前で両手をあわせ、加えて途切れがちな言葉・・・。

まるで、好きな人に告白するかのようになる悠那。

知り会ってすぐに告白するほど、悠那は積極的ではない。

只、なかなか言い出しにくいだけ・・・。

「その・・・私の事・・・納得したんですか?」

「・・・?どういう事だ?」

「えと・・・私の・・・その、悠緋との事とか・・・・・・。」

ポショポショと、今にも消えそうなくらい小さな声でそれだけ言うと、悠那は口を閉じてしまう。

出来れば言いたくない事・・・。

誰もが分かってくれるわけでは無い。

それくらいは悠那自身が、身を持って知っている・・・。

只、言わなければ始まらないし、言うのをこの人は待っている・・・。

悠那には祐一が話を切り出さない理由を、そうとったのだ。

「・・・二重人格・・・。」

「あっ・・・・・・・・・はい・・・。」

思ってもみない・・・いや、思った通りの淡泊な言葉・・・。

感情など入っていない、相手を気遣う気持ちなど何処にもない無機質な言葉・・・。

何度聞いても嫌になる・・・・・・そんな台詞・・・。

「・・・・・・。」

祐一はそんな悠那をジッと見つめている。

その瞳からは感情が読みとれない・・・・・。

そんな視線の中、悠那はスカートをギュッと握る。

この人も一緒なのかも知れない・・・。

他の人たちと、結局は一緒なのかも知れない・・・・・・。

(「悠緋に変わってもらってればよかった・・・。」)

あまり精神的に強くない悠那。

いっそ、嫌ってくれた方が・・・そんな気さえしてくる。

だが、祐一の応えは悠那にとって意外なモノだった。

「二重人格か・・・まあ、よろしくな。」

そう言って、先ほどまでの真面目な顔はどこへやら・・・・・・笑顔で手を差し出す。

握手を求めている・・・それは、分かる。

だが、それに応える手は何処にも無い。

いや・・・応えたくても応える事が出来ないらしい。

悠那は呆然とした顔で、祐一の顔と差し出された手を交互に、何度も見つめる。

「んっ?どうした?」

そう言った祐一の表情を見た悠那は、ハッと息をのんだ。

(「ああ・・・この人は・・・。」)

悠那はそう思うと同時に、静かに首を横に振った・・・。

「・・・よろしく・・・お願いします・・・。」

そう言うと、恐る恐る祐一の手に自分の手を重ねる。

そして・・・ギュッと・・・・・・

「『私』をよろしくお願いしますね、相沢先輩・・・♪」

 

 

まるちぶーと!!
第8話 「過去、現在、未来」

 

 

「・・・・・・で?」

祐一はもう日も暮れかける教室に向かってそう投げかけた。

「で、って失礼ね・・・。」

そう言って、机にもたれながら腕を組み、祐一を見ているのは2つの瞳。

ちなみに、この部屋には合計6つの瞳が祐一を捕らえている。

「うー・・・祐一さん、どこ行ってたんですか〜〜?」

そのうちの2つが、不満の色を全快に灯して訴える。

「祐一さん、遅かったんですね。私も待ちくたびれちゃいました・・・。」

穏やかな声でそう言って、読んでいた本を閉じつつその瞳を祐一へ向ける。

「ちょっとマテ。・・・何で俺が不満を言われないといけないんだ?」

祐一は顔を項垂れ、疲れたようにそう言う。

あの後・・・つまり悠那と握手した後、祐一達は雑談に花を咲かせた。

悠那の事、悠緋の事・・・初対面だからと最初は遠慮していた祐一も、次第に2人に惹かれていった。

話をしていくうちに色々な事も聞いたし、色々な事も話した。

もちろん、初対面の遠慮が無くなったとはいえ話す事には限界がある。

それに、何時かのように長い間逢えなくなるわけでもない。

そんなわけで、適当にキリをつけて帰ってきたのだ。

そう・・・そこまでは別段普通だった・・・・・・。

それで、いつも通り帰ろうと鞄を取りに戻ってきたら・・・・・・何故かいつものメンツがいて・・・・・・

「帰ってきて早々、何で俺が文句言われるんだ・・・。」

再度そう言いながら、祐一は不満顔の桜の頭をポンポンッと叩く。

「まあ、長い間待ってたからな・・・。」

雫は机の上に組んで乗せていた足を組み替えながら、祐一にしみじみと呟く。

その視線は、部活動の声がしきりに聞こえてくるグラウンドに注がれている。

「雫・・・何か哀愁が漂ってるぞ・・・。」

「ふっ・・・大変だったぜ・・・。」

雫はあくまで外を向いたまま、祐一の問いに答える。

その雫の疲れた背中と桜たちのを交互に見た祐一は、その雫の疲れの原因に気が付いた。

雫と桜たちの体調の違い・・・。

「そうか・・・すまんな・・・。」

「気にするな・・・。俺たちの仲だろう?」

「悪い・・・。」

そう言って軽く頭を下げる祐一。

そして頭を上げたとき、振り向いた雫と視線が絡み合う。

2人の熱い瞳には、お互いの顔が映っている・・・。

祐一はその視線を外さず、右手をスッと差し出す。

雫は、最初意味が分からなかったが、すぐにその意図に気が付くとフッと微笑しつつ、祐一同様手を差し出す。

そして、お互いの手が熱く握られる・・・。

二度々離れぬように・・・ギュッと・・・・・・・・・。

「・・・・・・美咲・・・。」

「何かしら?」

雫と熱く握手を交わしたまま、祐一は静かに美咲の名を呼ぶ。

その美咲はというと、腕を組みながら教室の壁に背を預け、呆れた目を祐一に向けていた。

「止めてくれ・・・頼むから・・・。」

祐一はそれだけ言うと、その場で首を項垂れる。

ちなみに、雫は顔を真っ赤にしつつ首を項垂れている。

どうやら、祐一はいつものノリ・・・つまり、名雪達と一緒にいた頃のようにやってみたのだが・・・・・・如何せん。

どうやら人選をミスッたらしい。

「あら?私はてっきり、祐一がそういう人なんだと思ったわ?」

そう言って、美咲はフフフっと意地悪そうに笑う。

どうやら、突っ込んで欲しいという願い(?)は伝わってたようだが、その思惑には乗ってはくれなかったようだ。

(「香里よりも意地悪かも知れんな・・・。」)

