KANON〜天使からの贈り物〜

 

 

 

……私には…一人の妹が居た……

 

妹は体が悪く入院生活を繰り返していた……

 

だからあまり外に遊びに行けなかったし、同じ学校に行くことも出来なかった。

 

…それでも私はつらさを感じることはなかった。

 

なぜなら…

 

「お帰りなさい、お姉ちゃん。」

 

家に帰れば妹の笑顔が見れたからだ。

 

「今日は学校でどんなことがあったの?」

 

目を輝かせながらその日、学校であったことを尋ねてくる。

 

そんな日常を私はとても嬉しく感じた…

 

だからこそ私は、

 

「あのね、今日学校でね…」

 

そんな妹の為にその日学校であったことを事細かに教えてあげる。

 

私の一語一句を楽しそうに聞きつづけてくれた…

 

そしていつものように呟く、

 

「私も早くお姉ちゃんと一緒の学校に行きたいな。」

 

そう呟くたびに妹は悲しそうな瞳になってしまう…

 

だから私は笑顔でこう答えてあげる。

 

「そうね。お姉ちゃんも早く一緒に学校に行きたいな。」

 

そして高校へ進学する年になったとき……あの子は初めて両親に逆らった。

 

「私は、お姉ちゃんと一緒の高校に行きたいの。」

 

いっしょに登校して…お姉ちゃんと中庭でお昼を食べて…

 

校門の所で待ち合わせして…その日あったことを話しながら帰宅する…

 

そんな些細な夢を持っていた……

 

私もそんな妹の夢が大好きだった……だから、

 

「そうだね、それじゃお姉ちゃんと約束しよ。それまでにちゃんと元気になること。いいね?」

 

そんな約束を交わしていた…その夢が叶わぬ夢だとも知らずに……

 

あの日…私は人生の中で一番のショックを受けた……

 

知りたくはない事実……それは……

 

「シオリハ…ツギノタンジョウビヲ、ムカエラレナイ」

 

その瞬間、私は運命の残酷さを体感した。

 

前から栞の体が悪いことは分かっていた事だった……

 

だが、いざ現実に直面するとその事実を体が受け入れなかった……

 

「シオリハ…ツギノタンジョウビヲ、ムカエラレナイ」

 

頭の中でその事実だけが何度もめぐっていた……

 

理解しようと思ってもだめだった……

 

自分の中にもう一人の自分がいてその事実を認めようとしなかった……

 

「ソンナコトナイ…キットナントカナルハズ…」

 

自分に何度もそう言い聞かせる…けど、事実だけが重くのしかかってきた…

 

そして…あの瞬間…すべてが崩れ去った…

 

そう……この事実を栞に伝えたとき…

 

あの子はもう着ることのない制服を手入れしながら私に言った…

 

「早く、お姉ちゃんと一緒にこの制服を着たいね…」

 

あの子はすべてを知った上で、私にそう笑いかけた……

 

その時、私はこの笑顔がいつまでも見れるものではないという事を実感したのだ…… 

 

 

いつもと変わらない日々。

 

妹との時間を置いてきたまま、

 

私は凍りついたままの時間の中過ごしてきた。

 

置いてきた過去…

 

それは心の奥底の檻に閉じ込めてきた…

 

でも、その檻には鍵穴は付いてはいない…

 

もう二度とあけることなんか無いのだから。

 

開けることの無い檻。

 

凍りついた時間を過ごしていく中、私はその存在を忘れることが出来た。

 

だけど…

 

彼がきたそのとき…

 

忘れ去られた檻は再び姿を見せたのだ…

 

彼…相沢 祐一がやってきた時から…

 

 

相沢 祐一

 

クラスメートの名雪のいとこの男…

 

私にとって大して気にならない存在のハズだった。

 

けれどあの日…

 

学校の中庭にいる人影を見かけてから、

 

彼の行動の変わり始めた…

 

昼休みになると、一人グループから抜け出しどこかに行ってしまう。

 

かと思うと学食にやってきて自分の昼食、

 

そしてアイスクリームを手に再びどこかに行ってしまう。

 

名雪に聞いてみると、

 

