我ながらなんというタイトルだろうか、しかし憂いべき事態なのだ、 本当に。少し前の話だが、「アルマゲドン」を劇場で見た時のことだ。ご存知の通り、その年話題の感動作と評判で、実際そんなに悪い映画ではなかった。 が、どうも気になって気になって仕方がないことがあった。私の真後ろに座っていた4人組、おそらく中学生くらいだったろうか、その彼らが、上映中同じ場面で、ほぼ同じタイミングで笑っていたのである。それもとりわけ面白いことをいっているわけではない、いわゆる会話の間とりのためのアメリカンジョークというやつだ。にも関わらず、彼らはまるで揃い合わせたかのようにゲラゲラと声を出して笑っていたのである。 あまりに気になってしょうがなかったので、注意を試みたが、やはり無駄だった。私が映画を劇場まで足を運んで見るのは、(というより劇場で見てこそ映画だと思っているが)、環境もそうだが、なによりあの雰囲気が好きだということが理由だ。大勢の人間と同じものを見るという、あの独特の空間を感じられるのは、映画とライブくらいだろう。しかし、彼らのようなわかっていない人間がその場にいると、非常に損した気分にさせられる。わざわざ高いお金を払って時間を割き、至福の時を得ようとしているのに、その行為によってだいなしにされてしまう。他の感情では、ここまで個人差はないだろう。ただ、「笑う」ということがどういうことかを理解していない、そんな人間が明らかに増えているのだ。 映画館で笑う、その行為自体は別におかしいことではない。むしろ自分もよく声を出して笑うほうだ。問題なのは、その感覚がズレすぎているということだ。先の中学生たちのように、どうでもよい場面で異様なまでのオーバーリアクションをする人間が、ここ数年やけに多くなっている。一体今のどこがそんなに面白いのか?全くもって不思議でならない。 が、ある時彼らによく似た光景を思い出した。そう、他でもない、あの「ドリフ大爆笑」のおばちゃんの笑い声だ。再放送すらやらなくなった今でも、あの独特の笑い声は耳に強烈に残っている。もちろんあれは「笑い屋」といわれる人達が番組を盛り上げるためにやっている演出、悪くいえばサクラである。バラエティ番組では、番組スタッフ自らが「笑い屋」となっているものも多い。これによって、視聴者に「ここが面白いとこなんですよ、今が笑うとこなんですよ、」と教えてあげているのだ。もちろん全てがそういうわけではなく、本当にスタッフが自然に笑ってしまっているのもあるだろうが、演出により作られた笑いのほうが多いのは間違いないだろう。 またテロップ(字幕)を出すことによって同じ効果を出しているものも多い。あたりさわりのないコメントでも、文字で強調することで「面白いもの」として認識させているのだ。よくBBSなどで、やたらと文字フォントを大きくして笑いを取っているつもりの書込みを見かけるが、どうも勘違いしているようなので、ついでに言っておきたい。元々おもしろいものが強調されるから余計に笑えるのであって、強調されたものが必ずおもしろくなるというわけではない、ということを。 人はどんな時に笑うのか。それは、日常とは違ったことが起きた時である。全く見当違いの会話をされたり、頭に金ダライが落ちてきたり、そこには常に普通ではないことが起こっている。あるギャグ漫画家の評価に、こんなものがあった。「彼は普通というものがどういうものかを知っている。だからこそ普通でないものが描け、面白いものが作れるのだ」。実に的を得たコメントだ。非日常の中にこそ笑いはあり、それを知るには日常がどんなものかを熟知していなければならないのだ。シュールという笑いのジャンルがあるが、これはあくまで例外的な、その名の通り不条理なものであり、一般的なそれとは一線を画する。最近では、その意味をとり違え、単に訳のわからないことを口走っているだけの芸人が増えてきているというのも、その原因を作っている一つだろう。 その原因、というのは、つまり、今の世代の若者は、「笑う」ということの意味を見失っているのではないか?ということだ。意図的に作られた仕掛けに対して「反応」することばかりに慣れてしまい、自然に笑うことができなっているのではないだろうか。笑いとはもっとおかしい時に笑うものなのだ。自分だけが笑っていない時、人は恐ろしいまでの不安を感じる。「今笑ってないのは自分だけ?」「みんなとセンスが違う?」「自分だけが置いていかれてる?」、こういった一つの仲間はずれ意識が、自然と周りに合わせるようにさせてしまう。すると次第に、ちょっと普通とは違う場面に遭遇しただけでも、こう思うようになる。「とりあえず笑っておこう」。この「とりあえず笑い」が、本当の心からの笑いと区別がつかなくなってしまった、というのが、冒頭の中学生であり、訳のわからない芸人や意味不明の漫画を「おもしろい」として認識している、今の世代なのではないだろうか。 ここまで話を広げておいてこういう結論にするのもどうかと思う。が、やはりどうしても言っておきたいのだ。もっと「笑う」ということに敏感になってほしい。お願いだ、くだらない自己防衛のために、良い映画をだいなしにしないでくれ!もう、どれだけ「とりあえず笑い」に泣かされたことか、、、 2001.8/30 22:42 |