「お兄ちゃん、起きてる?もう朝だよ。」
気だるい日曜の朝いつもの様に妹の優しい声が聞こえる…
「う…あ、あぁ起きてるよ。」
「そう?それじゃあ朝ご飯できてるから早く下りてきてね。」
「あぁ、着替えたらすぐ行くよ。」
「うん、待ってるね。」
そう言うと雪希の足音は段々と遠ざかっていき聞こえなくなった。
日曜の朝といえば午後まで寝続けているのが当たり前なのだが、
雪希が優しく起こしに来ると条件反射でつい起き上がってしまう。
もっとも…最近は日がな一日雪希と一緒に過ごしたい為なのだが…
「おっと、あんまり雪希を待たせるのは良くないな。」
そう思い立つと素早く布団から抜けだしパジャマを脱ぎ捨てる!
その後寒さを感じ出す前に素早く普段着に着替える!!
「ふふ…着替え終了までジャスト5秒…完璧だな。」
そんな自分に少し酔いしれてしまう。
…だが何だか妙にむなしくなりさっさと下におりる事にした。
「…おっ?」
階段の途中でいつもの雪希の味噌汁の香りがした。
朝…
目が覚めれば妹の優しい声…
そして温かいご飯とこの味噌汁の匂い…
変わらない日常…だけど雪希と一緒に過ごす毎日…
俺はたまらなくその日常が好きで、雪希とずっと一緒に過ごしたい。
そう…変わらない毎日を…
変わらない…毎日…
しかしリビングの扉を開けるとそこは…
いつもの変わらない毎日ではなかった。
「あっ、おはようお兄ちゃん。」
リビングの扉を開けるといつもと変わらない雪の声…
だがその雪希はいつもの雪希ではなかった。
「…雪希?その格好は…?」
「その格好って…ただのメイド服だよ?」
そう…何故か雪希はメイド服を着ていたのだ。
しかも……
「遅いわよ健二!さっさっと起きなさいよね。」
「あ、健ちゃん。おはよ〜。」
「あ…あの…おじゃま…してます。」
「健二先輩!私もいるんですよ。」
何故かそこには清香・日和・麻美先輩・そして進藤までがそこにいた。
「……これは…何なんだ?」
いつもと変わらないはずの朝…
だが目を覚ませばそこには何故かメイド服を着た5人…
これは…何?夢の続きなのか?
軽く頬をつねってみるが…痛い。
取り敢えず夢ではないらしい。
だとするとこれは一体…?
「お兄ちゃん?ご飯、冷めちゃうよ?」
「そうだよ〜。せっかく皆で一緒に作ったんだから〜。」
「日和はお皿並べてただけでしょうが。」
「だって〜清香ちゃんが台所に〜いれてくれないんだもん。」
「当たり前よ。あんたを台所に立たせるのは危険すぎるわ。」
「う〜う〜う〜。」
「さぁ、健二先輩。私の隣の席にどうぞ。
どうせなら私と一緒の席でも構いませんよ。」
「お、お兄ちゃんは私の隣に座るの!」
「いいじゃないの雪希ちゃん。今日ぐらい健二先輩貸してよ〜。
雪希ちゃんは毎日健二先輩と一緒にいるんだから。」
「そ…それとこれとは話しが別だもん。」
「あ…あの…ご飯…冷めてしまいます…」
自分の思い思いに喋り出す少女達…
どうなっているのか今の状況が全く分らない。
ただ一つ言える事…それは…
今日はいつもとは全く違う1日になる。
そんな確信だった……
雪希ちゃん○6才〜メイド編〜
「はい、お兄ちゃん。」
「あ…あぁ…」
そんな気のない返事をしながら雪希からお茶碗を受け取る。
…だが何度目を凝らしてもそこにいるのはメイド服の雪希だった。
「?私の顔に何かついてる?」
「い…いや…そうじゃないが…」
「そう?それならいいんだけど…」
なんだか目のやり場に困り一心不乱に目の前の朝飯を食べ続ける。
その間回りのメイド達を視界に入れないように…
5分後…朝飯を食べ終え一息ついた時、
兼ねてからの疑問を全員にぶつけることにした。
「…それで…何でお前達がメイド服を着てここにいるんだ?」
俺のその質問を待っていたかのように全員が顔を見合わせる。
「それは…私が教えるよ。」
そして雪希がその理由とやらを切実に語り出した。
「あのね…この前ね…お兄ちゃんの部屋を掃除してたらね…
