KANON〜夢の欠片〜
雪が降っていた…
七年ぶりに『あいつ』と再会したあの日のように。
俺はあの時の約束を果たすためにここにいた…
今更、都合のいいことを言っているかもしれない。
だけど約束したんだ…俺はずっと…あいつの傍にいると。
「…もう、10時になっちまったのか。」
今日、この場所に朝の9時からいたわけだから…どうやら、時計は一周してしまったらしい。
「…やっぱり…俺じゃ駄目なのか?」
はぁ、とついたため息は白く…手足の感覚もあまりなくなっていた。
でも、俺は誓ったんだ。今日一日は、ここにいることを…
あいつだってあの日…来るはずのない俺を待っていた。
たった一人、降り積もる雪の中、俺を待っていたんだ。
だから…俺もそれぐらいの事をしなければならないんだ。
「…もし寝ちまったら…死ぬな、確実に。」
身を切り裂くような冷たさ…感覚のなくなった手足。
少しでも気を抜けば、意識なんて…簡単に吹っ飛んで…しまう。
「………はっ!…あぶねぇ、寝ちまうところだったぜ。」
今にも閉じてしまいそうなまぶたが憎かった。
こんなところで凍死なんてごめんだ。
「…そのうち、幻聴でも聞こえそうだな…。」
そんな事を呟きながらなんとか意識を保とうとした。
俺は気を紛らわせるためにあいつの事を思い浮かべた。
七年振りに再会したあの日…同じクラスになったとき…
慌ただしい登校風景…一緒に頑張ったテスト勉強…
ベランダでの告白…そして…あいつは笑わなくなった…
この世界の全てを拒んだのだ。
「…どうして…全てを拒んだんだろうね?」
不意にそんな声が頭の中に響いてきた。
「誰だ?」
辺りを見まわしてみたけれど人影なんかありはしない。
それに声に出してもいないことを聞かれているはずなんてない。
「ねぇ…なぜ、彼女は全てを拒んだの?」
「…それは…あいつの大事な人、秋子さんを失いかけて…大事な人を失う事を恐れてしまったんだ。」
俺は馬鹿馬鹿しいと思いながらもそう答えた。
「それなら、あなたがしている事は…無意味だと思うよ?」
…確かにそうかもしれない。
俺がこんな事した所で、秋子さんが助かるわけでもない。
名雪が、再び笑うようになるわけでもない。
だけどその事を指摘されると無性に腹がたった。
「何も知らないくせに…分かってるような事言うんじゃねぇ!大体誰なんだよ?姿を見せやがれ!」
「…私は…あなたの目の前にいるよ…」
「えっ…?」
そう言われ顔を上げてみた…その先に見えた人影…青く染まった髪に、吸い込まれるような瞳を持った少女。
「…電波…届いた?」
「誰なんだ、あんた?」
「私は…瑠璃子、月島 瑠璃子…」
少女はそう答えると俺の隣に腰を下ろした。
「ねぇ…なんで祐一ちゃんは、こんな無駄な事をしているの?」
「祐一ちゃん?…ちょっと待て、なんで俺の名前を。」
「私は、あなたを知っているからね。」
俺を知っている?いったい何を言っているんだ?
