Abendsonne
夕暮れのザールブルグ。
淡い光が、一日の終わりを告げるかのように街並みを紅く包み込んでいく時刻に。
様々な店が建ち並ぶ職人通りを、一人の青年が駆け抜けていった。
青年はなにやら思い詰めた顔で通りを走り、赤い三角屋根の建物の前で急停止した。そのままの
勢いで扉を開け放つ。
「エリー!」
半ば怒鳴るようにその名を呼び、室内を見まわした。
明かりのない部屋は夕暮れ時でもあって薄暗かった。飾りっ気とは無縁と言える部屋でも、この家
の主が必要とするであろう、最低限の家具は揃っている。テーブル、棚、勉強机、大きな鍋・・・
だが。
青年は無意識のうちに歯噛みした。他にも。他にもなければならないものが、あるべきはずのものが
全てなくなっている。
カーテンがない。観葉植物がない。本がない。器具がない。調合品がない。主が−−−いない。
「くそっ!!」
一言吐き捨て、再び通りへと飛び出す。
沈み行く西の夕日。
穏やかなはずのそれは、今や青年−−−ダグラス・マクレインにとって、焦燥を掻き立てる要因でしか
なかった。
エルフィール・トラウムがどんな人間か述べてみよ、と問われたとするならば−−−−
能天気。鈍感。お人よし。ドジ。間抜け。おっちょこちょい。無鉄砲。バカ正直。
人によって見方は変わってくるわけだから、こう回答することで全問正解を得られるとは思っていない。
だが少なくともダグラスが思っていたエルフィール・トラウムとは、そういう人間だった。それは出会った
頃から変わっていない。
出会った頃。そう、初めて会った時の彼女は本当に何も知らない、正真正銘の田舎娘だった。
「・・・あのぉ」
4年前。いつものように城門前を守備する職務についていて。暇を持て余していたダグラスに声をかけて
きたのは、変わったデザインのオレンジの服に輪っかのようなものを頭に乗せた、なんとも頼りない雰囲気
を持った少女だった。少女は彼の背後にそびえ立つ城を指差し、好奇心一杯の顔で聞いてきた。
「ここ、お城ですよね?入ってもいいですか?」
「はあ?」
思わず眉をひそめる。城に入れてくれ?何を無茶なことを言い出すんだ、こいつは。
「バカかお前?ただの一般人が許可証もなしに城に入れるわけねぇだろうが」
「・・・駄目なんですか?」
「ばっ・・・当たり前だろ!?誰でも気軽に入れる城がどこにあんだよ!−−−ほら、他に用もねぇなら
さっさと帰れ!ここは子供の遊び場じゃねぇんだよ!」
「そうですか・・・。なーんだ、見学したかったのになぁ・・・」
ダグラスが腕を振って怒鳴りつけると、少女は落胆した様子で呟き、未練がましく城を見上げた。だが何
か思いついたのか、「あっ」と小さく声を上げると、視線をこちらに転じて聞いてきた。
「さっき許可証がなければって言いましたよね?ってことは許可証があれば入れるってことですよね!?
それってどうやったら作れるんですか!!?」
どうあっても入るつもりらしい。
ダグラスは呆れ返り、希望にキラキラ輝く褐色の瞳を見返していた−−−−
エルフィール・トラウム−−−エリー。錬金術士の卵。彼女との馴れ初めは、そんなようなものだった。
バンっ!!
