第17章『過去への断罪、明日への決意』
ミロワを後にしたカインとルフィミアはパーシルとの国境から少し離れた森の近くにやって来た。
「ここが…カインさんの言っていた森ですか。」
「あぁ…ここの奥に確か…」
「きゃぁぁぁっ!!」
カインがそこまで言いかけたときそんな悲鳴が聞こえた。
「えっ…?今の…」
「向こうからだ!」
言うが早くカインは声のしたほうへと駆け出していた。
「く、来るんじゃないよ!あっちにいきな!」
「お…おばあちゃん…」
『グルルル…』
森の片隅では老婆と子供を囲む狼達の姿があった。
「大丈夫…大丈夫だからね…」
老婆が一生懸命に子供をなだめようとするがその状況からか効果は無いようにも思えた。
『グルァッッ!!』
そうしている内に狼達はお構いなしに老婆達に襲い掛かる!
『ギュッ!』
それから子供を庇うように老婆は子供を強く抱き身を呈し襲撃に備える…瞬間。
『ドォッ!!』
風が吹き荒れたかと思うと狼達が後方へと吹き飛んでいった。
「狼ごときが…人間様に手を出すんじゃねぇよ。」
老婆と狼の間に割り込むようにしてカインが飛び込んだのだった。
『グルルルッ!』
狼達はそんな突然の乱入者に腹を立てたのか更に殺気立つ。
「はん!獣ごときが…下がりやがれっ!!」
それを更に強い殺気で威嚇し返すカイン。
「………」『………』
しばらくその二つの間に沈黙が訪れるが…
『…キャウンキャウン…』
一匹…また一匹とカインに気おされその場から逃げ出していった。
そして数分とたたないうちに狼達は全てその場から逃げ出したのだった。
「こんなものか…おい、大丈夫か?」
愛用の槍を肩に乗せながらそんな軽い口調で老婆達に声を掛けた。
「は…はい、どうもありがとうございました。」
「だ、大丈夫ですか〜…な、何がどうなったんですか〜。」
「遅えぞ、嬢ちゃん。全部終わっちまったぞ。」
ようやく追いついて来たルフィミアにカインが笑いながら応える。
「あなたが早すぎるんですよ…っと、こちらの人が?」
「あぁ、タチ悪そうな狼に絡まれててな…危機一髪だったぜ。」
そんな二人のやり取りを…と言うよりも老婆はルフィミアをじっと見つめていた。
「あの…どうかされましたか?」
「えっ?…あの…もしやあなた様は…聖母様では?」
ルフィミアの言葉に我に返った老婆が不意にそう尋ねた。
「…そう呼ばれる事もありますね。」
「あぁっ、やはりそうでしたか。教会で遠目に何度かお姿を拝見した事しかなかったもので…
このような場所で聖母様にお会い出来るとは…」
「そ…そんな事は…でも、無事でよかったです。」
「はい…ところで聖母様がこのような所に来られるとは…巡礼の旅の途中ですか?」
「巡礼の旅…?」
「違うのですか?教会の人に聞いた話だと聖母様は各国を巡礼して回っていると…」
不思議そうに尋ねてくる老婆よりも不思議そうな表情でカインが首をかしげていた。
(おい、嬢ちゃん…こりゃあどう言う事なんだ?)