こんな物がベットの下から出てきたの…」
そう言いながら雪希が出したもの…それは…
『エリコメイドになる〜ご主人様はお兄ちゃん〜』
と書かれメイド服を着た女の人が写っている写真集だった。
「ぐぁっ!そ、それは…」
そう…その本はホンの1週間前に悪友の南山から借りた本だった。
借りたその日はそのまま寝てしまい、
翌日帰って来たら見当たらなかったからおかしいと思ったのだが…
まさか雪希が持っていたなんて…俺って何て運が悪いんだろう…
「そ…それでね…お兄ちゃん、こんな服が好きなのかなって思って…
でも私は持ってないから皆に相談したら…」
「…私の…お母さんの…知り合いから借りたんです…」
雪希の言葉に合わせるかのように麻美先輩がそう言った。
「そうなの…麻美先輩の知り合いの人で服飾デザイナーの人がいて…
この服を無理言って貸してもらったの。」
「…そ…そうか。それで何で清香達まで一緒になってるんだ?」
「その時に皆で集まって相談してたら…皆も着てみたいってなって…」
「今日は日曜日なんで健二をびっくりさせてやろうって思ったのよ。」
「あ…あぁ…確かに驚いたが…」
もう一度改めて全員の格好を見てみる。
いつもの朝に似つかわしくない異様な光景…
それが今の正直な気持ちだった。
「あ…あの…お兄ちゃん。ゴメンね、勝手にこんなことして…」
「えぁっ…そんな事は無いって、良く似合ってるぞ雪希。」
「えっ?…そ、そうかな…」
そう言いながら雪希は顔を真っ赤にしながらうつむいてしまった。
メイド服で顔を紅くしながらてれる雪希…
…いかん!萌えるではないか!
確かに状況だけを見ればメイド服の女の子達が5人もいる…
これは、中々に美味しい状況なのでは!
「ね〜けんちゃん。わたしはどうかな?」
「健二先輩!私は?かわいい?燃える?それとも萌える?」
「ちょっと、私を無視するなんていい度胸じゃないの!」
「あ…あの…私は…似あって…ますか?」
雪希を褒めた途端そう問い詰めてくる4人。
「あ…あのな…」
「どうなんですか、先輩。」
「どうなのよ健二!」
「どうかな?けんちゃん?」
「健二さん…どうですか?」
…前言撤回…やっぱりいつもの日常の方が良い…
俺は心からそう思った…
朝飯を食い終えて何だかあの場に居つづける事は気まずく、
俺は逃げる様にして自分の部屋に戻った。
「ふぅ…嬉しさ半分、戸惑い半分って感じだな…」
ベットに寝転がりながら取り敢えず今までの事を整理してみた。
(雪希が俺の部屋であの本を見つけちまったから今回の事件が起きた。
雪希は俺がメイド好きだと勘違いしちまってるんだよな…
確かに嫌いじゃない。むしろ好きな部類に入る方だ。
だけど…あの状況はな…ちょっと勘弁して欲しいぞ…)
五人の見知った顔のメイド姿…
そして涙目交じりでにじり寄ってくるところ…
(あんな風にされたらまるで俺が悪い事したみたいじゃないか…)
まぁ実際の所自分の本が見つかりさえしなければ、
こんな事にはならなかただろうが…
コン…コン…
そんな事を考えていると不意に部屋のドアをノックする音がした。
「…開いてるから入って来ていいぞ。」
健二がそう言うや否や勢い良く扉が開いた。
「健二せんぱ〜い!お部屋の掃除にやって来ましたよ〜!」
「チェンジ。」
「ひ、ひどいじゃないですか。まだ何もしてないのにチェンジなんて。
私は愛しの健二先輩の為に一生懸命掃除しに来って言うのに。」
「その気持ちはありがたく受け取っておこう。だがな、
お前が掃除したんじゃ何が起こるか分からないからチェンジだ。」
「そ、そんな…何も考えてませんってば。
健二先輩の制服を探して頬擦りしてみたり、
健二先輩のベットに寝てみて先輩の温もりを探してみたり、
机の中を荒らし記念になる物を探してみたり
はたまた先輩愛用のH本を探し先輩の好みを研究しようなんて…
そんな事は微塵たりとも考えていませんってば。」
「ほほぅ…そんな事をたくらんでいやがったのか…」