「祐一なら何の心配も無いよ。」

 

そう答えるだけ。

 

自分が気にしなければなんて事は無い。

 

私はそう心に決め込んでいたのだ…

 

 

「なぁ、香里。お前に妹居ないか?」

 

突然、クラスメートの相沢君にそんなことを聞かれた…

 

妹……確かに私に妹はいた、あの日までは…

 

だけど……

 

「私に妹なんて……居ないわよ。」

 

私はそう答えてしまった……

 

「そっ、そうなのか?」

 

「そうよ、私一人っ子よ。」

 

「そうか…悪い、変なこと聞いちまって」

 

「うぅん、別に気にしては無いから…それじゃ、私帰るわ。」

 

その場から逃げ出すように私は教室を後にする。

 

居ると思うことが苦しかった……

 

そんな思いをするぐらいなら初めから居なければよかった……

 

そう思えば心の苦しみに耐えなくてすむ……

 

辛い思いをしなくてもすむ……

 

ずっとそう思ってきた……これからだってそうだ……

 

だけどそう答えたとき……

 

私は激しい胸の締め付けを感じた……   

 

 

 

 

つい最近から…栞の様子がおかしくなった。

 

玄関には見慣れない靴。

 

そう、あの子の外出用の靴。

 

靴棚の奥にしまわれていた靴。

 

なぜなのだ?

 

両親の話によると

 

最近、お昼になるとあの子が外出をしてるそうだ…

 

「なぁ、香里。お前に妹居ないか?」

 

あの相沢君の言葉が脳裏によみがえる。

 

そして、全ての謎が解けた。

 

あの子はこの学校に来ているのだ。

 

それもほぼ毎日のように。

 

あの学校の中庭に…

 

いったい何の為に?

 

相沢君に会うため…?

 

それとも……私に会うために……?

 

何度もそんな考えが頭の中を駆け巡っていく。

 

けれど…何度考えてもその答えは出てはこなかった……

 

 

今日もまた、栞は学校にやってきた。

 

そして相沢君も当然のように中庭へと降りていった。

 

二人して何をするわけでもなくただ昼食を取っているだけ

 

けれどそれは…あの子が望んだ夢のひとつ…

 

…中庭で昼食を取ること…

 

ただそこにいるのは私ではなく相沢君なのだ。

 

できることならすぐにでも中庭に行き…栞といてあげたい…

 

そして…一緒にお昼ご飯を取ってあげたい。

 

けれど…

 

「ソンナコトシテ…ナンニナルノ…?」

 

心の中の私がそう問いかけてくる。

 

「オモイデヲツクレバツクルホド…ワカレガツラクナルダケダヨ…」

 

そう、あの子を愛せば愛すほど別れのときにつらくなる…

 

「でも、わたしはあの子と一緒に…」

 

「ナラ…アナタハ、アノコヲスクエルノ」

 

「…っ!」

 

「ドウニモデキナインダヨ。」

 

「だけどっ!」

 

「…ダッテ…カエヨウノナイ、ウンメイナノダカラ」

 

楽しい思い出は、つらい過去の幻想になるだけ…

 

もう変えようがない運命なら…それに従っていくだけ…

 

そう…従うだけなんだ…

 

…だけど…私の視線はお昼休みが終わるまで栞の笑顔に向けられていた…  

 

 

土曜日の放課後。

 

その日、窓の外にはいないはずの人がいた。

 

そう栞だ…それに相沢君も一緒だった。

 

今日は半日授業なので放課後はないはず……

 

窓の外を見ていると二人がどこかに移動しだしたので

 

私はその後を付いていく事にした。

 

二人が向かった先は商店街だった。

 

その二人が訪れていくお店は私の記憶の残っている場所…

 

そう…昔、栞と二人でよく行った所ばかりだった。

 

二人で行ったおもちゃ屋。

 

栞が好きだったぬいぐるみが飾られていたショーウインド。

 

二人で買い物をした洋服屋。

 

そこで私が買ったストール…

 

あの子はそれを私にせがんできた。

 

「お姉ちゃん、そのストール…私も着てみたい。」

 

