「WILL!WILL!WILL!」





 最後のワンプレーがあのまま続けられたら、笛が鳴るのがあと10秒遅かったら、おそらく3点目が入っていただろう。その危険を感じ、審判は試合を終わらせたのではないか。そう思わせるような、今大会で最も熱い試合だった。

 6月29日。2002FIFAワールドカップ、3位決定戦。ポルトガル、イタリア、そしてスペインと、ヨーロッパ屈指の強豪を奇蹟的な勢いでなぎ倒してきた韓国、そして初の決勝トーナメント進出を果たした我らが日本代表をねじふせ、まさに旋風を起こした強烈なダークホース、セネガルにからくも勝利したが、大会直前で見事な復活を遂げた王国ブラジルにあと一歩およばず涙をのんだトルコ。21世紀最初のワールドカップの第63試合は、まったく意外な組み合わせとなった。トルコは、やはり強かった。日本の相手という敵対心だけで見てしまい、チーム自体に関心を持たなかった。しかし、戦術、組織力ともに洗練され、個人の力も申し分ない。チーム全員が同じ目的のために動き、それが見事に機能していた。一方の韓国は、度重なるミスジャッジが多方面で波紋を呼んでいるが、それでもホームの利を生かし、最大の武器である底力で奇跡を生み出してきた。チームとしても、個人の力に頼りきっただけの数年前とは、全く別のチームだった。なかば帰化を要請してまでの続投を懇願されるヒディンク監督の手腕は、神がかり的なものだった。

   それにしても韓国という国は、本当にすごい国だ。これほどまでにサッカーを愛し、自国を愛する国は類をみない。その団結力の強さは、世界一といっても過言ではないだろう。長年、韓国は日本のライバルだと言われ続けてきた。しかし、それはもはや過去の話だ。サッカーだけではない。国として、民族としてもとうに、遥か先まで行かれてしまっている。韓国にあって日本にないもの。彼らが持っていて、僕らに欠けているもの。それは、人が生きてゆく上で最も必要なもの「意志」の力だ。


   サッカーとは、点を取るスポーツ。いかにして相手の壁をつきやぶり、最後まで攻めきるか。他の競技とは異なり、手にするのは常に1点ずつのみ。そこには奇跡の大逆転劇は存在しない。ゆえに、一つのプレーの積み重ねのみが、勝敗を分ける。彼らは、そのことをよく知っている。だからこそ、どんな状況になっても、勝っていても負けていても、常に点を取りに行く。それが韓国のサッカーだ。彼らの試合に「敗北」はない。結果としては当然残るが、その戦い方、その姿勢は常に「勝利」の2文字を描いている。その原動力となっているのが、「絶対に勝つ!」という強烈な意志だ。代表選手はそれを背負って戦い、国民はその姿に自らの想いをのせる。それが、あの驚異的なパワーを生み出しているのだ。ベスト4まで勝ち上がったのは、決して奇跡などではない。なぜなら彼らはただ「願った」のではなく、そう「あるべきだ」と思いつづけた結果なのだから。
 韓国は、この大会で多くのものを得ることができた。主催国としても、最高の役割を果たすことができただろう。
 では、日本はどうだったろう。22人の代表選手は、本当に全力を出し切れただろうか?僕達は本当の感動を得ることができただろうか?果たして、この大会が終わったあと、日本に何が残っただろうか?


   運命の日、トルコとの一戦を僕は国立競技場まで足を運び、観戦した。大雨にもかかわらず大勢のサポーター達が集まり、中に入った時にみた光景はさすがに壮観だった。(余談だが、君が代を歌った中西圭三の登場シーン、雨の中を黒いスーツでゆっくりとセンターサークルまで歩いてゆく姿にはしびれた)
   雨の国立は文字通り揺れていた。全員が同じ蒼のユニフォームを身にまとい、それぞれが熱い声援を送った。しかし、何かが物足りなかった。試合の内容、結果もそうだったが、どこか胸の中にくすぶっているものがあった。それが何だったのか、それがこの3位決定戦を見終わった後、ようやくわかった。 彼らが最後まで持ち続けていたもの、「揺るぎない勝利への意志」が、我らが日本代表からは感じられなかったのだ。