不思議に思いながらも、あまり嫌な気はしなかった。
「祐一ちゃん…なんでこんな事をしているの?」
再び瑠璃子さんはその事を聞いてきた。
俺がここにいる理由…それはただ一つ。
「あの日…俺が果たせなかった、幼馴染との約束…その約束を果たすために…俺はここにいる。」
「どうして、果たせなかったの?」
「…俺がそれを拒んでしまったから。あの時、俺は自分の悲しみに捕われて、この世界の全てを拒んでいたから。」
思い出した七年前…紅く染まる雪…
あの日…世界の全てに絶望した自分。
そして、足元には崩れてしまった雪ウサギ…
(私…待ってるから。ずっと、待ってるから…)
その幼馴染の言葉を無視して…俺はこの町を去っていった。
「だとしたら…祐一ちゃんがこんな事した所で、それは逆効果だよ。」
「…なんだと。」
「祐一ちゃんが彼女を傷付けておいて…今更約束を果たそうとする…それって、都合が良すぎるんじゃないかな?」
…確かにそうだ、自分勝手で都合がいい話だと思う。
だけど…だけど…
「もう…俺しかいないんだよ。」
「…どういう事?」
「名雪の一番大切な家族、秋子さんがいない今…名雪の傍にいてやれるのは、俺しかいないんだよ。」
「祐一ちゃんしか…いない?」
「そうだ。…それに、約束したんだ。俺はずっと…あいつの傍にいてやるって。」
俺は気が付けばその不思議な少女に色々喋っていた。
不思議な事に彼女には、全てを話してもいいように思えたからだ。
「…確かに祐一ちゃんがそうすることで、名雪ちゃんは救われるかもしれないよ?けれど、他の子達はどうなるかな?」
「…他の子達?」
「祐一ちゃんが果たせなかった約束…一つじゃなかったはずだよ?」
この街で交わした約束…確かにあいつとの約束の他にも交わした約束がある。
「彼女達との約束はどうなるのかな?」
いくつも交わした約束の中…俺は名雪との約束を取った。
その為には他の約束を全て破る事になった。
「祐一ちゃんの選んだ結末…これで良かったの?結局…誰とも約束を果たせなかったんだよ?」
「…それでも…俺は…」
「…たとえばこんな結末…」
彼女がそう微笑んだ瞬間…全てが真っ白な空間に変わった…
そして…いくつもの光の道筋が見えた…
「ぴろ〜、ぴろ〜。…もぅ、どこいったんだろう?」
「真琴、ぴろならここです…。」
「あっ、ぴろ!ありがとね、美汐。」
(真琴に…美汐?これは一体…?)
自分の目に飛び込んできた二人の少女…でも、二人とも俺の知っている少女。
(…これは、祐一ちゃんの望んだ結末なんだよ。)
姿は見えないが瑠璃子さんの声が聞こえてきた。
(俺の…望んだ結末?)
草原の中で楽しそうに笑い合う二人と一匹。
「ぴろ〜。ほら、高い高い。」
そう言いぴろの体を抱え、空に向けて振り回す。
「にゃっ…にゃぁ〜…」
「それ、それ〜。早い、早い〜。」
楽しそうに加速させていく真琴とは裏腹に、ぴろの方はなんだか辛そうな声を上げる。
「真琴…ぴろが目を回してしまいます…止めてあげなさい。」
「へっ…?」
真琴が振り回すのを止めてあげると、ぴろはぐったりとうなだれていた。
「わぁ〜、ぴろ〜!だ、大丈夫?」
「に…にゃぁ…」
ぴろはなんだかおぼつかない足取りをしていた。
「真琴…あまり無理させてはいけないですよ。」
「あぅぅ…ごめんなさい…」
「謝る相手が違います。ちゃんとぴろに謝りなさい。」
「うん…ごめんね、ぴろ…。」
真琴はそう言いながらぴろの頭を優しく撫でまわしてあげた。
「にゃぁ。」
大丈夫といわんばかりにぴろは真琴に応えた。
「真琴を許してくれるの?」
「にゃあ。」
「ありがとう、ぴろ。」
真琴はぴろの体を再び抱きしめてあげた。
ぴろもなんだか嬉しそうな表情だったのが分かった。
「ふふふ…あっ、そういえば…私、これを買ってきたんでした。」
そう言い美汐が出したもの…それは…
「あっ、肉まんだ〜。」
「にゃぁ〜。」
真琴と同じようにぴろもまた歓喜の声を上げた。
「はい…みんなで食べましょう。」
「うん。」
草原の中…みんなで肉まんを食べあう…そんな幸せな光景…そう、俺の望んだ結末…
「それにしても…遅いですね…」
美汐がそう呟いたとき…草原の向こうからやって来た人物…
「お〜い。真琴〜、美汐〜。」
「あっ、祐一。」
「悪い!ちょっと寝坊しちまった。」
(あれは…俺だ…。なんでだ?俺はここにいるはず…)
そう思った瞬間…目の前は真っ白な空間に変わった…
次に見えた光景…それは二人の少女の姿…でも、俺はその二人の事を知っていた。
「あはは〜。それにしても動物園。楽しみだね、舞。」
「…そうでもない。」
「また〜…嘘なんかついちゃって。」
「私は…嘘なんか言ってない。」
「だめですよ、舞。眼の下にくまができてますよ。」
「………」
「舞のつく嘘は、佐祐理はお見通しですから。」
ぽかっ…図星をつかれた舞は佐祐理の頭を軽く小突いた。
(舞…佐祐理さん…)
楽しそうに歩いていく二人…以前は当たり前のようだった日常の風景。
(これも…俺の望んでいた結末の一つなのか?)
