Red*ai
この時間を
大切にする

 横合いから長い腕が伸びてきて、イザークの首にしっかりと巻きついた。
 そのまま力を込められ、どうと引き倒される。よろける寸前に、イザークの手の中にあったグラスをニコルが奪った。
 カーペットの上に布団が数組広げられている。隙間無く敷き詰められた布団の上は惨澹たる有様だ。イザークは絡みついてきたラスティと一緒に、隅に押しやられていた掛け布団の山に沈んだ。
 仕官学校のエリート五人組に、少し先輩であるZAFT軍クルーゼ隊所属のミゲルとオロールを加えた面子で遊ぶとなると、いつもこうだ。ミゲルもしくはオロールのマンションに上がりこみ、騒ぐ。
 これが最も気楽でいい。ミゲルとオロールは気安く喧嘩もナンパもしにくい身分だし、イザークたち候補生はそれぞれ親が政治家ということもあって名前も顔も売れている。思わぬアクシデントに見舞われないとは言いにくいメンバーなのだ。
 必然的に、希望が無くてただ「遊びたい」という場合はミゲルかオロールの部屋に上がりこむことになる。
 今日はミゲルとラスティ、アスランが大騒ぎしながら作った肴をつまみつつ、床に広げた布団の上でごろごろ転がってたわいもない話に興じている。
 話題は身の回りのことからZAFTの最近の作戦のこと、地球とPLANTの今後の関係のことにまで飛躍する。しかもそれを行ったり来たり、時には斜めに飛んでいったりするため、段々混乱してくる。
 酒が回り夜が更けるにつれ、話は切れ切れになってくる。ラスティはもう話をすることを放棄して久しく、ニコルやアスランに絡みついたりしがみついたりしていたのだが。
 矛先がイザークに向いたのである。
「ラスティに」
 イザークはラスティの顔を手で押さえこみ、無理やり起き上がる。
「酒飲ませるの、やめてくれ」
「飲みたがるし飲めるんだから、オレたちに取り上げる権利はないよな」
 片手にビールの缶を掴んだまま、ミゲルが器用にポテトチップスの袋を開ける。イザークは手を伸ばしてポテトチップスを一枚掴んだ。
 がり。
 口にくわえた瞬間、ラスティが首を伸ばして反対側の半分を囓りとる。
 そのままイザークの背中を抱きかかえた。
「あっち食え、あっち」
 イザークは半分以下になってしまったポテトチップスを食べて言う。ラスティは聞こえなかったふりをして、イザークの肩に頬を擦りつけた。
 さらさらと癖のない髪を撫でる。
 この髪が好きなのだ。シラフの時はイザークを恐れて近付かない癖に、アルコールが入って気が大きくなるとひっついてくる。感触を楽しむように髪を撫でた後、ラスティはイザークの頬に唇を押しつけた。
 イザークは腕でラスティの顔を押しのける。
 はしゃいだ大型犬に執拗にまとわりつかれるのに似ている。
 嫌な感じはしないが、うっとうしい。
「イザークの身体って、好き〜〜〜」
 間延びした声でそう言う。
「気持ち悪いぞ」
「見事なサラサラストレートですもんね」
 ニコルが面白そうにこちらを眺めながら言う。誰も止めないのをいいことに、ニコルも結構な量を飲んでいる。まだ日付が変わっていないのに皆が壊れ始めているのには理由があった。
 本日のメインお飲み物が、アワモリとかいう酒なのである。日本のどぶろくの一種だとか説明されても、イザークに酒の違いは判らない。そもそもどぶろくやら焼酎やら清酒やらと言われてもピンと来ない。酒は酒でいい。
 イザークは一口も飲んでいないが、始めに注がれたのがそのアワモリで、これがそれなりにアルコール度数が高いらしかった。そのアワモリがなくなってからは、それぞれ酒の好みに合わせて適当なものを飲んでいる。
 アルコールを一滴も口にしていないのはイザークだけであった。
「女の子でもここまでサラサラにしてる子いないもんなァ」
 ディアッカが横合いから手を伸ばし、イザークの前髪に触れる。全く絡み合わない髪は、揉みくちゃにされてもすぐに戻る。
 面白がってミゲルとラスティ、ニコルまでイザークの髪を撫でまわす。
「やめろ!」
 イザークは一喝し、乱暴に頭を振った。
「イザークだけテンションが違うとやりにくいですね」
 ニコルが唇を尖らせる。
 廊下へ続くドアが開かれた。
 イザークは指先で髪を撫でながら後ろを振り帰る。手洗いにでも立っていたのか、少しとろんとした目のアスランが立っていた。こちらもそれなりに飲んでいる。
 ふらふらと部屋に戻ってきて、ラスティのすぐ横にすとんと座りこむ。
 ニコルがアスランの方に近付き、顔の前で手を振った。
「大丈夫ですか?」
「少し……」
 アスランが力無く首を振る。
「飲みすぎたかな」
 そう呟き返し、何が面白いのかくくくっと笑った。
「お茶でも飲みます?」
「オレンジジュースの方がいんじゃないか?」
 ミゲルが廊下を指差す。
「持って来てやれよ、ニコル。冷蔵庫にオレンジジュースとか入ってるから」
「トマトジュースあります?」
 ニコルがひょこんと立ちあがって言う。オロールが肯いた。
「オレにトマトジュース」
「はーい」
 ニコルは積み重なった布団を踏み越えて廊下へ出る。イザークはよろよろと頭を揺らしているアスランの髪を掴んだ。
 硬い。
 動物の毛でも撫でるような気分で撫でていると、アスランと目が合った。
「心配してくれてるのか?」
「いや、別に」
 イザークはあっさり答える。ラスティがイザークの髪を撫でる手を止め、今度はアスランを撫で始める。
 髪撫で大会か。
 イザークが馬鹿らしくなってアスランから手を離すと、頭の上にごつんと硬いものが当てられた。
「イザークにもトマトジュース」
 戻ってきたニコルがグラスをイザークの頭の上に乗せて言う。アスランとミゲルにもグラスを渡した。
 ミゲルがグラスを傾け、半分をオロールのグラスの中に分ける。布団の上だというのに危なげがない。慣れている。
 半分になったトマトジュースにビールを注ぎ、飲んだ。
 オロールはそれにウォッカを足している。イザークはうげ、と思いながらグラスに口をつけた。
 トマトジュースの独特の酸味と青臭さが心地よく、ほんのりと苦い……
 苦い?