帰り道…

 

あの子はそう言ってきた。

 

何度もそうせがんでくるあの子。

 

「…しょうがないわね。」

 

そう答え私は栞にストールをかけてあげた。

 

嬉しそうにストールを握り締める栞。

 

「えへへ、暖かいよ。」

 

「もういいでしょ。ほら、返しなさい。」

 

「う〜、やだ〜。」

 

「栞…あんたね。」

 

「お願い、お姉ちゃん。これ私に頂戴。」

 

「あのね栞…」

 

「お願い…私の一生のお願いだよ。」

 

何度もそうお願いしてくる栞。

 

「分かったわよ、それ…あんたにあげるわ。」

 

そんな栞に根負けした私はあきれた表情でそう答えてあげた。

 

そんな私とは裏腹にあの子はずっとそのストールを嬉しそうに握り締めていた。

 

「ありがとう、お姉ちゃん。ありがとう…」

 

そして何度もその言葉を繰り返していた…

 

そう…あの子は私との思い出の場所を相沢君にも見せているのだ…

 

まるで三人で思い出を共有するかのように……

 

そんな二人の元に一人の少女がやってきた…

 

年は栞と同じかそれより下ぐらいの子で、

 

背中にはなぜか羽がついていた…

 

三人はCDショップを回ったりゲームセンターで遊んだりした後、帰路へついた…

 

羽根のついた少女と別れた二人は夕暮れの商店街を肩を並べて歩いて行く…

 

まるで…恋人かのように…

 

何の事情も知らない人達から見ればそう見えるだろうけど…

 

私にはそんな栞は…

 

まるで死に行く前の思い出作りをしているかの様に見えた…

 

そして…それと同時に…

 

あの羽根をつけていた少女の姿が…脳裏から離れなかった………  

 

 

 

 

翌日…栞の様態は悪化していた。

 

朝…リビングに下りると両親が慌ただしく動いていた。

 

「お母さん、何の騒ぎなの?」

 

「あっ、香里。じつは、また栞が倒れたの。」

 

私の問いにお母さんがそう答えてくれた。

 

「栞が…倒れた…」

 

その事実に、私の心は大きく揺さぶられた。

 

聞くところによると、

 

栞は朝起きてリビングに下りて両親に挨拶をしたところで倒れたらしい。

 

そして、朝から病院に行くことになった…

 

行きがけの車の中…

 

栞は苦痛の表情でお母さんに寄り掛かっていた。

 

「おかあ…さん…苦し…い」

 

「栞、しっかりしなさい。もうすぐ着くから。」

 

そう何度もお母さんは栞に話し掛けていた。

 

それから五分弱して栞の係付けの病院に着いた。

 

朝早かった事と、急患という事もあって栞はすぐに診察室に通された。

 

数十分後…

 

診察室からお医者さんが出てきた…

 

「あっ…栞の様子はどうなんですか?」

 

「良くも悪くもなっていません…ただ…」

 

「ただ?」

 

「体に無理な負担がかかっていたので、その疲労でしょう。」

 

「無理な…負担?」

 

「えぇ…たとえば、長時間の散歩などですね。」

 

「…確かにここ数日…あの子は外を出歩くようになりましたけど…」

 

「まぁなんにせよ、あまり体には負担を掛けないようにしてくださいね。」

 

「は…はい」

 

「それでは、お大事に…」

 

そういうとお医者さんは栞を私達に任せ仕事に戻っていった。

 

気まずそうにしている栞。

 

そんな栞に両親は問い詰め始めた。

 

「栞、あなた…いつもどこに出かけているの?」

 

「………」

 

「栞…怒らないから正直に話しておくれ。」

 

「………」

 

「…あなた分かっているでしょ自分の体のこと…」

 

「…ごめんなさい」

 

「謝らなくてもいいから…どこに行ってるの?お願い…答えて頂戴。」

 

「…ごめんなさい、ごめんなさい…」

 

両親は栞を問い詰めるが栞は答えようとしなかった、

 

ただ何度も謝るばかりだった。

 

私は全てを知っていた…けど、私は何も言わなかった。

 

