砂漠の町モロク。

 砂漠の気候にそって、この町も日中は異常乾燥の灼熱地獄。
 うって変わって夜になると、日中の熱が嘘のように凍える位冷え込む。
 旅行者やかけ出しの冒険者は、その変化に順応出来ず、簡単に体調を崩したりもする。
 そんな温度の変化もまったく気にならなくなる位、私はこの町に長く滞在している。
 ギルドの集合場所がここ、モロクだというだけなんだけど。
 狩場も近いし交通の便も良いので、私は意外と気に入ってる。

「眠いわ」

 深夜。皆、狩りやおしゃべりに疲れて休んだ。誰もいないギルドの集合場所。
 皆が居る時についウトウトとしていて、今は眠れずに一人ぼーっとしている。

「ああ……今日も寝落ちしてしまったわね」

 いつもの事。
 あまりの寝落ち頻度にギルドマスターの高司祭は

「狩場で寝たら捨てていくわよ」

 ……と。あの人は本当に捨てて行きそうだわ。
 聖職者といえど、高司祭にまで上り詰めると鬼畜になってしまうのね。うん。
 そういえば、あのマスター『聖職者は他人の血を吸って成長するのよ』とか
 平気で口走ってたものね。どれだけの人間を支援ミスで殺してきたんですか。あなたは。
 私の姉で退魔師の暦なんかは、他人の血より自分の血を大量に他人に配ってそうだけど。
 というか、アイツは……マゾか?! という位、倒れまくっているのは私は知っている。
 この世界の冒険者にはどんな仕様が施されているのか、その存在を生みの親が消すまで
 私たちは本当に死ぬ事はない。それにしてもだ!やっぱり怖いし痛いし、戦闘不能になるのは極力避けたいもの。
 なのに、姉ときたら……やっぱりあの人マゾだわ。変だわ。絶対戦闘不能になる事を喜んでいると思う。
 変な姉を持つとこっちまで変な目で見られてしまうわ。とっとと縁切った方がいいかしら。

 そんな変人と同じ名前の私。非常に迷惑な話だ。
 生みの親が『聖職者になる子は皆この名前!』と決めていたのか、はたまた単にめんどくさかっただけなのか……
 とにかく私には姉と同じ名前がついている。紛らわしいので皆は私の事を『ドット』と呼んでいる。
 年功序列なのか何なのか、私の方が本名で呼ばれない。あれ? でも姉も本名で呼ばれてなかったような?
 それはともかく、たまには本当の名前で呼んで欲しいわよね。

「暦さん」

 は? 姉は不在ですよ。

「暦さん?また寝落ちしてるの?」

「あ、私の事ね……」

「ははは、他に誰もいないよ?」


 せっかく本名で呼ばれたのに自分がわかってないし。末期ね。これは。


「猫ちゃん、早くに寝てたみたいだけど、もう起きちゃったの?」

「んー寝てなかったというか、寝付けなかったというか?」


 猫ちゃんはカラカラ笑う。
 強大な物理攻撃威力を持ち、その凶悪な攻撃ダメージでを近寄る敵薙倒すをロードナイト。
 そんな面を微塵も感じさせないような笑顔で私を見つめる。
 この世界では比較的珍しい、風の精霊の加護を受けたような鮮やかなウイローグリーンの髪。
 その髪の短さはやっぱり激しく動く前衛職だからかしら。聞いた事は無いけれど。
 そう考えると私のこの無駄に伸びた黒髪も切ってしまう方がいいのかしら。
 聖職者と言っても、前衛職と同じく武器を手に戦うプリースト。
 姉とは違い元々魔法の素質があまり無かった私はそういう道を選んだ。