そう言うと右手をいつものポイントにゆらりと振り上げる…
「えっ?あ…あの、そんな事は本当に考えてなくて…そのですね…
そ、そう!本当に普通に掃除をしに来ただけでその…あと…」
進藤がいつもの気配を感じたか少しずつ後ろに下がっていく。
「進藤…お前今日1日は俺のメイドなんだよな?」
「えっ?は、はい。そうですよ。
私は身も心も健二先輩のメイドですよ。」
「そうか…メイドってのはなペットなんかと一緒でな、
ちゃ〜んとご主人様がしつけてあげなくちゃいけないんだぞ。」
「そ…そうでした…かね?」
「俺だってあまり人を叱りたくは無いんだが…
やはりここは心を鬼にして叱らなければいけないと思うんだ。」
「い、いや…健二先輩がお嫌なら無理はしなくても…」
「いやいや…でもしつけはしつけだしな。」
「………わ、私用事を思い出し…」
「逃がすか!でぁっ!」
「うぎょご!」
逃げようとした進藤の首に俺の手刀がいい角度で決まった。
「ピク…ピク…ピク…」
進藤は相変わらずいつものリアクションで体を痙攣させていた。
「ふむ…メイド服を着ていてもやはり進藤は進藤か…」
そんな所につい感心してしまう。
しかしいつ間でも進藤をそのままにしておくと邪魔なので外に出した。
廊下に一人うずくまり痙攣してる少女…
何だか嫌な構図だったので少し考え進藤を椅子に座らせて見た。
「…う〜む…これなら椅子で休んでいる様に何とか見えるかな。」
椅子に座り白目を向きながら痙攣している姿は
どう見ても休んでいる様には見えなかったが自分の中でそう納得し、
進藤はそのまま放置しておくことにした。
「まっ、いつか目を覚ますだろう。」
こうして一人廊下に取り残された進藤…
その姿は哀れとしか言いようが無かった…
数分後…
「わっわっわっ…し、進藤さんが死んでるよ〜。」
そんなへっぽこな声と共に日和が部屋に入って来た。
「け、健ちゃん。進藤さんが死んでる〜。」
進藤…お前はどうやら日和に言わせると死んでるらしいな…
いと哀れだぞ、進藤…
「健ちゃん。私の話聞いてるの〜?」
「何度も言わんでもわかっとるわ!
安心しろあれは死んでるんじゃない、ただ休んでるだけだ。」
「えっ?だ…だって〜、白目向いてぴくぴくってしてるんだよ。」
「あほか。死んだ人間が動くわけ無いだろう。
動いてるってことは生きている証拠だろうが。」
「そ…そう言えば…そうだね。な〜んだびっくりしちゃったよ。」
そう言うと日和の表情が驚きから安心へと変わった。
まったく…感情表現が単純な奴だぜ。
「それで…何と無くここに来た理由は分かっているが…何しに来た。」
「え、えっとね…わたしね…」
「おっと。ただし2文字以内で簡潔にまとめろよ。」
「2文字以内?…えと…そう…違うな〜…
わた…う〜う〜う〜…。」
日和は本気で頭を抱え込み考え込んでしまった。
気付けよ…どう考えても2文字じゃ言葉にならないだろうが。
…しかしそんな事に気付くわけも無く日和はずっと悩み続けている。
「…もういい。とっとと用件を言え。」
「…2文字じゃなくてもいいの?」
「特別に許可してやろう。」
「わぁ〜、健ちゃん優しい〜。」
さっきまでうんうん唸ってたポンコツは再び笑顔に戻った。
「それで…何をしに来たんだよ?」
「あのね…私ね健ちゃんの部屋を…」
「却下!」
「うぅ〜…まだ最後まで言ってないよ〜。」
「言わんでも分かるわ!
どうせ俺の部屋の掃除に来たとか言うんだろうが!」
「わぁ〜…健ちゃん、何で分かったの?」
「お前の行動は分かり易く単純だからな。」
「それじゃあ、わたしは掃除するから…」
「それは却下だって言っただろうが!」
「えっ…えぇぇ〜!」
「いちいち驚くんじゃない!」
「だ…だって…お掃除しちゃいけないって…」
「誰が良いと言った!俺はそんな許可は出してないだろうが。」
「で…でも…わたし…健ちゃんの部屋の掃除をしてあげたくて…」
「大体な、お前に掃除してもらうこと事態がそもそもの間違いだ!