なぜなら、私にとってはどうでもいいことだったからだ。

 

そう……どうでもいい事だったのだ……   

 

 

月曜日…当然のことだが栞は外を出歩くことができなかった。

 

両親の激しい反対を受けたからだ。

 

私にとってはその事でその日は心の痛みを感じることはなかった…はずだった。

 

「栞の具合はどうなんだ?」

 

放課後…相沢君が私の所のくるなりそう尋ねてきた。

 

「誰、栞って?」

 

「ふざけるなっ!お前の妹の事だろうが!」

 

「私に妹なんて居ないわよ!!」

 

二人のやり取りを見てか名雪や北川君が何かを言おうとしてきたけど、

 

「名雪…部活遅れるわよ…北川君もバイトでしょ?」

 

そう言いのけると二人は他のクラスメートと共に教室を後にした。

 

相沢君と二人…しんと静まった教室に取り残された…

 

「それで…栞の具合はどうなんだ?」

 

相沢君が再びそう聞いてきた。

 

何の事情も知らないくせに…姉妹の問題に首を突っ込んできて。

 

更には、私の心の傷すらも掘り返そうというの…?

 

(ナゼワタシヲ…ソットシトイテクレナイノ?)

 

…だけどその時の私は相沢君に一つの疑問を問い掛けていた。

 

そう、ずっと思っていた私の疑問。

 

「…私に妹なんていないわ…」

 

「美坂、お前まだそんな事…」

 

「けど…一つ聞いてもいい?」

 

「…なんだよ。」

 

「相沢君は…その栞って子…好きなの?」

 

「…たぶん…好きなんだと思う…。」

 

「…そう」

 

答えは分かっていた…けれど、相沢君の答えはそれだけではなかった。

 

「だから俺は、栞の体が心配だ。…それに、栞が大好きな『お姉ちゃん』に嫌われてるかと思うとかわいそうだ…」

 

「っ…」

 

「それだけだ…美坂には妹はいないのに付き合わせて悪かったな…」

 

そう言うと相沢君は教室を出ていった…

 

一人になったとき。

 

…私は声を殺し…泣いた。

 

何の為の涙かは分からなかったけど、

 

ただひたすらに悲しかった。

 

もう…こんな涙は流さないと決めていたはず…

 

自分が悲しみ、涙を流したところで…

 

あの子の運命が変わるわけがないから。

 

あの子の夢を叶えられるわけでもないのに…

 

でも、私の涙は止まろうとはしなかった。

 

まるで、今までの愚か過ぎる自分への懺悔かのように。 

 

 

 

 

雪の降る夜…私は学校の校門にいた、全ての真実を語るために…

 

「よう…待たせたな…」

 

彼はやってきた、全てを知るために…そして、私は全てを語った。

 

「私にはね、妹がいるの。」

 

「妹…」

 

「そう。たった一人の私の大切な妹。」

 

淡々とした口調で私は言葉を続けた。

 

「妹はね、生まれつき体の弱い子だったの。入退院を何度も繰り返してた。」

 

「ろくに外を出歩く事も出来ない妹…あの子の為に私は病院に足を運びいろんな事を話して聞かせた。」

 

「あの子の体は良くはならなかった…でも、いつかは元気になるね、そしたら一緒にいられるね、そう毎日約束していた…」

 

声が詰まる…でも私は言葉を紡ぎつづける。

 

「あの子はね…次の誕生日まで生きられないって、医者に言われてるの。」

 

その事実を告げても相沢君は平常を装って私に聞いてきた。

 

「…いつなんだ?栞の、誕生日は。」

 

「来月の一日。」

 

「そんな…栞はこの事知っているのか?」

 

「えぇ、私が教えたから。」

 

「なんで教えた?」

 

「あの子が聞いてきたから。私と目を合わせないのはどうしてって。」

 

「あたし…それからあの子を避けるようになった…だって、あの子自分の運命を知っても、やっぱり私に笑うんだもの。」

 

抑えていた感情が溢れ出し私は相沢君にもたれ掛かった。

 

