つれづれなるままに 第一回
 
 つれづれなるままに、ひぐらし、すづりに・・・ってちゃうねん。
 このコーナーはEREYがそのときふと思いついたことなどをつらつらと書き連ねていこう、というコーナーである。
 だからこのコーナーはほかのコーナーより不定期更新である。
 だってさぁ、講座はゲームを攻略するごとにかけるから更新はほぼ僕がゲームをクリアするごとになるし、SSは僕が出してもいいかなとか判断したときだからねぇ。十分不定期だね。
 一応注意しておくけどここは独り言とは大きく違う。向こうは更新日記と化しているが、ここは本当に思いついたことに関して書くんだしね。
 
 と言うことで今日はゲームに関してである。
 まあゲームと一言で言ってもいろいろある。電源がいるゲームもあるし、電源がいらないゲームもある。
 今回は電源がいるゲームと僕の勝手な独断、偏見を交わった思い出を書こうかなと思う。
 
・初めのゲーム機、ファミリーコンピューター
 僕にとって最初のゲーム機はこれである。親の仕事場が現在の場所にあるよりも以前(小学一年の頃親の仕事場は現在の場所に移築している)祖父がコ○マ電気あたりで買ってきたのを僕に見せてくれたことがある。それとあまり変わらない時期に自宅の方にも親が購入してくれたと思う(実物がある)ので、自宅と親の仕事場(祖父の家、自宅兼用)との両方にファミコンが一台づつあるという状態だった。だが、ソフトが増えるのは遅く、あまり多くのゲームをこなした記憶はない。
 まあこのころはあんなドットも荒く動きも荒いゲームで満足していたし十分おもしろかった。
 ただねぇ、スーパーマリオの最初はいいとして2をフロッピーで出して、3をまたカードリッジで出したのはなぜだ?
 家にはフロッピーはなかった。つまり2はプレイできなかったんだぞ。
 後はおもしろかった記憶があるのはグラディウスとかかな。でも下手の横好きだったよなぁ。2ステージか3ステージまでしか行けないのによく何回もやったよ。まあそれは今でも変わらないんだけど。今でもシューティングは結構早く死ぬ。
 ほかにもドラクエとかFFなど有名タイトルはたくさんある。
 だが、ドラクエはドラクエで最初にプレイしたのが2、その後3をやってから1をやったような記憶がある。だけどあの復活の呪文には何回も泣かされた。1文字違うだけで、違います、言われるんだぞ。52文字だったと思うけどそれを全部メモるのは大変なんだぞ。似たようなデータ引っ張り出してくれてもいいじゃん。でも今にして思うとあれをバイト変換かなんかして当てはめてたんだろうなぁ。だから変なエラーがあると、違うよ、が表示されるとか・・・
 後ひどかったのはファミコンウォーズかな。何がひどいって当時の自分はあれのおもしろさを理解できなかったからねぇ。というよりシュミレーションのおもしろさが解らなかったんだろうね。今は昔より改善されてるからな。けっこうスパロボは好きだし。
 そうそう、スパロボといえば、第二次はファミコンだった。あのころは武器も二種類づつしか存在しないし、MAP兵器なんてマサキのサイフラッシュしかなかったり、けっこう寒い状況だった。僕にガンダム以外のロボットの存在を知らせてくれた作品だけになかなか思い出深い物がある。
 それと家にはファミリーベーシックのカードリッジとキーボードまであった。記憶にある限りこれで何かを作った記憶はないし、今では動かない可能性が高い。
 そして時は止まることなく流れる。
 