「ニコル」
 イザークは一息で半分ぐらいまで飲んでしまい、顔をしかめた。
「何でしょう」
「何を入れた」
「トマトジュースですけど」
「それ以外」
 イザークは指先で口元を拭う。
 微かな苦味以外はアルコールと指摘できるような味は感じない。が。
 喉と胃が微かに熱い。確実に何か入っている。
「ウォッカとビールが少々」
「少々じゃない!」
 イザークはグラスをニコルの鼻先へと押しやる。
「入れるな」
「一人だけシラフじゃ寂しいかなって」
「シラフが好きなんだ」
 イザークは仏頂面で答える。ニコルが膨れたように下唇を突き出した。
「まあまあ、いいじゃないか」
 少しばかりろれつの怪しいアスランが、へろへろと声を掛ける。イザークの肩に乱暴に寄りかかって来た。
「楽しく飲もう、イザークも」
「オレは飲まない」
 イザークは危うく布団の上にこぼしそうになったグラスを両手で掴んで言う。
 ラスティがグラスに手を伸ばした。
 さっと奪い取り、一息に飲み干す。
 ぐい、とイザークの肩を掴んだ。
 嫌な予感がして身体を捻ろうとした瞬間、ラスティに唇を奪われる。
 舌先で唇をこじあけられ、トマトジュースとウォッカとビールが混ざった謎の液体を流し込まれた。
 吐きだしたら、布団が汚れる。
 一瞬そう考えると、喉はすんなりとそれを飲みこんでしまった。
 生温い液体が喉を通って胃に落ちていく。ラスティはついでとばかりにイザークの唇を吸い、舌を絡めてくる。
 抱きすくめられ、イザークはもがいた。
「ぷはァ」
 ラスティが気持ち良さそうに呟き、唇を離す。
 トマトくさいキスから開放され、イザークは大きく息を吸いこんだ。
「イザークのキスって気持ちいい。好き」
 ラスティが満足した様子でイザークの胸に頬擦りする。イザークは徐々に酒が回ってくるのを認識しながら、天井を仰いだ。
「二度と参加しなくなるぞ、この集まり」
 小声で呟く。
「お。上等、やってみろ」
 ミゲルが楽しそうに言う。悪戯っぽく細めた目で、イザークを見つめた。
「寂しがりやがどこまで我慢できるか見てやるよ」
「我慢なんてしないぞ。こんなの付き合いに決まってるだろうがッ」
 イザークは唇を尖らせて言う。調子に乗ったニコルが、ラスティと同じようにイザークを抱き枕に寝転がった。
「強がってると後で後悔すると思うンだけどね」
 にやにや笑いつつディアッカが言う。イザークはそっちも睨んでやった。
「今度お前らがダウンしても介抱なんてしてやらないからな」
 苦い声で負け惜しみを言う。
 こんな身のない、若さの浪費のような集まりは本来苦手なのだ。
 それでも。
 楽しいからこうしているわけなのだが。
 ニコルとラスティの頭が急に重くなる。イザークは首を捻り、胸と腹に頭を乗せている二人を見やる。
 二人揃って、安らかに眠っていた。
 おい。
 イザークは息苦しさを感じて溜息を吐く。
 どいつもこいつもマイペースだ。
「イザークも飲めば楽しいんじゃないのか」
 アスランが頭をよろよろさせながら言う。イザークはフンと鼻を鳴らした。
「断わる」
「お酒、嫌いなのか」
「嫌いだ」
 イザークはきっぱりと答えてやる。
「ついでに酔っ払いも嫌いだ」
 憎まれ口を叩いてやる。何がおかしいのか、アスランがへらへら笑った。
「素直じゃないよな」
 いかにも上から見たような口調で言う。
 にんまりと笑ったかと思うと、ばさりと横になった。
 ラスティの胴に腕を巻きつける。
「おやすみ〜〜……」
 ろれつの怪しい声で言い、目を閉じる。
 イザークは呆れて目を閉じた。
 眠ってしまった方が、平和そうだった。
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