きっかけは単純なものだった。

 支援魔法のみならず、多くのアンデット達を浄化へと導く退魔師。
 冷静かつ的確な判断、死をも恐れぬ大胆さ。
 どれを取っても自分には無いもの。だから欲しかった。

「ふぬ……」

 私は今日もピラミッドダンジョン4Fで倒れている。
 長い修練の後、自分の持った強力な力をどう扱えばいいのか
 どう立ち回ればいいのか…アンデットの浄化中に考えるべきではなかった。

「……またなの?」

 頭の上から声がかかる。

「……うん」

 あちこち痛む体を動か…ないし。

「はぁ……もう リザレクション!!」

 その呆れた口調で魔法の詠唱は辞めてほしい

「ありがと……」


 傍にいたプリースト。
 金色の優雅に流れる長い髪、何処となく知的に見えるミニグラス。
 手を引いて起こしてくれたのは、先輩退魔師の暦。

 私はこの人の闘う姿に憧れて退魔師になった。
 どんなに大量の敵にも怯まず、仲間達が次々に倒れても
 最後まで諦めない。そんな姿に。

「自分が耐えれる敵の数を覚えないと……」

 わかってる。頭ではわかってるはず。でも敵を見ると血が騒ぐ。
 冷静な判断を下せない退魔師は薄命という事も知っているのに。

「もうボロボロじゃない。今日は休息。明日また付き合うわ?」

「むぅー! もう一頑張りするわ!!」

「だめよ。集中力が完全に切れてるわ。 そんな状態で何度やっても……って……あっ」


 ゴス。    気持ちいい位、爽快に転がる私。


「……バカな子ね」

 今日何度目かの呆れ口調なリザレクションの詠唱が響いた。



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 ルーンミッドガルド大陸の南西に位置する、砂漠の都市モロク。
 南門から程近いそこに私たちのギルドは常駐している。

「今日はカタコンにいきましょうか、らふぁ?」

 テントの影で暑さを凌いでいた私に唐突に声がかかった。

「なに?唐突に……お姉さま」

「ふふ。いいわね、その呼び方、その響き」

 自分でそう呼べと言ったくせに、一人ニコニコしてる。……絶対変な人だ。
 この人、一度集中すると物凄いのに、普段は気がついたら寝てるし、
 気がついたら倒れてるし、深夜、普通にご飯食べるし、
 狩りに誘えば化粧直しで1時間以上戻らなかったりするし、わけがわからない。

「今とんでもなく失礼な事考えたわね?」

「いえ。とんでもないですわ。お姉さまおほほほほほ」

 その上エスパーですか、あんたは。ホント、わけがわからない人なのである。

「まあいいけど…… ワープポータル!!」

 地面から立ち上がる光の柱の中に蹴りこまれた。



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「ねえ、お姉さま…どうしてイビルドルイドとレイスばかりひっぱってくるの……」

「うん?」

 グラストヘイムカタコンベ。ここは幾多のアンデット達の巣窟。
 中でも、イビルドルイドやレイスといった大型のアンデットは
 魔法防御が高く、退魔魔法が効き難い。お姉さまが知らないはずはない。

「バカね。練習するためにここに来てるんでしょ?すぐに倒せる敵だと意味ないじゃない?」

「うん、まあそうだけど……5匹も6匹も連れてこられても、私対処できないよ?」

「何匹ならいけるの?」

「2匹」

「……」


 それ以上になると、血が騒いで笑いが止まらず集中出来ないんだって。
 危険になるとどうしても慌てて、アクセサリーの持ち替えとかも間違えるし。

「もうマグヌス使い辞めて支援専門の聖職者になったらどうかしら?」

「頑張ってるんだから、禁句をさらりというのやめてよね」

 といいつつもきっちり、2匹ずつ持ってくる辺り、優しいというか律儀というか。

「セイフティウォール!! あなた今死んだわよ?」

「今フェンつけたままマグヌス出したわね? 遅いわよ」

「だからマグヌスの後のディレの事も考えてセイフティウォールの数決めなさいね」

「バックサンクって知ってる? というかやる気ある?」


 ちょっと泣きたくなって来た。
 この丁寧に注意されるのって、怒鳴り散らされるよりも精神的にクルのは気のせいかしら。
 基本的な事しか言われてない自分が情けないというかなんというか…

