誰もが寝静まった真夜中…
『それ』はまだ起きていた…
「これと…後これに…」
そう言いながら薄暗い部屋の中をごそごそとあさり続ける。
「え〜と…あれは何処かしら?」
少々薄暗いためにそれは難航していた。
「あ〜もう!やっぱり電気つけた方が…」
ぱち…
「あっ…?」
そんな事を呟いた瞬間突如誰かの手によって部屋の明かりがついた。
「こんな時間に…何やってるの清香ちゃん?」
振り返ると眠そうな目をした清香の母ゆかりがそこに立っていた。
「え?…そ…その、お…お腹が空いちゃって…
何かないかな〜…なんて…」
清香は慌てふためきながらもそう答えた。
「…その道具で?」
清香が探していた道具…それは、
お鍋にボウル…粉振り器…
そして更に机の上には市販のチョコレートに生クリーム…
どう考えても小腹を満たすためのラインナップではない。
「あ…あのね…そ、そう。甘いものが食べたくなって…」
「ふ〜ん…そう。」
何だか意地悪そうな表情で清香を見つめる母。
「そうよね〜。別に今日が二月の十三日だって事は関係ないわね。」
「ぎく…」
「もしかしたら明日の為の準備…なわけないわよね〜。」
「ぎくぎく…」
「そうだよね…清香ちゃんも女の子だものね。
せっかくだから手作りにしたいって気持ちがあるものね?」
「う…うぅぅ〜。」
「そっか…清香ちゃんもそんな年頃なのよね…」
意地悪そうにそう問い詰めてくるゆかりに何も言い返す事が出来ず、
清香はばつが悪そうに黙り込んでしまった。
「それで…お相手は誰なの?」
「えっ?」
「1つ上の先輩さん?それとも同じクラスの人?」
「あ…そ、それは…」
「分かった、この前家に連れてきた彼氏の子ね?」
「ち、ちが…健二はそんなのじゃないもん。」
「そうそう、健二さんだったわね。」
母にそう言い返してから清香ははっと口を塞いだ。
はめられた…
何だか回りくどく問い詰めてきてたのは、
自分の口から健二の名前を言わせるためだったのだ。
「清香ちゃんも、もう立派な女だものね。」
「け…健二とは…そ、その…まだ何も…」
「あらあら…いつも強気な清香ちゃんらしくはないわね?」
「って、何を言わせるのよ!
も、もぅ…お母さんはいいから寝ててよ〜!」
そう言いながら母の背をぐいぐいと押しながら、
何とか台所から追い出そうとする。
「で、でも…1人で大丈夫?失敗したりしない?
もし、健二さんに酷い失敗作を渡す事になったりしない?」
「大丈夫だから。自分で作りたいの〜!」
「それなら仕方ないけど…
もし出来そうになかったら何時でも起こしてくれて良いからね。」
「はいはい。分かったから寝てなさい。」
そう言いながら何とかゆかりを台所から追い出す事に成功した。
「ふぅ…ようやく作業が出来るわね。」
そう言いながら再び作業に必要な道具を揃え始めたのだった……
ハッピー・ハッピーバレンタイン
母を追い出してから数十分…
「ふう…こんなとこかしらね。」
そう呟く清香の眼前に様々な器具が置かれていた。
「さて…時間も惜しいことだし…始めますか。」
意気込みエプロンをつけるとまず鍋を火に掛け始める。
そしてそこに調理用のチョコレートを投げ入れた。
「…良く分からないけど…こんな感じよね?」
そう言いながら清香はさえ箸でチョコレートを転がす。
「中々溶けないわね…」
火を点けたばかりで早々温まるわけがないので、
チョコレートは塊のまま鍋の中を転がる…
「それにしても…あいつ受け取ってくれるかな?」
チョコを転がしながらふとそんな言葉が漏れてしまう。
…確かに健二と清香の仲はそれほど悪いものではない。