乱暴な扉の開く音に、飛翔亭のマスターであるディオは磨いていたグラスから顔を上げた。
「ディオ!おい、マスター!エリー知らねぇか!?」
音の発生源はダグラスだった。もう仕事は終えたのだろう。私服姿である。彼は荒い息でカウンターへと
歩み寄り、詰め寄るように身を乗り出してくる。
「おい、どうなんだよ!?」
「・・・エリーなら昼過ぎに来たぞ。でかい荷物抱えて、今までお世話になりましたって挨拶しにな。今
頃は他の連中に挨拶しに行ってるか、でなけりゃもう・・・」
ディオが皆まで言い終わる間もなく、ダグラスは彼に背を向け、開け放ったままの扉へと走り出し、日暮
れに差しかかりつつある通りへと消えて行った。
「・・・・・・」
ふと視線を感じてそちらを見やると、隣のカウンターで客に出すための酒を用意していた弟のクーゲルが
静かな視線を向けてきていた。
「・・・本人から何も言われてなかったのか?」
「さあな・・・まあ今までが今までだったし、色々と複雑なもんがあったんだろ」
言って肩をすくめてみせる。クーゲルは小さく頷き、ダグラスが消えていった扉に顔を向けた。
「まるで進歩がなかったからな・・・これで何かが変わればいいんだが」
エリーが採取で外に出る時は、大概ついて行った。
どうにも頼りないものを感じずにはいられない彼女が、妙に危なっかしく思えて。放っておけずに行動を
共にしていたわけだが、ダグラスはすぐにそれが正しかったことを知った。
目的の材料があると知れば、山だろうが海だろうが平気ですっ飛んで行く。どんなに脅威な魔物が出よう
と知ったこっちゃない。周りの状況も考えずに飛び出していく。負う傷が軽傷でも重傷でも、材料が手に入
ればにこにこしている。
危険を省みない行為。おかげで何度冷や汗をかかされたことか。
こんなエリーではあったが、自分の夢を語る時の彼女の目は、驚くほどに真剣だった。
「病気で死にそうになっていた私を助けてくれた錬金術士−−−マルローネさんのように困った人を助け
られる、立派な錬金術士になりたいの。皆が幸せになれるようなものを作り出せる錬金術士に」
「自分のしたちょっとの事が皆を笑顔にする・・・それってすごく素敵な事だと思うんだ」
そう言って微笑む彼女は、やけに大人びて見えた。
ダグラスも火竜を倒した剣聖エンデルクを倒すという夢を持っている。内容は違えど、夢を持ち、それに
向かって日々努力する姿には親近感と共感、そしてライバル意識を感じさせて。何かと世話を焼きたがった
のは、「危なっかしいから」ということだけではなく、そういったものからも来ていたのかもしれない。
街のどこを探してもエリーは見つからなかった。
アカデミーも、飛翔亭も、武器屋も、雑貨屋も、教会も。どこにもいない。
だがダグラスは走るのをやめたりはしなかった。見慣れた風景をぐんぐん追い越し、思いつく限りの場所
に足を運ぶ。見知った相手を捕まえては、エリーの居場所を問い詰めた。
「エリー!!」
街の喧騒に負けないくらいの大声で叫ぶ。
「エリー!どこだよ!!」
悲痛なほどのその声は、街の通りに溶け込み、霧散する。答えてくれる者はいない。答えてほしい者がこ
こにいない。
追い詰められたように叫ぶダグラスを、周りの人間は不思議そうに見つめていた。その視線が自分を嘲笑
っているように見えて、ダグラスはどうしようもない苛立ちを覚えた。
友人であり、護衛主であり、妹のような存在のエリー。だが、その認識が変化を表すようになっていった
のはいつからだっただろう?
エリーが笑うとドキリとして、ちょっと触れただけで頭に血が昇る。彼女に会えないと妙に寂しく、他の
男と親しげにしているところを見ると腹が立った。
今までに感じたことのなかった、見知らぬ感情。原因がわからず戸惑うダグラスに、答えをくれたのは踊
り子ロマージュのからかい言葉だった。
「ダグちゃんは本当にエリーちゃんが好きなのねぇ。恋する青年は純情だわぁ」
それを聞いた時には愕然とした。好き。恋。俺が?エリーを?
次の瞬間には、羞恥から顔が熱くなるのを感じた。だが同時に妙に納得している自分にも気がついた。最
近やけに意識するようになっていたのはそのせいか、と。
だがしかし、恋だとは。この自分が。ガラにもなく。色恋沙汰とは無縁だと思っていたのに。
エリーを好きになった理由は、正直なところよくわからない。そもそもこういう場合の理由というものは
後からのこじつけにすぎない。「いい」と感じた瞬間瞬間が積み重なって「恋愛」という感情を生み出すの
だ。その感情が生まれ出た瞬間など、そうそうとわからない。
なんにしろ、この感情を拒否するつもりはない。こうなったからには、それに従うまでだ。
だが、不器用で色恋沙汰に疎いダグラスに気持ちを伝える術があるはずもなく、かといって日に日に強く