「泣かれたり、憎まれたりするならまだよかった。あの子が笑うたび、あたしは、あの笑顔が見られなくなる日を考えて、たまらなくなる。

 

 あの子が好きだから、好きなほど悲しくなる……」

 

全てを告げた今…私はもう一度尋ねた…

 

「ずっと一緒にいれなくても…あの子のことが好き?」

 

「…あぁ…これからも…それだけは変わらないと思う…」

 

「……なん…でよ……」

 

「あの子はいなくなるのよ?…どんなに好きでも一緒にいられないのよ?」

 

「美坂……」

 

「私…こんなに苦しむのなら…始めからあの子なんていなければよかった…」

 

私は…思いのたけを全て吐き出していた。

 

だけど…そんな私の思いに反し意外な言葉が返ってきたのだ。

 

「それは違うぞ、美坂。」

 

「えっ…」

 

「どんな命でも、幸せな時間を過ごすことができれば…その人生は幸せだったと言えるんだと思うぜ。」

 

「そんな…こと。あの子は他人よりも早くこの世を去ってしまうのよ!そんな人生…幸せなはずが無いじゃないの!!」

 

「あの子…なんのために生まれてきたの……?」

 

「お前に…出会うためさ。」

 

相沢君のその言葉…その言葉で気付かされた。

 

私がしていた事は、ただいたずらに栞を傷付けるだけの自己完結に過ぎないことだと。

 

だからこそ…残された時間こそは少ないけれど、

 

栞の為になる事をしよう…ただ、そう思えたのだ…   

 

 

栞のためになる事をしよう…そう意気込んではみたものの私は何も出来ないでいた。

 

私は一度あの子を拒んでしまったのだ。

 

今更、仲良くしようとしたところであの子は受け入れてくれるのか?

 

私は拒まれる事を恐れていたのだ…

 

そんな時、不意に名雪に呼び止められた。

 

「香里、今日の放課後…百花屋行かない?私、おごるから。」

 

「私、忙しいの。」

 

「でも、香里この頃お昼食べてないでしょ。何か食べないと体まいっちゃうよ。」

 

「…わかったわ。名雪がそこまで言うんなら…」

 

栞の事で悩んでいた私を心配してか名雪に連れられ百花屋に同行した。

 

店のドアを開けた私の目に飛び込んできたもの…それは、相沢君と一緒の席に座っている栞だった。

 

「おっ、名雪に香里じゃないか。こっちこいよ。」

 

その場から逃げ出したかった…けど、名雪に手を引かれるまま席に座る。

 

「ご注文は?」

 

「私は、イチゴサンデー。香里は何にする?」

 

「…オレンジジュース。」

 

私はろくにメニューも見ずにそう答えていた…何を話していいか分からなかったからだ。

 

「栞ちゃんは何を頼んだの?」

 

「私はジャンボミックスパフェデラックスです。」

 

「わー。私、一度でいいから食べてみたかったんだよ。」

 

名雪たちはさっきから楽しそうにお喋りをしていた。

 

私はどうしていいか分からず、ただコップの水を飲んでいるだけだった。

 

しばらくして先ほどの注文と共にとてつもなく大きなパフェがやってきた。

 

みんなそれぞれにスプーンを取りそのパフェを食べ出した。

 

「香里もどうだ?」

 

相沢君からスプーンを差し出されたが、私は受け取れなかった。

 

受け取ろうとしても体が動かなかったのだ。

 

名雪、栞はギブアップし相沢君は一人で残りのパフェを片付けた。

 

…口周りに2色のシロップをつけながら。

 

「…ぷっ…あははは。相沢君ったらおかしい。」

 

そんな光景がおかしくて、私はついふきだしてしまった。

 

私につられてか、名雪、栞までもが笑い出していた…

 

しばらくして店を出てから、名雪と栞はまだ立ち話を続けていた。

 

「そういえば栞ちゃんって、祐一の大切な人なんでしょ?」

 

「あっ?そ、そのな…。」

 

「見てたら分かるよ。でも、祐一にはちょっともったいないかな。」

 

「ほんと…見る目が無いわね。」

 

「よけいなお世話だ。」

 

