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<鏡の迷宮7> 目を覚ますと私は自分が泣いていることに気がついた。ショックが大きかった。頭からみねこの声が離れない。 ――お……ね……ちゃ……た………け……て ずっと頭の中で繰り返される。もう何も考えられなかった。 「あなた本当に妹を殺したいようね? 引き返すことは許さないと言ったはずよ」 突然の声に夢から現実へ引き戻される。 すぐに声の主を探したが、なかなかみつからない。探しているうちにどうやらここは自分の部屋のベッドの上だということがわかった。 何となく、いつもの癖で時計を見ると午前6時。日付は5月3日と表示されていた。 あれ? 連休初日? 遊園地に行く日…… 思い出した瞬間、みねこが鏡の迷宮でリストカットしている場面がフラッシュバックする。 ――みねこを助けなくちゃ。 すぐに体をベッドから起こしてみねこのところに行こうとしたができなかった。なぜなら、部屋の鏡の中ににやりと笑う私と目が合ったからだ。無論、私は笑ってはいない。 「あら、それは認められないわね。あなたに認められているのはまっすぐ進むことのみよ。だから、道をそれるようなことは許されない。シナリオを変えてはいけないのよ」 「それなら、どうすればいいのよ?」 「さあね。でも、アドリブってものがあるんじゃないかしら? シナリオに影響しない程度のアドリブ。試しにやってみたら?」 そう言って、鏡の中の私は、声をあげて笑い始めた。 私は、こんな状況で笑っているあいつを許せなくなり、近くにあった目覚まし時計を鏡に投げつけた。 派手な音を立てて、鏡は割れる。 鏡の破片の中から声が聞こえた。 「そうよ。やればできるじゃない。ただし、それをやったことでシナリオが変わるようなことがあれば、妹は死ぬからね。あとさっきのように引き返したいと思わないことね。いい? 先に進むことしか許さないからね」 鏡が割れた音を誰かが聞きつけたのか、廊下を走ってくる音が聞こえる。 「お姉ちゃん! 大丈夫? 何かすごい音がしたよ?」 みねこの声だった。ドア越しに聞こえてくる。 「大丈夫! ちょっと、鏡を落としちゃっただけ、怪我もしていないから安心して、みねこ」 私はなるべく不安が伝わらないようにみねこに言った。 「よかったあ。お姉ちゃんたまにドジなんだから、気をつけなきゃだめなんだよ」 少し生意気な声が聞こえてくる。でも、本当に心配してくれたのが嬉しかった。 「心配してくれてありがとう。今日の遊園地楽しみね」 「う、うん。そうだね」 曖昧な返事。無理もない、みねこは今日あそこで死のうと思っているのだから……。 「ねえ。みねこ……」 遊園地に行くのやめない? と、続くはずだった。 ふいに、ドアの外でバタンッと音がした。 まさか! すぐにドアを開けて確認する。木製の廊下にはみねこが倒れていた。血の気が引いて、顔が青ざめている。 「みねこ! 大丈夫? みねこ!」 私はすぐにみねこのもとに駆け寄った。息はある。どうやら気絶しているだけのようだ。 『危なかったわね。その言葉を言い切ったらその子は本当に死んでたわよ』 再び鏡の破片から声が聞こえてくる。 どうやら脅してではなく、鏡の中の私は本当にこの子を人質にとっている……改めてそれを理解した。 私がしっかりしないと、みねこが死んでしまう。思えば、今までまともにみねこを守ってあげることができただろうか。いつもこのみねこの笑顔に、存在に救われていたばかりな気がする。 「お姉ちゃんがきっと救ってあげるね。みねこ」 私はみねこに優しく言いながら、自分ににもその言葉を言い聞かせた。 |