お前に掃除なんかさせたら掃除する前より散かるのがオチだ!」
「そ…そんな事は…ないもん。…多分…」
「それにな人より数倍もポンコツなお前に掃除させたら、
終わるのがいつになるか分からん。」
「わ…わたしポンコツじゃないよ〜。」
「ほう…言い切りやがったな。それじゃあその証拠を見せてみろよ。」
「しょ、証拠?」
「そうだな…なまむぎ・なまごめ・なまたまご。
これを早口で言ってみろ。」
「それを言えば…掃除、させてくれる?」
「言えればな。」
「よ…よし…な、なまむみ、なまもめ、ななななもぉ〜っ。」
「わはははは!やはりそうなったか。さすが日本が誇るポンコツだな。」
「そ、そんな事無いもん。なむむみ、なまもめ、ななななもぉ〜っ。」
「やめておけ日和。お前の性能ではそんな高度な早口は言えん。」
「う〜う〜……」
「どうした?もう1回チャレンジするのか?」
「健ちゃん…もしかして私…遊ばれてる?」
「…まぁな。」
「ぐよぐよぐよぐよ〜。」
俺の部屋でぐよぐよ泣いてる日和を置き去りにし、
誰か他の人間に会おうとリビングに下りてみた。
「あれ、健二。日和はどうしたのよ?」
だが意外な事にそこにいたのは清香一人だった。
「いや…あんまりにやかましいんで部屋に置き去りにしてきた。」
「あんた…実は日和の事嫌いなの?」
「別にそう言うわけじゃないが…」
「なら何でそんなかわいそうな事させるのよ。」
「あいつに部屋をいじられるより数倍いましだ。」
「…なるほどね…何と無く分かるわ。」
俺のそんな言葉には清香も深く納得した。
「ところで清香?進藤と日和は置いといて…
雪希と麻美先輩は何処に行ったんだ?」
「雪希ちゃんは買い物。先輩は庭掃除をしてるわ。」
俺の問い掛けに清香はあっさりと答えた。
「か、買い物って…メイド服で?」
「どうだったかな…そのまま行ったような気もするけど…」
いつものスーパーにメイド服で買い物に…?
………どう考えても場違い過ぎるぞ。
いや待てよ…
そもそも雪希はあれで結構商店街の人に人気があるからな…
そんな中メイド服で買い物に行ったりしたら…
「あら雪希…ちゃん?ど、どうしたのそんな格好で…?」
「あっ、これですか?お兄ちゃんが私に似合うよって…」
「そ…そう。お兄さんの趣味なのね…」
…何て事になりかねん。
まずい、まず過ぎるじゃないか!
そんな事をされては俺は明日から商店街を歩けなくなるぞ!
それどころかそんな噂が広まれば…
「…おい聞いたか?片瀬のやろう、
自分の妹にメイド服着せて遊んでるらしいぞ?」
「あぁ、俺も聞いたよ。俺の母さんが商店街で見たんだとよ。」
「やぁ〜ね。自分の妹にそんな事して何考えてるのかしらね。」
「本当…兄として最低よね。」
何て事になって学校にも居場所が無くなっちまう!