「余計なお世話じゃないわよ。だって、栞は私の妹なんだから。」

 

自然とその言葉が出ていた。

 

その言葉が恥ずかしくて私は背を向けて帰り始めた。

 

「それじゃ、私帰るわね。」

 

「……まって、お姉ちゃん。」

 

そんな私の背中を追いかけて栞は私の隣のやってきた。

 

その日、わたしは久しぶりに栞の傍にずっといた。

 

一緒に家に帰り、ご飯を食べて、お風呂に入り、一緒の布団で眠りについた。

 

まるで、今までの時を取り戻すかのように…。   

 

 

 

あの日から今日に至るまで、私は持てる時間の全てを栞と過ごした。

 

同じ制服に身を包み、一緒に登校し、学食でお昼を食べ、

 

一緒に帰宅しながらその日あった事を互いに話し合う…

 

そんな他愛も無い日常…だけど、それは…栞が望んだ夢のかけら。

 

しかし、無常にも時は流れ…栞の誕生日は翌日に迫っていた。

 

あの子の最後の望み…それは思いを告げること…

 

だから私は待っていた。

 

あの子の帰りを…ただひたすらに。

 

そして、降りしきる雪の中…あの子は帰ってきた。

 

「…ただいま…お姉ちゃん…」

 

「…お帰り…どうだった、ちゃんと言ってきたの?」

 

「…うん…祐一さんに、名雪さん。今までのお礼をきちんとしてきたよ。」

 

「そう、良かったわね。」

 

「だけど…」

 

「だけど?」

 

「あゆさんには会えなかったの。」

 

「あゆ?誰なの、それ?」

 

「私の大切なお友達です。」

 

「そっか…それは残念だったわね。」

 

栞はその事を本当に残念そうに呟いていた。

 

その事で私は、あゆって子がホントに大事だったんだなと感じた。

 

「あのね、お姉ちゃん…」

 

栞が何か決意した表情で私を見つめてきた。

 

「私ね…祐一さんや、名雪さん…それにあゆさんに会えて…本当によかったって思うよ。」

 

「そう…それはそうかもね。」

 

「だって私ね…ホントはこの世界に別れを告げようとしていたの。」

 

「え……?」

 

「私…自分が嫌いだった。私がいるせいで家族みんなが苦しんでた。

 

私が生きているせいで私の大好きな人達が苦しむなら、いっそ消えてしまいたい、早くいなくなりたいって…。」

 

「栞…」

 

「祐一さんとあゆさんに出会ったあの日、私は久しぶりに出かけたの。そしてコンビニでカッターナイフを買ったの。

 

 必要無いのにいろいろなものを買ったりもしたの。」

 

「…最後に雪景色を見ようとして遠回りをしたの、そこで私は、祐一さんとあゆさんに出会った。」

 

栞はその時の光景を鮮明に浮かべながら話しつづけた。

 

「二人と別れてから、私は一人…暗い部屋の中、昼間買ってきたナイフを自分の腕にすべらせた…。」

 

「あんたのその傷…その時の。」

 

私の疑問に栞は静かにうなずき言葉を続けた。

 

「それでだんだんと何も考えられなくなってきた時…不意に声が聞こえてきたの。」

 

「それは昼間出会った二人の笑い声だったの。そんな声を聞くうちに、自分がひどく惨めな存在に思えた…。」

 

「その声につられて、私も笑っていた…。ひとしきり笑って泣いたら、もう、腕を切れなくなったの。」   

 

いつも笑顔でいた栞…でもそんな笑顔の裏では…この世界に絶望し、

 

…生きることを諦めようとしていた。

 

そんな栞の思いを知らず、私は傷付けていたのだ。

 

自分が傷つくのを恐れ、逃げていた自分。

 

そんな自己防衛の為に、栞の心は傷ついていたのだ。

 

その瞬間…栞への思いの全てが爆発し…気が付けば栞の体を抱きしめていた…

 

「ごめんね……ごめんね……私…わた…し…」

 

謝りたかった……

 

今更そんなことをしてもどうかなる訳でもないけど…

 

ただ…栞を拒んだことをわびたかった…

 

