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<ディアフレンド5> 「助けて! 殺される!」 薄暗い部屋の中で、クルシェが大きな声で叫ぶ。何度も何度も叫ぶ。すると、少し経って正面の扉が開き、髭面の男が現れる。クルシェはさっきと同じ位置に縄を持って座っていたので、疑われることはなかった。 「うるさいぞ! 本当に殺しちまうぞ! お前は黙ってればいいんだよ!」 男は凄みのある低い声で言いながら、クルシェの方へ近づいてくる。 すると、男はヘンリーがいないことに気がついた。 「おい? もう一人いたやつはどうした?」 「………」 クルシェは下を向き、男の問いに答えない。 「どうしたのかって聞いてるんだ!」 「………」 男がさらに声を張り上げるが、クルシェは答えない。 「答えろ!」 男は怒って、クルシェに掴みかかろうとした。 その瞬間だった。 ドンッ 大きな衝撃が大男の頭部を襲った。 ヘンリーが背後からナイフの柄でこめかみを殴ったのだ。男はそのまま気を失った。そして、二人で縄を使ってぐるぐる巻きにしてしまう。 二人は男をさらに縄でしばりつける。 クルシェはそこまですると、へなへなとその場に座り込んでしまった。 「こ、恐かった。恐かったよ。ヘンリー様」 そう言うクルシェの声と体はブルブルと震え、今にも泣き出しそうだ。 ヘンリーはその様子を見て、クルシェには聞こえないようにため息をついた。 「大丈夫だ。クルシェ。もう悪党は俺がやっつけた。ほら、泣くな。一緒にお前の大事な懐中時計を探すぞ」 そう言って、ヘンリーはクルシェに手を差し伸べる。 「う、うん。ごめんなさい。ヘンリー様」 涙を拭いてから、クルシェはヘンリーの手を取って立ち上がった。 二人は、捕まっていた部屋から出て、隣の広い部屋へ移動する。 さっきいた部屋よりは大きいが、部屋が暗いのは相変わらずだ。家具といえば、汚いベッドと、小さなテーブルだけだ。懐中時計はその汚いベッドの上に適当に投げ出されていた。 クルシェはそれをみつけると、一目散に駆け寄って拾う。懐中時計の蓋を開けて母親の写真を確認する。心底安心したような表情を見せるクルシェ。ヘンリーはその姿を見て安心する。その時のヘンリーがクルシェを見る目は非常にやさしいもの。まるで子供を見守るような目をしていたことは本人ですら気づいていなかった。 ドンドンドン 突然の物音がして、二人は我に帰った。 「おい! いるのか! オルタッド家の人間に取引を持ちかけたぞ!」 乱暴な声と共に近くにあったドアが乱暴にノックされる。クルシェは、思わず声を出してしまいそうになるが、ヘンリーが口を塞いで押さえる。 「落ち着け。なるべく音を立てずに窓の方へ行くぞ」 クルシェは静かにそれに頷く。 二人は静かに窓に移動して行った。ヘンリーが窓の外に誰もいないことを確認する。 「よし。この窓から外に逃げるぞ。きっとお前のことで外は騒いでるはずだ。慎重に行くぞ」 ヘンリーがそう言いながら、表情を鋭くさせる。クルシェもそれにつられて、目を少しだけ鋭くする努力をした。 内心、クルシェはこの緊張感が楽しくなってきていた。クルシェは、ワクワクしながら、窓から出るヘンリーを追って行った。 二人の作戦はここからが本番。このままオルタッド家に行って、事情を説明する。すると、ヘンリーが貴族の一人息子を救ったという英雄になり、お礼がヘンリーにもらえるという作戦。 なるべく人目につかない路地を使ってオルタッド家を目指す。警察にみつかると、ヘンリーは、真っ先に疑われるからである。 少しずつ、少しずつ路地から路地へ移動し、やっとのことでオルタッド家の門の前の裏路地に着いた。しかし、当然のごとくそこには多くの警察が警備についていた。 「予想以上にすごい騒ぎだ……。これじゃ、正面から入るのは無理だろうな。なあ、何か裏口とかないのか?」 ヘンリーは、半ば諦め気味にクルシェに聞いてみる。 しばらくその問いに顔にしわを寄せて考えるクルシェ。 「あ! 父様が何かあった時のために掘っていた地下通路!」 思い出せたことがうれしかったのか、クルシェは少し大きな声でそう言う。 「おい。大きな声を出すな」 ヘンリーは周囲を警戒しながら、クルシェを咎める。どうやら誰もクルシェの声には気がつかなかったようだった。ヘンリーは、安心して一息ついてから、改めてクルシェの方を向いて口を開く。 「だが、それはいいぞ。それで入り口はどこにあるんだ?」 「うん。今僕が立ってる場所だよ」 そう言ったクルシェの横には井戸があった。これはカモフラージュなのだろう。 ヘンリーは、どこまでもマイペースなクルシェに感嘆しつつ、地下通路の入り口である井戸の蓋を開け、中を覗く。はしごが暗い空間に向かって伸びていた。 ヘンリーが先にはしごを降りていき、クルシェもそれに続いた。 はしごを降りると、ヘンリーはマッチを一本擦った。土の壁が見え、通路が左に伸びているのがわかる。どうやら一本道のようだ。 暗い地下道の中を二人はゆっくりと進んだ。音がない空間はどこまで続いているのかを曖昧にしている。 「なあ、クルシェ。ふと思ったんだが、お前は本当に貴族だよな?」 ヘンリーは、服を引っ張りながら、後ろからついてくるクルシェに声を掛けた。 「うん。僕は貴族だよ。でも、だからどうなの? 別にヘンリー様と何も変わらないよ。ただ着てる服が違うだけ。少なくとも母様は僕にそう教えてくれたよ」 クルシェは、さも当然なことのように言う。ヘンリーはクルシェがまともなことを言ったのがおかしくて少し笑った。 「また母様か。でも、何だか貴族らしくない考え方をしてる人なんだな」 ヘンリーは感心するように言った。 「うーん。確かに貴族の中では浮いてるかも。でも、僕は母様の考えが大好きなんだよ」 そう言うクルシェの声は、とても温かく、暗く重い通路の空気が少し軽くなったような感覚をヘンリーは感じた。 「そうか。そんな貴族が大勢いたら、この世の中ももっとうまく回るだろうに……」 ヘンリーがまるで何かを諦めたかのようにつぶやく。少しだけ沈黙が生まれた。 「そういえば、ヘンリー様の母様は?」 今度はクルシェが、ヘンリーに声を掛けた。少しだけ間があり、クルシェはそわそわする。 「ああ、俺の母親は一年前に亡くなったよ。貴族のやつにちょっとぶつかっただけなんだけどな。取り巻きのやつらにぼこぼこに殴られたのさ」 ヘンリーはまるで他人のことを語るように感情が感じられない言葉でそう言った。 「……そうだったんだ。ごめんね。こんなこと聞いちゃって……」 クルシェは、ばつが悪そうに声を小さくした。 「いや、お前が悪いわけじゃない。お前がその貴族たちと違うってのは一緒にいてよくわかったよ」 ヘンリーの声のトーンが優しいものへと変わる。 「……ありがとう。でも、許せない。過去にそんな無神経な貴族がいたなんて」 言いながら、クルシェはヘンリーの服を握る手の力を強めた。 「ああ、そのとおりだな。あの貴族、もう一度会ったならば絶対に殺してやる」 怒りのこもったヘンリーの声にクルシェは何も言葉を返すことができなかった。ただ、クルシェはその貴族とヘンリーを絶対に会わせてはいけないと思った。 |