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<鏡の迷宮4>

 着地したところは、遊園地のふっさりした芝生の上ではなく、無機質な床だった。一瞬、状況を理解できなかったが、少し見回してみると私が前に通っていた小学校の廊下だと気づく。今はみねこがこの学校に通っている。しかし、嫌に静かで薄暗い。おかげで廊下の窓が鏡のようになっていた。
 唖然としていると、突然、笑い声が聞こえる。それも、明らかに快い笑いではなく、嫌悪をもよおす笑い。辺りを見回しても誰もいないはずなのにそんな笑い声だけが聞こえてくる。どうやら子供の笑い声のようで、男の子のものなのか女の子のものなのか判断しずらい。
 しばらくするとさらにその笑い声は、一つだけでなく、どんどん増えていき、いくつも重なって聞こえ始める。
 私は耳をふさいでその場に屈み込んだ。
「うるさい! うるさい!」
 怒鳴ってみるものの、一向に止む気配はない。
 我慢できなくなり、目をつむりながら必死に走り出した。
 しかし、笑い声は常に自分の周囲に聞こえ続ける。気がおかしくなりそうになりながらも走ることを止めなかった。
 ふいに、何かに躓き転倒してしまう。手をつく暇もなく、頭を床に打ち付けてしまい、衝撃でそのまま意識を失いそうになる。
 意識が朦朧(もうろう)とする中、ゆっくりと体を起こす。またしても笑い声が私を襲う。今度はさきほどとは違い、笑っている相手がいることがうかがえる。まだ、視界はぼやけているが、どうやらここは教室のようだ。多くの机が並び、その間に私は倒れていた。
 立ち上がろうとするとバランスを崩して、人が座っていると思われるところに倒れこむ。
「ちょっと、こっちに倒れてこないで! うざいのよ!」
 不鮮明だが、かん高い女の子の怒鳴り声が響き、私の体は逆の方へと突き飛ばされる。
「おい! 俺の方に来るなよ! のみこ! お前が来ると体がかゆくなんだよ!」
 今度は男の子の声がして、女の子より力強く体を押される。しばらくそれの繰り返しが続いた。
 右へ、左へ揺られるうちに世の中のすべてがどうでもよくなっていくような感覚が自分を支配していく。視界はいつまでも不鮮明で、私を突き飛ばす人たちの声もだんだん遠くなる。
 いったいこれは何の儀式なのだろう。この場所の空気、音、気配、匂い……感覚のすべてが拒否反応をしめす。
 ――何も聞きたくない! 何も見たくない! 何も触りたくない! 何も匂いをかぎたくない! 何も感じたくない!
 どうしよう。私はどうしたらいいんだろう。何をしたら、この状況を打破できるのか……。
 結局、何も思いつかず私はその場は耐えるしかなかった。

 しかし、私はついに耐えられなくなり、その場から走って逃げ出した。とにかく楽になりたいという一心で終わりのない廊下を走り続けると、急に視界が明るくなり、学校の近くの公園に着いた。
 でも、何をどうしたらいいのだろうか。
 ああ、そうか。あるじゃないか。なぜだか答えがわかった。
 私は壊れたフェンスをよじ登りる。
 そのフェンスは古く、ところどころに針金が飛び出ていた。
 そして、私は決意する。私はその針金の先端に手首を当てるとそこから勢いをつけて手を引く。
 手首に痛みが走り、血が流れ出した。しかし、その痛みはすぐにひき、代わりにスゥッと心が楽になっていくような感覚を覚えた。
 もう何かもどうでもいい。このまま世界が終わってしまえばいいのに。
 まさかこんな簡単に楽になれるなんて思いもしなかった。
 開放感、爽快感……
 そんな中で私の意識は闇の中へと落ちていった。
 

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