(私も理解しかねますが…おそらくパーシルが流した嘘の情報でしょう。
パーシルの象徴の一つとも言われている聖母が失脚したと知れれば大きな混乱が起こる可能性がありますからね。)
(なるほど…権力者が考えそうなことだぜ。)
「あの…聖母様?」
「えと…そうですね。ラーナ様の導きではこの方角に何かの兆しありと出ましたので…」
何とかごまかそうとルフィミアはそれらしい嘘をついた…が、
「何かの兆し…もしや、あの砦の話を聞かれてここに?」
「とりで…ですか?」
「はい…この森の奥に古い砦があるのですが、
この間私の村の人間が森に入り近くまで寄ってみると、
中で得体の知れない物が動いていたと命からがらに逃げ出してきたのです。」
「得体の知れない物…」
「それ以来この森には誰も足を踏み入れては無いのです。」
「まさか…それが原因で狼達も森を追われ先程のように?」
「分かりませんが…あのように森の獣達が出てくるのはここ最近特に頻繁に…」
「嬢ちゃん、ここいらの人間も困ってみたいだしよ…行って見るか。」
「そうですね…このままでは獣達が村里を襲う可能性まででてきますから…」
そんなやり取りをする二人を老婆は再び不思議そうな表情で見つめていた。
「あの…聖母様。この御方は本当に神殿騎士様なのでしょうか?」
「えっ?」
「言葉遣いや雰囲気…それにこの方はどこかで見た気が…」
「別にカ!?」
「い、いや…俺はれっきとした神殿騎士の一人ですよ。」
言いかけたルフィミアの口を塞ぎカインがそう進言した。
「しかしあなた様はどう見ても…」
「俺は実力こそは申し分なかったんだけどその態度に問題ありと教会に言われてな、
今回こうして聖母様と一緒に旅することでその姿勢を学んで来いと言われたんだよ。」
「そうでしたか。聖母様から学ぶ事が多くて大変でしょうに。」
「そうですね…色々勉強になる事は間違いないな。」
「それでは私達はこれで…どうかお気を付けください。」
「あ、あぁ。あんた達も気を付けて帰れよ。」
何度もこちらを振り返ってはお辞儀をしながら老婆とその孫はその場を後にしたのだが…
「むぅ〜!はわしてくらさいよ!」
カインに口を塞がれていたルフィミアは苦しそうにうめいていた。
「おっ、そうだったな。」
その事に気がついたカインは手を離しルフィミアを自分の手から解放した。
「あぅ〜…苦しかった…ひどいですよ、カインさん。」
ルフィミアはそんなカインを恨めしそうな目でにらみつける。
「あのな嬢ちゃん…ありゃあ、嬢ちゃんの方に非があったぜ?」
「えっ…どう言う事ですか?」
「考えても見ろよ、ここいらの人間はこの森の事を恐れているんだぜ。
そこに追い討ちをかけるようにその砦を寝床としていた俺達の名前を出してみろよ、大変な事になるぜ?」
「あっ…」
「それにあのバァさん俺の事を見た事があるって言ってたが、
ありゃ多分町に出回った俺の手配書を見た事があるんだろうよ。」
「…で、でも…カインさんはもう盗賊から足を洗われた訳ですし…」
「そうかもしれないがよ…それを証明するものは何も無い。」
「うっ…」
「つまり俺はどこに行こうが変わりはしない…盗賊団の頭だった男って訳さ。」
カインのそんな言葉にルフィミアは押し黙ってしまった。
昔の自分…そして今の自分も同じ人間…
だが知れ渡った昔の名が今もカインを深く縛り付けていた。
盗賊団の頭…たとえそれが義賊として知れ渡っていたとしても、人々にとっては畏怖べき存在だから…
「でも…私は知っていますよ、本当のカインさんはとても優しい人だって言うことを。」
「嬢ちゃん…」
「だからいつか分かってもらえますよ。きっと…この大陸に住む全ての人達に。」
だが…ルフィミアはそんなカインの暗い雰囲気を吹き飛ばすぐらいの明るい笑顔でそう告げた。
「そうか…そうだといいな。」
「大丈夫ですよ、私が保証します。」
「聖母様のお墨付きか…頼もしいな。
よし、そんじゃ一つ良い行いでもしてくるかな。」
「良い行い?」
「困ってる住民の悩みを解決しに行くんだろ?」
「そうでしたね、それでは張り切っていきましょう。」
ルフィミアに励まされいつもの調子に戻ったカインを連れ二人は問題の森へと足を踏み入れた…
森の中は何やら異様な雰囲気に包まれていた。
「この森…確かに普通じゃないみたいですね。」
「そうだな…俺がいた時とは雰囲気が全く違いやがる。」
「ところでカインさん、話にあった砦はまだ先なんですか?」
「いや…もうそろそろ…っと見えたぜ、あれがそうだ。」
そう言いカインが指差した先には確かにそれらしき建物が目に入った。
二人は入り口までたどり着くと周囲を見渡してみたがそれらしい気配は無い。
「…ここで目撃された異形の物がロディって可能性…あると思いますか?」
「ありえねぇ話じゃないな…あの姿は知らない人間にとっちゃ化け物にだって見えるさ。」
「ロディだと…いいのにな…」
「だがよ…こんな所であの力を使われたらこんな森なんざ一瞬で荒野になっちまうぜ。」
「…何とか話を聞いてもらえるといいんだけどね…」
そんな一抹の不安を抱きながらも二人はゆっくりとその中へと入っていった。
砦に一歩踏み入れるとそこは更に異様な雰囲気に包まれていた。
「何なんだ…この纏わりつくような嫌な空気は?」
「これは…もしかしたら…」
『ヴォォォォッ!』
不意にそんなうめき声と共に巨大な獣のような物が姿を見せた。
「なっ!?そんな気配しなかったのによ。」
『ガァァッ!』
驚き戸惑うカインに対しそれをつかもうと奴は手を伸ばしてくる!
