あの日…私は一つの嘘をついた…
「じゃあ…キス…して…」
いつもの私ではない口調としぐさ…
私であって私ではない自分を演じながら、
私は…そう呟いた…
男の子は少し戸惑いながらも私の肩をそっと握り、
静かに唇を当ててきた。
…たったそれだけのキス…
でも、あのときの私にはそれだけの事でも嬉しく
そして…悲しくもあった…
今キスをしてもらったのは私…
だけど彼がキスをした相手は私ではない…
私が演じた私なんだ…
彼はそんな私を心配してか優しく抱きしめてくれた。
「えっと…どう言って良いかわかんないけど…
俺は嬉しかったからね…」
私にとっても嬉しい事…だけどその後に続いた言葉は…
「…むつきちゃん。」
とても悲しかった…
だから私は逃げたんだ。
「もう…今日から会えないの…」
そんな言葉を残してあの思い出の海岸から…
雨が降りしきる中、私は走り続けた。
先程の出来事を忘れるかのように走り続けた…
(ごめんね…ごめんね…)
心の中でそんな言葉をひたすらに繰り返した。
彼に…そして、私が演じた私に…
とり返しがつかないって事は分かっている。
どんなに謝っても許される事はないって事も…
(ごめん…ね…)
私は家に辿りつくまでそう繰り返し呟いていた。
家に着くとお姉ちゃんがびっくりした顔で出迎えてくれた。
「わっ、びしょ濡れじゃないの。こんな雨の中…何やってたの?」
「う…うん…ちょっと…ね。」
「待ってて、すぐタオル持ってくるから…」
そう言いながらお姉ちゃんは洗面所からタオルを持ってきてくれた。
「もう…髪の毛もびっしょりね。」
そんなことを言いながら私の体をタオルで拭いてくれる。
そんな優しいお姉ちゃんが私は大好きで…嫌いだった…
今お姉ちゃんの顔は見たくはなかった。
出切る事なら今すぐにでもその場から逃げ出したかった。
だけど…冷え切った体は動こうとせず
その場に立ち尽くす事しかできなかった…
「すぐお風呂に入った方が良いよ。このままじゃ風邪引くよ。」
そんな私に優しく話しかけてくれるお姉ちゃん…
そんなお姉ちゃんに…私は…
(ごめんね…ごめん…ね…)
そう謝り続ける事しか出来ずにいた…
フェイク
あの人と出会ったのは幼い日の事…
この町に引っ越して間もない頃、
私は家に篭りがちなお姉ちゃんを外に連れ出そうとした。
町を歩いている内に私は海岸に出た。
…まだ冬だから波は冷たかったけど、
ここならお姉ちゃんも一緒に遊べる。
…そう思いながら家に帰った…
…翌日…
あの海岸にお姉ちゃんを連れていこうと出掛けようとした時、
お母さんがお姉ちゃんを呼びとめた。
お姉ちゃんはお母さんに買い物を頼まれてしまったので、
私は一人先に海岸に向かう事にした。
一人寂しく砂の山を盛り返したりして時間をつぶした。
しばらくしてお姉ちゃんが走りながらやってくるのが分かった。
だけど…お姉ちゃんは一人ではなかった…
お姉ちゃんの後ろには知らない男の子がついていた。
…それが…あの人との出会いだった…
始めは何だか生意気な男の子で、
私とお姉ちゃんの邪魔をする嫌な奴って感じだった。
それに…
知らない人間が私の前に立っていること…
それに、私以外の人にお姉ちゃんが笑いかけてる事が気に入らなかった。
「お姉ちゃん、これ誰?」
だから私は物凄く不機嫌な声でそう聞いた。
「なっ…誰がこれだよ!」
すると男の子はそれに腹を立てたのかそう返してきた。
「す、すみません健二さん。この子ちょっと人見知りするから…」
少しむっとした顔の男の子にお姉ちゃんがそうフォローする。
「こいつ、むつきちゃんの妹なんだよね?