(そうだよ…祐一ちゃんが望んだ結末…幸せな日常だよ。)
「あれっ…?まだ来てないですね?」
「たぶん…また寝坊。」
「そうじゃないみたいですよ。ほら、約束の時間よりも30分も早い。」
「…ほんとだ…」
「う〜ん…楽しみなあまりに、早く着すぎてしまいましたね。」
「…どうする、佐祐理?」
「う〜ん…そうだ。舞、しりとりしましょう。」
「…負けない…。」
心地よい春の日差しの中…二人の少女はベンチに腰掛けしりとりを始めた。
「それじゃあ、佐祐理からいきますよ。」
「そうですね〜…じゃあ、しりとりの『り』から…りんご。」
「ご…ご…ごりらさん。」
「舞…『ん』がついたから負けですよ。」
沈黙………
「…もう一回。」
負けず嫌いな舞は再戦を申し込んだ。
「いいですよ。それじゃあ…からす。」
「す…す…スカーフ…」
「ふ…フラッペ。」
「ぺ…ぺ…ペンギンさん。」
「…舞…また、『ん』がついてますよ。」
「ぺ…ペンギン。」
舞はそう言い直したが『ペンギン』では、どちらにしろ『ん』がつく。
「…もう…しりとりは終わりにしましょうか。」
「…そうする。」
はたから見たらつまらない日常の1ページ…でも、そんな日常が俺達にとっては幸せだった。
「あれっ…?二人とももう来てたのか?」
「あっ、祐一さん。」
「…祐一が遅かったせいで、佐祐理に負けた。」
「?…何の事だ?」
「じつはですね〜…」
ぽかっ…。再び佐祐理に突っ込みを入れる舞。
「あはは〜、何でもないですよ。さぁ、行きましょう。」
3人で並んで歩き他愛もない会話を交わす…そんな日常の風景が…光の中に消えていった…
「お姉ちゃん。こっち、こっち。」
「そんなに急がなくても、中庭は逃げないわよ。」
次に見えてきた光景は、学校の中庭だった。
そして…そこにいるのは二人の姉妹…
(今度は栞に、香里…一体これはなんなんだ?)
(これはね、祐一ちゃんが望んだ結末…
…訪れるかもしれなかった、夢の欠片…)
(夢の…欠片。)
「ここらでいいでしょ?」
「う〜ん…そうだね。じゃ、広げようか?」
そう言いながら二人は先ほど持っていたバッグから何かを取り出した。
バッグから出てきたもの…それは、敷き物に…水筒、それにいくつものお弁当箱。
「う〜ん…栞。これは多すぎるんじゃない?」
敷き物に並べられたお弁当箱の数は六つ…どう考えても、二人だけで食べられる量じゃない。
「大丈夫だよ。祐一さんが残さず食べてくれますから。」
「…相沢君でも無理だと思うわよ。」
「大丈夫、祐一さんなら無理してでも食べてくれますから。」
栞は口元にちょんと指を当てながら笑顔で言った。
そんな栞を優しい笑顔で見つめる香里。
そんな微笑ましい姉妹のやり取り。
二人がずっと夢に見ていた日常の風景…でも、それは叶わない夢だったはず。
(だけど…これが祐一ちゃんの望んだ世界なんだよ?)
(…確かにそうかもしれない。けれど栞は…)
(…もしも、奇跡がありえたら…現実ではありえない事が起こったら…)
(奇跡が起こる…そんな結末が待っていたと言うのか?)
(…それは、分からないよ。)
(なら…今、見ているこの光景はなんなんだよ!)
(さっき言った筈だよ?これは、祐一ちゃんの夢の欠片だって…)
「それにしても…祐一さん遅いですね?」
「う〜ん…遅いから、先に食べちゃおっか。」
「…そうだね、そうしようか。」
そう言い二人はお弁当箱のふたを開け始めた。
お弁当の中にはハンバーグ、ウインナー、卵焼き…などなど、色とりどりのおかずが入っていた。
「それじゃ、いただきまーす。」
香里は卵焼きを一つ取り、口に運んだ。
その様子を栞はじっと見つめていた。
「どう…かな?おいしい?」
「うん。美味しいわよ、栞。」
「よかった〜…もっと食べてね。」
そんな香里の言葉に感動した栞は嬉しそうにお弁当を薦め出した。
「おっ、うまそうじゃないか?」
「あっ…遅いですよ、祐一さん。」
「悪い悪い…こいつを買ってたら遅くなっちまった。」
そう言いながら差し出した袋に入っていたのは…アイスクリームだった。
「わぁ…そう言う事なら、特別に許してあげます。」
そんな栞の笑顔…その笑顔が…泡のように…浮かんで消えた…
光の中を抜け…俺が目にしたもの…そこは見慣れたキッチン。
俺の大事な人達との生活の空間…
長い間居た訳ではないが、家族が集う場所…
(間違えない!ここは、水瀬家なんだ!)