 たしかに、日本代表はここまで本当によく戦った。ワールドカップ初の勝ち点、初の勝利、そして初の決勝トーナメント進出と、着々と階段を上っていった。そして、誰もがトルコにも勝てると思ってしまった。ベスト8に残れると、「思い込んで」しまった。さらなる上を望むあまり、今そこで必要なもの、「1点をもぎ取る」という意志を保ち続けることができなかった。もちろんそれは、選手だけではなかった。あの日、国立で大きなウェーブが成功したのは、試合開始前のお祭り騒ぎ中に起きた2,3回だけだった。先制点をとられ、失意のまま迎えたハーフタイム中、なんとか盛り上げようと向こう側の席から幾度か小さな波は上がったが、どれも途中で途切れてしまった。韓国のあの赤い「大韓民国」コールに匹敵するような声援もなかった。広すぎた、というのもあったろうが、自分の右のブロックと左のブロックではすでに声援の仕方が違っていた。試合が終わるまで、会場全体がひとつになることは、最後までなかった。

 また、相手国に対する姿勢もそうだった。韓国戦では、試合が終わった後、観客席には大きなトルコの国旗が広げられた。それは、あらかじめ用意していなければできないことだ。トルコの選手はそれに答えるように、頭上に小さな韓国旗を掲げてピッチを走り、喜びを表現した。互いに死力を尽くしあい、真の意味での戦いができた両軍だったからこそ、最後には手をつなぎあうことができた。(国立では)日本人は試合前、相手国の国歌が流れる中も、やみくもにニッポンコールを続けていた。
 アジア初のベスト4という快挙を成し遂げた韓国と、開催国としての最低限の義務を果たすにとどまった日本。その明暗を分けたのは、人々の心の在り方、それだったのでないだろうか。そしてそれを最も感じとったのは、唯一、両開催国と戦い、いずれも勝利したトルコのチームだったに違いない。


 日本の国民性を批判したいわけではない。むしろ、他の国の流れをすぐにでも取り入れることができ、波を作り出せる柔軟な思考は、誇れるべきことだと思う。ただ、まだまだ足りないものがある。それらを持続させることのできる強い意志、想いの力が、まだまだ欠けているように思う。
 野球が今もなお国内最大のスポーツであり続けるのは、その魅力を多くの人々が知り伝え、やがて次の世代がそれを自ら体現し始めるからだ。思えば、例によって一時的なブームとして始まったJリーグもすでに二桁の年数を重ねつつある。しかし、その熱はまだまだ弱く、スポーツ新聞の一面の座はいまだ野球に取られたままだ。(これも余談だが、この素晴らしい試合、歴史に残る名勝負の結果がトップを飾っていなかったのには、逆の意味で驚いた。そういえば共催国である同志の戦いを民法で放映しなかったこともあったらしい。こういったこの国の姿勢には、疑問を感じさえする。)
 まるで思春期の少女のようだ。突然、熱に浮かされたかと思えば、また次にいってしまう。それが悪いとはいえない。誰もがそこに立てるわけではない。ほんの一握りにしか許されない空間。それを一瞬でも味わえるのは、小さな幸せだ。しかし、もう夢を見る頃は終わっている。例えそこにいなくても、共に戦い、心を共有することができる。真に心の強い者、何にも負けない意志を持った者だけが、本物を手にすることができる。全てが終わった後、そんなことを考え、彼らを尊敬と羨望の目で見つめる自分がいた。

 おそらく韓国では、今日からでもサッカーをやり始める人々が急増するだろう。そしてその中から、幾人もの名プレーヤーが生まれ出るだろう。もはや、アジアの強豪としてではない、世界でも名をはせるサッカー国となってるに違いない。
 2006年。新たな日本代表は、そして日本という国は、果たしてそれに追いついているだろうか。再びライバルとして肩を並べる位置に立っているだろうか。破れた後、「列島中が感動」「夢をありがとう」というような表現があちこちで見られた。いいや、まだだ。こんなものではない。本当の感動は、もっと上、もっと先に待っているはずだ。僕らがそれを知った時、人の心は、そして日本という国は成長し、大きくなるだろう。その時が来る日まで、、、


ガンバレ!!ニッポン!!!           


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