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<鏡の迷宮8>

 みねこが回復してから、私たちはご飯を食べて遊園地へと出掛けた。
 前と同じようにメリーゴーランドに乗る私とみねこ。私たちはここで同じような体験をしていた。
 ゆったりとした音楽とともに白馬が動き出す。
「ねえ。みねこは、今お姫様みたい?」
 白馬に揺られながら、みねこはそんなことを聞いてきた。
「お姫様っていうより、猫って感じだわ」
 私はそういうと、みねこの喉を撫でてやる。
「ふにゃ〜〜ゴロゴロ〜」
 みねこは、猫の真似をして見せた。
 私はおかしくてつい笑った。すると、みねこもつられて笑う。
 そんなみねこの笑顔がとても辛かった。きっと今もこの子は無理をして笑っているに違いない。心が泣いているのに、誰にも話さず、一人で悩みを抱え込んでしまっている。
 しばらくの静寂の後、私は口を開いた。
「ねえ。みねこ……今幸せ?」
 その質問にみねこは一瞬、目を伏せてから答えた。
「う、うん。もちろん幸せに決まってるよ」
 いつものようにみねこは笑顔だった。
 ――やめて……無理に笑うのはもうやめて……。自分を傷つけないで……。
 はっきりと言ってやりたかった。しかし、これを言ってしまえば、シナリオが変わり、みねこが死ぬことになってしまう。
 だから代わりに後ろからみねこをギュッと抱きしめた。
 みねこの体温が伝わってくる。そういえば、みねこをこんな風に抱きしめたのはいつだったろうか。覚えていない。それほど前のことなのだろう。私はひどく懐かしくなり、涙が出そうになった。いけない。私は今みねこを支えてやらなくちゃいけないんだった。私が泣いてはいけない。少なくとも今は泣いてはいけない。みねこを安心させてやらなければ。
 みねこが私の両手を握ってきた。少し痛いくらいだったが、みねこの肩が震えだしたのに気がつくと、そのままその手を優しく握り返した。少し熱い涙が私の手に落ちる。
 いつも元気に笑って強く振舞ってはいても、みねこは子供なのだ。まだまだ甘えていたい時期。お母さんもお父さんも普段は忙しいから家にいることは少ない。だから私が、こんな風にこの子を支えてあげなくちゃいけなかったんだ。
 唐突にメリーゴーランドが止まった。
「あ、あれ? あれれ? わたしどうして泣いちゃってるのかな。お、お姉ちゃんごめんね」
「いいのよ。ほらこのハンカチで涙を拭きなさい。次は何に乗りたいの?」
 私はシナリオを変えたい衝動を抑えながらもシナリオどおりに事が運ぶようにみねこを促した。

 その後は、シナリオどおりにみねこが先にいろんなところを回って行った。そして、みねこを見失い、公園の広場の時計が午後2時を指した。
 ゴーン、ゴーン
 鐘の音が響く。私にとってはスタートの合図だった。もし夢が本当なのだとすれば、「鏡の迷宮」でみねこがリストカットをしたのは今だ。
 私はたぶん今までの人生の中で一番必死に走った。だってここからは、シナリオどおりではない。新しいシナリオを作ることができるではないか。
 そう、私は知っている。みねこが苦労して来たことも何もかも。だけど、知っているだけでは意味がない。救った後にみねこに言ってあげるのだ。さっきのようにギュッと抱いて
「私の前では笑顔で無くていい! 思いっきり泣きなさい!」
 その口調はまるであの「鏡の迷宮」で出会った鏡の中の私にそっくりだった。

おわり  

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