「はい。ちょっと休憩しましょ」

 差し出されたブドウジュースに口をつけ練習を思い出してみる。
 セイフティウォールを足元と後ろに出しつつニンブルをフェンにもちかえつつ……

「あああ!!! もう何かこんがらがってきた! とっさにそんなにいっぱいできないよ!」

 一人ぶつくさと頭を抱えていると、目の前に腰をおろしていたお姉さまの手が
 頭に伸びてきた。何やら撫でられてるし。子供か、私は。

「だいじょうぶ。そのうち体が勝手に動くようになるわ。頭で考えなくてもね」

 子供扱いされてるみたいでムカつく
 けど、撫でられるのって普通に気持ちが落ち着いてくる。
 これは私が子供だという事なのかしら。ムカつく。でも気持ちいい。なにこれ。
 指先が頬に下りてきた。また撫でられる。ちょっとこれは……あーでも……
 お姉さまは変な人だから、また私をからかって遊んでるんだ。
 それを証拠に、ほら。私の頬を撫でながらニコニコ笑ってる。
 ……私は今どんな顔してるんだろか? 怒りながら気持ちいいとか思ってるし。
 お姉さまはというと……やっぱりニコニコ。なんでそんなに嬉しそうな顔してるの。
 アンデット達にボコボコに倒される私がそんなに面白いのか。そりゃ面白いわ。とほほ。

 ハッ。いかんいかん。何余計な事考えてるの私。
 さっきの練習のおさらいしないと、また忘れちゃうわ。えーっとセイフティウォールが……

「らふぁ」

 不意に名前を呼ばれ、顔を上げた瞬間、首に腕を回され、抱きしめられていた。
 ……ちょっと待って。からかってるんだよね?  ……とは言え……ダメだ、もう冷静でいられない。
 心拍数がものすごい事に。このままでは心臓が死んでしまう。

 何これ!? 何するの!? 私何されてるの!? わああああああああ!!!
 私が叫ぶのよりも早く、お姉さまは耳元でささやく。

「……そろそろ練習の仕上げの時間よね?」

 それと同時に背にした壁の向こう側から轟音が鳴り響いてくる。
 練習の仕上げ? 時間……?

 時間?!

「ええ。ダークロードの時間よ」

「じゃあお先に。私モロクに帰りますね」

「おまちなさい?」

 ダークロード。マグヌスが殆ど効かないほど魔法防御高いカタコンベの主。
 あれを退魔魔法で倒そうなんて普通の人間なら考えない。正気の沙汰じゃない。
 ああ……でもお姉さまなら朝までかかってもやり遂げそうね。
 あの深淵様でさえ、セイフティウォールとホーリーライトだけで倒す人だし。
 ホーリーライトって……何発打ち込んだのかは恐ろしくていまだきけないんだけど。
 はっはっはーそうそう。お姉さまはそーいう人だったわ。はっはっは。

「って、いやああああああ!! 帰らせてええええええ!!!」

「がんばってね♪」

「死ぬ! 砕ける! 溶ける! 再起不能になる!」

「大丈夫よ。倒れたらすぐリザしてあげるから」

「無理だって! ドル様5匹で泣く私がダークロードなんて絶対無理っっ!」

「……自分で言ってて情けなくない?」

「リザする青ジェムがもったいないからやめよ?」

「……」

 何を言っても無駄なのはわかっていても、一応抵抗はしなくては。
 どっちにしてもダークロードに特攻させまくって
 明日起き上がれないほど、こっぱみじんにするんでしょうけど。
 悪魔! 悪魔にドキドキしたのか、5分前の私は。無かった事にして。