「長い髪は狩りの邪魔になるかしら……?」

 考えていた事が口から出た。別に言うつもりは無かったんだけど。

「え? 別に邪魔じゃないでしょ。それにその髪型じゃなかったら暦さんじゃないよ」

 だからそのままでいいと猫ちゃんは言う。
 生まれた時からもうずっとこの髪型。皆、目がこれに慣れてしまってるのね。
 それが嫌だったのか、先日あの変人の姉がまた唐突に『イメチェンよ!』とか叫びながら髪型を変えていたけど。
 メデューサカット? あの盗人らが好みそうな、明らかに不良チックな、全体にアホ程ハイレイヤーを入れたような髪形。
 旦那には見てみぬフリをされてたし、子供がショックでグレそうになるのをマスターが必死で阻止してたし
 髪型ひとつ変えて、何でそこまで大騒ぎになるような事になるんだ。あの変人は。

「その髪型の暦さん、好きだよ。」

 褒められてるのか、何だかよくわからないけど、そう言われるのは悪い気がしない。
 ちょっとくすぐったいような気持ちになる。ならこのままでいいかな。また大騒ぎになりそうな気もするし。

 そういえば――思い出したけど、
 この子、猫ちゃんも本名で呼ばれていないよね。本名……何だっけ。考えないと出てこないってのも失礼な話。
 でも私の事はちゃんと本名で呼んでくれる、希少な人。そして別ギルドの友人。




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 まだ眠らないなら狩りにいこうと誘われた。
 そういえば今日は寝てばかりで、修練を怠りまくっていたわ。頑張らなくっちゃね。

 ピラミッドの主が守護する聖域、ピラミッドダンジョン4階。
 マスターが大好きな狩場だ。開拓がまだそんなに進んでいなかった時代、
 ここが最も厳しい狩場だったらしく、その名残か燃えに燃えるらしいんだけど……
 私にはよくわからない。でも気がついたらいつもここに居たりする。マスターの呪いかしら。

「アスペルシオ!!――×2」

「なに、その手抜きな詠唱は」

 てろんと笑うロードナイト。
 猫ちゃんにはあくびが出るような狩場かもしれないけれど
 筋力や体力が他のどの前衛職にも敵わない私にはちょうどいい。寝起きだから肩慣らし程度でお願いね。

「この――! 蛇女あああ! 王の墓守でもやってなさい!!」

「なんですかその殺し文句は」

「『殺し文句』って単語の使い方間違ってるわよ?!」

 やっぱり楽しい。
 まさに撲殺。本で殴るのも華麗な気がするけど、やっぱ鈍器よね。せっかくメイスの修練も極めたんだしね。

「ぎゃああああ! ちょっと暦さん! 大群に突っ込むの辞めてくださいぃぃ!」

「ほほほほほ! 敵を見つけたらすぐ走る! こんな楽しい事を他人に取られたとあっては末代までの恥!」

「恥でもいいよ! ほら。エンシェントマミーが2匹混じってるよっ死ぬよ!」

「はい?! あ、マーターも山ほど。あら、ピヨったわ」

「バカですか」

 ふ……華麗に散ったわ。この華麗さは姉には真似できないはず。
 すぐさまイグドラシルの葉で戦闘出来るようにされ、今はダンジョンの入り口の辺りで休憩。
 もうちょっとこう、倒れるある種の優越感というか、そういう余韻を楽しませてくれてもいいじゃない。
 体力も精神力も空っぽの状態で座っているのに、何を考えてるのかしら。私ってば。やっぱり変人の妹も変人という事か。

「何で倒れてるのにニヤニヤしてるの……」

 思考を覗かれた気がした。
 そういえばあなたは倒れなかったわね。
 軽々とあの量の敵を捌いたというか。その大きな両手剣一振りだったわね。力の差を感じるわ。
 いや、今はそれよりも私が変人という所をフォローしなくちゃ。ごまかさなくっちゃ。

「テンションリラックス〜ぅ♪」

 ぽふっと露な太ももに頭を乗せてみた。
 なんでこうロナ子の服って太ももだけ露出してるのかしら。あきらかに頬擦りしてくださいって感じよね。
 ――ダメだ、もう思考回路が変人モードになってるわ……。
 それでも何も言わない猫ちゃんの顔を見てみる。