「お姉ちゃん…」

 

「栞、ごめんね。わたし逃げてた…あなたから。」

 

「うん、分かってるよ。お姉ちゃんも苦しんでいたんだよね?私が生き続けてるせいで…。」

 

「違うの…。」

 

「えっ…。」

 

「私…何も出来なかった自分が無力で…すごく嫌いだった…でも…栞はそんな私を笑って迎えてくれる。

 

 栞の笑顔を守りたいのに、私は何も出来なかった。」

 

私はまるで懺悔するかのように話していた。

 

今更、何を言っても無駄だけど、栞に真実を告げなければいけなかったのだ。

 

「…そんな事ないよ、お姉ちゃん。」

 

「栞…?」

 

「私…私が笑顔でいられたのはね、お姉ちゃんがいたからなんだよ。どんなに辛くてもお姉ちゃんがいたから、私は笑顔でいられたの。」

 

「でも、私はあなたを拒んでしまった…」

 

「うん…お姉ちゃんが来てくれなくなってから…とても辛かった。

 

なんでお姉ちゃんは来てくれないんだろうって、何度も考えたの。でも…何度考えても答えは出てこなかったの。」

 

「それは、わたしが…」

 

そう言いかけた私の言葉をさえぎり栞が呟いた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん…奇跡ってやっぱり起こるものなんだね。」

 

「…奇跡なんて…起こりやしなかったわよ。」

 

「うぅん、奇跡はちゃんとおきてるよ。だって…ほら、お姉ちゃんが私のことを抱きしめてくれてるもん。」

 

そう言って栞は私の体をぎゅっと抱きしめてきた。

 

「…ばかね、こんなの奇跡でも何でもないわよ。」

 

「そんな事ないよ…私、ずっとこうしてくれる事夢見てたもの。」

 

「しお…り。」

 

「…お姉ちゃん…私…やっぱり、あの時…死を選ばなくてよかった…」

 

「…しお…り…」

 

「だって…こうして…お姉ちゃんが私を抱きしめてくれてるから…」

 

「栞…私…わたし…」

 

「でも……もう…だめみたい…」

 

「え……」

 

「ありがと…お姉ちゃん………」

 

それがさよならの言葉だった…………   

 

 

あの後…どうなったかはよく覚えていない…ただ一つ確かなのは、

 

目の前のベットで横たわる栞は…もう二度と笑うことがないこと。

 

もう…栞の夢は、叶えてあげれないということ。

 

静まり返った病室で私は一人……栞のそばにいた。

 

「栞…ごめんね…何もしてあげれなくて…」

 

そっと触れた栞の頬はとても冷たく感じた。

 

「…でも…大丈夫だよ…これからは…私がずっと傍にいるから…」

 

その瞬間…私は自らもこの世界に別れを告げた。

 

あの日の栞と同じように自分の腕にナイフをすべらせた。

 

栞が横たわる真っ白なベットは、だんだんと鮮血で紅く染まっていった。

 

そして…薄れゆく意識の中……私は夢を見ていた……

 

夢の中の少女…それは…あの天使のような羽根のはえた少女だった…

 

「あなたは…?」

 

「ボクは、あゆ。月宮あゆ…」

 

「あなたが…栞の言ってた、あゆちゃん。」

 

「…栞ちゃんって…とても幸せな人だね……」

 

「…そんなことないわ…」

 

「……どうしてそう思えるの?」

 

「だって…あの子は…人生の半分も生きられなかったのよ…」

 

「…そんな事ないよ…栞ちゃんはこんなにもたくさんの人に愛されているんだから…」

 

「栞が…?」

 

「そうだよ。祐一君や、名雪さん…それにこんなにも思ってくれてるお姉ちゃんまでいるんだから。」

 

「あゆちゃん?」

 

「ほんと、ボク…すごく羨ましいよ。」

 

そう言う彼女の瞳からはひとすじの涙が流れていた。

 

それが何に対する涙だったのかはわからなかったけれど、何だかすごく悲しい涙のように感じた。

 

「…ねぇ香里さん…一つ聞いていいかな…」

 