だが、良いという訳でもない。
言ってしまえば友達以上、恋人未満の関係で、
何もしなければ一生そのままの関係で終わってしまう事だろう。
それが清香にとっては嫌なのだ。
「今年こそは…失敗できないわ!」
ちなみに去年はと言うと…
去年の今ごろもこんな風に意気込んで始めたものの、
出来るのはいびつな失敗品ばかりで渡す決心がつかなかったのだ。
それゆえ今年のバレンタインに掛ける清香の情熱はすさまじかった。
「今年こそ健二にこれを渡して…振り向かせて見せる!」
そう力をこめる清香の鼻に何だか嫌な匂いがしてきた。
「…なんか…焦げ臭い…」
視線を鍋の方に戻してみると鍋が黒煙を上げていたのだった。
「あ…ああぁ〜こ、焦げてる〜!」
慌てて鍋を火から離そうとして鍋に手を伸ばすが…
「あっつい〜!」
間違えて側面部分に手をつけてしまい
あまりの熱さに鍋を放り投げてしまう。
ガシャン、ガランガランガラン…
鍋は幸運にも床に投げ捨てられ大事には至らなかった…が、
飛び散ったチョコ…投げ出された器具達…
台所は一瞬にして悲惨な惨状になってしまった。
「あぅぅぅ…」
清香は落ち込みながらも自分でぶちまけた器具達を戻し始める。
「やっぱり…お母さんに手伝ってもらった方が良いのかな…」
そう清香が呟いた瞬間小さな物音が聞こえた。
物音がした方を見てみるとドアが少し開けられていて、
そこからゆかりが覗き見している事が分かった。
「あっ…」「あっ…」
二人の視線が交差し合う…
「お…おほほほ…な、何か手伝う事ない?」
「無いわよ…」
「そ…そう?それじゃあ…お母さん寝るわ…」
そう答えるとゆかりはすごすごと退散していった。
「何よ…私は負けない…負けるものですか!」
新たに闘志を燃やし清香は次なる作品を手掛けることにした。
…一時間後…台所は最初の失敗より更に酷い事になっていた。
「ま…まだよ、これからが本番!」
更に一時間後…台所は…右に同じ…
結局…その後母親を起こし手伝ってもらい、
チョコを完成させたのだった……
チョコを冷凍庫に掛け後は固めるだけになったので、
清香は自分も就寝することにした。
「ふぅぅ…つ、疲れた…」
失敗する事十数回…最後は親の手を借りてしまう結果になったが、
何も出来ずに今年も断念してしまうよりはよっぽどマシと言える。
「あいつ…受け取ってくれるかな…」
またそんなことを呟いてしまう…
そう…清香にとってそれが一番気がかりだった。
健二にとっての私は所詮喧嘩友達なのではないか…
そんな思いがよぎってしまう。
「うぅん、そんな事ないはず!
健二だって…多分私の事…この気持ち分かってくれるはず!」
そう心に何度も言い聞かせる。
だがどうしても悪い事ばかりが思い浮かんでしまう。
「うぅ…眠れない…」
あまりの不安と緊張からか全く眠りにつけない。
明日…正確には今日なのだが、
その事を考えてしまうとどうしても眠りにつく事ができなかった。
「…そうだ!こんな時は羊を数えると眠れるって言うわね。
……ようし…羊が一匹…羊が二匹…羊が三匹……」
清香は目を瞑ると静かに羊を数え始める…
「…羊が百七匹…羊が百八匹……」
だが一向に眠くはならず…
羊の数が三千を超える頃には朝日が昇っていたのだった…
朝…
清香はうつらうつらと舟を漕ぎながらも、
母が用意した朝御飯を口にしていた。
「き…清香ちゃん。大丈夫なの?」
「あぅ…へ、平気…」
「辛かったら今日はお休みしたら…」
「それだけはできない!」
母のそんなセリフに清香は強く反発する。
「今日…今日じゃなきゃ意味が無いの!
