ONE SS 柚木 詩子
二人と二人
あいつがいなくなった。
いつも茜といて、強引で、突拍子もないことをしていた人。
茜から”あいつ”と詩子は似ています、なんて言われたこともあったっけ。
教室の、一番窓側の、一番後ろには、あいつの机がまだあるのに、その机の主は消えてしまった。
ただ姿が消えただけじゃない。
みんなの記憶からそのまま抜け落ちてしまった。
そんな消え方。
茜も、七瀬さんも、いつも”あいつ”と一緒にいたはずの長森さんでさえもあいつのことを忘れてしまった。
あいつがここに存在していたことを知っているのは今や私だけしかいない。
みんな、”あいつ”のことを忘れてしまった。
”あいつ”折原 浩平のことを…
初めてあったとき、それは何の連絡もよこさない茜に会いたくて、あいたくて仕方がなくて茜の学校に行ったときだ。
そこで適当な人を捕まえて茜の教室を聞こうと思っていた。
そんなときに通りがかったのが”あいつ”と長森さんだった。
初めてあったとき、そのときは失礼なヤツに思えた。
あいつらってば私のことそっちのけで何か言い合ってるんだもん。
漫才みたいな感じで。
でも、それ聞いてるだけで笑いこらえるのきつかったなぁ。
次の日は勝手に学校に入って茜のクラス探したっけ。
浩平と同じクラスだった。
それから、結構頻繁にあのクラスには顔を出すようになった。
頻繁に行きすぎて、私の学校の出席日数まで心配してくれる人がいたほどだ。
クリスマス会だって楽しかった。
あいつの家に私と茜と澪ちゃんで乗り込んでやってたっけ。
みんなで飲んで、騒いで、ケーキ食べて。
そうそう、澪ちゃんが始めてで寝ちゃったんだっけ。
あいつが消えてから、それから毎日”あいつ”の学校に行った。
なぜだかわからない。
でも、私の心の中ではあいつがいないのが不安だったのかもしれない。
あいつと出会ってからの茜は楽しそうに見えた。
そんな茜を私は久しぶりに見た。
また茜が楽しそうにすごすようになった。
そう、思えた。
中学三年の途中から茜は暗くなった。
それを、私がいくら話しかけて元気付けさせようとしても無理だったことを、あいつはやってくれた。
とは言っても普段から無口な茜の表情を読める人も少ないのだろうが…。
だけど、”あいつ”のいなくなることでまた茜が元に戻ってしまうのではないか。
そんな心配をしていた。
あいつが帰ってくる保証はない。
いや多分帰ってこないのではないか。
そんな不安がいつも頭の隅をよぎる。
”あいつ”と何かの約束を交わした訳じゃない。
それでも私は通い続けた。
”あいつ”が、自分の席に座っているのを見るために。
またみんなで遊ぼうよ。
茜と浩平と私と…
「詩子、最近変です。何か悩みでもあるんですか?」
春休みに入ってすぐ、あいつが消えてもう数週間が過ぎたときだった。
私と詩子は山葉堂でワッフルを買っていつもの公園で食べていた。
「悩み? 山葉堂のワッフルはどうしてあんなに殺人的に甘いのだろうか、とかかな?」
私はとぼけてみた。”あいつ”のことを言ったところでどうしようもない。
「茶化さないでください。それにワッフルはおいしいです。」
うーんばれてる。茜ともつきあい長いからなぁ。じゃあ…
「なら…。茜、もし私がこの世界から消えて、みんなの記憶からも消えて、茜だけが私のことを覚えている、なんてことになったらどうする?」
私はつとめておどけていったつもりだった。
でも、それでも茜の表情が揺らいだ。
「冗談よ。ちょっと…」
私はあわてていった。
「…させません。」
小さな声、でもはっきり聞こえた。
その奥に潜んだ悲しみと一緒に。
「そんなことはさせません、そんなことは一度で十分です。”あいつ”みたいにいなくなることは許しません。」
泣いていた。
茜が言う”あいつ”と私の言う”あいつ”は違う人物を指すはずだ。
なぜなら、浩平のことを茜は覚えていないからだ。
なら、誰なのだろう。
そして、唐突に、思い出した。
浩平が消える少し前のこと、浩平が私に聞いたこと。
”茜の幼なじみにもう一人心当たりがあるだろう?”