「くっ…よく分からんが、負けるわけには!!」
『ブォンッ!!』
向かってくる異形に対し一撃を叩き込んだはずだったが、それは奴の体を抜け空を斬った。
「なんだと!?」
『ヴォォッ!』
つんのめり体制を崩したカインの体をそれは確かにつかんだ。
「がはっ!…こりゃあ…一体どうなってやがる?
俺の攻撃は空ぶって…なんでこいつに俺を…」
「カインさん!今助けますから。」
「嬢ちゃん!無駄な事はやめろ、俺はいいからここから離れろ!」
そんなカインの叫びを無視するかのようにルフィミアは静かに詠唱に入った。
「天に眠りし浄化の炎よ…悪しき者を貫く槍となれ…ホーリー・ランス!」
『シュバッ!……ボゥン。』
ルフィミアの放った光の槍に貫かれた瞬間それは瞬く間に霧散した。
「消えた…?いや、やられたのか?」
「大丈夫ですか、カインさん。」
「あ、あぁ…嬢ちゃんのおかげでな。なぁ嬢ちゃん…今のは…」
「今のは私が使える呪文の中でも高位の呪文にあたる破邪の魔法です。
簡単に言ってしまえば光魔法の上位呪文にあたるんです。」
「そうじゃなくてよ…何で俺の槍は全くあたらなくて嬢ちゃんの呪文は…?」
「…カインさんの攻撃があたらなかったのには訳があります。
物理的な攻撃というのはこの世に存在している物にしかあたらないからですよ。」
「存在している物…?ってことは…」
「はい…あれは存在してはならない物…私達は『スピリット』と呼んでいます。」
「あれが…」
「そしてそれに呪文が効いた理由…と言うよりも彼等には魔法による攻撃しか通用しないのです。」
「それはどうしてなんだ?」
「彼等は存在してない物…そして魔法もまた『そこには存在していない物』を作り出す行為ですから同じ存在になるんです。
もっともどの呪文でも効果がある訳でもなく、彼等は光による浄化か闇に帰す事しかできません。
つまり光と闇の呪文…そして私が使った破邪の呪文以外は効果が無いんです。」
「それじゃあ…俺の攻撃は全くの無意味になっちまうのか…
くそっ!俺も呪文さえ使えれば…」
「方法が無い訳でも…カインさん、あなたの槍を少し貸していただけますか?」
「こいつをか?別に構わんが嬢ちゃんには…」
重すぎる…そう言おうと思ったが、すでに遅くルフィミアはそれを支えきれず段々と槍に押されていた。
「あ…あの…やっぱり持っていてください。」
「ふっ…そうした方がいいみたいだな。」
そんなルフィミアの行動に少し笑みを浮かべながらカインは再び自分の手に槍を戻した。
「…いきますよ。」
そう言いルフィミアがそっと槍に手を触れると槍その物が光を放ちだした。
「これは…」
「…天に眠りし浄化の炎よ…今ここに宿り邪を切り裂く刃となれ…ホーリー・ウェポン。」
同時に光が槍に吸い込まれたかと思うと槍全体が青白い光に包まれた。
「な…何なんだこれは…」
「今この槍に魔法効果を付属しました。これでカインさんの攻撃も彼等に当たるようになりましたけど…」
「けど…何なんだ?」
「あまり長くはもちません。今日一日が限度なんです…」
「一日か…普通ならどうって事は無いんだが…」
そう呟くカインの目の前には再び集まりだした無数のスピリットが蠢いていた。
「はい…今は先程の巨大な物がやられた為、警戒しているから何もしてこないのだと思いますけど…」
「この数は厄介だな…ここだけでこれだけの数だと全部あわしたらとんでもない数になるな。」
「そうですね…だからこの砦そのものを浄化しようと思います。」
「この砦をか…そんなこと出来るのか?」
「私だけの魔力ではとても…ですからこの砦に五芒星を敷きそれに私の魔力を上乗せします。」
「???…よく分からないが…つまりそれでこいつらが何とかなるって訳か。」
「はい…その為にはこの砦の五芒星の点の位置…つまり五箇所に魔力の柱を立てなければ…」
「安心しなって、こいつが奴らに通じるってんなら俺が嬢ちゃんには指一本触れさせねぇよ。」
「…頼りにしてますよ、カインさん。」
「あぁ…それじゃあ…行くぜっ!!」
「はい!」
ルフィミアはカインに守られながらも砦の中を駆け回り始めるのだった…
「おらおら〜!どきやがれっ!!」
カインの槍の一振りで一度に3体ものスピリットが無へと返った。
「カインさん、次はどっちの部屋になるんですか?」
「次は確か北側に置くんだよな…それならこっちだぜ!」
カインの道案内と突破力を頼りに二人は着々と事を進めていった。
南西、南東、北東、北西…その4ヶ所はすでに終了し、残るは真北の柱だけだった。
そしてその砦の真北に当たる部屋の前までたどり着いた。
「ここで…最後ですね。」
「あぁ…行くぞ!」
勢いよく扉を開け放ったカインだったが、中の様子に呆然としてしまった。
『ヴォォォ……アァァァ…ウゥゥゥ…』
部屋の中にはとんでもない数のスピリット達が蠢いていた。
「こ…こんなに…」
「奴等も勘付いたみたいだな…こっちのやろうとしている事に。」
『オォォォッ…ヴゥゥゥ!』
部屋に入ってきた二人に気がついたスピリット達が一斉に襲い掛かってくる!