…何だか顔は似てるのに性格全然似てないぞ。」
「妹は私と違って元気が良い子ですから。」
「…元気が良すぎるのも問題だね。」
そうやって二人で仲良くしている事に何だか腹が立ってきた。
「ほらっお姉ちゃん。そんな事より早く遊ぼうよ!」
だから大きな声でそう言いながら私は砂浜に座りこんだ。
「う…うん、そうだね。」
そうしたらお姉ちゃんも私の砂山作りを手伝い始めてくれた。
「………」
男の子はどうして良いか分からずにそこに立っているだけだった。
何かに勝ったみたいで気分が良かったけど
隣のお姉ちゃんは時々そいつの方を申し訳なさそうに見つめていた。
「…ほらっ、あんたも見てないで砂山作るの手伝いなさいよ。」
だから私はそう言ってあげたの。
そうしたらそいつも嬉しそうに砂を集め始めた。
お姉ちゃんも嬉しそうだった。
だから私も笑顔になれたんだと思う。
…いつのまにか私の胸のむかむかは無くなっていた…
結局、その日は目標であったトンネルを作る事は出来なかった。
太陽も沈んできたので私達は砂山を壊し帰る事にした。
「…こんな感じで良いよね。それじゃ、お姉ちゃん帰ろう。」
「うん、それじゃあ健二さん。私達はこれで…」
そう言いお姉ちゃんの手を引き帰ろうとした時、
「あっ、待ってよ。」
そう呼び止められてしまった。
「何よ?」
「どうせ途中まで一緒なんだし…一緒に帰ろうぜ。」
何かと思えばそんな事か…めんどくさいから無視しようとしたら…
「そうですね…どうせだからそうしましょうか。」
お姉ちゃんがそう答えていた。
「ちょっ…お姉ちゃん何でこいつと。」
「…こら、そんな事言ったら失礼よ。
それに私達この町よく知らないんだし…暗くなったら大変よ?」
「そんな事…私がいるから大丈夫に決まってるじゃない。」
「やめとけやめとけ、迷子になるのがオチだぞ。」
「そうよ、家に帰れなかったら大変よ。」
「…分かったわよ。」
お姉ちゃんにそう言われては言い返す事ができなかった。
そして私達は三人で夕暮れ時の海沿いを歩き始めた。
帰り道…私とお姉ちゃんが二人で話しているところに健二が割り入る。
そんな健二に私が怒鳴り散らしお姉ちゃんが仲裁する…
そんな会話の繰り返しだった。
何度もお姉ちゃんとの会話を邪魔され腹も立ったけど、
そんなやり取りもいつのまにか楽しいと感じるようになっていた…
次の日…私は再びお姉ちゃんを連れて海岸に行った。
「またあそこに行くの?」
「そうよ、今度こそトンネル作ってやるんだから。」
そう意気込みながら家を飛び出した。
…心の奥底ではまたあいつに会えるかも…そう思っていた。
だけど、そこにあいつはいなかった。
「それじゃあ、お姉ちゃんも手伝ってよね。」
仕方ないのでお姉ちゃんと二人で砂の山を作っていると…
「よっ、またここにいたのか?」
そう笑いながらあいつがやって来た。
「あっ…また来た。」
少し嬉しかったけどそれを悟られまいと昨日と同じ口調でそう言う。
「うるさいな、別にいいだろうが。」
そう言いお姉ちゃんの方に向き直る時、
健二の足元にサッカーボールがある事に気がついた。
「へへへっ…いい事思いついた。」
思い立ち私は距離を置き狙いをつける。
「私は…こんな事ができるんだぞ。」
そう呟きながら加速をつけ健二の足元のボールにスライディングする。
どう…どうだ健二!お姉ちゃんはこんな事できないんだよ?
これで私の事少しは見直した?