「わかったわ。じゃあ私が行くから。らふぁは私の援護をしなさい」

「援護?」

「ええ。私はセイフティウォールもサンクチュアリも出さないわ。全部あなたがしなさいね」

「……それは支援専用の聖職者の練習?」

 クビか!? 私はもう退魔師クビなのか!?
 ダークロードを目の前にして、もうそれでもいいかなとか思ってしまったのは内緒にしておこう。

「いいえ?よく聞きなさいね。あなたに一番足りないのは的確さなのね。
きっちり思った所にセイフティウォールやサンクチュアリが出せてないのよ」

 はあ……そういえば、バックサンクすれば敵ごと回復するし、
 セイフティウォールをだせば位置ずれして、全弾食らってるし、って、私ダメすぎ。

「いい?あなたに命を預けるわ」

「それは……」

「ん。大丈夫。頭で考えなくていいわ。だから指示はしない。思うようにしなさい」

 また頬を撫でられる。それと、何ですかその素敵な笑顔は。
 あれは悪魔だ。ドキドキなんかするもんか。悪霊退散悪霊退散……

 お姉さまの目の色が変わった。退魔師の目。
 あ、ダメだ。私、この目に惚れたんだっけ。本当悪魔だわ。

「さぁ……いらっしゃい、カタコンの主。綺麗さっぱり浄化してあげるわ」

「セイフティウォール!!」






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 【今回の反省:自分の防御もしよう。】

 1時間後、モロクに戻った私は手帳にそうメモをした。

「ぷふふ。まったく面白いわね。あなたは。自分にヒールを忘れるなんて、アコライト以下じゃない?」

「……」

 何やら物凄い猛毒を吐かれたような。
 アコライト以下? ノービスですか。私は。法衣を纏ったノービス。
 そりゃおかしいわ。笑ってくださいよ。ウワーンッ!
 お姉さまときたら、メテオストームが豪雨のように降り注ぐ中、自分の防御をしながら
 倒れた私の周りにセイフティウォール数枚とサンクチュアリを置いて蘇生魔法を唱える余裕。
 どういう考えであの設置したんだろ?もっとちゃんと確認しておけばよかった。
 必死すぎてあまり覚えてない。きっとお姉さまなりの秩序があるんだろうけど
 私じゃあ到底無理だっただろうな。貴重な実技訓練の時間、もっと集中できたのに。
 お姉さまを守るのに集中しすぎて自分に回復魔法をかけ忘れたとか、ありえない失態。
 一人反省会しとこ……当分立ち直れそうにない。

「うん……でも私を守るのに必死になってくれたんでしょ。嬉しいわ」

「あ、そうですか。はいはい」

 何でそうなるかなあ。もっとこう、
 あーいう時はこーいう風に立ち振る舞えとかそーいう事を教えて欲しいんだけど。
 お姉さまはいつも思うようにすればいいみたいな事しか言ってくれない。

「あら? 信じてないのね。本当なのに」

 だからさ、その撫でるのを辞めてよ。素敵な笑顔を向けないでよ。
 ええ、まあ子供ですよ。ノービスですよ。もう好きにしてください。

「らふぁはあれよね。撫でられたらすごく気持ち良さそうな顔するわよねえ……フフ」

 はあ?! 私嫌がってるんだけど?! どんなプラス思考よ、それ!
 あなたに指導を求めた私がバカでしたよ。地面に寝転び、諦めて目をとじた。

「……それは何かのお誘いかしら?」

「え? んっ」

 何かが唇に触れた。ふわふわした何か。
 何? ――え? えええ?!

「何、今の?! 何したの?!」

「さあ、何かしらねえ?ふふん  大丈夫よ、体が勝手に動くようになるから」

「なんの話よ!!」

 この悪魔め。絶対惚れてなんかいない!!



 −終わり−


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○あとがき

フィクションです。