今日渡さないと…意味が…」
「…そうだったわね。」
そう答えながらゆかりは清香はそっと抱きしめていた。
「お、お母さん…」
「清香ちゃん…大丈夫、きっと健二さんも分かってくれるはずよ。
だから…不安になる事なんて一つも無いのよ。」
「で…でも…」
「大丈夫よ、清香ちゃんがこんなに思ってるんだから…
それに真剣な気持ちを無下にするような人だとしたら、
清香ちゃんだって好きになったりしないでしょう?」
「あっ…う、うん。」
「よし…分かったら早く食べちゃってチョコを包まないとね。」
「うん!」
ゆかりにそう励まされ清香は先程までの遅れを取り戻すかのように、
目の前にある朝御飯を食べ始めた。
「あっ…それともう一つ…」
「ん?なに、お母さん?」
「健二さん…今度お母さんにも紹介して頂戴ね。」
ゆかりのそんなセリフに清香はご飯を気管に詰まらせたり、
その後のチョコを包む時もからかわれたりと、
家を出発するまでの間散々な目に会うのだった……
「はぁ…はぁ…はぁ…」
いつもの通学路を清香が走り抜けてゆく…
それもこれもと言うのがチョコを包むのに手間取った事と、
ゆかりに散々はやしたてられていていたことが原因だった。
「くっ…これぐらい距離を稼げば…間に合うわよね…」
通学路の半分ほどを走り抜けた所で清香は走る事をやめた。
「時間は…よし、充分余裕ね。」
腕時計に目をやると時間はいつもの登校時間と同じぐらいだった。
「今日は…失敗はできないわ…」
そう言いながら先程完成したチョコに目をやった。
苦労と苦難の末に完成したチョコレート…
これを目にした健二はどんな反応をしてくれるのか…
いつもの様に笑ってやりすごすのか…
それとも真剣に受けとめてくれるのか…
清香は何度もそんな事を思い浮かべるがその結末は出て来ない。
「それよりも…これ、どうやって渡そう…」
それどころかどうやって渡すかも思い浮かんではこなかった。
「…やっぱり…シンプルに下駄箱かしら…?」
下駄箱に置かれたチョコ…それを不審がちに取り出す健二。
どきどきしながらも包みを開けてみるとそこにはチョコレートが!
そして…それを送った主を記すメッセージカードが…ない。
「ダメだわ…そんなもの用意してないじゃない…」
そう…清香はチョコを作る事だけを考えていたために、
他の事を全く考えておらずその他の用意は何もしてなかったのだ。
「という事は…机に忍ばせておくってのも却下ね…」
机に忍ばせる案も同じ理由から却下する。
「となると…直接渡すしか方法がないわね。」
メッセージカードの代わりなどノートの切れ端でも事足りるが、
清香はそんな物を健二に送りたくはなかった。
それぐらい清香は真剣なのだ。
「う〜ん…教室は他の人たちがいるし…
校門で待ち伏せってのも周りの目が付きやすいし…」
「き〜よかちゃ〜ん。」
ブツブツと考え事をしていると、
そんな間延びした声と共に日和が走ってくるのが見えた。
「日和?うそ、それじゃあ私そんなに長い時間も…!」
慌てて腕時計を見つめるがあれから五分と立ってはいなかった。
「…な〜んだ、たまたまあの子も早起きしただけか…」
そんな事をぼやいているとようやく日和が清香の元に辿りついた。
「はぁぁ…おはよう、清香ちゃん。」
「おはよ、日和。あんたがこんなに早いなんて珍しいわね。」
「うん〜。私だって〜たまには早起きするよ〜。」
清香にとってのいつもの時間でも日和にとっては随分と早起きだった。
日和はいつもなら遅刻ぎりぎりの時間に登校してくるのが日常なのだ。
「今日はね、1人で歩いてたんだけどね〜
誰かいないかなって思ってたら、清香ちゃんのリボンが見えたの。」