そう言おうとした私の目に飛び込んできた光景…それは…
「じっとしてて下さいね。」
「う…うん。」
私が怪我をした時にお母さんがしてくれるように、
健二の傷口を舐めて消毒してるお姉ちゃんだった。
それを目の当りにした時…
胸がちくりと痛むのを感じた……
その日は結局そのまま帰る事にした。
健二が怪我をしたという事もあるけど、
それ以上に何だか気まずい雰囲気が漂っていたからだ。
帰る道すがら私は一言も話すことが出来なかった。
自分がその原因という責任も感じてはいたが、
それ以上に先程の胸の痛みが収まらなかったからだ。
結局、私達は家に着くその瞬間まで一言も話さなかった。
家に帰ってから夕ご飯を食べ終わり部屋でごろごろしてた時、
何だか良い匂いが漂って来た。
「この匂い…お姉ちゃんかな?」
そう思い階段を駆け下りて台所に行くと、
エプロンを付けたお姉ちゃんが何かを作っていた。
「お姉ちゃん、お菓子作ってるの?」
「うん、そうだよ。」
お姉ちゃんはそう言いながらオーブンから
今焼きあがったクッキーを取り出した。
「わぁ、クッキーだ。私も食べていい?」
「食べたかったら食べてもいいよ。」
お姉ちゃんにそう許可を得てからクッキーに手を伸ばす。
そしてまだ熱いクッキーを口に運ぼうとした時覚えのある匂いが…
「お姉ちゃん…これ…もしかしてレーズン…?」
「そうよ、食べないの?」
「…酷いよ、私がレーズン嫌いなの知ってるくせに。」
「うん、知ってるよ。だってこれ健二さんにあげる物だもん。」
「えっ…」
「今日あなたが迷惑をかけたお詫びなんだからね。」
「…うっ…ごめんなさい…」
「分かったら今度から気を付けるんだよ。」
「…分かった…」
それだけ言い私はその場から離れてしまった。
お姉ちゃんに怒られるのが嫌だったし、
何よりあの胸の痛みがより一層強くなったからだった…
そして私達はまたあの海岸に向かっていた。
今度はトンネルを作りに行ったんじゃなくて、
健二に会ってクッキーを渡す事が目的だったけど…
海岸に歩く道中お姉ちゃんは大事そうにクッキーの包みを抱えていた。
そんな嬉しそうなお姉ちゃんを横目で見るたび胸が痛むのを感じた。
私達が海岸についてから暫くして健二が顔を見せた。
「あれ?今日はトンネル作らないのか?」
「うん、今日は健二さんを待ってましたから。」
「そっか…それじゃあ何か別の事して遊ぼうよ。」
「そうですね。…その前に…これ昨日のお詫びです。」
そう言いながらおずおずと健二にクッキーの包みを渡した。
…止めたかった…
だけど私はお姉ちゃんの後ろから全く動く事が出来なかった。
それを止めて健二に嫌われたくなかったから…動けなかった。
「うん…美味しいよ。あっ、そうだ。」
お姉ちゃんが焼いたレーズンクッキーを食べながら、
健二が何やら自分のポケットを探っているのが分かった。
「はい、むつきちゃん。これ…昨日のお礼。」
健二はひどく照れながらお姉ちゃんに何かを手渡した。
「…開けて見てもいいですか?」
そう尋ねると健二がうつむいたので包みを開けてみると…
それは真っ赤な一本のリボンだった。
「わぁ、ありがとう健二さん。」
「い、いや…これぐらいどうってこと…」
何だか嬉しそうにしている二人…
「わっ、私もリボン欲しい!」
私は気がつけばそう叫んでいた。
別にリボンが欲しかったわけじゃない。
ただ…健二から何かを貰っているお姉ちゃんが羨ましかった。
「ダメだ。これはむつきちゃんにあげたんだからな。」
そう言い健二はお姉ちゃんにリボンを結んであげていた。
…この時…私は初めてお姉ちゃんが嫌いになった…
初めて会ってから私達は毎日の様に一緒に遊んだ。
私と健二と…そして、お姉ちゃんと。
待ち合わせはいつも海岸だった。
どっちも家からちょっと離れていたけど、
何故かいつも待ち合わせ場所は海岸になっていたのだった。
その日は少し肌に当たる風が寒く、
砂山を作る手もあまり思うようには進まなかった。
「うぅ…何だか、かなり寒いね。」
「そうだね…やっぱり季節的に海ってのは寒いのかもね。」