そんな美咲に、祐一はそう思わずにはいられなかった。

それと同時に、此処にいるうちは二度とこのノリはやらないでおこうと心に深く誓った。

「雫・・・すまん。」

「気にするな・・・。」

雫は早口にそう言うと、そっぽを向く。

どうやら、先ほどの事がかなり恥ずかしかったようだ。

元々、あまり群れをなさない雫である。

祐一の転校を期に、桜たちとも交流を持つようになり集団にも慣れてきたのだが・・・さすがにこのノリにはついていけなかったようだ。

それでも、最後までやり通したのはさすがと言うべきか・・・。

「むー・・・並木君ばかりずるい・・・。」

そんな中、相変わらずピントはずれな事を宣っているのは、年中ボケボケしている桜。

雫と自分・・・比べたときの祐一との触れ合い度に不満なようで、頬を軽く膨らませて抗議している。

尤も、この顔では可愛さが増すだけなのだが・・・相変わらず本人は、その事に気が付いていない。

「お兄さま・・・そんな趣味があったんですね・・・。」

桜に続くようにそう言って、床に崩れ落ちる静流。

大袈裟に見えるが、至って本人は普通である。

「そんなわけあるかっ!」

慣れない大声をだし、とりあえず、突っ込んでおく雫。

相変わらず真っ赤な顔だが、さすがに誤解させておくわけにもいかない。

「お兄様・・・静流だけは味方」

「だから違うって言ってるだろう!」

誤解が爆進して、周りが見えなくなっている静流。

そして、それを何とか止めさせようとしている雫・・・。

さすがの雫も、身内に誤解されるのは嫌なのか、いつもの冷静沈着な姿は何処にも無い。

尤も祐一のせいで、かつての雫像は既にこの学園から消え去っているのだが・・・。

一方、そんな2人に対して、祐一はというと・・・・・・

「2人とも部活はどうしたんだ?」

「今日はミーティングだけよ。」

「桜は?」

「私も〜みーちゃんと一緒だよ〜♪」

「どうでもいいけど・・・桜。いい加減に離れなさい。」

「嫌。」

「即答だな・・・。」

「ええ、笑顔で即答されたわね・・・。」

「えへへ〜♪」

等と、ほのぼの(?)な事をやっていたりした。

要は無視である。

っというか、関わると余分な事態を引き起こしかねないので、祐一は並木兄妹に関わらなかったのだ。、

「悪いわね、祐一。」

「気にするな。もう慣れた・・・。」

そう言って、美咲の言葉に苦笑して返す祐一。

そんな祐一の手は、桜の頭を撫でている。

どうやら、並木兄妹からは逃げれたようだが、代わりに桜に捕まったようだ。

ついてないというか、何というか・・・。

いつの間にか桜も、祐一に対しては美咲に対するように積極的になっている。

尤も、『好き』という感情が原因かどうかは、桜自身しか分からないが・・・。

そんな、祐一と雫にとって不毛な戦いが始まって数十分後・・・・・・。

夕日がより一層強く差し込んでくる教室に、5つの影は伸びていた。

疲れたように項垂れる雫と腕を押さえている祐一。

一方、幸せそうな笑顔いっぱいの桜と静流、そして、溜息を吐く美咲・・・そんな5人の姿がそこにはあった。

「ふふっ・・・さっ、帰りましょうか♪」

「うんっ♪♪早く帰らないと暗くなっちゃうからね〜♪」

気づいているのかいないのか・・・男2人に見向きもせず軽やかなステップを踏む2人。

静流の妙なテンションの高さを見る限り、どうやら雫が何かしたようだ。

まあ、悲しそうに財布の中身を確かめている雫の姿を見れば、何があったのかは想像に難くはない・・・。

「2人とも大丈夫?」

美咲は、心配そうな顔で2人に声をかける。

その尋ねられた質問の答えは、言葉ではなく手を振る事で答えられた。

「まあ・・・強く生きてね♪」

それだけ言うと、美咲は桜たちの元へ足早に駆けていった。

どうやら、声はかけても助けるつもりは毛頭ないようだ。

言葉の最後が音符だったのがその証拠だろう・・・。

「なあ、雫・・・。」

祐一は左手で右腕を押さえながら呟く。

「なんだ・・・。」

元気がない・・・っというよりは、普段の3倍くらいのローテンションな雫。

祐一との不慣れな漫才。

そして、静流との誤解の撤回騒ぎ・・・。

やはり、騒ぐ事が苦手な雫にとって、慣れない事の連続は効いたらしい・・・。

外から聞こえていた運動部のかけ声も、教室の入り口にいる3人の楽しそうな話し声にかき消されている。

「・・・何でもない・・・。」

「そうか・・・。」

それだけ言うと、2人はお互いに顔を見合わせる。

そして、見合わせる事きっかり3秒。

「「はあ〜・・・。」」

マリアナ海溝よりも深い溜息を同時に吐き、項垂れる2人。

そんな2人に、同情するべき人間も助けようとする人間も、此処にはいない。

「お兄さま、祐一さん♪早く行きましょう♪」

「2人とも、早く行こ♪」

元気な声が2人に届く・・・。

そんな2人の楽しそうな声を聞くと、祐一は何故か嬉しくなった。

それは、多分雫も同じだろう・・・。

そして、そんな気持ちになる理由もきっと同じ・・・。

「さてっ・・・行くか。」

雫は覇気のある声をだし、背筋をグッと伸ばす。

それと同時に、筋肉が嬉しい悲鳴を脳に伝える。

「そうだな。」

祐一はそう答えると、雫に向かって苦笑する。

「・・・変な奴だな。」

「そうか?」

「ああ、変だよおまえは。」

そう言って、雫は祐一に笑顔を向ける。

「なら、おまえも変だな?」

「ん・・・まあ、そうだな・・・。」

意外な返答に、雫は反射的に真面目に考えて返答する。

そんな自分に雫は笑い、祐一もそんな雫を見て笑った。

端から見たらおかしな光景だが、今の2人にはこれで十分だった。

馬鹿な会話だが、伝えたい事は十分伝わっている。

それに、祐一にとってこの空気は気持ち良かった。

「2人とも、行くわよ?」

なかなか来ない2人に痺れを切らしたのか、聞き慣れた声が2人の耳に届く。

声のした方を見てみると、美咲が祐一達を見ながら腰に手を当てている。

その両隣には、幸せそうな花が2つ・・・。

「はいはい。」

祐一苦笑しつつそんな美咲に軽く手を挙げて答える。

2人は鞄を担ぐと、夕日を背に受けて歩き出した・・・。

 

 

 

夕日は本日最後の姿を誇示するかのように、その強さを見せつけていた。

祐一は、その夕日を体全体で受けながら、1人住宅街を歩いていた。

コンクリートの壁に伸びる影は、否応なく1人という姿を実感させる。

「・・・良い匂いがするな・・・。」

既に暮れかける時間帯・・・。

祐一が言ったように、流れていく家からは夕食の良い匂いが漂ってくる。

料理の出来ない祐一にとって、何の料理を作っているのかは分からない。

それでも、暖かい空気が伝わってくる・・・。

こんな時、祐一は思い出す・・・・・・いや、思い出してしまう。

それは、かつて自分が求めていた事・・・。

それは、虚勢とプライド、不毛な意地が共存した結果、黙って望む事しかできなかった事・・・。

 

 

『ねえ、祐一。今日は何が良い?』

『えっと・・・。』

『ハンバーグ?それともコロッケ?カレー?お肉?』

『うんっとね・・・お肉・・・。』

『じゃあ、鳥の唐揚げとかでいいかな?』

『あっ、でもカレーも欲しい!』

『うーん・・・あっ!じゃあ、チキンカレーにしよっか?』

『うんっ!』

『じゃあ、早速作るから待っててね?』

『あっ、ぼくも手伝うよ。』

『祐一は、テレビでも見てていいのよ?』

『ううん。ぼくもお手伝いする!』

『・・・そっか。それじゃあ、お父さんが吃驚するようなおいしいの作ろうね♪』

『うんっ!ボクがんばるよ、お母さん!』

 

 

「毎晩夢見たっけな・・・。」

祐一はかつての日々に苦笑しながら、歩みを進める。

(「あの時は情けなかったよな・・・。」)

そう思うと同時に、その姿がリフレインされる。

思い出したくない事ほど、人は鮮明に覚えている。

それは、覚えていたくないっという思いが、何よりも強い証拠・・・。

何を思ったのか、突然祐一は落ちていた小石を無造作に蹴った。

小さいアーチ状の軌跡を描きながら、小石は軽やかな音をたててアスファルトを転がる。

祐一はその転がり終わった小石に追いつくと、その前で立ち止まり、ジッとその小石を見下ろした。

「・・・・・・俺もまだ子供だな・・・。」

祐一は、転がり終わっている小石を再び軽く蹴ると、歩み始めた。

小石は不規則に飛ん行ったが、祐一の視界が再び小石を捕らえる事は無かった。

学園を出てから、歩いて25分くらい経った頃・・・ふと、祐一は後ろを見た。

その視界に広がるのは、最近やっと見慣れてきた住宅街。

そして、何処にでもあるアスファルトの道路・・・。

「・・・・・・。」

祐一は振り返ると、また無言で歩き出す・・・。

祐一の家から水無月学園までは、歩いて約30分くらいである。

その間に、祐一の家の方から順番に、美咲、桜、並木兄妹という住所関係になっている。

当然、祐一は美咲の家からは1人である。

「・・・・・・。」

また・・・でも今度は自分の真横を、歩きながら見る。

もちろん、そこから見えるのは真っ青に広がる海原でもなければ、桜舞散る並木道でもない。

只、緑色の苔が所々に生えている、年期のあるコンクリートの壁・・・。

「・・・・・・。」

そして、再び正面に視線を戻し、歩み続ける。

『見たら誰もいなかった。』・・・・・・只、それだけの事が祐一の足を密かに速めていた。

1人でいるのだから、振り返って誰もいなくても別におかしくはない。

だから、後ろを振り返っても誰もいない。

だから、横を見ても誰もいない。

だから、正面を見ても誰もいない。

別に・・・それはおかしくない世界・・・。

「・・・どうかしてるな、俺。」

祐一はポツリとそう言って、苦笑する。

苦笑・・・っというより、自分に対して嘲笑っている。

(「本当に寂しかったのは俺か・・・。」)

口に出す事は、祐一の男としてのプライドが許さなかった。

プライド・・・いや、意地と言った方がいいかも知れない。

だから、祐一は心の中で自分にそう聞いた。

けれども、答えは幾ら待っても返ってはこない。

返ってくる答えは分かっている。

だけど、それを祐一自身認めたくはなかった・・・・・・。

「・・・久しぶりに電話でもするか。名雪なんて、俺がいないと起きてないだろうからな。」

自分の弱い部分は見せたくない。

男なら誰もが一度は思う事。

そして、愛しいと思う人の前ならなおさら・・・。

祐一は、夕暮れに染まった街を歩いている。

いつもと変わらない道を、今日も歩いている。

だが、祐一は気が付いていない。

歩く速度が落ちている事に・・・。

アスファルトを踏みしめている足取りが軽やかになっている事に・・・。

その表情が、豊かになっている事に・・・・・・祐一は、気がついていない・・・・・・。。

 

 

 

煙が立ち昇っているのが、目で見て分かる。

その立ち昇っている出元は、大きなお椀型の入れ物・・・。

「お鍋なんて久しぶりに作ったわ。」

「ほー、珍しいな?」

一弘は、そう言って目の前で湯気を立てているお鍋を覗く。

うどんを始め、豆腐、はんぺん等、鍋において定番のモノがおいしそうな匂いを振りまきながら、出汁のお風呂に浸かっている。

「それじゃ、早速食べるぞ。」

「「「頂きます。」」」

一弘の言葉をきっかけに、3人が食事の挨拶をする。

こちらに来てからは当たり前の風景だが、それがつい最近までは当たり前ではなかった。

だからこそ、一弘も出来る限り早めに帰るようにしている。

3人ともこの時間を大切にしているのだ。

「あっ、そうそう。」

祐一が鍋に手を伸ばしたときに、祐里子が何かを思い出したようで、ポンッと手を叩く。

「どうしたんだ、母さん?」

「祐一、今日の夜に電話かけなさい。」

「・・・はっ?」

それは、何の脈絡もなく、また、目の前の鍋とも関係が全くない。

なので、祐一は只呆気にとられていた。

「誰に?」

とりあえず、呆然とする頭の中で祐一は何とか言葉を紡ぐ。

ちなみに、一弘は1人黙々と鍋をつついている。

祐一の好物のモノばかり狙って取っているように見えるが・・・・・・多分わざとだろう・・・。

「あらっ?あなたが電話をかける所なんて決まってるでしょ?」

そう言って、祐里子は手を頬に持っていき、楽しそうに微笑む。

これで髪型が三つ編みで方から胸に垂らしていれば、水瀬秋子とそっくりである。

秋子、祐里子姉妹は外見や声等がそれなりに似ている為、昔は入れ替わり遊んだりしていた。

なので、外見を同じにする事ぐらい朝飯前である。

祐一は、一瞬その姿に昔(っと言っても、1ヶ月も経たないのだが)の生活を垣間見た。

だが、すぐに祐一は不機嫌そうな顔になる。

「母さん・・・わざとだろ?」

「あらっ?何がかしら?」

祐一の不満を軽く流す祐里子。

もちろん、その間も終始笑顔かつ、先ほどのポーズのままである。

祐里子にこれ以上の問答は無駄だと判断したのか、祐一は溜息を吐く。

「祐一、溜息吐くと幸せが逃げるわよ?」

「幸せを逃がしてるのは誰だよ・・・。」

楽しそうにしている祐里子とは別に、祐一は早くこの場から・・・っというか、祐里子との会話から逃げたかった。

まあ自分の部屋に退避も出来るのだが・・・それだと、肝心の夕食が食べれない。

今日は色々あったので、夕食抜きは辛い祐一・・・。

仕方がないので、ある方法を実行する事にした。

「ねえ、祐一。」

「・・・・・・。」

「祐一?」

「・・・・・・。」

「ねえ、祐一ってば。」

「・・・・・・。」

「祐一・・・聞いてるの?・・・・・・祐ちゃん?」

「(ピクッ)・・・・・・。」

「祐ちゃ〜〜ん。」

「・・・・・・。」

「ううっ・・・。」

「・・・・・・。」

「祐ちゃんが無視する〜・・・。」

「・・・・・・。」

「はうぅぅ・・・かずちゃ〜ん。」

どうやら、祐一の策は成功したようだ。

祐里子は、横に座っている一弘の胸に勢いよく抱きつく。

抱きつかれた一弘はというと、まるでこうなる事が予想できていたのか、祐里子がいつでも飛びかかってこれるように準備しており、今では飛び込んできた祐里子の頭を左手で撫でている。