という事は…これは、名雪との夢の欠片?
「秋子さん…でも、ボクにそんな事出来るかな?」
「大丈夫よ。頑張ればちゃんとできるわよ。」
だが…そこに現れたのはあゆと、秋子さんの姿だった。
二人は何やら冷蔵庫や戸棚をあさっていた。
しばらくして…そこに用意されたもの…それは、フライパンや様々な食材だった。
「それにしても…どうして、急に朝食を作ろうと思ったの?」
「うぐっ…だって、祐一君に食べてもらいたくて…」
「祐一さんに?」
「うん。この前作ってあげようとしたんだけど…上手くいかなくて…」
(この前…?)
俺は自分の記憶の中を探ってみた…
確かにこの前あゆの料理を食べる事になった。
だが…あれは、もはや料理と呼べるような代物ではなかった。
「そう…それで私に…」
「うん…祐一君に美味しい料理を食べてもらいたくて…」
少し沈みがちなあゆの頭に秋子さんが優しく手の乗せた。
「大丈夫よあゆちゃん。頑張れば、きっと美味しいものが作れるから。」
そう言いながら優しくあゆの頭を撫で回した。
「うん。ボク、頑張るよ秋子さん。」
「その意気よあゆちゃん。それじゃ、始めましょうか。」
そう言い、二人は料理を作り始めた。
「えっと…お味噌汁は煮干でだしを…」
「あぁ、あゆちゃん。そんなにいれなくても大丈夫よ。」
「えぇっ!そうなの?」
「えぇ。そんなにいれなくても、十分だしはとれるわ。」
「うぅ…それじゃ、少し取り除くね。」
「あゆちゃん?なんだか焦げ臭くない?」
「えっ……あっ、目玉焼き!」
そう言いフライパンの火を消し慌てて中を覗く…
「うぐっ…少し焦げちゃった。」
「だ…大丈夫よ。お味噌汁は普通に出来てるから。」
少し涙目なあゆを秋子さんがそう慰める。
「おっ…なんだか良い匂いじゃないか。」
「あら…祐一さん、おはようございます。」
「祐一君、少しまっててね。今、とびっきり美味しい朝ご飯作るから。」
「ほほう…それなら、楽しみに待つとしようかな。」
「うぐっ…なんだか嫌な笑いだよ。」
そう言い、いつもの席に座る俺…
「うぐっ〜!あつい〜!!」
「あっ、あゆちゃん。落ち着いて。」
「…ホントにちゃんとできるのかよ?」
慌ただしくもどこかホッとする光景…そんな普通の一日の始まりが、今…消える。
視界が開けた瞬間…俺は不思議な空間にいた。
真っ黒な場所…だけど不思議と地に足はついている。
「祐一ちゃん…どうだった?あなたが望んだ夢の欠片は?」
そんな声と共に目の前に瑠璃子さんが現れた。
「さっきのは…あんたが?」
「…そうだよ。私が、祐一ちゃんの夢の欠片を形にしたものだよ。」
「あれは…俺の未来だったのか?」
「そう…祐一ちゃんの望んだ未来だよ。」
そう言い瑠璃子さんが俺の目を見詰めた瞬間…
不意に、瑠璃子さんの後ろに四本の光の筋が現れた。
「ねぇ、祐一ちゃん…もう一度聞くよ。祐一ちゃんが選んだ結末は…あれで良かったのかな?」
「そ…それは…」
「あんな未来よりも…もっといい未来が見えた今でも…?」
確かにこんな結末よりも、もっと楽しい未来…
「今なら…私の力で、今見せた未来にいけるんだよ?」
俺が持っていた夢の欠片達…
それは、俺が心から望んだ結末。
「さぁ…私の手を取って。祐一ちゃんが望む結末に連れてってあげる。」
そう言い瑠璃子さんが俺に手を差し伸べてきた。
この手を取れば今より楽しい未来が待っている…けど、
「…悪いけど…それは出来ない。」
「どうして?…祐一ちゃんが望む世界に行けるんだよ?」
「…確かに俺が望んだ世界かもしれない…だけど、その世界に名雪はいないんだ。」
「祐一ちゃん…」
「俺は約束したんだ、何があっても必ず…名雪の傍にいるって。」
「でも…名雪さんは、祐一ちゃんを拒んだんだよ?」
