雫 SS 新城 沙織

そして誰もいなくなった/もう一つのバットエンド

 
 こんなハズじゃなかった。
 僕らはこの学校の教師である叔父に頼まれて、夜の学校で起きていることを調べていただけだった。
 彼女は好奇心を満たすためだった。
 僕は狂気という言葉に魅せられてだった。
 僕も、彼女も、そんな危険なんてないと思っていたんだ。
 でも目の前に広がるもの、それは・・・
 首筋にはさみを突き立てて朱に染まってゆく彼女、
 そして・・・
 すべての原因を作った人、月島さんが、その目に狂気の光をたたえながら静かに、僕らの前にたたずんでいた。
 
「・・・これ、夢だよね。・・・」
 それが最後の言葉だった。
 僕は動けなかった。
 月島さんの電波のせいなのか、それとも自分の無意識なのか、わからない。
 しかし、そのとき僕の頭の中では彼女の・・・沙織ちゃんのことしか考えていなかった。今日の放課後、初めて顔を合わせたときの笑顔。
 部活を抜け出して打ち合わせをいていたときのこと。
 部活の後、勝手に彼女のことを捜して、彼女の着替えを見てしまったときの恥ずかしげな表情。
 買ってきたハンバーガーをかじっていたときのこと。
 屋上に行ったときの怯えた感じの彼女。
 そして・・・
 生徒会室でのこと。
 女子バレー部室でのこと。
 体育館から逃げ出したときのこと。
 ぼくの知っている彼女のすべてが僕の心の中で渦巻いていた。
 会ってから半日とたっていないのに僕の心は彼女に占拠されていた。
 ただ知っている人だからじゃない。
 ただ結ばれてからじゃない。
 理由なんてない、・・・と思う。
 でも僕は彼女を好きだった・・と思う。
 だけど・・・
 今、彼女は・・
 冷たい地面を温かな血で濡らしながら静かに横たわっている。
 彼女の体から温かさが失われてゆく。
動けない。まだ間に合うのに。
彼女から失われていくものを戻せばいいのに。
動けない。
 月島さんの電波? 僕の無意識?
 もう、どうでもよかった。
僕が護るべき人、沙織ちゃんはいない。
もう、どうでもいい。
 いつ壊されもいい。
 僕は彼女との思い出を抱きしめながら壊されるのを待った。
 
「・・・ちゃん。長瀬ちゃん。・・・」
 僕を呼ぶ声。
 目の前が暗い。
 目を閉じているわけじゃないのに。
 見えない空から落ちてくる一滴の雫。
 その雫は足下の水面に、緩やかな波紋を広げてゆく。
 波紋の中心には女の子がいた。
 肩口や、所々が破けた制服を着ていた。
 知っている人。
 月島 瑠璃子さん。
 泣いているの?
「泣いているのは、長瀬ちゃんだよ。」
 僕? 泣いているのは・・・僕なのか?
「そうだよ。いつも泣いていた。消えちゃう、消えちゃうって。長瀬ちゃんも電波を使っていたんだよ。毎日、毎日私に届いてた。」
 電波。月島さんの力。
 そうだ、月島さんと瑠璃子さんは兄弟だった。
 そうだ、知っているハズなんだ。
「だから助けてあげようと思った。そして、兄さんを止めてほしかった。」
 ・・・やっぱり瑠璃子さんは知っていた。月島さんのやっていたことを。
 でも、僕には電波が使えないよ。どうすることもできないよ。
「できるよ、長瀬ちゃんなら。私より強い力を持ってるもの。」
 どうすればいいの?
「感じて、電波を。体で・・・。そして思い描いて。いつも思い描いていたもの。」
 チリチリチリチリチリ・・・
 軽い刺激。瑠璃子さんの電波。
 周りの世界が赤に包まれた。
 ・・・夕焼けの赤。・・・溶鉱炉の中の金属が、飴色になって溶け落ちるような赤。花火の赤。線香花火の赤。綺麗で鈍い赤。・・・そして、爆弾の炎の赤
 ・・・世界を燃やし尽くし、壊し尽くす、新型の爆弾。・・・その炎。綺麗で、鈍い赤。
 真っ赤な炎。逃げまどう人々。熱く、熱く、死にそうなほど熱く。
 人々の体は腐り落ち・・・。耳が、指が、ぼろぼろと崩れていく。痛い、苦しい、人々は泣いている。
 熱く、痛く、苦しく、それでも人は、我先にと、他人を蹴り落とし、引きずり合い・・・。同じ手足のもげた腐った人々の体が・・・。
 これは僕の妄想。
 あの最終戦争の新型爆弾。
 もう一滴、雫が落ちる。
 いつしか瑠璃子さんは、今日の昼休みに会ったときの姿になっていた。
「長瀬ちゃん。兄さんを止めてあげて。」
 僕はまた闇にのまれた・・・。
 