ちなみに席順は、祐里子と一弘が6人用のテーブルに並んで座り、祐一が向かいに座っている。

「何やってるんだが・・・。」

祐一は目の前の光景にそう冷ややかに呟くと、目の前の鍋に箸を近づける。

やっと食べれる・・・そう思った瞬間、祐一の箸ピタッと進むのを止めた。

鍋との距離、約5cmの手前の事だった。

「・・・・・・。」

祐一は無視しようとするが、一度気になるとむやみやたらに気になって収まらない・・・っというのが人というモノである。

それが、祐一の目の前でこちらを威嚇するような視線を射ているのが原因である事は、その場にいる人間であれば誰でも分かるだろう。

「うーー・・・。」

祐里子は、一弘の胸にしがみついたまま首だけ回し、祐一を睨んでいる。

尤も、その容姿で睨まれても迫力がないのだが、祐里子本人は至って真面目に拗ねているのである。

「うーーー・・・。」

ひたすら唸っている祐里子。

ちなみに、一弘の箸だけは鍋と取り皿と口とを行き来している。

もちろん、減っているのが祐一の好物のモノである事は相変わらず変わらない。

「母さん・・・。」

「うんっ♪何々♪」

声をかけられて一気に気分が逆転する祐里子。

ある意味、幼稚園児よりも単純かも知れない・・・。

「気になるから、こっち向かないでくれ。」

スパッと一気に言い切る祐一。

そして、その言葉にスパッと切られた祐里子はというと・・・・・・

「ゆっ、祐ちゃんの・・・・・・ばか〜〜!!」

っと、まあ1人暴走街道を爆進して、一弘の胸に顔を埋める。

ちなみに、下手すると物が飛んでくる為、普段祐里子を泣かす事はしない。

「かずちゃ〜〜ん。」

「祐里子・・・落ち着け・・・。」

冷静なセリフで、なかなか大人びた格好いい事をやっている一弘なのだが、行動は夕食優先という、なんとも矛盾した行動をしていたりする。

祐一は、「はあっ・・・。」っと溜息を吐くと、気分を一転させ夕食に専念しようとする。

だが、再度箸は鍋に突っ込んでわずか数秒で止まる。

いや、正確には祐一が覗き込んで5秒で止まったのだ。

「父さん・・・。」

「何だ息子よ・・・。」

左手で祐里子の頭を撫でつつ、右手の箸の先は口内に入れられている。

そんな中、ものすごく真面目な顔をしている。

はっきり言って、この上なくおかしい・・・。

「言いたい事は分かるよな?」

祐一は箸に注ぎ込まれる力を押さえながら、なるだけ冷静にそう言う。

「・・・・・・何の事だ?」

その瞬間、何かが折れる音がした。

「ふざけんなっ!!なに人の好物ばかり食べてるんだ、あんたは!!」

「ふっ・・・戦いの世とは常に非常なのだよ・・・。」

「何が戦いだ!それよこせ!」

「祐一・・・俺に勝てると思ってるのか?」

「能書きはいいから、さっさとよこせ!!」

「ふっ・・・それでは俺から奪えんぞ?」

「あっ!口でキメときながら唾つけるなっ!」

「気にするな。」

「するわ!このくそ親父がっ!!」

箸と箸とがぶつかり合う音が、相沢家のリビングに今日も響き渡る・・・。

祐一も別のを取ればいいのだが、こうなると鍋など眼中に無い。

目標物は只1つ・・・。

「これで、最後だぞ?」

「なっ!!最後ぐらい子供に食わせろ!」

「ライオンは子供を谷に突き落とすのだよ・・・。」

「俺は人間だ!」

もの凄く小さな世界で戦いを繰り広げる2人。

この間にも一弘の口にはちゃんと鍋の中身が入っている。

ちなみに、32戦32敗が祐一の対戦結果である。

「あっ、やっぱりこの味付けは合ってたわね♪」

っと、2人の争いなど別世界のように扱い、美味しく煮だっている大根を頬張っているのは、先ほどまでの騒動の中心人物。

何時の間にやら席を安全な位置に移動して、鍋をつついている。

「祐一・・・修行が足らないな・・・。」

「ぐっ・・・。」

33戦33敗。

どうやら、今回も祐一はまともに食べれなかったようだ・・・。

「あっ・・・美味し〜い♪」

祐里子は、1人美味しそうに鍋をつついていた。

そんな祐里子を見つつ、祐一は家族と暮らすという選択肢を選んだ事を切実に後悔した・・・・・・。

ちなみに、33回目の後悔である・・・。

 

 

 

 

「ったく・・・。」

祐一はそう言いんがら、ベッドに腰掛ける。

時計は8時前・・・。

祐一は何をするわけでもなく、ボーっとしていた。

やる事はもちろんある。

最優先でやるべき事も分かっている。

だけど・・・・・・。

祐一は部屋のある部分の視線を向ける。

そこは漫画やら参考書やらがはいっている、いわゆる本棚。

尤も、肝心の視線の先はその上なのだが・・・。

「・・・。」

祐一は無言で立ち上がると、本棚の上の『モノ』に手を伸ばし、それを掴む。

手にフィットするように作られた固まり・・・世間ではコードレス電話と呼ばれるものだ。

祐一はコードレス電話をベットに持ってくると、そのまま背中からベットに倒れ込む。

そして、ジッとその電話を眺めた後、徐に指を動かす。

ピッ、ピッという電子音が静かな空間に良く響く・・・。

「・・・・・・ふう・・・。」

しばらく電話と睨めっこしていた祐一は、その電話を腕と共に重力に身を任せた。

バフッと気持ちの良い軽い音と共に、ベットがほんの少し沈む。

しばらくそのままボーっとしていたが、また立ち上がると、祐一は机の引き出しを開けてメモ帳を取り出した。

「たしか・・・・・・・・・・・・ああ、これだな・・・。」

あるページで捲るのを止めると、祐一はその手帳を広げたまま、ベットに腰掛ける。

そして、今度はその手帳と睨めっこを始める。

正確には、その手帳に書かれた文字と、だが・・・・・・。

「さて・・・・・・どこに電話をかけるかな・・・。」

祐一は誰にともなくそう呟くと、ベットに置いた電話を持ち直し、手帳に書かれている番号通りに電話のボタンを押していく・・・・・・。

 

 

 

 

美坂家(香里・栞)に電話する。

水瀬家(秋子・名雪)に電話する。

天野家(美汐・真琴)に電話する。

アパートのある一室(佐祐里・舞)に電話する。

月宮家(あゆ)に電話する。

 

受話器を元の位置に戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<美坂家>

プルルル、プルルル・・・・・・

「あら、電話かしら?」

お母さんがそう言ってパタパタと走っていきます。

目の前では、お父さんが我関せずって顔で、夕食を口に運んでいきます。

別に無口ではないんですけど・・・もうちょっと愛想良くしないとダメだって言ってるのに・・・。

「栞、どうかしたの?」

お姉ちゃんが、私を心配そうな目つきで見てます。

もう、私は大丈夫だって言ってるのに・・・・・・ってしょうがないですね・・・。

あれだけ心配かけてきたんですから・・・。

「何でもないです、お姉ちゃん。」

私はニコッとお姉ちゃんに微笑みます。

大丈夫だという意味も込めて・・・。

お姉ちゃんはそれが分かったのか、それとも只安心したのか・・・私と似た笑顔を向けてくれました。

似ているっといっても、お姉ちゃんの方が何倍も美人ですけど・・・。

えう〜・・・あれだけ胸があるのなら、少しくらい分けてくれても良いのに・・・。

「栞・・・。」

「はいっ?」

「あのね・・・露骨に自分のと私のを見比べないで・・・。」

お姉ちゃんは苦笑しながらそう言いました。

ううっ・・・そう言われても・・・どうしても気になってしまいます〜・・・。

きっと祐一さんも大きい方がいいと思いますし・・・きゃっ♪

祐一さん、私のが大きくなったら・・・・・・

「香里、栞、電話よー。」

・・・って、折角良いところだったのに・・・・・・誰ですか、こんな時間に・・・。

でも、お姉ちゃんとセットなんて・・・一体誰でしょう?

「私がでよっか?」

「あっ、私がでます。」

そう言って、私はお姉ちゃんから受話器を貰います。

うう・・・間近で見るとやっぱりスタイル良いです・・・。

「栞・・・人の体見るより、電話・・・。」

あっ、そうでした・・・。

つい、見とれてしまいました・・・姉妹なのに不公平ですよね〜・・・。

そりゃ、病弱っていうのはドラマも漫画も痩せているのが常ですけど・・・えうっ・・・考えれば考えるほど落ち込んできます・・・。

「あっ、代わりました。えっと、栞ですがどちら・・・。」

『よう、元気だったか?祐一様だ。』

「・・・・・・えっ?」

祐一さん?

えっと・・・あの祐一さんです・・・よね・・・?