「そんな事無いわよ。さっ、早く砂を集めてよ。」
震える手を押さえながら砂を集める。
だけどやっぱり思うように手が動かない。
「ねぇ…今日は何か他の事をしようよ。」
「そうだな…あっ、そうだ家に去年の花火があるんだけど…
今夜ここで花火しない?」
「えっ、花火!するする、花火やりた〜い。」
私はそう言いながら立ちあがった。
花火自体が好きだったし、健二と一緒にやりたかったから…
でも、お姉ちゃんは何だか乗り気じゃなかった。
そのせいか健二も何だか気落ちしているみたいだった。
「ねっ、お姉ちゃんも花火一緒にするよね。」
だから私はお姉ちゃんをそうはやし立てた。
そう言えばお姉ちゃんが絶対に断れないって知ってたから…
お姉ちゃんがいないと健二も笑ってくれないから…
だから私は…ホントは嫌だったけどお姉ちゃんにそう言ったのだ。
「…分かったよ、それじゃあ花火…しようか。」
そうしたらお姉ちゃんはそう言いながら了承してくれた。
そんなお姉ちゃんを見て健二も笑顔になった。
これでよかったんだ…これで…
夜…私達は海岸に集まった。
子供だけで花火をするのは危ないって言われてるけど、
海でやるんだし火事にはならないだろうと思い家族には内緒だった。
「健二、早く花火ちょうだいよ。」
「あせんなって。ほら、まずこれからやろうぜ。」
そう言いながら健二が取り出したのは放置するタイプの花火だった。
「これからやるの?これ…どんな花火なの?」
「これは火花がしゅわーって広がるやつだよ。」
「うぅ〜楽しみ。早く点けてよ。」
私がそう急かすと健二はライターを取り出し花火に火をつけた。
…だけど導火線に火がつくだけで花火は全く上がってこなかった。
「あれ…おかしいな?しけってんかな。」
そう言いながら何度も火を近づけるが一考につかない。
「うぅ〜ん…やっぱり去年のだからな〜。」
「もぉっ貸して!私がつける。」
そう言い健二の手からライターを奪い懸命に火を近づける。
どうしても花火が見たかった…
健二と一緒に花火が見たい。
そう思いを込めながら必死にライターを擦り続けた。
「お願い…ついてよ…お願いだからっ。」
もう何度目か分からない挑戦。
もう諦めようとライターを離そうとした時…
『パチ…パチチ…シュワワワー…』
そんな音を立てながら上がった花火…
「上がった…健二、花火キレイだよ。」
これで一緒に見れる健二と一緒に。
そう思いながら振り返ると健二はお姉ちゃんと線香花火を眺めていた。
「けん…じ…」
私の後ろで音を立てる花火…健二と見ようと思った花火…
「はな…び、キレイ…だよ。」
……きちゃん…むつきちゃん。」
「えっ…あっ、先輩…」
ふと我に返ると目の前に健二先輩の心配そうな顔があった。
「どうかしたの?ぼぉーとしてたみたいだけど…」
「えっ…い、いえ…何でもないんですよ。」
「そう?それじゃあ、はいこれ。」
そう言いながら先輩が私にクレープをくれた。
「たしか…レーズン好きだったよね。
ちょっと記憶に自信が無かったんだけど…」
「い…いえ、あってますよ。」
そう言いながら先輩から貰ったクレープをみつめる…
そう…私が演じてる私が好きな物だから先輩は覚えてくれてた。
私が演じる『進藤 むつき』の好きな物だから…
「これからどうする?何処か行きたい所とかある?」
「いえ…健二先輩の行きたい場所でいいですよ。」
「それじゃあ、公園にでも行こうか。」
「はい。」
そう言いながら私は健二先輩と肩を並べながら歩く…
精一杯、進藤むつきを演じながら…
私がついた二つの嘘…
幼いあの日と、先輩に再会したあの日の嘘…
いつかその嘘もばれる日が来る…
その時まで…私は『進藤 むつき』でいていいですよね。
そしてその時…私は…あなたの側にいてもいいんでしょうか?
「んっ?どうしたの、むつきちゃん。」
「い、いいえ…ちょっと考え事を…」
「何か悩み事なら相談に乗るよ。」
そう笑顔で言ってくれる健二先輩…
そんな優しい先輩が好きだから…
もう少しだけ…あなたの側にいさせてくださいね。
〜 to be continued by mizuiro 〜