清香の髪を結んでいるリボンはとても巨大なもので、
遠目から見ても一目で分かってしまうほどだ。
「あんたね…それで知らない人間だったらどうするつもりだったの?」
「えぇ〜、そんな事ないよ〜。」
「どうして?」
「だって〜、健ちゃんが〜『清香の奴は見つけやすいな、
なんせ巨大なアンテナが歩いてるんだからな』って言ってたもん。」
「日和…あたしに喧嘩売ってるの?」
「わ…わっ…私じゃないよ〜、健ちゃんが言ってたんだよ〜。」
「それなら、そんな事を真剣に信じてるんじゃないの!」
「で…でも〜。」
「でもじゃない。そんな日和にはお仕置きが必要よね〜。」
「えっえっ…ひ、ひよりんだっしゅ!」
「あっ!こら、逃げるなぁ〜!」
一生懸命逃げる日和を追いかける清香…
そんなこんなをしているうちに、
二人は学校に辿りついてしまうのだった……」
「しまったわ…気が付けばもうこんな所じゃない。」
ハッと我に返り周りを見渡すとそこには見知ったクラスメイトの顔…
どうやら日和と追いかけっこをしている内に教室まで来たらしい。
ここまで来てしまっては人目につかぬうちに、
こっそりと忍ばせておく…と言う作戦が使えなくなってしまった。
「くっ…小野崎清香…一生の不覚…」
取り敢えず席につき今後の計画を立ててみる。
(…このままじゃどうしようもないわね…
やっぱりどこかに待ち伏せてから渡すしかないような…
でも、人目の付きそうにない場所なんてあったかしら…?)
「あっ。健ちゃん、おはよ〜。」
「うぉっ、日和がこんな時間に教室にいやがる!」
「えっ…?」
そんな事を考えてると当の本人である健二が教室に入って来た。
「にしても…日和がこんなに早くに来てるとは…明日は雨か?」
「わたしだって〜たまには、早く来るよ〜。」
「…一年に1回ぐらいのペースだろうが。」
「それにね、今日は清香ちゃんと一緒に来たから早かったの。」
「なるほどな…巨大パラボラとポンコツが合わさったら、
普通の人間の速さになるって寸法か…」
「だっ!誰が巨大パラボラよ。バカ健二!」
「ふっ…噂をしたらやって来るとはな…
やっぱそのアンテナで情報をキャッチしたのか?」
「これはリボンだって何度も言ってるでしょ!」
「どうだか…大方ポンコツ日和と一緒にいると、
情報をキャッチしてはポンコツロボットに送信してるんだろ?
さすがは最新式の巨大パラボラは違うな。」
「キー!言わせておけば〜!」
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン…キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン
そんないつものやり取りをしてるとチャイムが鳴り響いてしまった。
「おっと、清香の相手はここまでだな。」
そう言いながら健二がさっさと自分の席についたので、
清香も自分の席につく事にした……
クラスの全員が席についてからほどなくして、
1時間目の世界史の授業が始まった。
担当の教師の声が響く中清香は1人上の空だった。
(また…またやってしまった…)
そう…さきほどのやり取りに激しく後悔していたのだった。
(どうも、あぁ言われると体が反応しちゃうのよね〜)
あのやり取りは二人にとっては日常の一部になってしまっており、
意識しなくとも自然と反応してしまうのだった。
(こんな事じゃ…何時までたってもチョコを渡せない…)
清香は再びいかにしてチョコを渡すかを考えてみる。
(う〜ん…何処なら人目につかないのか…難しいとこね…
校門に教室…がダメになると…やっぱり屋上かしら…?)