『どうした、栞?』

「えっと・・・祐一さん?」

『うん?どうかしたのか、栞。』

本物ですね・・・。

まあ、ここで偽物でも困りますが・・・・・あっ、お姉ちゃんが吃驚してます。

普段表情あまり変えないから、珍しいです〜。

「お元気でしたか?」

『ああ、別に病気になる事もなく、至って平和だぞ?』

「それは良かったです♪」

『なんて言っても、栞にアイスを食わされないですむから、健康そのものだ。』

久しぶりに聞く祐一さんの声は楽しそうで、元気にやっているというのも本当なんでしょう。

「えうっ・・・そんな事言う人嫌いですっ!」

久しぶりな会話なのに・・・久しぶりな声なのに・・・私凄く冷静です。

自然と心が落ち着いてきます・・・。

やっぱり、恋してるからでしょうか?

『あははは。それを聞くとやっぱり栞って感じがするな。』

「むー・・・それは褒めてるんですか?」

『一応、褒めてるつもりだぞ?まあ、栞らしいって事だな。』

「祐一さんこそ、相変わらずですね?」

『それは貶してるのか?』

「はいっ♪」

『うぐぅ・・・。』

「あっ、やっぱり祐一さんですね♪あゆさんの口癖が抜けてないです〜♪」

『ぐっ・・・最初はからかうネタだったんだがな・・・抜けなくなっちまってるから困ったもんだよ・・・。』

そう言って、祐一さんは苦笑しました。

実際は遠いのに、すぐ近くに祐一さんの吐息を感じます・・・。

あの時から変わらない、優しい・・・でも意地悪そうな声・・・。

子供みたいに無邪気で・・・それでいて、何処か自分とは違う・・・大人びた雰囲気を持っている人・・・。

ああ・・・やっぱり私、祐一さんの事好きです。

『栞、そういえば、香里はどうしてる?』

「お姉ちゃんですか?すぐ横にいますよ?祐一さんと話したそうに今かと待ってますよ♪」

「栞!」

お姉ちゃんが真っ赤な顔してます。

お姉ちゃん、私や名雪さんに遠慮してるからなのか、なかなか素直にならないんですよね・・・。

もうみんなにばれてるっていうのに・・・。

でも、こんなお姉ちゃんも普段とは違って・・・凄く可愛らしくて好きなんですけどね・・・♪

『とりあえず、代ってくれるか?』

祐一さんが苦笑しながら私に受話器越しにそう言いました。

「はい、分かりました。お姉ちゃん、愛しの祐一さんからです♪」

「しっ、栞!!」

わっ、お湯でも沸かせそうなくらい真っ赤です。

写真撮っておく方がいいですね・・・。

「あははは♪ほら、祐一さん待ってますよ?」

「栞、後で覚えてなさいよ?」

真っ赤な顔でそう言われても、説得力無いです。

もう・・・お姉ちゃんも素直じゃないんだから・・・。

そりゃ、ライバルが増えるのは困りますけど・・・お姉ちゃんは私も好きですし・・・。

それに、私に遠慮する事なんて無いんですよ?

あの時から・・・私がお姉ちゃんの『妹』に戻った日から・・・遠慮なんていらないんですから・・・。

「栞、御機嫌ね〜。」

お母さんが、ニヤニヤしながら聞いてきます。

えうっ・・・そう言われると、何か恥ずかしくなってきますぅ・・・。

「香里も可愛らしくなっちゃって・・・栞も大変ね、香里相手だと。」

お母さんは祐一さんの事を知っています。

もちろん、お父さんも知っています。

前に家に来て貰った事がありますし・・・何より、私が毎日話してますしね♪

「はいっ♪でも、負けません!」

私はストールを羽織直して、胸の前で握り拳を作ります。

お母さんはそんな私の頭を優しく撫でてくれました。

「そう・・・がんばりなさい。香里にしろ栞にしろ、どちらかが落としてくればいいわけだしね♪」

えうっ・・・お母さん、過激です・・・。

確かに、私も考えましたけど・・・お母さん、本当に実行しそうだから怖いです〜。

「うう・・・栞も香里も離れてくんだな・・・。」

あっ、お父さんが泣いてます。

しょうがないですね・・・後で、アイスクリームをお腹いっぱいあげましょう♪

きっと、泣いて喜んじゃいますっ♪

「そうなの?へー・・・うん・・・うん・・・・・・クスクス、それは相沢君が悪いわよ。」

お姉ちゃん楽しそうですぅ・・・。

あんなお姉ちゃん久しぶりです。

やっぱり恋する乙女は綺麗なんですね♪

でも・・・私も祐一さんと話したいです・・・・・・。

「お姉ちゃん、私も話したいですぅ・・・。」

私がお姉ちゃんの服を引っ張って呼びます。

お姉ちゃんは私の頭を撫でると、クスッと・・・いつもよりもずっっと綺麗な・・・同性の私でもドキッとしてしまうような笑顔を向けて、一言受話器越しに祐一さんに向かって何かを言いました。

小さくて私には聞こえませんでしたが・・・ほのかに頬が赤かったのを私は見逃していません。

「・・・祐一さんの浮気者。」

『マテッ。』

「すけこまし、八方美人、ろくでなし・・・えっと・・・。」

『栞・・・お前は俺に恨みでもあるのか・・・。』

溜息を吐きながら、そう言った祐一さんの声はなんか疲れてました。

「えう・・・だって・・・祐一さん、お姉ちゃんに誘惑されちゃいました。」

『ちょっと待て!・・・ったく、どうしたらそうなるんだ・・・。』

「きっとお姉ちゃんのあのスタイルに魅力されて・・・私は、只の遊びでもうポイッなんですね・・・。」

『誤解される発言は止めろ・・・っというか、止めてください。』

「むー・・・祐一さん、なんか素直ですね・・・。」

『栞・・・それは、俺が普段は捻くれてるみたいな言い方だな?』

「当たり前です。」

私は祐一さんの質問に即答しました。

ええ、それはもう、秋子さんの了承ぐらいの速さです。

『栞・・・帰ったらデートに行くぞ。』

「わっ!祐一さん、積極的です〜♪私はいつでも良いですよ〜♪」

嬉しいです!

まさか、祐一さんが誘ってくれるなんて・・・。

これは、結構脈有りと考えて良いんですよね?

『そうか・・・それじゃあ、行き先は俺が決めて良いか?』

「はい♪祐一さんと一緒なら何処でも行きます♪」

何処に連れて行ってくれるんでしょう?

ドラマだと、季節的に海とかですよね・・・こういう場合。

『それじゃあ、激辛メニュー食べ歩きをしよう。』

「・・・・・・はい?」

私は、一瞬祐一さんが何を言っているのか分かりませんでした。

いわゆる、脳が聞くのを拒否したんですね〜。

『だから、激辛メニュー食べ歩き。』

「・・・・・・私、辛いのダメなんですけど・・・。」

『だから行くに決まってるだろう?』

その言葉を聞いて、私はハッとしました。

祐一さんの楽しそうでいて、意地悪そうな声・・・。

そして、この展開・・・。

これは・・・・・・先ほどの仕返しですか?

『どうだ、栞。』

「そっ・・・そんな事言う人嫌いですっっ!!」

私は、受話器に向かって大声で叫びました。

自分でも吃驚するぐらいの声・・・。

『・・・栞・・・耳が痛い・・・。』

「祐一さんが悪いんです!」

『うぐぅ・・・だからってその声はきつい・・・。』

「えうっ・・・そんな事いう人嫌いです」

どうして、祐一さんと話すとこんな話になってしまうんでしょうか?

もっとドラマみたいに、お互い黙り込むとか・・・そういうのだとロマンティックなのに・・・。

『栞・・・今、ドラマみたいじゃないって思っただろう?』

「えっ?あっ・・・そんな事無いです。」

『お前の思考は単純だからな・・・。』

そう言って、祐一さんは笑いました。

「えう・・・祐一さん、酷いです〜・・・。・・・でも・・・嫌いじゃないです。」

『そっ、そうか・・・。』

「あっ、祐一さん、照れてますね?」

『あのな・・・。』

照れてる祐一さんも可愛いです〜♪

いつもこれだと良いんですけど・・・祐一さん、すぐ虐めるんですから、もう・・・。

『栞、そろそろ切るが・・・・・・その・・・頑張ってるか?』

「えっ?・・・あっ、はい・・・。」

あっ、声のトーンが下がってる・・・。

露骨だな、私って・・・。

『そっか・・・まあ、頑張れよ?』

「あっ!あのっ!」

言いたい事、伝えたい事たくさんありますけど・・・

『んっ?』

私の事、学校の事、お姉ちゃんの事、名雪さんの事・・・色々、いっぱい伝えたい事ありますけど・・・

「あっ、えっと・・・」

でも・・・それは、会ったときのために残しておきます。

「祐一さん、待ってますから・・・。」

『栞?』

「私・・・やっぱり、祐一さんと一緒じゃないと嫌です・・・。」

『・・・・・・そうだな。アイスたかれないしな?』

「そんな事言う人・・・大っ嫌いですぅ!!」

『あははは・・・。・・・・・・栞、帰ったらまたアイス食いに行こうな?』

さっきまでの声とは違う・・・ちょっと大人びた優しい声・・・。

私の大好きな声の1つ・・・。

酷いです・・・こんな時に言うなんて・・・。

「あっ・・・・・・はいっ!」

そんな事言われたら、肯定しかできないじゃないですか・・・。

『じゃあ・・・またな。』

「はい・・・それでは・・・・・・。」

ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツー・・・・・・

ふー・・・・・・まだ、ドキドキしてます・・・。

胸が高鳴って・・・やっぱり好きな人なんだと再認識させられる・・・。

ドラマとかだと、実は家の前でかけているっていう展開なんですけど・・・・・・それは、また今度して貰いましょう♪

「し・お・り・ちゃ〜ん♪」

お母さんがニヤニヤして、私の後ろから抱きついてきます。

えう・・怖いです・・・。

「ラブラブみたいで、お母さん、聞いてて恥ずかしかったな〜♪」

「あっ!」

そうでしたっ!

此処リビングだって事忘れてました!