「嬢ちゃんは早く柱を、こいつらは俺がひきつける!!」
「は…はい!」
カインがスピリット達に飛び掛り奴等をひきつけている隙にルフィミアは素早く部屋の中央へと走り詠唱をはじめた。
「森羅万象に宿りしマナ達よ…」
それと同時にルフィミアの周囲を青白い光達が包みはじめる。
「嬢ちゃんの方は始まったか…後はこいつらを!」
そんなルフィミアを横目に入れながらスピリットを蹴散らしてゆくカインだったが…
『ダォゥッ!!』
「なっ!?」
後ろからきたすさまじい衝撃がカインの体を襲う!
倒れ様に振り向いてみるとそこには先程通って来た通路からも無数のスピリット達が部屋の中へと侵入してきていた。
「くっ…数で攻めようってわけか…」
ふらつきながらも立ち上がるカインだったが、圧倒的なまでの数の差に次第に身動きすら取れなくなってゆく。
「こいつらっ…なめるなっ!!」
次第に自由を失ってゆく両手に力をこめ槍を振るうがそれは無駄な抵抗に終わってしまう。
「カインさ…きゃぁっ!」
『ォォォォッ…』
カインを封じたスピリット達は今度は本来の目標であったルフィミアの魔力の柱を叩き壊そうと襲い掛かる。
「くっ…嬢ちゃ…」
何とか体を動かそうとするカインだったが声を出すことすら困難になっていた。
(俺は…また失うのか……あいつのように…)
不意にカインの脳裏に過去の惨劇が蘇ってくる…
まったく歯が立たなかった自分…目の前に横たわるあいつ…そして広がる一面の赤…赤…赤!!!
「……るかよ…もう失う訳にはいかないんだよ!!」
『ドォゥッッ!!』
カインの中で何かが弾けたかと思うと、周囲を取り巻いていたスピリット達はたまらず吹き飛ばされる。
「消えろっ!疾空牙!!」
『ウォォォッ…』
それはただ槍を振るったようにしか見えなかったのだが、見えない刃がスピリット達を切り裂いてゆく。
「カインさん…私も…負けてられない。」
カインのおかげで体制を立て直したルフィミアは再び詠唱を続けだす。
「嬢ちゃんも無事か…これで…!?」
そう一息ついた瞬間、カインは巨大な何かに掴まれ身動きが取れなくなる。
振り返って見るとそこには互いの体を融合させた一匹の巨大なスピリットがいた。
「くっ…物量じゃ勝てないから…今度は力で攻めようってのか…単純なやつらだぜ。」
そんな皮肉を言い放つカインだったが、次第にその体をつかむ力は強さを増してゆく。
(ぐっ…このままじゃまずいな…だが…どうする事も…)
「……我の力となれ…マジック・ブースト!!」
カインがそんな事を考えた矢先ルフィミアの詠唱が終わり魔力の柱が上り立つと同時に、
その柱から2本の青白いラインが伸びてくる。
そしてそれはやがて全ての柱を繋ぎ、一つの五芒星を描く!