「でも…まだそう決まったわけじゃない、まだ時間はある。」
「その行為が無駄な事だとしても?」
「あぁ…白い雪に覆われる冬も、街中に桜の舞う春も、静かな夏も、目の覚めるような紅葉に囲まれた秋も……そして、
また雪が降り始めても…俺は名雪の傍にいる…そう決めたんだ。」
「祐一ちゃん…」
「だから…その手は、俺には取れない。」
俺ははっきりとそう答えていた。
名雪のいない世界…そんな物は存在している事が無意味なのだから。
「…そう…それなら、私は…もう何も言えないよ。」
瑠璃子さんはそう言うと挿し出していた手を引いた。
「それじゃぁ…私が見せた夢はここでお終いだよ。」
「そっか…じゃあもうお別れなのか。」
「そうだね…私も、もう帰らなくちゃいけないから。」
「…なぁ、また…会えるかな?」
「…祐一ちゃんが望んだら…」
段々と辺りが真っ白な空間に変わっていく。
…それは、夢の終わり…
「祐一ちゃんなら大丈夫だよ…」
最後にそんな瑠璃子さんの呟きを聞きながら…
今、夢が…終わりを告げる…
目を開けたとき…そこは、元の駅前だった。
ふと時計を見上げると、その針は午前0時10分前を指していた。
「今のは…夢だったのか?」
先ほどまでの出来事は全て極限状態の俺が見た幻だったのか?
あの『月島 瑠璃子』という少女も全てが…夢?
もう…頭の中の記憶すら曖昧なものになっていた。
「…やっぱり…ただの夢だったのか。」
頭の中ではそう割り切ってはみたものの、
あの瑠璃子という少女の吸い込まれるような瞳だけは脳裏から離れなかった。
ただ…一つだけはっきりしている事があった…それは…
「もう…今日の終わりか…」
時計の針は午前0時を指し…
今日が終わりを告げ、明日が始まろうとしているという事だった…
それと同時に、俺は…約束を守れなくなった…
「あの時のあいつも…こんな感じだったんだよな。」
来るはずのない俺を一人待ちつづけたあいつ…
降り積もる雪の中…何時間も、何時間も待ちつづけていた…
全てが終わったと分かった今…俺はこのまま消えてしまいたかった。
自分にとって一番大切な人…その大切な人を守れなかった。
今、目を閉じてしまえばそのまま消える事ができるだろうか?
そう思い俺は静かに目を閉じ全身から力を抜いた…
今までの思い出が頭の中を駆け巡ってゆく…これが、走馬灯だろうか?
そして…その意識すらも途切れようとした刹那、
「…雪…積もってるよ。」
そんな声が聞こえ…目を開けた先、俺の目に移った少女…
「それは、お互い様だろ。」
俺と同じように頭に雪を積もらせ、息を切らせていた名雪だった。
「…祐一…私強くなれないよ。だから…祐一に甘えてもいいかな?祐一の事…支えにしてもいいかな?」
「言ったろ…俺はずっとお前の傍にいるって。」
「じゃあ…約束して。もう…絶対破らないって。」
そう言い名雪は自分の小指を差し出してきた。…だから、俺は…
「約束する…今度は絶対に破らない。」
なんとか腕を動かせ自分の小指を、名雪の小指に絡ませた。
今度は約束を破らないという気持ちをせいいっぱいこめながら…
「あっ…忘れてたよ。これは私の気持ち…」
名雪の唇が触れ俺の唇がほのかに暖かくなった。
そして、名雪は俺の冷え切った身体をそっと抱きしめてくれた。
「もう…離さないよ…私は…祐一の事が好きなんだから…」
「あぁ…約束…だからな。」
名雪のぬくもりを全身で感じた瞬間…俺の視線の先に人影が飛び込んだ。
「瑠璃子…さん。」
彼女はそっと微笑むと、再び降りゆく雪の中に姿を消した。
「祐一…?どうかしたの…?」
「…いや、もう少し…こうしててくれ…」
今、感じる…大切な人のぬくもり…俺はもう…迷いはしないだろう…
なぜなら…俺は……名雪のことが、本当に好きみたいだから……。