・・・ってことは・・・・・・。

「栞・・・後で部屋に来てくれるかな〜?」

お姉ちゃん、目が笑ってないですぅ〜・・・。

「ううっ・・・しおり〜・・・。」

お父さん、みっともないんで泣かないでください。

「うふふふ・・・♪」

・・・お母さん、意地悪ですぅ・・・。

祐一さん♪

私は元気でやってます。

祐一さんがいないのは寂しいけど・・・・・・でも、頑張ってます。

だから・・・・・・だから、帰ってきたら、絶対にアイスおごって貰いますからね♪

「栞、さあ、さっさと行きましょうか〜♪」

「そんな事言う人嫌いです〜!!」

 

他の家へかける

受話器を元の位置に戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<水瀬家>

プルルル、プルルル・・・・・・

「あれ?」

「電話ね・・・私が出るわ。」

「あっ、いいよ。私が出るから、お母さんは片付けしてて。」

「そう?それじゃあ、名雪よろしく。」

お母さんはいつもの笑顔でそう言うと、台所へ戻っていきました。

あっ、電話取らないと・・・。

「でも誰からだろう?」

私はそう言いながら、電話の受話器を取る。

いつもの通りに・・・。

「はい、水瀬ですが・・・どちらさまでしょうか?」

『あっ、祐一ですけ』

「祐一っ!?」

えっ、えっ、祐一?

祐一って・・・あの祐一だよね?

あっ、本物?

えっと、えっと・・・・・・

『っ・・・・・・・その声は名雪か・・・。受話器越しに大声出すな・・・。』

「あっ、ごめんね・・・。」

祐一は弱々しい声でそう言って、混乱している私を怒りました。

だけど、それが祐一らしくて・・・あっ、本当に祐一なんだ・・・って思って・・・。

そう思った瞬間、私は自然に笑いがこみ上げてきた。

「ふふっ・・・。」

『名雪・・・新手の嫌がらせか?』

「わっ、そんな事無いよ〜!」

『しかも、いきなり笑うな。気味が悪いぞ・・・。』

「う〜、祐一酷いよ〜〜・・・極悪だよ〜・・・。」

電話しようと何度も思った。

でも、その度に不安が押し寄せてきて、私の動きを止めてしまった・・・。

もしかしたら、祐一は私の事を忘れたのかも知れない。

もしかしたら、私の事を嫌ったのかも知れない。

もしかしたら、好きな人が出来たのかも知れない。

もしかしたら・・・・・・祐一は2度と戻ってこないのかもしれない・・・・・・。

そう思うと、受話器がはずれなかった。

頑張って取ろうとしても・・・手が動いてくれなかった・・・。

祐一はちゃんと約束してくれた・・・・・・けど・・・それでも、手は動いてくれなかった。

心はいつも不安でいっぱいだった・・・。

「祐一、風邪とかひいてない?」

『あのな、俺は小学生じゃないんだぞ?』

「それじゃあ、朝はちゃんと起きてる?」

『それはお前の方だろうが・・・。』

苦笑している祐一の声が耳から伝わってくる・・・。

聞きたい事、話したい事、いっぱいあるのに・・・たくさん伝えたい事があるのに・・・・・・出てくるのはどうでも良い事ばかり・・・。

『なあ名雪、秋子さんは元気か?』

「うんっ!病院からもお墨付きが出たんだよ!」

そう、お母さんも無事に完治した。

今では2人でいつものように・・・祐一が来る前の、今まで通りの生活を送っている。

『そっか・・・。秋子さんいるか?』

「あっ、うん。今代わるね?」

『頼む。』

私はそれを聞いてから、お母さんを呼んで、受話器を渡す。

「はい、代わりました。」

お母さん、何話してるのかな?

祐一と、何の事話してるのかな?

「はい。そうですか・・・。はい・・・。私の事は心配しないで下さい。名雪も助けてくれますしね。」

私はお母さんにピッタリとくっつき、受話器から漏れる声を拾い集めようとする。

何を言ってるかは分からないんだけど・・・微かに・・・ほんとに少しだけ祐一の声は聞こてくるの。

それを聞くだけで、心の中がポカポカって暖かくなってくるから、自分でも不思議だよ・・・。

「はい・・・分かりました。それでは、名雪に代わりますね。さっきから、祐一さんの声が聞きたくて堪らないみたいですから。」

そう言って、お母さんは私の頭を撫でながらクスクスと笑う。

そして、受話器を渡すと私に微笑んで台所へ戻っていきました。

お母さんの笑顔・・・私の大好きな笑顔・・・・・・。

2度と見れないと思っていた笑顔・・・。

だから、どんな事でもお母さんの笑顔が見れるっていうのは嬉しい・・・・・けど・・・・・・・・・うーー・・・そんな事は言わなくても・・・・・・。

祐一、どう思ったかな・・・恥ずかしいよ〜・・・。

きっと、今の私の顔って真っ赤なんだろうな・・・。

『名雪。』

「えっ、あっ、はいっ!」

うにゅ〜・・・声が裏返ってるよ〜・・・。

お母さんがあんな事言うから・・・変に意識しちゃうよ・・・。

『名雪?』

「あっ、えっ・・・なっ、何でもないよ。」

祐一驚いてるよ〜・・・。

うー・・・誤魔化しとかないと・・・。

『そっ、そうか・・・ならいいけど・・・。』

「あっ、うん・・・。」

変な沈黙・・・。

何か喋らないとって思うんだけど、何も考えられない・・・頭の中が真っ白になってる・・・。

う〜・・・う〜・・・祐一〜・・・。

『なあ、名雪。』

「あっ、何?」

素っ気ない返事・・・。

自分でそう返事をした途端、自分を責める。

『・・・その・・・元気か?』

「・・・?元気だよ?」

『・・・そっか・・・。』

それだけ言うと、祐一は黙ってしまう。

祐一、何が言いたいんだろう?

それから、取り留めのない会話を祐一とした。

昨日のテレビがどうとか、桜は咲いたとか・・・ほんとに・・・祐一がこっちにいるときと変わらない会話・・・。

そんな事を話していたら、あっという間に時間は過ぎちゃった・・・。

「祐一、ちゃんと勉強しないと・・・いけない・・・よ・・・?」

う〜・・・瞼が重いよ〜・・・・・・。

『名雪・・・お前眠たいんだろう?』

「そっ、そんな事・・・ない・・・す〜・・・・・・。」

『寝るなら、立って寝るな・・・。』

そう言って苦笑する祐一。

うう〜・・・こういう時、自分の睡眠時間が恨めしいよ・・・。

『眠たいようだし、そろそろ切るぞ?』

「えっ?私、まだ大丈夫だよ〜。」

元気にそう言ってみせるけど、実際は壁にもたれて座り込んでる・・・。

意識も段々ぼやけてくる・・・。

『嘘つけ・・・ったく・・・さっさと寝ろ!』

強めの口調・・・。

祐一、本当に心配してるときは強くなるんだよね、口調が・・・。

ふふ・・・何か嬉しいな・・・。

私の知っている祐一のままでいてくれてる・・・。

私の知っている・・・祐一の・・・・・・ままで・・・。

『名雪?』

「く〜・・・。」

『受話器持ったまま寝るなよ・・・。』

「すー・・・ゆういち・・・。」

『寝言か・・・。名雪、悪かったな・・・電話遅れて・・・。』

「気にしてないお〜・・・。」

『ったく、相変わらずの寝言だな・・・。じゃあな。お休み、なゆ』

「寂しい・・・。」

『?』

「私・・・元気じゃないよ・・・。祐一がいなくて・・・心が寂しくて・・・・・・。」

『名雪?起きてるのか?』

「私・・・祐一と一緒がいいよ・・・。」

『名雪・・・。』

「だから・・・・・・早く・・・早く戻ってくるおー・・・。」

『って、寝言かよ・・・。まっ、名雪らしいかな・・・?』

「く〜・・・。」

『・・・名雪、ありがとうな・・・。』

「どういたしましただおー・・・。」

『じゃあな、名雪。・・・それと、寝たふりしてないでさっさと部屋に戻れ。』

「・・・・・・。」

『じゃあ・・・またな、名雪・・・。』

ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツー・・・・・・

「・・・・・・気づいてたんだ・・・。」

気づいてくれた・・・。

それは私の事を見ていてくれてた証拠・・・。

「えへへへ〜〜♪♪」

私は受話器を静かに戻すと、立ち上がる。

あっ・・・と、やっぱりフラフラするよ〜・・・。

それに、もの凄く眠い・・・。

祐一と話して安心したからからな・・・?

「う〜・・・お母さん、私もう寝るね〜。」

「了承。お休み、名雪。」

「うん、おやす〜・・・。」

「あらあら・・・。」

今日は良い夢が見れそうな気がする・・・。

それに、いつもよりもぐっすりと眠れそうだよ・・・。

私は何とか・・・っていうか、半分記憶にないけど・・・・とにかく部屋に戻り、ベットに倒れ込む。

「お休み、けろぴー・・・。お休み・・・祐一・・・・・・。」

それを最後に、私の意識は夢の世界へと落ちていった・・・・・・。

 

他の家へかける

受話器を元の位置に戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<天野家>

ピロロロロ、ピロロロ・・・・・・

「あっ、電話ですね・・・。」

私は読んでいた小説に栞を挟み、立ち上がります。

横では真琴が寝転がって漫画の本を読んでます。

えっと・・・お母さんは確か町内会の集まりに行ってますし・・・お父さんはまだ帰ってきてないですね・・・。

ピロロロロ、ピロロロ・・・・・・

「美汐、電話鳴ってるよ?」

「あっ、ごめんなさい。今でますね。」

真琴にそう言って微笑むと、私は部屋に備え付けてあるコードレス電話を取りました。

「はい、天野ですが・・・。」

『あっ、夜分遅くに失礼します。相沢と申しますが・・・。』

「相沢?・・・えっと・・・。」

私は言葉に詰まってしまいます。

相沢っていいますと・・・・・・私の知っている中では1人しかいません。

でも・・・ホントに相沢さん?