「お、俺!雪希を止めてくる!」
清香にそう言いリビングを出ようとしたとき…
「何あんた?さっきの話マジにうけとったの?」
「えっ…?」
清香にそんな事を言われふと踏みとどまる。
「少し考えたら分かるじゃないの。
雪希ちゃんがそんな事する子じゃないぐらい。」
「…確かにな…って、清香!だましたのかよ!」
「な〜に言ってるのよ。私は分からないって言っただけで、
メイド服を着て買い物に行ったなんて言ってないわよ!」
「ぐっ…ああ言えばこう言う奴だぜ。」
「あんたには負けるけどね。」
ぐぐぐ…こいつに言われると何だか無性に腹が立ってくるぜ。
何か…何かこいつを打ち負かせるようなネタは…
そう思い辺りの状況を観察した結果あるものを発見した。
「ふ〜んなるほどねぇ〜…」
「な…なに…なに人の事じろじろ見てんのよ。」
「いや…メイド服を着てもやっぱりお前は胸がないんだな。」
「なっ、なんですってぇ〜!」
「やっぱりメイド服は胸が無い奴が着るもんじゃないな。」
「きぃ〜!言わせておけば!」
「おこちゃま清香にはそんな大人の服は似合わないよな!」
「お、おのれ〜!健二、生きてこの部屋を出て行けると思うなよ!」
おおっと…そろそろ清香が怒り狂ってくる頃だな…
となると…ここらが引き時…
「そんじゃな、今度会う時までにもう少し胸を大きくしておけよ!」
「○×%*¥□△!」
そんな言葉にならない清香の叫び声を後にしながら、
俺はリビングを後にしたのだった……
清香の追撃を振り切るためひとまず家の外に逃げることにした。
物音を立てぬように玄関から外に出ると…
「あっ…健二さん…どうかしたのですか?」
そこには箒を持ったメイド姿の麻美先輩がいた。
「…まさに、玄関開けたら五秒でメイドとはこの事か…」
「?…なんの事ですか。」
「いや…こっちの事だから…」
「そうですか…それなら良く分らなかったで賞進呈です。」
そう言いながら先輩は白い封筒を差し出してきた。
「…先輩、それキャラ違う…」
「大丈夫…です。私のはお餅券ですから。」
「そんなのあるの?何処いったら交換してもらえるんですか?」
「さぁ…分りません。」
「わ…分りませんって…」
「その券は…私の手作りですから…」
「そ、そうか…手作りなんだ…」
そんな乾いた笑顔を浮かべながらもせっかく先輩がくれたので、
お餅券をポケットにしまい込んだところで
ふと疑問に思った事があった。
「ところで先輩。こんな所で何をしているんですか?」
「えっ…何をと言われましても…掃除です。」
…ただ今気温2度…季節は寒さが本番を迎えようとしている初冬…
そんな寒空の下、わりと薄手な仕事用に作られたメイド服…
「…先輩…寒くないの?」
「…寒いです。」
先輩は両手を擦りながらそう答えてくれた。
…そりゃあそうだろう。
どう考えてもこんな寒い中膝上までしかないスカート、
おまけに半袖のシャツなのだから寒いのは当然だろう。
「あ…あのさ、先輩何でそんなにさむい思いしてまで掃除を?」
「本で…読みましたから…」
「本で?」
「はい…メイドさんは主人の身の回りの世話はもちろん…
家事…洗濯…掃除の全てをこなすお手伝いさんだって…」
…間違ってはないだろうが…その知識は…
「先輩…どんな本で勉強したの?」
「この本です…」
そう言って先輩が見せてくれて本は今少年誌で人気を呼んでいる
メイド漫画の単行本だった。
「…先輩…漫画と現実は違うものなんだから、
そんな無理してまで仕事しなくていいものなんだよ。」
「そう…なのですか?」
「そうだよ。俺は先輩がそんなに無理に掃除してくれなくても、
先輩のメイド姿を見れただけでも満足してるんだからさ。」
「け…健二さん…」
言った後で気が付いた。
…俺は…とてつもなく恥ずかしい事を真顔で言ってしまった。
そんな俺の言葉を真に受けてか先輩の顔がどんどん赤くなってゆく。
そ…そんな顔をしないでくれ麻美先輩!