放課後の屋上…確かにそこなら人も少なく、
人目を気にすることなく渡せるはず…
(よし、これよ。これでいくしかないわ。そうと決まったら早速…)
そう考えると清香は自分がスケジュール帖に使っているメモを
一枚破くとそれにペンを走らせた。
『放課後、屋上で待ってる 清香』
そんなシンプルな一文だったが、あまり変な事を書いてしまうと
何となく果たし状みたいになってしまうのでそれ以外は書かなかった。
(よし…これを健二に…)
そう思いメモを折りたたみ健二の方を振り向いてみると…
「ぐぅぅ…」
健二はいつもの如く授業を聞かず寝ていた…
(…どうしよう…このまま置いとけば気付くかな…
でも…それじゃあちゃんと見たかどうかわかんないし…)
「はい…それじゃあ今日はここまでだ。」
「きりーつ。」
そんなことをしている内に授業は終わろうとしていた。
「礼―。」
清香はそんなクラス委員長の号令につられ礼をしながら、
またタイミングを逃がしたな…そう心の中で呟いていた…
授業も滞りなく進みもうお昼休みになろうとしていたが、
清香は1人まだ悩んでいた。
(…どうする…?準備は済んだけど渡すチャンスが…
このままじゃ1日が終わってしまう!)
1人メモを握り締めながら心野中でそう叫ぶ。
「ふぅっ…と。そんじゃ学食でも行くかな。」
「おっ…片瀬、今日は妹さんの弁当じゃないのか?」
「いや…今日雪希が寝坊してな…弁当がないんだ。」
「そうか。だが今から行ってももういいパンはないぞ?」
「まっ、今日はなんか適当に食うさ。んじゃな。」
「おう、健闘を祈るぞ。」
そんな会話を交わし健二は教室を後にしていった。
(そっか…健二の奴、今日は学食なんだ……
待てよ…これって…チャンス!)
「あれ?…きよかちゃん、何処行くの?」
そう思い立ち席を立った瞬間日和にそう呼びとめられた。
「どこって…学食だけど。」
「えぇ〜そうなの〜?」
日和はさも残念そうにそう呟く。
「何か用でもあるの?」
「うん。健ちゃんは学食だから〜いっしょに、お弁当食べよ〜って。」
「そうなの?ごめんね、私は今日はお弁当じゃないんだ。」
事実…今日はチョコの後始末の関係上お弁当が作れなかったのだ。
「しょぼん…今日は1人でお弁当食べないといけないんだ〜…」
「うぅ…ごめんね。明日は一緒に食べてあげるから、ね。」
「ほんとに?清香ちゃん、約束だよ〜。」
そう言うと一転して日和は笑顔を取り戻した。
「はいはい、約束したわよ。それじゃあね。」
そう言い終え清香も教室を後にした…
日和は1人お昼にする事にしたが顔は嬉しそうだった。
恐らく明日清香と一緒にお弁当を食べる事が相当に嬉しいのだろう。
だが…ポンコツひよりんはまだ気付いていない…
明日は『土曜日』だという事を……
「ふむ…今日は何にするかな?」
健二は1人学食の壁に貼ってあるメニューを見ながら唸る。
「カレー…コロッケ定食…どっちも捨てがたいな。」
健二が1人悩んでいると目の前に見知った顔を発見した。
「あれ…?麻美先輩何してるんですか?」
「あっ…健二さん、こんにちは。」
「あぁ…こんにちは。」
「実は…今日は一段と混んでいて…中に入れないんです…」
そう言われカウンターの方を見てみると確かに凄い光景だった。
「確かにな…あれはきついかも。」
「それで…空いてくるまで待ってるんです…」
「そっか、それじゃあ俺が行ってきますよ、力うどんで良いんでしょ?」
「えっ…は、はい。」
「先輩は席よろしくね。」
そう言い健二はその激しい人込みの中に突撃していった。
二分後…健二は二つの力うどんと共に麻美の元に戻ってきた。
「おまたせ。はい,先輩の分。」
「ありがとうございます…」
麻美に力うどんを手渡すと健二も席につき食べ始める。
「…そう言えば…麻美先輩、今日は何かあったんですか?」
「えっ…」