『んっ?もしかして、天野か?』

「あっ・・・。」

やっぱり・・・。

聞き間違える事のない声だったんですが、やはりいざとなるとダメですね・・・。

『天野?』

「えっと・・・すみません。相沢さんからかかってくるとは思いませんでしたから。」

『まあ、確かにな。』

私の言葉を否定せずに苦笑する相沢さん。

分かっているのなら・・・分かってくれているのなら、電話ぐらいしてくれてもいいものなんですが・・・それは我が儘ですね・・・。

「お元気ですか?」

『ああ、元気だぞ。こっちはそっちとは違って、既に春真っ最中だからな。』

「こちらは、桜とかも遅咲きですからね。」

話をしていく度に、相沢さんを身近に感じていく・・・。

なんか、自分で言っていて恥ずかしくなってきました・・・。

『真琴は元気にしているか?』

「ええ。元気そのものですよ。アルバイトの保育園でも、上手くやっているそうですしね。」

そう、真琴は私が引き取った。

母も父も、私と一緒の体験をしました。

まあ、単に人が良いだけなのかも知れませんが・・・真琴の同居をあっさりと認めてくれました。

尤も、もう1人娘を欲しがる傾向がありましたし、2人とも実の娘のように可愛がりました。

その可愛がりように、私がちょっと嫉妬するぐらい・・・それぐらい可愛がっていました。

私も真琴は好きですから、嬉しいんですけどね。

『天野?』

「あっ・・・今、真琴に代わりますね?」

いけません・・・つい、考え事に夢中になってしまいました・・・。

「真琴、電話ですよ?」

そう呼びかけるが、真琴は漫画に集中していて私の声は届いていない。

真琴の集中力はいつ見ても凄いですね・・・。

漫画を読んでいる時の集中力の凄さは、ある意味尊敬してしまいます。

「真琴?」

「へっ?美汐、どうかした?」

真琴は漫画を置き体を起こすと、首をちょこんっと傾けながら尋ねます。

いつもなら結んでいるリボンも、今は外しています。

こういう時の真琴は、身内の引け目なしで凄く可愛い・・・。

純粋な瞳で、見る者も優しい気持ちさせますしね。

「真琴、電話ですよ。」

「真琴に電話?誰から?」

真琴は、私から受話器を受け取りながら尋ねます。

「相沢さんからですよ。」

「相沢?」

聞き慣れない言葉に、真琴はハテナマークを浮かべてます。

ああ・・・そういえば、真琴は相沢というのは聞き慣れないですね。

「相沢祐一さんからです。」

再度そう言い直すと、真琴は一瞬誰?っという顔をしていましたが、すぐにその表情が一変します。

誰からの電話なのか分かったのでしょう・・・。

「祐一!!」

「真琴・・・いきなり怒鳴っては相沢さんが困ってしまいますよ?」

私は苦笑しながら、真琴の頭を優しく撫でました。

「祐一、電話ぐらいしなさいよ!」

相変わらず大きな声で電話越しに話しかける真琴。

まあ、相沢さんの声を聞けるので嬉しいんでしょう・・・。

私はそう結論付けると、一階の台所へ向かう為に部屋を出ました。

積もる話もあるでしょうし・・・。

まあ、私も話したくないと言えば嘘になりますが・・・真琴の喜んでいる姿を見るのは嬉しいですからね。

「ピロ・・・あなたも来たのですか?」

「にゃあ〜・・・。」

私の足に擦り寄ってくるピロを抱きかかえて、私は階段を静かに下りていきます。

私の部屋からは、真琴の楽しそうな話し声が聞こえてきます。

「あなたも、真琴に遠慮してきたの?」

「にゃあーー。」

一際大きくそう鳴くと、ピロは私の胸に顔を擦り寄せてきます。

私はそんなピロの頭を撫で、暗い台所へと入っていきました・・・・・・。

<天野美汐の部屋>

「祐一、電話ぐらいしなさいよ!」

『真琴、開口一番がそれか?』

祐一はそう言って苦笑する。

真琴、もっと冷静でいたいのに・・・どうしても、声が・・・。

「うっ、うるさいわね。祐一が悪いからでしょ!」

『・・・相変わらずだな、真琴は。』

急に優しい声で、祐一はそう言いました。

「あぅ・・・。」

『元気にやってるか?』

「やっ、やってる・・・わよ・・・。」

声が小さくなっちゃって・・・顔も赤くなっちゃう・・・。

真琴、何でこんなにドキドキするんだろう?

これが好きって事なのかな?

これがよく漫画とかである、胸がドキドキするって事なのかな?

『ピロも大事にしてるか?』

「当たり前でしょ!私が育ててるんだから、大丈夫に決まってるわ!」

そう言うと、祐一は受話器越しに笑いました。

『そうだな。真琴が親だから大丈夫だな。』

祐一もやっと分かってきたようね。

真琴だって、やればできるんだからね!

『そういえば、天野の親とは上手くやってるか?』

「うんっ♪美汐のパパもママも秋子さんみたいに優しいのよ♪」

声が弾むのが自分でも分かる。

最初はちょっと怖かった。

誰も・・・ううん、美汐しか知らない世界・・・。

秋子さんも、名雪も、祐一も・・・誰も・・・誰もいない世界・・・。

でも、そんな私に、美汐のママもパパも良くしてくれた。

本当のパパとママみたいに・・・接してくれたから・・・。

言葉の意味とか、世間とか社会とかは分からないけど・・・一緒にいて、凄く心が落ち着くの。

美汐と一緒にいるみたいに・・・凄く、心が暖かくなる。

「真琴は、凄く大好きよ♪」

『そっか・・・。最初は心配したけど・・・大丈夫みたいだな。』

「当たり前でしょ。」

心配・・・祐一、心配してくれたんだ・・・。

真琴がいなくて寂しかったのかな?

真琴と同じ気持ちだったのかな?

「ねえ、祐一?」

『うんっ?』

「あのね・・・・・・寂しい?」

『はっ?』

「なっ、何でもないわよ!」

私、何聞いてるんだろう?

祐一に聞いて、何を期待してるんだろう?

『真琴・・・。』

「なっ、何よ!」

『寂しい・・・。』

「えっ?」

『って言ったら、どうする?』

「はっ?」

私は一瞬、祐一が何を言っているのか分からなかった。

でも、その口調とかからやっと分かって・・・

「祐一っ!」

『あははは。真琴は寂しがり屋だもんな?』

「そんな事ないわよっ!」

『あれ?毎晩、人の布団に潜り込んできたのは誰だったかな?』

「あっ、あれはピロが一緒に寝たいって言うからでしょ!」

『はいはい・・・。』

真琴馬鹿にして・・・ぜーーったいに許さないんだからっ!

帰ってきたら、復讐決定よ!

でも・・・・・・一緒の布団・・・また寝たいな・・・。

『天野の布団にも潜り込んでるんじゃないのか?』

「あうっ・・・。」

『図星?』

「あううう・・・・。」

だって・・・美汐と一緒に寝ると気持ちいいんだもん・・・。

頭撫でてくれるし、お母さんと一緒にいるみたいに感じるんだもん・・・。

『真琴、天野と一緒に住んで幸せか?』

「うんっ♪」

幸せ・・・よく分からないけど、美汐といると楽しいし、寂しくない。

それに、私を・・・真琴を必要としてくれている・・・。

だから、私は此処にいていいんだって毎日感じる。

『そっか・・・。』

「でもね、祐一と一緒なら、もっと楽しいよ!」

『えっ?』

「名雪も秋子さんも、それに栞もあゆあゆも・・・みんな一緒に住んだら、きっともっと幸せだよ♪」

そうだ、みんな一緒に住めば、きっと毎日が楽しい。

色々大変だけど・・・きっと、今よりも楽しいに決まっている。

真琴が言うんだし、間違いないよね?

『・・・そうだな。いつかみんなで住めると良いな。』

「うんっ♪」

<天野美汐の部屋への廊下>

「真琴、開けてくれませんか?」

「あっ、は〜〜いっ。」

扉が開くと廊下に光が差し込んできます。

まあ、廊下も明るいですから、目立ちませんけどね。

「電話は終わりましたか?」

「うんっ♪あのね、祐一が美汐によろしくだって。」

真琴は久しく見ていなかった笑顔でそう言いました。

やはり、真琴には相沢さんが一番ですね。

「それでね、帰ってきたら一緒にデートするんだよっ♪」

真琴は相沢さんの前だと意地を張ってますが・・・素直な方がやっぱり可愛いですね・・・。

「そうですか・・・それは良かったですね、真琴。」

私はお盆にのっているお茶とお菓子をテーブルに移します。

相沢さんとデートですか・・・私も・・・って、何考えてるんでしょう・・・。

私は自分の考えに苦笑する。

私は相沢さんが好き・・・。

それは確かですが・・・真琴も離したくない・・・。

我が儘ですね・・・。

「もちろん、美汐も一緒だよ♪」

「・・・はいっ?」

今何と言いました?

「だから、美汐も一緒にデートするの!」

「相沢さんが・・・そう言ったのですか?」

「うんっ♪今から楽しみだよね〜♪」

真琴は無邪気という名の笑顔で私にそう言いました。

相沢さん・・・・・・私、期待して良いんでしょうか?

「美汐、一緒に行くよね?」

不安の色が垣間見える・・・。

真琴・・・私は・・・・・・。

「もちろんですよ。」

「よかった♪」

私に抱きつきながら、真琴は弾んだ声でそう言いました。

抱きついた真琴の頭を撫でながら、私は静かに目を閉じました。

そこに浮かんでくるのは、3人で歩く姿・・・。

「楽しみですね・・・。」

「うんっ♪」

相沢さん、待っていますから・・・私と真琴と、2人で・・・。

だから・・・必ず帰ってきて下さいよ?