そんな顔をされると…萌える!…いや、そうじゃなくて…
「あれ、お兄ちゃんに麻美先輩。何してるの?」
「うわわ!」
フォローしよう困っていると買い物袋を下げた雪希が声を掛けてきた。
「なににそんなに驚いてるの?」
そう問い掛けて来る雪希は普段通りの格好をしていてほっと一息。
「い…いや、こんなに寒いのにこの服を着て先輩が庭掃除してるから
少し心配して…ね、先輩?」
「は…はい…心配されてました…」
「そうなんだ?先輩、その格好だと寒いですから
庭掃除はここまでにして夕飯の準備を手伝ってくれませんか?」
「…そう…ですね…それじゃあそうすることにします。」
そう言うと先輩は箒を収めに倉庫の方に走って行った。
「…よほど寒かったんだな…」
「多分…それじゃあ、お兄ちゃんご飯ができたら呼びに行くからね。」
「分った、部屋で大人しくしてる事にするよ。」
そんな会話をしながら雪希と一緒に家の中に入る。
家に入るなり着替える為に自室に向かう雪希の背中に、
俺は一言『ゴメン』と呟いていた…
夕食はそれはひどいものだった…
日和がシチューをこぼしてしまい進藤がそれに当たってしまい騒ぎ、
清香が日和に怒鳴り散らしたかと思うと先輩がそれを『めっ』と諭し
雪希はどうして良いか分らずおろおろあたふた…
俺は早々に食事を済ましその場から逃げる様に自室へと避難したのだ。
「それにしても…散々な1日だったぜ…」
自分のベットに寝転がりそんな事を呟く。
目が覚めたら見知った顔の人間がメイド服になっていました…
「…普通の人間じゃ体験できない事だよな…」
…こんこん。
そんな事を考えていたらそんなドアをノックする音が聞こえてきた。
「んっ?開いてるぞ。」
「それじゃ…お邪魔するね、お兄ちゃん。」
そう言いながら雪希が遠慮がちに部屋に入ってきた。
「どうした?皆はもういいのか?」
「うん…みんな騒ぎ疲れたみたいで…今はゲームをやってるから…」
「そうか…全く人騒がせな連中だぜ。でも、お前はいいのか?」
「うん。私は…お兄ちゃんと一緒がいいから…」
そう言いながら雪希がそっと俺の首に手を回してきた。
「お…おい、雪希。どうしたんだ?」
「お兄ちゃんが私にこんな格好させたんでしょ…だから…」
「ちょ…ちょっと待て雪希。下にはあいつらが…」
「別にいいでしょ。私…お兄ちゃんに愛してもらいたい…」
…ぴぴぴ…ぴぴぴ…
「そりゃあ…俺だってそうしたいけど…なっ、やっぱり…」
「ダメ。…お兄ちゃん…私は今、愛して欲しいの。」
ぴぴぴ……ぴぴぴ…
「ねぇ…いいでしょ…」
…ぴぴぴ……ぴぴぴ…
「分ったよ。俺も…雪希を愛したい…」
「お兄ちゃん…」
ぴぴぴ…ぴぴぴ…ぴぴぴ…ぴぴぴ…
「ってさっきから何の音なんだよ!うるせぇぞ!」
そう叫んだ瞬間その音が一層強くなり目の前が真っ白になってきた…
「お兄ちゃん。朝だよ、早く起きてよ。」
「ふぇ?」
そんな声と共に視界が開けた瞬間目の前にはいつもの雪希…
そして枕元でやかましく音を立てる目覚し時計があった。
「もぅ…全然起きないから目覚し時計の音も凄いのになってるよ。」
雪希はそう言いながら目覚ましに手を伸ばしそれを止めた。
「あれ…雪希。お前メイド服は?」
「えっ…?メイド服?何を言ってるのお兄ちゃん。」
俺は少々困惑しながらも先程まであった事を事細かに説明した。
「ぷ…あはははは。」
それを聞いた雪希がお腹を抱えながら笑い出した。
「お兄ちゃん、そんな事がある訳ないじゃない…あははは。」
「…雪希…そんなに笑う事ないだろ。」
「で…でも…あははははは。」
…数分後…
雪希は笑いきったのかようやく落ち着きを取り戻した。
「それにしても…お兄ちゃんって変な夢見るんだね。」
「うむむ…もしかしたら俺の心の底の願望なのかもな。」
そう言いながら俺は雪希の方をじっと見つめる。
「な…何、お兄ちゃん。」
「…いや…雪希にはメイド服が似合うだろうと思ってな…」
「え…ええぇ〜!ま、まさか…」
「雪希のメイド服姿…みたみたいなぁ〜。」
「で、でも…私メイド服なんか持ってないし…」
「安心しろ!こんな事もあろうかとちゃんと用意はしてあるぞ!」
そう言いながらおもむろにクローゼットからメイド服を取り出した。
「な、何でメイド服が?」
「ふふふ…南に教えてもらった貸衣装屋でな…さぁ着るんだ雪希!」
「え?あ、その…心の準備が…!」
「しのごの言わずに着てみるんだ!」
「何でこうなっちゃうの〜!」
……そんなこんなで今日も片瀬家はいつもの通りなのだった……
〜おしまい〜