『ウオォォォッ!!』
それに気がつきカインをその場に投げ捨てながらもルフィミアへと向かうスピリットだったが…
「…天の炎に身を焼かれ…悪しき者よ…闇に還れ!セイント・フレア!!」
ルフィミアの詠唱のほうが早く砦全てを眩い光が包み込んだ。
眩い光の中…唯一聞こえたのはスピリット達の断末魔の悲鳴だけだった…
…しばらくしてようやく光が収まり元の世界に戻った時、どこか雰囲気が変わったような気がした。
「これは…本当にさっきまでいた所と同じ場所だって言うのか?」
「はい…今はこの砦全体を浄化した為に教会のような神聖な場所になっていますけど…」
「すげぇもんだな…あの砦がこんな事に…嬢ちゃんの魔力ってものは相当なもんだな。」
「私だけの力ではありませんよ、一時的に魔法陣の力を借りて魔力を高めただけで…」
「でもそれだって嬢ちゃんが作り出した訳だしよ、やっぱり嬢ちゃんの力って事になるんだよ。」
「あぅぅ…そ、そんなに誉めないでくださいよ…」
カインのそんな言葉にルフィミアは顔を真っ赤にし俯いてしまった。
「しかしボウズはここにはいなかった訳だが…どうする嬢ちゃん?」
「そうですね…もう日が暮れましたし、今夜はここに泊まりましょう。」
「ここにか!?だいじょうぶなのか?」
「はい、一時的ですがここは清められた空間になってますから…下手な魔物たちはここにこれないですから。」
「なるほどな…そんじゃあ今日はここにお世話になるとするか。」
こうして二人はその清められた砦で一夜を過ごす事にしたのだった……
適当な部屋を片付けそれぞれの部屋で休む事にした二人だったが、
ルフィミアは何だか眠りに付けず近くの池に涼みに行くことにした。
「あら…今夜は満月なんですね。」
池に写った満月を目にしそんな事を呟く。
そして池に手を伸ばした時、視界に入ったある物に気がついた。
それが気になり歩み寄ってみるとそこには思った通りの物が広がっていた。
「これが…あの原因だったんだ…」
ルフィミアが手にしたのはどこか神秘的な雰囲気をもつ一輪の花だった。
そう…目の前に広がっていたのはひっそりと広がる花畑…
何の変哲もない花畑…何も知らない人間にとってはだが…
その花を手にしたルフィミアはその事を告げにカインの元へと急ぐのだった…
砦へと戻る道すがら…
「あれ…あれってカインさんじゃあ…」
森の中をひっそりと歩くカインを見つけた。
カインはどこか暗い雰囲気で森の奥へと消えていった。
「…どうしたんだろう?」
そんなカインが気になったしもともとカインの所へ行く予定だったルフィミアは静かにその後をつけだした…
しばらくしてカインが辿り着いたのが開けた広場…そこの中心にひっそりとそびえる一本の小さな木の前だった。
「………」
その木の前に膝をつくと静かに黙祷をささげ始めた。
「カイン…さん?」
「!?」
いつもとは違う雰囲気につい漏れてしまった呟きにカインは驚き振り返るが、
声の主がルフィミアだと分かるといつもの表情に戻った。
「ご、ごめんなさい。何だかカインさんの様子がおかしくて…それで…」
「すまねぇ…心配かけちまったみたいだな。」
「そんな事は…でも…こんな所で何を…」
そう言いながらカインに歩み寄ったとき何をしようとしていたのかが分かった。
カインの目の前…木の幹元には小さなお墓が建てられていたのだった。
「あっ…その…わたし…」
「気にしなくてもいいさ…何も言わなかった俺が悪いんだしよ。」
知ってしまった事実にどうしていいか分からず戸惑うルフィミアにカインはそう声をかける。
「…誰の…お墓なんですか?」
「俺の…妹の墓だ…ただ一人の肉親のな…」
「妹さんの…カインさん妹さんがいたんですか?」
「あぁ…三年前に死んじまったがな…」
「病か何かにでも冒されたのですか?」
「いや…クローディアは…殺されたんだ…魔人に!」
「魔人…それって、私達が追いかけているあの…」
ルフィミアの言葉に静かにうなずくとカインはふつふつと語り始めた。
「俺達兄妹は俺が10の時に俺達を捨てたんだ…妹はまだ7つだった。
俺はその日から生きる為には何でもしたさ…盗みに暴行…スリなんかもやった…
それは全てまだ幼くクローディアの為だった…
クローディアは両親に捨てられた反動からか以前にも増して俺に懐いてくるようになった。
俺があいつを育てる為にどんな事をしているかも知る事もなく…な。
それから5年が経った頃には俺はその辺りの同類の人間を束ねるリーダー格になっていた。