ねえ、相沢・・・いえ、祐一さん♪

 

他の家へかける

受話器を元の位置に戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<アパートのある一室>

ピピピピピッ、ピピピピピッ・・・・・・

「佐祐里・・・電話・・・。」

「そうですね〜。」

そう言うと、佐祐里は電話の受話器を取る。

私は別に関係ない・・・だから、黙々と箸を動かした。

「はい、倉田ですが・・・。」

佐祐里と一緒に住んでもう一ヶ月・・・。

此処の生活にも慣れてきた。

お母さんは、倉田家・・・佐祐里の家で住み込みで働いている。

お母さんが得意なのは会計処理。

だから、佐祐里の両親から丁度良い機会だからと言われ、専属の会計士になった。

・・・1人で・・・お母さんを1人にしておくのは嫌だったから・・・私は嬉しかった。

「?」

佐祐里の様子がおかしい。

顔がタコさんウインナーみたいに真っ赤・・・。

それに、口調も早口になってる・・・。

誰だろう?

「舞に代わりますね?」

私?

「舞、お電話だよ〜♪」

そう言って、赤い頬を空いた手で押さえながら、私をいつもの笑顔で呼ぶ。

私は首を傾げながらも、その受話器を受け取る。

「佐祐里、大丈夫?」

「あははは・・・大丈夫ですよ〜♪」

佐祐里はそれだけ言うと、足早に台所へ行ってしまった。

・・・佐祐里・・何か変・・・。

そういえば、電話・・・。

「はい、川澄ですが・・・。」

『舞か?祐一様だ。』

一瞬、体が震えた。

何故だか分からないけど、顔も熱くなってきた。

・・・風邪?

「・・・・・・祐一?どうかしたの?」

思ったよりも冷静な声。

驚いている割に、落ち着いている自分・・・。

凄く不思議な感じがする・・・。

『・・・おい、ながすなよ・・・。』

「何が?」

『いや、もういい・・・。』

あっ、祐一が泣いてる・・・。

何かあった・・?

『まあ、舞に突っ込みを期待したのが間違いだな・・・。』

「?」

『それより、元気でやってるか?』

「うん・・・佐祐里も私も元気にやってる。」

あっ、自然に顔が緩む・・・。

前まで・・・ほんの数ヶ月前までこんな事必要なかったのに・・・。

こんな今があるなんて、思ってなかったのに・・・

『そうか・・・さっきも話してたけど・・・佐祐里さん、元気そうだし良かったよ。』

「私も元気・・・。」

『あははは。そうだな・・・。舞も元気で良かったよ。』

優しい声・・・。

私の・・・大好きな声・・・。

お母さんとは違う大好き・・・。

「祐一は元気?」

『ああ。必要ないくらい元気だぞ?』

「そう・・・。」

聞きたい事たくさんある。

だけど、言葉にならない・・・。

もどかしい・・・。

『なあ、舞・・・佐祐里さんと2人で暮らして、寂しくないか?』

「寂しくない・・・佐祐里は、私と一緒にいてくれるから・・・・・・いつも一緒・・・。」

声が明るい・・・。

自分でもこんな声を出すなんて驚いた。

でも・・・嫌いじゃない。

「そっか・・・。それじゃあ俺は必要ないな?」

そう言って、どこか楽しそうに笑う。

祐一が必要じゃない?

そんなわけない・・・。

私は弱いから・・・あの時以来・・・剣を捨てて以来・・・私は弱いから・・・。

誰かを頼っていないと何も出来ない・・・弱い子供だから・・・。

「ダメ。」

『はっ?』

「祐一は・・・私と佐祐里と一緒に暮らすの・・・。」

そう、一緒に暮らす・・・そうじゃないと、私はダメになる・・・。

どちらが欠けても・・・私にはダメ・・・。

私たちは、3人で1人・・・。

「祐一は・・・私と佐祐里のもの・・・。」

『マテッ。それは嬉しいが、俺はものじゃないぞ?』

「なら、私が”もの”にする。」

『っ・・・・・・ったく、恥ずかしいやつだな・・・おまえは。』

そう言って、苦笑する。

祐一は掴んでいないと離れていってしまう・・・。

それに、私だけじゃない。

私だけが祐一を必要としているわけじゃない。

たくさん・・・たくさんの人が祐一を待っている・・・。

私も・・・いつまでも頼ってばかりではいられない・・・。

「・・・祐一。」

『んっ?』

「私・・・強くなる。」

『はっ?いきなりどうした?』

私は受話器を握る手に少し力を込める。

「私は弱いから・・・祐一に頼ってしまうから・・・。」

『頼ってもいいんじゃないのか?』

「ダメ・・・頼りすぎたら・・・ダメなの・・・。」

私は、1人でもいられるように強くならないといけない・・・。

「祐一は、みんなのモノ・・・。だから・・・。」

『・・・・・・そうか・・・。悪い・・・俺のせいだな・・・。』

弱々しい声・・・。

私は軽く首を振った。

「祐一は・・・悪くない。」

『舞・・・。』

「でも・・・私は負けない・・・。祐一はまだ誰のものでもないから・・・。」

私は口元を少し動かす。

それは私自身でさえ、気がつくかどうか怪しいぐらいの・・・それぐらい小さな笑み・・・。

『あっ、舞。今笑っただろう?』

「・・・・・・・・・・・笑ってない。」

『嘘吐くくらいなら即答しろ。』

苦笑しつつ、祐一はそう言った。

「・・・はちみつクマさん。」

『おっ、舞のその言葉も久しぶりだな。止めないのか?』

「・・・・・・嫌いじゃないから・・。」

『そっか・・・。』

それから、しばらく沈黙が続いた。

お互いに何か言うわけでもなく・・・只静かに時が流れていく・・・。

嫌いじゃない・・・空気・・・。

『舞、そろそろ切るけど・・・元気でやれよ?』

「はちみつクマさん。」

『それじゃあな・・・・お休み、舞。』

「それじゃあ・・・。」

ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツー・・・・・・

・・・・・・・・・・。

別に別れが惜しいわけじゃない。

会いたければいつでも会える。

それに・・・祐一は約束は守ってくれる・・・。

それは、既に実証済み・・・。

「ま〜いっ♪」

「佐祐里・・・。」

佐祐里が私に抱きついてくる。

いつもより機嫌がいい・・・。

「舞、今日は言い夢が見られそうだね〜♪」

「はちみつクマさん・・・でも・・・それは佐祐里も一緒・・・。」

私はそう言って、微笑む。

佐祐里は一瞬目を大きく広げ、次に顔が真っ赤になる。

「佐祐里・・・可愛い・・・。」

「あっ、あははは・・・。」

佐祐里は照れたような・・・そんな笑いをする。

こんな佐祐里も嫌いじゃない・・・。

「佐祐里、今日は一緒に寝る・・・。」

「うんっ♪」

私と佐祐里はお互いの顔を見合わせて、どちらからともなく笑い合った。

祐一・・・待ってるから・・・。

それに・・・覚悟してて・・・。

 

他の家へかける

受話器を元の位置に戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<月宮家>

トゥルルルルルッ、トゥルルルルルッ・・・・・・・

「あれ、電話だ・・・。」

ボクはそう言うと、電話のあるところまでトテトテと駆けていった。

「あゆちゃん、悪いけど取ってくれる?」

「は〜〜い。」

大きめの声でおばさんにそう言うと、リビングにある受話器を手に取る。

おばさんは今台所で料理の下ごしらえをしている。

「誰だろう?」

ボクはそう呟きながらその受話器を取りました。

「はい、月宮ですが、どちら様ですか?」

『あっ、相沢というものですが・・・あゆさんみえますか?』

「祐一君っ!?」

ボク、思いっきり受話器に向かって叫んじゃったよ。

でも・・・祐一君だあ・・・。

久しぶりの声・・・変わってないな・・・。

『あゆ・・・久しぶりだな。』

ボクの声に別段驚かないで、祐一君は優しい声をかけてくれました。

そんな声を聞くだけで、ボクの心臓はドキドキ高鳴っちゃう・・・。

「うんっ、久しぶりだよ♪」

声も自然と弾んだ声になる・・・。

顔も、嬉しくてにやけてきちゃうよ。

『どうだ?そっちの生活は慣れたか?』

「もう・・・祐一君、会うたびにそれ聞いてくるんだから・・・ボク、ちゃんと上手くやってるよ〜。」

そう・・・ボクは水瀬家に居候しているわけじゃない。

親戚のおばさんがボクを引き取ってくれたんだ。

お母さんもお父さんも死んじゃったから・・・・・・。

最初は誰も来てくれないって思ってた。

7年間眠りっぱなしで・・・迷惑かけて・・・。

だけど、おばさんはこんなボクを快く引き取ってくれた。

元々、ボクが1人になった時にはおばさんの家に来る予定だったんだけど・・・あの事故があったから・・・。

そういえば、小さい時によく遊んだ従姉妹の女の子からも電話きたんだよね・・・。

7年ぶりの会話だったけど・・・あの時と変わらないように接してくれた・・・。

でも何より嬉しかったのは、祐一君と一緒の学校に通える事になった事♪

「祐一君、ボクね、名雪さん達と同じクラスなんだよ!」

『そうなのか?』

「うんっ♪香里さんとも一緒だよ!」

『それは良かったな?勉強見てもらえるし、得したな?』

「うんっ♪それにね・・・・・・・。」

祐一君は色々な事を聞いてくれた。

学校の事、家の事、勉強の事・・・。

普通の生活をおくっていれば全然珍しくない事・・・。

だけど、祐一君はちゃんと聞いてくれた。

つまらない事のはずなのに・・・祐一君は一言も文句を言わずに聞いてくれた・・・。

「ねえ、祐一君。」

『んっ?』

「あのね・・・こっちに戻ってくるんだよね?」

『ああ・・・まだ分からないけどな。』

どこかすまなそうな声に、ボクは首を振った。

祐一君のそんな声は聞きたくない・・・。

ボクの事馬鹿にしても、虐めてもいいけど・・・・・・そりゃ、多少は女の子っぽく扱って欲しいけど・・・それでも、祐一君が笑顔でいてくれる事が、ボクのお願いだから・・・。

この・・・あの時以来、肌身離さず持っている人形へのお願いだから・・・。

「祐一君、ボクね、新しい水着買ったんだよ?」

ちょっと無理があった・・・かな・・・?