・新時代−スーパーファミコン
 あの名称は何だかなぁと思う物がある。ファミコンとはファミリーコンピューターの略称である。それを越えたと言いたいのだろうか?
 まあ実際大きく越えてたよ、いろいろと。
 僕のスーファミの歴史はスーファミ発売とほぼ同時なんだよなぁ。祖父の家のテレビの買い換えでスーファミ内蔵テレビを注文したところからその歴史は始まる。出、テレビの到着日は親の会社の忘年会の日だったから12月の下旬である。まあ来たときにはもう夜だし、忘年会の後にソフトを買いに走るわけにもいかず、翌日買いに行った。スーファミと同時に発売したソフトは3つしか存在しなかったと思う。スーパーマリオワールド、F−ZERO、もう一つは記憶にない。一番頭の奴を購入したわけだ。最初は操作に手間取った。それまでとあまり操作は変わらないだろうと思ってプレイしたらどっこい、Aボタンはドリルジャンプだし、それまではBダッシュと呼ばれていたBボタンは今までAに割り当てられていた普通のジャンプだった。そして僕はボタン二つとボタン4+2の違いに驚きながら・・・僕の操るマリオは死んでいった。
 いろいろと書きたいのだが、実際あまり多くのソフトをプレイした記憶がない。小遣いなどほとんどなかった時代に新品のソフトを買おうと思う方が無謀なのである。だからスフとの数は年に5本以内だと思う。まあこの数字は中古ショップの存在を知ってから増えることにはなるのだが・・・
 というわけでスーファミで思い出が深いソフトといえば、まず出てくるのはドラクエ5。何回延期したことやら。このころからあの会社は延期をしまくっていた気がする。延期しただけできはまあまあだったかな。主人公=勇者ではなく(4もそんな感じだったけど)単なる魔物使い(そう、これからである、魔物を仲間に加えられるという阿呆な事態になったのは)だったのである。それはいいとして、魔物使いはどうやって魔物と意志の疎通をしているのだろうか。普通のモンスターなら解るのだが・・・貴様はキラーマシーンをリプログラムでもしたのか! 
 後はスト2かな。それまでの格闘ゲームを言えば、イーアルカンフーとかアーバンチャンピョン(共にファミコンの最初の頃のソフト)くらいしか知らなかった僕は・・・どうしたわけでもねぇんだな・・・。あれは親戚の兄ちゃんが持ってきてくれて対戦してたんだけど、使ってたキャラって春麗とガイルくらいだった気がする。だって昇竜拳が入らないんだって。あれがけっこうメインの技なのにあれが入らないというのは痛い。だからメインの二人は使わずあの二人を使った。だってためだけとかさぁ連打とかだけで楽だったんだもん。
 アクトレイザーというゲームも何回か繰り返し遊んだ記憶がある。アクションパートとシムシティパートに分かれていて、悪魔に占領された地域をアクションパートで蹴散らして、神として町を作っていくというゲームだ。地域ごとに様々な奇跡を使って人々の暮らしをよくしていく。だが・・・このゲームの醍醐味というか・・・土地が限られているため、人口はある一定以上増えない。だから・・・地震などを起こして古い家を壊して新しいたくさんの人の住める家を造れとおっしゃるのだが・・・いやぁ気持ちいいもんだね。シムシティとかでも自分で作った町を壊すというのはこんな感じなのかなぁと言う・・・
 
・スーファミと同時期
 スーファミは祖父の家にあった。だが自宅の方には依然としてファミコンしかなかったかというとそうでもない。なんとPC−エンジン、メガドライブがあった。だがどちらとも追加でつけられるはずのCDが無かったのでプレイできるソフトは大きく制限されていた。結局は予算不足、である。まあメガドライブはどうでもいい。家の親がアドバンスト大戦略をやりたいがために買ったものだから。ほかにランドストーカーとかバーチャレーシングと・・・ほか3,4本くらいしかないし。
 PC−エンジンにしろ思い出深い作品は少ない。僕の所持するゲームはトータル本数10本ないはずだ。
 まあ結論、アドバンスト大戦略でキャンペーンモードを全て裏技クリアは全然おもしろくなかった。
 
 と、ここまで書いたところで紙面がつきそうだ。あ? 紙面って何だって? ここはサイバースペースの中だから紙じゃないし書こうと思えば書けるだろって? 
 それがだめなんだ。今日はAirをやりたいがために自分に制限をかけていたんだ。今日ジャンク品で買ってきたCDを全て聞き終わるまでという制限だ。今聞いているのはラスト一枚。もうすぐ終わることは必死。よって今日はここまで。
 また気が向いたら僕のゲーム歴史サターンとプレステ、パソコン、(僕は所持していないが)携帯ゲーム機を書こうと思う。
 
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