 あれからどれくらいたったのだろう。
 僕はまだ自分が壊されていないことに気づいた。
 柔らかい感触。
僕は目を開いた。
最初に視界に入ったのは、ゆるやかになびく青色の髪。
 僕を抱きしめた瑠璃子さん。
 周りを見回す。
 赤い湖に沈んだ沙織ちゃん。
 僕の後ろにたたずむ、太田さんをはじめとする女の子たち。
 力無くうつむいて何かをつぶやき続ける月島さん。
 いつの間にか電波による束縛も解けていた。
 と、そのとき、月島さんに向かって巨大な電波が流れるのがわかった。
 今までなにをされても電波の流れなんてわからなかったのに。
「・・・から・・・ろ・・・子か・・・れ・・・瑠璃子から離れろ!」
 月島さんの絶叫。
 瑠璃子さんが僕から離れて、月島さんを正面から見据える。
「瑠璃子・・・」
 ただそれだけで、集まっていた電波が消滅する。
 月島さんはおそれているのか? 瑠璃子さんのことを。
「あの男を、僕の見えないところにやってよ!」
 子供のような絶叫。
 でも、月島さんに操られた三人は忠実に動いた。
 まっすぐ僕に向かってくる。
 月島さんと違って、瑠璃子さんがいようがおかまいないしだ。
 僕は瑠璃子さんの前に踏み出し、集中する。
 電波の集まるのを感じる。
 僕は走り来る三人に「止まれ」、「眠れ」と、二つの命令を放つ。
 僕を殴りつける、その寸前で、ほぼみんな同時に倒れ込んだ。
「長瀬ちゃん。できたよ。電波使えたよ。」
 そうだ。僕にも電波が使えた。
 僕にも狂気の扉が開けたんだ。
 残るは月島さんだけ・・・。
 僕は月島さんをにらみつける。
「ヒッ!」
 悲鳴を上げて、後ずさる月島さん。
 それを見た僕は感情を抑えられなくなった。
 心の中であの爆弾を思い描く。
 最終戦争の爆弾を。
 怒り、憎しみ、様々な負の感情が火薬として、それに詰め込まれていく。
 集まった電波に危険を感じたのか、月島さんも電波を集め始めるが、そんな物とは比べ物にならないくらい僕の電波は濃かった。
こんな電波をとばせば月島さんだけでなく、瑠璃子さんも、太田さん達も壊してしまうに違いない。
僕の中のどこかにいるもう一人の僕がそう判断を下す。
 初めて扱うのに、そのすべてを知っているような判断ができる。
 でも、かまわなかった。
 なにがどうなろうと、僕にはもう関係ない。
 そして、僕は電波で作り上げたそれを落とした。
 すべてが壊れたのがわかる。
 月島さんが、瑠璃子さんが、女の子達が・・・
 
 そして、僕はもう一つ、爆弾を描き始めた。
 自分自身を壊すための爆弾。
 沙織ちゃんがいない今、この世界にいる意味はない。
 それにこの世界にいたって、いずれ僕は消えてしまうだろう。
 そして、沙織ちゃんを一人にしたくなかった。
「今行くよ、沙織ちゃん。」
 最後のつぶやきを引き金にして、最後の爆弾が破裂した。
 最後の電波が自分に放たれる。
 そして、何かが・・・音を立てて壊れた。
 
Fin
 

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