「いや…先輩が制服着て学校に来てたから…」
「…今日は今日は先生に呼ばれたのと…一つ用事がありました…」
「用事?それはもう終わったの?」
「いえ…これからです。」
そう言うと麻美は持っていた手提げ袋をごそごそとあさる。
「しかし大変だな3年生ってのも…先生に呼び出しとは…
そんで、もう一つの用事って…」
「健二さん、これ…差し上げます。」
そこまで言いかけた健二の前に麻美がそっと差し出したのは…
「…これは…?」
「チョコです…今日はバレンタインですから…」
「俺に?いや、ありがとう、嬉しいよ。」
…一方…
そんなやり取りを入り口から見つめる人影があった。
「な、何よバカ健二の奴。あんなに鼻の下伸ばして!」
そう…健二を追いかけて学食に来た清香だった。
本当なら健二がメニューを見ているところで声を掛ける予定だったが、
躊躇している間に健二が行動を起こしてしまったために
行動できなくなっていたのだった。
そして今、二人の行動を見守っていたのだった。
(くっ…予想外の乱入者だわ。まさか麻美先輩が来てるなんて…)
清香はそう思いながらも二人の監視を続ける。
恥ずかしそうにチョコを差し出す麻美先輩…
それを照れくさそうに…だけど笑顔で受け取る健二。
自分には見せてくれない健二の笑顔。
(何よ…あんな顔…私の前ではしないくせに…)
二人の間に流れる空気はとても穏やかで暖かく、
自分には到底真似できないほどの独特な物だった。
(あぁ〜…何だか無性に腹が立ってきたわ。)
清香はそんな二人の雰囲気に段々と腹が立ってきた。
(大体なんで私がこそこそしないといけないの?
よし…私も二人のところにお邪魔してやる!)
そう思い学食の中に足を踏み入れるが思うように足が進まない。
(…あの二人…凄く楽しそう…)
健二の言葉に嬉しそうに反応する麻美先輩。
そして、そんな麻美先輩を見て楽しげに語る健二…
そんな二人を見てると自然と足が止まってしまう。
(あいつは…どうせ私の事なんて…喧嘩友達にぐらいにしか思って…)
そう思うと清香の胸はちくちくと痛みだす。
息が苦しくなりその場に居たくなくなり、
清香はそっと学食を後にしたのだった……
「やっぱり…麻美先輩みたいな大人しい子の方が好きなのかな…」
先程の光景を目の当りにしてか清香はそんな事を漏らしてしまう。
清香とはまるで正反対な性格の麻美…
やはり健二もそんな性格の女の子の方が好みなのか…
そう考え込んでいた清香は眼前に迫っていた人影に気付く由もなく…
「雪希ちゃん、あぶな…」
ドシンッ!
そんな叫び声と共に清香は何かにぶつかっていた。
「いたたた…」「あうう…」
清香と頭からぶつかった為か自分も相手もその場にうずくまっていた。
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してたもんだから…」
「い、いえ。こちらこそ…前方不注意で…って清香先輩。」
そう言い顔を見合わせてみると目の前にいたのは雪希だった。
「雪希ちゃん、清香先輩。だいじょうぶですか?」
雪希の後ろにいた進藤が心配そうに近づいてくる。
「私は大丈夫。雪希ちゃんは?」
「私も…平気です。本当にすみませんでした、清香先輩。」
「うぅん、私こそ…二人は学食に行くところ?」
「は、はい。今日お弁当作れなくて…」
「そう言えば…健二も学食にいたわね。」
「本気っすか?ようし…健二先輩今すぐあなたの元へ行きますから!」
言うが早く進藤は一目散に廊下を駆け抜けて行った。
「…どうかしたの、進藤さん?」
「あ…あはは…それがお兄ちゃんにバレンタインのチョコを渡すって、
昨日から張り切ってて…あんな調子なんです。」
「そっか…それじゃ私…もう教室に戻るね。」
そう言い心なしか清香は落ち込んだ様子で廊下を歩いていった。