そこから俺達の反抗はどんどんと大きいものになっていった…つまり…シルバー・ウルフの旗揚げしたんだ…
俺は普通に生活する事も選択できたはずなのにあの生活のほうをとってしまった…
理由は簡単だった、そのほうが楽に儲かることが分かっていたからだ。
確実に大きくなってゆく盗賊団だったんだが…それがあだとなってクローディアに知れる事になってしまった…
それから…あいつは毎日俺達のアジトへと足を運んでは決まってこう言った、
『もうこんな事はやめてよ…いつもの優しい兄さんに戻って』ってな…
だが…俺はその言葉を一度も聞かなかった…
楽を知ってしまった俺にその生活から抜ける事なんて考えられなかったからだ…
…そして…三年前のあの日もあいつは俺の所にきた。
その日は大きな仕事があり俺はあいつの顔をまともに見る事もなく追い返した。
しばらくして準備も整いアジトを出ようとした時、聞いた事のある悲鳴が耳に入った。
間違えるはずのないクローディアの声…
だが…俺が駆けつけた時にそこにあったのは…
自分のついた返り血を啜り喜んでいる魔人…
そして…赤い泉の中に横たわっていたクローディアだったんだ…」
カインは一つ一つを思い出すかのようにそう語った。
「もしかして…その場所が…」
「そう、ここだ。ここはあいつのお気に入りの場所だったからな…
何かあるたびにあいつはここに来ていたからな…」
「そう…だったんですか…」
「最近よく思うんだよ…何であの時、俺はあいつの言葉を聞いてやらなかったんだろうってな…
こうして普通に生活する事に…何で賛成してやれなかったんだろうって…」
「カインさん…」
「できねぇ事だって分かってるけどよ…一言でも…あいつに謝れたらって…そう思うんだ…」
そう歯がゆそうに呟くカインにどう声をかけていいか分からずぎゅっと手を握り締めたとき、
自分の手の中にあるそれの存在を思い出した。
「カインさん…少し…少しだけでいいのなら、クローディアさんに会う事が出来るかもしれません。」
「なっ!?なんだって!そんな事が…」
驚くカインの目の前に手に持っていたその花を突き出してみせる。
「この花の力を借りれば…少しの間ですけどクローディアさんと話ができます。」
「こんな花でか?この花のどこにそんな力が…」
「この花の名前は『鎮魂華』(ちんこんか)…死者への手向けとして使われている花です。
この花は死者の魂を呼び寄せるという不思議な香りを出すんです。」
「魂だって!?」
「はい…しかしその割合が多すぎると…余分な物まで招く事になり…多分今回の騒動の原因も…」
「その花だって言うのか。」
「はい…ですが正しい手順さえ踏めば危険な事は何もないんですよ。」
「それじゃあ…その花さえ集めてくればクローディアに…」
「はい…普通の日にはできない秘術ですが今夜はちょうど満月の日…
夜の魔力がもっとも高まる日でもありますから。」
「それで…まずどうしたらいいんだ?」
「カインさんは池のほとりからこの鎮魂華を採ってきて下さい。
量としては両手一杯になるぐらいは欲しいんです。」
「両手一杯…だな。」
「私はその間に儀式の準備をしていますから。」
「分かった、すぐ持ってくる!」
言うが早くカインは猛スピードでその場から離れていった。
「さて…それじゃ私の方も…」
そんなカインを見送りながらルフィミアもまた儀式の為の魔法陣を描き始めるのだった…
しばらくして息を切らせながらも両手に目一杯に鎮魂華を抱えたカインが戻ってきた。
「嬢ちゃん、これだけあったら足りるか?」
「えっと…はい、こんなにあれば十分ですよ。」
そう振り返るルフィミアの足元には再び魔法陣が描かれていた。
「これは…さっきのか?」
「いえ、さっき使ったのは魔力増幅の為のもので…
今度のは降霊術の為の魔法陣なんですよ。」
「……???」
ルフィミアの言葉にカインは何が何だか分からないという表情になってしまう。
「えっと…簡単に言えばこの魔法陣がないとクローディアさんには会えないんですよ。」
「なるほどな…」
ルフィミアの言葉にようやく合点がいったのか、安心した表情になった。
「それじゃあ…カインさん、鎮魂華を私の足元にちりばめてくれますか。」
「ここにか…適当な感じでいいんだろ?」
「はい、なるべく平均的にまいて貰えればいいんですけど…」
ルフィミアにそう言われカインはなるべく均等になるように丁寧にちりばめていった。
「…っと、こんな感じか。」
「はい、それで大丈夫です。後は私が…カインさんは少し離れてください。」