なる想いをどう対処すればいいかもわからず、悩みばかりが増えていっていた。
友達以上恋人未満。それはもどかしくもあり、居心地のいいものでもある。このまま何も言わずとも、時
が自然と想いを伝えてくれるんじゃないか。そんな風にも思った。
だがそれはただの甘えにしかすぎなくて。都合のいい考えを持っていたダグラスに戒めを与えるかのよう
に、2週間前のあの日、エリー本人から、ダグラスが密かに恐れていた言葉を聞かされた。
「私ね、卒業したらザールブルグを出ようと思うんだ」
それは突然の言葉で。にわかに理解できず、ダグラスは動きを止め、しばしエリーを見つめた。
いつものようにエリーの工房に依頼に来て、お茶をごちそうしてもらうことになって。ミスティカティと
とチーズケーキを出されてちょっとした後に、彼女の口から飛び出した言葉がこれだったのだ。
「・・・なんだと?」
「ザールブルグを出るの。それでロブソン村に帰ろうと思ってる。ずっと悩んでたんだけど、やっぱり村
の皆が心配だから。あそこにはお医者様もいないし」
エリーが困ったような寂しいような、複雑な微笑を浮かべて言った。呆然としていたダグラスはそれにハッ
と我に返り、イスを蹴倒すような勢いで立ち上がった。テーブルの上に身を乗り出す。
「ちょっ・・・待てよ!出て行くって、工房はどうすんだよ!?放って帰るってのか!?」
「工房はもともとアカデミーからの借り物だもん。卒業するとなったら返さなくちゃ」
必死で叫ぶダグラスに対して、つとめて冷静なエリー。彼女は静かに微笑んだままで、
「ザールブルグの皆には本当に感謝してるよ。ダグラスにも。・・・離れるのはすごく寂しいと思うけど、
今のロブソン村には私が必要なんだと思う。もう決めたことだから。今まで迷惑ばっかりかけちゃっててごめ
んね」
きっぱりと言い切る、決意を秘めた褐色の瞳。出会った頃の何も知らなかった少女の瞳とは、まるで別の光
を持っていた。それを真っ向から受け止められず、ダグラスはテーブルに手をついたままうつむいた。
ショックだった。鈍器で頭を強く殴られたような気分だ。心臓の音がやけに大きく聞こえる。胸が苦しい。
なのに。
エリーはどうだ?寂しいと言いながらも、やけに落ち着いている。「ダグラスがいなくても全然平気」とで
も言いたげに。俺の気持ちも知らないで。こんなに苦しんでるのに。俺が、こんなに・・・。
胸の痛みが最悪な考えを生み出していく。根拠のないそれは、次第に怒りへと変わっていった。
「・・・バッカじゃねぇの?半人前の落ちこぼれのくせして、主張だけ一人前ぶりやがって」
辛辣な言葉が口に出る。
「え?」
「ふざけんじゃねぇぞ・・・さっきっから調子づいたことばっかぬかしやがって。私が必要?うぬぼれんじゃ
ねぇ。ドジってばっかのお前に何ができるってんだ」
その言葉に困惑していたエリーもさすがにムッときたらしく、怒ったように反論してきた。
「別にうぬぼれてなんかいないよ。そりゃあ私は、マルローネさんに比べればまだまだだけど、ある程度の
薬は作れるようになったし、エルキシル剤だって・・・」
「そんなこと聞いてるんじゃねぇ!!!」
ガンッ!とテーブルに拳を叩きつけた。カップと皿が跳ね上がる。ビクッ、と怯えたようにエリーが体を震
わせた。
「お前はいつもそうだ!なんでもかんでも一人で抱え込んで勝手に決めつけてよ!なんなんだよ!そんなん
で勝手に傷ついて苦しんでるんだ、苦労もねぇよな!!周りの人間の気持ちも考えないで、迷惑かかるからっ
てそっちの方がよっぽど迷惑なんだよバカ!!だからお前は鈍感なんだ!この筋金入りの鈍感女!少しでも俺
の気持ちを考えたことあったか!?」
先走った感情が、支離滅裂な言葉となって飛び出してくる。違う。こんなこと言いたいんじゃない。何を言っ
てるんだ俺は。ああ、エリーが見てる。呆然としていた顔が、みるみるうちに失望と落胆の色に変わっていく。
「わ、私は・・・」
「結局はどうだっていいんだろ?俺のこともザールブルグのことも。社交辞令で一応言っとこう、くらいに
しか思ってないんだろ?ああ、そうかいわかったよ。もういいよ。どうだっていい。お前が出て行こうが何し
ようが関係ねぇ。むしろせいせいするよ!お前なんかどこにでも行っちまえ!!」
言うだけ言って、向かいでひどく傷ついた表情をしているエリーに背を向け歩き出す。背後から彼女の呼び
止める声がしたが、振り向く事もせず、ダグラスは後ろ手に乱暴に扉を閉めた。そのままの体制でしばし棒立
ちし−−−扉に背を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。力なく呟く。
「・・・本当・・・最低だよな、俺って・・・」
ここにいてくれと。そう言いたかっただけなのに。ただそれだけのことなのに。
なんであんなことを言ってしまったんだろう?