そのときの私はなにも知らなかった。
いや、覚えていなかった。
だからその問いを否定した。
でも…今の私は…違和感…クリスマスの日に感じた違和感の正体を察した。
何かが足らない、いつもあったはずの何かがない。
そう、その幼なじみは消えてしまったのだ。浩平のように。
ずっと思い出せなかった。
記憶がから中途半端に消えたから。
だから感覚という違和感だけ、残っていた。
「茜、私どうしたらいいと思う?」
自分でもわかるくらいか細い声だった。
自分でもわからなかった。この問いはなにを問いたいのかを。
「どこにもいかせません。絶対に…」
もう一度茜がつぶやいた。
それっきりしばらく二人は黙り込んでしまった。
そしてその夜、遅く帰った私が聞いた茜からの留守電の伝言。
”待つこと、忘れること、その二つがあなたのできることだと思います。私が待っている人はまだ戻ってきません。戻ってくる保証もない。それでも私は待ち続けています。傘を持っていかなかったあいつのために、雨の日はいつもあの場所で待っています。
でも、私は忘れられない。忘れることができないんです。”
嗚咽混じりの声。そこで一度目の留守録が切れた。
”待つことができないなら忘たほうがいいです。その方がいいです。帰ってこない人を待つことはありません。
もし、詩子が待ちたいと願うなら…
どれだけ待つかをはっきりさせた方がいいと思います。私にはそれができなかった。ずっと悟のことを待ってしまった。…いえ、まだ待ち続けてしまっています。
元気を出してください。弱気な詩子なんて似合いません。”
最後の方の茜の声からはふるえは消えていた。
私もその日は泣いた。
弱気な自分に身を任せて。
もう弱気な姿を茜に見せないように。
それから茜に電話した、ありがとう、と。
そして、私は待つことを選んだ。
保証も約束もない。
そんな物は必要ない。
でも私は待つ。
もう一度みんなで騒ぎたい。
ただし一年だ。
それ以上は待たない。
一年を過ぎたらもうあいつのことは忘れよう。
忘れるように努力しよう。
四月、私はあいつの学校に転校した。少しでもあいつの近くで待つために。
反対はあった、前の学校でも引き留めてくれる人はいた、でも、こっちの学校で、私を歓迎してくれる人がいた。
春、新しい刻を感じながら学校に行った。
茜と同じクラスだった。二人で前より頻繁に外にでるようになった。最近では山葉堂でワッフルを買ってから、あの公園に行くのがパターンになってきた。
でも私にはあのワッフルを食べる勇気はない。
夏、よく茜と待ち合わせしてと学校に行った。
茜、澪ちゃん、住井君、そんなみんなで海に行った。みんな”あいつ”から派生した友達ばかりだ。みんなが”あいつ”のことを覚えていないのは悲しいけど、怪談話し風にして、”あいつ”のことを話した。
一番澪ちゃんが怖がってくれた。
秋、過ぎゆく季節を感じながら学校に行った。
文化祭で澪ちゃん達の演劇を見た。言葉にできないすばらしさがあった。”あいつ”もみれればよかったのにな。
まあ、いいか。澪ちゃんは来年もここにいる。そのときみんなで見に来ればいい。
冬、去年の今頃、出会いを思い出しながら学校へ行った。
今年は茜と二人だけのクリスマス会。ワッフルをケーキ代わりにお互いの待ち人が戻ってくることを祈りあった。
山葉堂にはまだあの殺人ワッフルが残っていた。
そして、再び春。
いつもの公園で私と茜はワッフルを食べながらはなしていた。私も茜も進学は決まっている。
「茜〜。その髪の毛、いい加減切る気ないの?何なら少し切ってあげようか。」
答えはわかってる。ある意味、いつものやりとり。それに私には髪の短い茜なんて想像できない。
「イヤです。やっぱり浩平と詩子は似ていますね。同じこと言うんだもの。」
やっぱり、ね。切る…!? 今、茜、浩平って!
「どうかしましたか? 詩子。」
ふと茜が私の後ろに焦点を合わせてつぶやいた。
「噂をすれば何とやら…。」
え…? 私はゆっくり後ろを振り返り…視界の隅に”あいつ”を見つけた瞬間…私は走り出した。
「うわ。何で詩子がうちの制服着てんだよ?」
といいつつ、浩平は逃げ出す。
私は浩平を追いかけた、どこにも行かせないように。
これでみんなでまた騒げる。
私と茜と浩平と、そして…
FIN
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