「あぁ…」
そう言われ魔法陣から2,3歩遠ざかる…
「では…これから降霊術を始めますね。」
「嬢ちゃん…その、降霊術ってのは何なんだ?」
「それは…この世界にもういない人の魂を私の体に降ろす事によりその人と会話をする事ができる術なんです。」
「降ろすって…つまり嬢ちゃんの体の中にクローディアの魂を…
そんな事して嬢ちゃんの体の方は大丈夫なのか?」
「はい…もっとも私はこの術を使うのは初めての事ですから、
ほんとかどうかは分からないけですけど…」
そう言いながらすまなそうにルフィミアは頭を下げる。
「おい!そんな危険かもしれない事をやろうってのか?」
「…大丈夫ですよ。これが私の大事な役なんですから。」
「だがよ嬢ちゃん…」
「いきますよ…妹さんの名前はクローディア=エルロンでいいのですよね?」
「あ…あぁ…」
それを聞いたルフィミアが詠唱に入ると足元の魔法陣が光始めた。
「我らが神ラーナに願う…現世より解き放たれたクローディア=エルロンの御霊を今ここに…」
『リンコーン…リリリリ』
瞬間、ちりばめられた鎮魂華がまるで小さな鐘のように鳴り響きだす。
「クローディアに願う…我が体を依り代とし…かの者カイン=エルロンの前に姿を見せよ…
汝を呼ぶ我の名は…聖母…ルフィミアなり!!」
『リン!!』
鎮魂華が一際強く鳴ったかと思うとそれらが瞬く間に霧散して光に溶け込む。
そしてその光達は一つに集まりルフィミアの体へと吸い込まれていくのだった……
「…じょ…嬢…ちゃん?」
何が起こったか見当もつかず、心配そうにルフィミアに歩み寄ったカインだったが…
「兄…さん。兄さんなの…?」
いつものルフィミアとは違った声でそう返事が返ってきた。
だがその声はカインにとっては聞きなれた声…
以前までは毎日聞いていた人の声…
「クローディア…クローディアなのか?」
「カイン兄さん…また…兄さんに会えるなんて…」
そこまで言いかけたクローディアだったがその先はカインによって阻まれた。
「よかった…お前にまた会えるなんて…本当に…」
カインが堪えきれずその体を強く抱きしめたからだ。
「うん…私もだよ。」
そしてクローディアもまたそんなカインを強く抱きしめるのだった。
「クローディア…俺は…お前に謝りたかった…」
「謝るって…何を?」
「お前の言葉に全く耳を貸さなかった事を…
俺のせいで…お前を死なせてしまった事を…」
「…兄さん…」
「それなのに俺は…お前を失ってからもそれをやめようともせず…
罪だけを重ねてきてしまった。」
今まで言いたくても言えなかったその言葉をぶつけるカイン…
そんな兄をクローディアは優しく微笑み、きゅっと抱きしめる。
「それなら…兄さんは私の分も生き続けて。」
「お前の…分も?」
「うん…それで私以上の人達を幸せにしてあげて。
それが兄さんに架せられた罰になるんだと…私は思うの。」
「…ふ…はははは。」
クローディアのそんな言葉につい笑いがこみ上げてしまう。
「兄さん…私は真面目に…」
「いや…そうじゃないんだ。ただ…お前もあいつと一緒の事を言うんだなってな。」
「あいつ…?」
「あぁ、俺にその事を気付かせてくれた…どうしてももう一度合わなきゃいけない男だ。」
「そう…その事に気付いているのなら私は兄さんを責める事なんて出来ないよ。
それが兄さんに分かって貰いたかった事だったから…」
「クローディア…」
「兄さん…もう一度…ぎゅっと抱きしめてくれますか?」
「あぁ…何度だって抱きしめてやるよ。」
そう言いもう一度その体を抱きしめる。
「…ありがとう…兄さん…私…兄さんの妹で…よかった……」
そんな呟きと共に夜空の満月は雲に隠れてしまいあたりは闇に包まれてしまい…
「……っ!カ、カインさん!なななな…何を…!?」
ルフィミアが正気を取り戻したのだった。
「その声は嬢ちゃんか。悪いな、今離すからよ。」
そう応えながらカインはルフィミアの体からゆっくりと離れた。
「えと…その…カ、カインさん…その…」
「あぁ…嬢ちゃんのおかげであいつにもう一度会えた…ありがとよ。」
「そうですか…それは良かったです。初めての術だったからちょっと自信なかったから…」
「いや…嬢ちゃんのおかげで俺も決心がついたぜ。」
「決心…ですか?」
「そう…今からそこに行く、嬢ちゃんも一緒に来て欲しいんだ。」
真剣なカインに気押されルフィミアは黙って俯くとカインの後についていくのだった…
カインに連れられやって来たのは先程の広場より少し離れた先にある洞窟だった。