「…私に答えられることなら…」

 

「香里さんは、何で生きることを諦めたの?」

 

「…栞のいない人生なんて…生きる意味がないから…」

 

そう…あの子がいない世界…そんなもの私にとってはまるで意味がない…

 

「私が守りたかった栞の笑顔…でも、守れなかった。だから、せめて栞が天国に行っても寂しくないように…私は…」

 

だけど…そんな私に少女は言った…

 

「でもね…栞ちゃんはそんな事…思ってないはずだよ…」

 

「…っ…だ、だけど」

 

「栞ちゃんは、本当に香里さんが好きだったんだよ? それなのに、香里さんも生きることを諦めてどうするの?そんな事…栞ちゃんが望むと思ってるの?」

 

「確かにそうかもしれない…だけど、もう嫌なの!あの子の笑顔が見れないなんて…そんな世界…私、生きたくない!!」

 

そう…あの子を一度拒んだとき、私の心はぼろぼろになってしまった。

 

あんな思いは二度としたくなくて、私はこんな結末を望んだ。

 

「でも…それは違うと思う。ボクは、また逃げているだけだと思うよ?」

 

「そんな事…分かっていたわ。だけど、私は…どうして良いか分からなかった…」

 

「それなら、もう一度やり直してみてよ。……今度は、姉妹二人でね……」

 

その言葉と共に少女の笑顔を見た瞬間…少女は光の中に消えた…

 

そして…私の意識もまた…宵闇の中に薄れていった……   

 

 

目が覚めたとき…不思議と気分は良かった…

 

けれど目の前の栞は変わらず…私には笑いかけてくれない…

 

なんだか騒がしい朝の葛藤が耳に入ってくる…

 

朝から急患の患者でもきたのだろうか?

 

静かなはずの病院は、何だか慌ただしかった。

 

「そう言えば私…手を切ったはずじゃ?」

 

自分の腕を見つめてみると、傷痕なんてなかった。

 

あの時使ったナイフも、元あった場所に戻っていた。

 

もちろん紅く染まったベットも白いままだった。

 

…あの少女は何だったのだろう。

 

あれは…私の夢の中の出来事だったのだろうか?

 

ただ…はっきりとしていたのは、

 

私は栞の傍に行き損なった…という事だった。

 

「栞……」

 

私は自然と握っていた手を再び強く握った…

 

「ごめんね…お姉ちゃん…あなたの傍に行けなかったよ…」

 

ずっと握っていたせいか栞の手は、ほのかに暖かくて、

 

なんだか、すうっと心が楽になっていくような感じがした。

 

「お姉ちゃん…結局、何もしてあげれなかったね?

 

 あなたが苦しんでいたのに…お姉ちゃん、助けてあげられなかった。」

 

「……そんな事……ないよ……」

 

「えっ……」

 

不意に返されたそんな返事……

 

何気ない言葉…でも…私の好きな声……

 

「栞っ!」

 

私の体は自然とその子を強く抱きしめていた……

 

「お姉ちゃん…ちょっといたいよ…」

 

「っ……それぐらい……がまん…しなさい」

 

「…お姉ちゃん、私ねホントは死にたくなかった。お別れなんて嫌だったの…もう、独りぼっちになるなんて嫌だったの!」

 

「大丈夫よ…私が、ずっと栞の傍にいてあげるから。」

 

「本当に大好きな人と…心から笑い合いたかったの。」

 

「私も、あんたの笑顔をずっと見ていたい…」

 

「ねぇ…お姉ちゃん…私…妹……続けてもいいかな…?」

 

「当たり前よ…あんたは私の…妹なんだから…」

 

……栞がなぜ私の元に返ってきたのか解らない…けど…

 

「それなら、もう一度やり直してみてよ。……今度は、姉妹二人でね……」

 

あの羽根のはえた少女の言葉が不意によみがえる…

 

あの少女は本当に天使だったかもしれない……

 

今となってはそんな事はもう分かりはしない。

 

だけど、もう一度…この子とやり直してみようと思う。

 

私たちに残された時間は……まだ……たくさんあるのだから………   

 

 

 

後書き↓

 

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