『水着?早すぎないか?』

「温水プールがあるみたいだから、いつでも入れるんだよ♪」

温水プール・・・本当は祐一君と2人で行きたいんだけど・・・・・うぐぅ・・・名雪さん達、絶対に許してくれないし・・・。

でも、何時か2人だけで行きたいな・・・それで、それで・・・・・・うぐぅ・・顔が赤くなってくるよ・・・。

『へー、俺は知らなかったな・・・。名雪達と行くのか?』

「あっ・・・うんっ♪祐一君も、もちろん一緒だよ♪」

だって、夏には絶対帰ってくるだろうしね。

『マジか?』

「マジだよ♪」

ちょっと困ってて、それでいて焦ってる声。

普段一緒にいるといつもボクの事虐めるから・・・あまり聞けないんだよね・・・。

ボクは可愛いと思うんだけどな・・・。

でも前祐一君にそう言ったら無言で叩かれたし・・・うぐぅ・・・。

『うぐぅ・・・。』

「あっ!ボクの真似しないでよ〜。」

『悪いな、どうも口癖になっちまってな。』

「うぐぅっ!ダメだよ〜。」

そうだよ、それはボクの”ちゃーむぽいんと”なんだから!

・・・あってるよね?

『うぐぅ。』

「うぐぅ・・・。」

『うぐぅ。』

「うぐっ・・・もういいもん!祐一君なんて知らない!」

『・・・・・・ぷっ。』

「・・・・・・ふふっ。」

『あはははは。お前とこれやるのも久しぶりだな?』

「うんっ♪えへへ、ちょっと嬉しかったよ♪」

『そうか?』

「うんっ♪」

祐一君とボクのやりとり・・・。

他の人とは出来ない、ボク達2人だけのやりとり・・・。

えへへ♪

『なあ、あゆ・・・。』

「んっ?どうしたの?」

真面目な声・・・。

祐一君、どうしたんだろう・・・?

『そのな・・・体、大丈夫か?』

遠慮がちにそう言う祐一君。

体・・・7年間のツケがきたのか・・・気がついた時には既に私生活に支障をきたしていた体・・・。

だけど・・・必死にリハビリして・・・何とか私生活には問題ないところまで治ってきた。

「・・・うん、大丈夫だよ。」

出来るだけ・・・自分が出来る最高の優しさで包んみながら、言葉を紡いでいく。

大丈夫・・・ボクは、大丈夫だから・・・。

そう、自分にも言い聞かせるように・・・優しく紡いでいく・・・。

『そうか・・・悪い。本当なら俺が一緒にいてやるべき』

「祐一君。」

ボクは祐一君が最後まで言い終わらないうちに、強めの口調で遮る。

ボクの事を心配してくれるのは凄く嬉しい。

それは偽り無い、ボクの気持ち。

だけど・・・・・・。

『悪い。”約束”だったよな?』

祐一君は、ボクの言いたい事が分かったのか、さっきまでの暗い口調ではなく、いつもの・・・ボクの大好きな声でそう言ってくれた。

「うんっ♪」

ボクはそんな祐一君に、元気な声で答える。

約束・・・祐一君はボクの事を引きずっていた。

だから、ボクは約束した。

今のボクを見て・・・って約束した。

過去の事変わらないけど・・・それを何時までも引きずってボクと一緒にいる事を、ボクは望んでなんかいない。

誰と一緒にいても、祐一君には笑顔でいて欲しいし・・・なにより、笑っている祐一君がボクは好きだから・・・。

偽善かもしれないけど・・・ボクは・・・・・・。

『なあ、あゆ。学校へ行こう。』

祐一君は、唐突にそう言いだした。

学校って・・・

「学校?」

『ああ、みんなの学校じゃなくて”俺たち”の学校に、また遊びに行こうな。』

「うぐっ?」

『あの時出来なかった事、やり残した事・・・たくさんあるからな。』

「・・・祐一君・・・・・。」

『なっ?一緒にまた行こうぜ?』

「・・・うんっ♪」

ボク達だけの学校・・・そういえば、全然行ってないや・・・。

退院した時は既に祐一君は転校してたし、1人であそこまで行くのは怖いし・・・。

「お昼は鯛焼きだよね♪」

『ああ、好きな時に食べれるぞ?それに、勉強もなしだ!』

「うん♪今から楽しみだよ!」

ホントに楽しみだよ♪

あの時は冬だったから・・・夏も綺麗に見えるのかな?

そう思うと、今から待ち遠しいよ〜♪

『ああ・・・っと・・・もうこんな時間か・・・。そろそろ、切るえけど・・・・・・鯛焼き食べ過ぎるなよ?』

「もう鯛焼きは売ってないよ。」

『そうだったか?いや〜、あゆなら年中食ってそうだからな。』

「うぐぅ・・・ボクそんなに食べないもん!」

『本当か?』

「うぐっ・・・祐一君、意地悪だよ・・・。」

『あははは、悪い、悪い。虐めがいがあるからな、あゆは。』

そう言って、思いっきり笑ってくれました。

うぐぅ・・・気にしてるのに・・・。

『それじゃあ、あゆ。』

「うんっ♪また電話してね?」

『ああ、からかいたくなったらな。』

「祐一君!」

『あははは。それじゃあな。お休み・・・あゆ。』

「うん・・・お休み・・・祐一君。」

ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツー・・・・・・

・・・・・・はう・・・今頃になって震えてきちゃった・・・。

ボクは、俯いた時に落ちてきた前髪を掻き上げる。

それに連鎖するように、後ろの長い髪もバサッと左右に揺れる。

「祐一君・・・ボク、頑張ったんだよ?」

ボクは、そう誰にともなく呟く。

名雪さん達に負けないように・・・頑張ったんだよ?

ボクは・・・負けたくないから・・・。

祐一君が笑顔でいられるように、すぐ側で支えてあげたいから・・・。

だから・・・ボク、頑張ったんだよ・・・。

「ゴールデンウィーク・・・。」

ボクはカレンダーを一枚めくり、赤い色の数字を手でなぞる。

ゴールデンウィーク・・・・・・。

ねえ、祐一君。

今度会った時驚かせてあげる。

ボクが頑張った証拠を見せてあげる。

もう男の子なんて言わせない。

もう子供だなんて言わせない。

だから、待っててね?

「ボク・・・・・・ううん。私、絶対に負けないからね♪」

 

他の家へかける

受話器を元の位置に戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・。」

祐一は目を瞑り、しばらく考えた。

外からは夜の為か何も聞こえてこない・・・。

たまに車が通り過ぎるが、今の祐一の集中力を邪魔するほどではない。

「・・・・・・さてっと・・・。」

祐一はそう言うと勢いよく起きあがる。

そして、ベットに無造作に置いた電話を元の位置に戻し、机に向かった。

どうやらいつもの通り、予習をするようだ。

祐一は一応勉強はしている。

まあ高校3年生というのもあるが、元は編入テストがあったので、それに合わせていただけなのだ。

しかし、思ったよりも水無月学園のレベルが高い為、祐一はそれなりに危機感を感じたのだ。

腐っても鯛・・・もとい、受験生っと言う事だ。

「そういえば・・・桜達と一緒に勉強やるんだっけ・・・。」

勉強道具を広げると同時に、その事が思い出される。

水無月学園のテストがどれほどのレベルなのか分からないが、間違いなく難しさはTOPレベルだろう・・・。

祐一自身、頭がいいとは思っていない。

普通より少し良いぐらい・・・祐一は自分の頭脳をそう認識している。

あくまで自分が・・・の話だが・・・。

「うむ・・・・・・テスト勉強は桜たちに頼るか・・・。」

そう結論付けると、祐一は勉強道具を閉じ、別の勉強道具を出す。

つまり、受験勉強から予習に切り替えたのだ。

「さて・・・桜に期待するかな・・・。」

その言葉は、受験勉強・・・もとい、テスト対策は桜に任せた・・・っと言う事である。

要は人任せ・・・。

まあ、やる時はやる男であるから、最終的には自分で受験勉強をするだろうから別段問題ないのだが・・・。

祐一は、開いた白いノートに、黒い文字を埋めていく・・・。

この日、祐一の勉強速度はいつもの数倍のスピードで進んでいった。

それが誰のおかげなのかは、祐一自身のみ知っていれば良い事である・・・。

 

 


〜〜〜〜〜あとがき〜〜〜〜〜

AP「終わった・・・2日かかった・・・。」

桜「お疲れさま♪」

AP「桜か・・・俺はもうダメだ・・・(TT)。」

桜「大丈夫ですか?」

AP「ああ・・・何でこんなに長くなるんだろう・・・(しくしく)・・・。」

桜「名雪さん達、全員分書くから・・・。」

AP「うう・・・。」

桜「最高記録更新しましたしね〜♪」

AP「おかげで完成が長引いた・・・(TT)。」

桜「ふぁいとっ♪だよ。」

AP「違和感ないのが凄いな・・・おまえがやると(^^;)。」

桜「ふえっ?」

AP「気にするな・・・。」

桜「そういえば、今回はおもしろい事やってるんですね?」

AP「ああ、ブックマークか?」

桜「はい。普通に上から読んでいっても問題ないんですよね?」

AP「ああ。まあ、長いから・・・単に気分転換のつもりでいれたんだよ(笑)。」

桜「気分転換?」

AP「単調に読むんじゃ詰まらなくなりそうだったからな・・・まっ、それだけ(爆)。」

桜「・・・思いつき?」

AP「( ̄□ ̄:。」

「図星ですか・・・(汗)。」

AP「消えていく〜、最初のメロディ〜・・・。

桜「あっ、歌に逃げちゃいました・・・。」

AP「まあ、とにかく、次回もよろしくです!!」

桜「次回はどんな展開ですか〜?」

AP「模試勉強会だ!桜の家に泊まり込みだ!」

桜「ドキドキハプニング?」

AP「( ̄▽ ̄||

桜「分かりにくいよ〜・・・。」

AP「そんなこんなで、またよろしくです♪」

桜「また、桜に会いに来てね?ばいば〜い♪」


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