「カ…カインさん、ここは?」
「以前俺が求め探したものをここに隠したんだ。
あの時は扱えなかったが…今なら。」
洞窟に備え付けられた蜀台に火をともしながらカインがそう答える。
「捜し求めたもの?」
「あぁ…魔人に対抗する為に手に入れたんだが…
あれは俺の手には負えるような代物じゃなかったんだ。」
「カインさんでも手におえない物…それは…」
そこまで言いかけた時洞窟の終わりがやってきてしまう。
「行き止まり…?カインさん本当にここなんですか?」
「そうだぜ…ちょっと下がってな。」
そう言われカインより少し離れるルフィミアを確認するとカインは目の前の岩をぐっと掴む。
「……はぁっ!!!」
そして瞬間的に力をこめ岩を押し出すとそれは地面に倒れこんでしまった。
「わわわ…い、今のは…」
「これは俺が仕掛けた封印だ。ここに誰も来れないようにするためのな…」
それだけ言うとカインは再び洞窟の奥へ向かい歩き始める。
ルフィミアはそんなカインの後を何も言わずについて行く事しか出来なかった…
しばらく進みルフィミアは何だか今までとは違う雰囲気に包まれていることに気が付いた。
「カ…カインさん…」
「あぁ…ここが終着点だ…そして…あれが俺の封印した槍…『竜槍クライブ』さ。」
カインが指差した先…そこには台座に縛り付けられた一本の槍があった。
「竜槍クライブ…それってラーナ神器の一つ…
でも、これはパーシルの地下に封印されていたはずなのに。」
「それを聞いて奪いに行ったのが2年前の事さ。
嬢ちゃんも知ってるはずだろ?」
「……!そう言えば…パーシル軍すらも歯が立たなかった盗賊団に襲われたって…」
「そう言う事さ、俺はこいつを何が何でも手に入れたかったからな。」
そう言いながらゆっくりとカインはクライブに近づいてゆく。
「あの時はこいつの言ってる事が分からなかった…だが…今なら!」
『ガッ!!』
カインはそれを縛り付けている鎖を取ろうともせずクライブを握り締めた。
するとクライブが蒼白い光を放ち始めカインを包みこんだ!
「ぐおっ!!」
「カインさん!!」
心配そうな表情でカインを見つめるルフィミアに笑顔で応え、クライブへと向き直る。
「クライブ…今度こそお前の力が必要になったんだ…その力…俺に貸しやがれ!」
(ふん…またお前か…懲りない奴だ。
以前あれだけ痛い目を見ておきながらまだ俺を欲するというのか。)
「そうだ…以前とは違う…俺はアイツに会う為に…
そしてボウズの思いに応える為にもお前の力が必要なんだ!」
(…何を言おうが無駄なのだ…お前には我を振るう資格などはないのだから。)
「…そうかもしれねぇな。」
(なに…?)
「確かに俺は真っ当な生き方なんかしてはな…だがな自分の信念を曲げたりはしない。」
(…ほう…)
「お前を振るう資格が何なのかは知らん…だが、俺にはお前の力が必要なんだ…
資格なんて関係ない…そんなもの勝手に決めやがれ…お前は黙って俺に振り回されてろっ!!」
『バキャァッ!!』
全身を襲う痛みもものともせず鎖から無理やりクライブを引き剥がしそれを振るう!
(なっ!?)
「いいか…てめぇが何をしようともしばらくは俺の武器なんだ。
嫌だってほざこうが俺には関係ないからな。」
そう言いながらクライブを振り回すカイン。
(…ふ…ふははは…気に入った!いいだろう、しばらくはお前に力を貸そう。
だが覚えておけお前が何をしようとも神器である我には勝つ事は出来ん。
誤った方向へと我を向けたとき、我がお前を葬り去ることになるのだからな…)
「へっ、上等だぜ…」
その瞬間クライブの光は収まり辺りは先程までの落ち着きを取り戻した。
「だ、大丈夫ですかカインさん。」
「あぁ問題はない。こいつも俺についてきてくれるらしいからな。」
「良かった…でも、無茶しすぎですよ!
下手な人間は神器に触るだけでも命を落とすかもしれないって言うのに…」
心底心配していたのかルフィミアの瞳には微かな涙が光っていた。
「…心配すんなって、俺は下手な人間なんかじゃないんだぜ。」
「そう言う事じゃなくて…」
「それによ…俺はまだあいつに礼を言ってないんだぜ?
あいつに会うまではこの命は死神でもとれはしないさ。」
「カインさん…」
「さっ、とっととこんな所出てミロワに戻ろうぜ。
もしかしたら他の奴等があいつを見つけてるかもしれないしよ。」
「…はい。」
竜槍クライブを手にし心新たにミロワへと戻る二人…
その先に待つ再会の悲劇を知る事もなく…