「……」

 視線が合わさると、じわじわ顔が紅潮していくロードナイト。  え、何? 何で?
 まさか私の変人度が彼女の許容範囲を超えてしまったのかしら。

「暦さん……僕の太ももの上で寝落ちする気でしょ」

 そう来た!?
 まあいいわ……とりあえずごまかせたみたいだし。

「溜まり場戻ったら……いいよ?」

 え? ああ、膝枕してくれるんだ。
 あらためて言われると何だか恥ずかしくなってくる。
 これ、ごまかせたんじゃなくて、さらに変人度を倍増させた気もするわよ?
 うーん……太もも、ふかふかして気持ちいい……ってだから!
 ああ、もう諦めよう。私も同名の姉と同じなんだわ。軽くショック。
 だけど気持ちいいからいいかな、とかも思ってしまう末期な私。




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「あーいいなードットー。猫ちゃに膝枕してもらってるーぅ」

 朝っぱらから間の抜けた声。いつのまにか寝起き顔のマスターが座って居た。
 あなたのその高司祭のピンクの衣装は寝不足の目には厳しいわ。

「私もしてほしい!相方叩き起こそーっと」

 それだけの理由で起こされる副マスターのせしる様。なんてかわいそうなのかしら。
 というか、どうしてあの冷静沈着な副マスターと、
 この居るだけで爆弾処理班が必要そうなマスターが一緒に居るのかが今だわからない。
 あ、ひょっとしてせしるさまがその爆弾処理班なのかしら? どっちにしても迷惑なマスターよね。

 色々考えてると

「邪魔されちゃったね」

 つぶやく位の小さな声が耳に届いた。

「――え? それはどういう意味……」

 疑問に思って猫ちゃんの顔を見ると、さっきよりも頬を紅く染め、てろっと笑っている。
 その笑い方、ちょっと罪よね。それ以上何も聞けなくなるじゃない。でも聞いてみたい。


「(-ω-)ノおはよ〜……z どうしたのー……?」


 せしるさまが起きてきた。あのアホマスター本当に膝枕の為だけに叩き起こしたのか・・・
 さすが、姉と何年も仲間としてやってきただけの事はあるわね。りっぱに変人だわ。

「おはよう! せしるさま! 私も膝枕して欲しいっ! あー! やっぱり膝じゃなくて胸がいいよ! 胸!!」

「え? いや……ちょっと……まっ……はぅぅっ!」


 哀れ。せしるさま。

 朝っぱらから何この濡れ場。何この溜まり場。何このギルド。
 小さな子供もいるのよ。ほら、姪っ子の狐が起きて来たわ。
 ちょっとその――なんていうか、マスターその怪しい手つき、子供に見せないで頂戴。 変人通り越して変態だわ。

「おあよ〜z あ! みんな仲良しさんだ>< 私もー私もー!」

「こらっ狐! せしるさまの胸は私のよ! 子供だからって貸してあげないわよ!」

「ぇー……けちーけちー>< ちょっと位ほら、減るものじゃないよぅ(´・ω・)!?」

「減る!」

 狐……子供の癖にすっかり洗脳されてるわ。まあ、姉の子だしね。仕方ないといえば仕方ないわね。
 この変人ギルドももう慣れた。というか自分も洗脳されつつあるし。そんなに嫌でもない。
 膝枕されたままの状態で、人の変人っぷりを非難しても説得力ないわよね。
 軽くもれた溜息に気がついた猫ちゃんが私を見て、またてろっと笑う。
 さっきのはどういう意味だったのか、ちょっと目で訴えてみると、額にかかる前髪を軽くかき上げられた。

「内緒だよ」

 私の訴えに的確に答えた。あ、通じたのね。
 内緒……。あなたがそういうやって笑うならそれでいいかな? と思ってしまう。
 今は太ももが気持ちいいから、幸せだしね。

 今日は初めて自分の居場所が幸せだと感じた日かもしれない。
 それがたとえ変人の巣窟だったとしても――。





 -終わり-



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○あとがき


姉の偉大さ(変人度の凄さ)に
ドットの苦難は続くのであった。