「…どうかしたのかな?清香先輩…」
清香を心配そうに見つめる雪希は廊下に何か落ちているのに気付いた。
「あれ…?これは…」
手に取って見ると何かのメモらしく、正面に『健二へ』と書かれていた。
「清香先輩が落としたのかな…?」
学食で兄に渡せば良いか…と雪希はそれをポケットにしまい込んだ…
放課後…清香はとぼとぼと帰宅準備をしていた。
「はぁ…何か今日は疲れたわ…」
そんな事を呟き帰ろうとした時…
「お〜い、清香。一緒に帰らないか?」
清香の心中を知ってか知らないでか健二がそう声を掛けてきたが、
落ちこみモードの清香には届かなかったのか清香は一人教室を出た。
「…何なんだ清香の奴…」
「お兄ちゃん、一緒に帰らない?」
そんな清香に少し腹を立てていた所に雪希がそう声を掛けてきた。
「…あぁ、帰るか。」
そんな心情の健二がそれを断るわけもなく二人で教室を後にした。
帰宅中…二人はいつもの様にその日あった事を報告しあっていた。
「そう言えば…はい、お兄ちゃん私からのバレンタインのチョコだよ。」
そう言い可愛いラッピングを施してあるチョコを堅持に手渡した。
「おぉ、サンキュ。これで今年は四個目か。」
「四個目…?」
「まぁな、麻美先輩に進藤…日和と雪希の四人から貰ったからな。」
「えっ…清香先輩からは?」
「清香?いや貰ってないけど…」
「そうなんだ…てっきり清香先輩もあげたんだと思ったんだけど…」
「そう言えば…清香の奴何か様子がおかしかったな。」
「…どんな風に?」
「妙にボーっとしててよ、話し掛けても聞こえてないみたいでさ…」
「それじゃああの時と…そう言えば!これ…」
そう言い雪希がポケットからあの時拾ったメモを差し出す。
「お兄ちゃん宛で…多分清香さんが落としたんだと思うんだけど…」
「ほほぅ…清香が?なになに……!」
健二はそのメモを見て愕然とした。
「放課後…って、雪希!悪い、先に帰っててくれ!」
「お、お兄ちゃん?」
健二は戸惑う雪希を置き去りにし今来た道を全力で逆走しだした。
…もう…夕陽も山に沈もうとしている中を……
夕暮れ時の屋上…清香は一人ぽつんとたたずんでいた。
「…私…何の為にあんなに頑張ってたんだろう?」
昨夜必死に頑張って作ったチョコレート…
それは今だ渡されておらず自分の手に握られている。
「こんな…こんな物っ!」
清香は大きく振りかぶり地面目掛けてチョコを振りおと…せなかった。
これを今砕いてしまう事は健二への思いも一緒に壊すという事…
清香にはそれだけはどうしてもできなかった。
「…もぅ…帰ろう…」
清香はうなだれながらも屋上を後にした。
今日が終われば明日になる。
明日になれば自分の気持ちに正直になれるかもしれない。
正直になれなければ健二の事を吹っ切れるかもしれない。
健二との関係は喧嘩友達のままの方が良いのかもしれない。
そう…このまま変わらぬ関係の方が…
「清香!」
校門まで歩いた所でそう呼び止められる。
顔を上げ声の主の方を見つめてみると…
「はぁ…はぁ…ちょっと遅刻したけど…間に合ったよな?」
そこには息を切らせた健二が立っていた。
「けん…じ…どうして、ここに…?」
「このメモ。…お前が書いたんだろ?」
そう言って健二が見せてくれたのは授業中に書いた自分のメモ書き…
確かに自分のポケットに入れておいた筈の物がなぜ健二が…
「清香、お前らしくもなくこんな事をして俺を呼び出すってことは、
何か大事な事があるんだろ?一体どうしたんだよ?」
健二が本当に心配そうに自分を見つめてくれる…
私は…そんな優しい健二に惹かれたんだ…
もう自分の気持ちに嘘をつきたくない。
あなたにずっと見つめててもらいたい…
だから今、勇気を出してあなたに伝えたい。
ずっと言えなかった素直な気持ちをこのチョコレートと共に…
「これが…私の気持ち…だから……」