夕日はもうその姿を完全に隠しつつあった。
淡い紅が薄い紺に変わっていき、一日の仕事を終えた人々が家へと帰っていく。
街はこんなに穏やかな空気に包まれているのに、自分はそれに反するように焦燥に苛まれている。
「エリー・・・なんでいねぇんだよ・・・!」
悪態をつく。息が切れて、疲労感で一杯で。へたり込みそうな体に鞭打って、ダグラスはひたすら走り続け
た。
あの日からエリーとは会っていない。謝るべきだとはわかっていたが、どうにも会わせる顔がなく、悶々と
した日々を送っていたのだ。
だが、それがまずかった。
ついさきほどに。いつものように仕事を終え、自宅に帰ろうとしたダグラスを、エリーの親友であるアイゼ
ルが訪ねてきたのだ。彼女は不機嫌な顔で、
「・・・さっきエルフィールが挨拶にきたわ。今日ロブソン村に帰るんですって。あの子、やけに暗い顔し
てたわよ。あなたまた何か言ったんじゃないの?」
帰る・・・!?なんだよそれ!?卒業までまだ3ヵ月もあるじゃねぇか!!どういうことだよ!?
「知らないわよ、そんなの。・・・ただ卒業の日にはまたザールブルグに戻ってくるとは言ってたけどね。
その後もここに留まるとは言ってなかったわ。今頃は工房に帰って身支度でもしてるんじゃないの?」
そう言ってそっぽを向くアイゼルの目は、赤くなっていた。今思うと、彼女は泣いていたのかもしれない。
そうして今自分はこうやって駆けずり回っている。エリーを求めて走っている。
「エリー・・・エリー・・・」
もう叫ぶ事もできず、掠れた声で彼女の名を呼んだ。呪文のように、何度も何度も。
言いたい事がある。話したい事がある。今度こそ素直になるから。ちゃんと伝えるから。だから・・・
「エリ・・・」
リンゴーンッ、リンゴーンッ、リンゴーンッ、リンゴーンッ、リンゴーンッ・・・・・・
突然の音に思考を中断され、ダグラスはビクッと反応して、弾かれたように顔を上げた。
教会の鐘の音。
夜の訪れを伝える鐘の。
高い鐘楼がダグラスにこう言っていた。
(タイムリミット)
彼はその場に立ち尽くした。
何分も何分も−−−立ち尽くしていた。
あれからどれくらい時間が経ったのだろう?
夕日はもう沈みきった。辺りは闇に包まれている。
ダグラスは中央広場の噴水の縁に腰掛け、ぼんやりとしていた。
結局エリーは見つからなかった。もしかしたらエリーはアカデミーを出てすぐに馬車乗り場に行っていたの
かもしれない。きっとそうだ。飛翔亭に来たのも昼過ぎとか言ってたし。つまり散々駈けずり回ったのはすべ
て無駄だったわけだ。そう思うと、急に馬鹿馬鹿しくなって笑いが込み上げてくる。
「ははは・・・情けねぇ・・・」
一人で勝手に困惑して舞い上がって期待して落胆して逆ギレして懊悩して。なんて見苦しいんだろう。自分
の存在が非常に疎ましく思えてくる。
「結局は・・・怖かったのかもな・・・」
あの日。ただ一言「好きだ。側にいてくれ」と言えばよかったのに、それをしなかったのは怖かったからだ。
拒否されたら。はねつけられたら。その可能性が彼を臆病にしていたのだ。
今までだってそうだ。告白するチャンスはいくらでもあったはずなのに、自分に理由をつけて逃げ回ってい
た。傷つく事を恐れて逃げていたのだ、自分は。
その結果が−−−これだ。エリーはもういない。そして自分の身勝手なわがままが、彼女を傷つけたのだ。
その事実は変わらない。もうどうしようもない。
喪失感と虚無感がずっしりとのしかかる。なんにもする気が起きなくて、立ち上がることすら億劫で、ダグ
ラスは力なくうなだれていた。
ざっざっざっ・・・
しばらくして、遠くから音が響いてきた。小さな足音。誰のものかは知らない。確認する気も起きない。
どうでもいい気分で、その音を聞き流していた。
ざっざっざっざっ・・・ざっ。
足音はしばらくして止んだ。なぜか、ダグラスの目の前で。
「・・・・・・?」
いつの間にか近づいてきていたらしい。ダグラスは怪訝に思い、視線を上げた。そこに−−−
エリーが立っていた。
「・・・・・・え?」
思考が追いつかず、勝手に声が漏れる。思わず目をこすり、改めて見ても、やはりエリーが立っていること
に変わりはなかった。
見慣れたオレンジの服に、頭にのった輪っかのようなもの。大きな荷物と杖を手にして、迷子になった子供
のような顔でこちらを覗き込んでいた。
「・・・ダグラス?」
「エ・・・リー?なん・・・街を出たんじゃ・・・」
「出たよ。そのまま村に帰るつもりだった。でも・・・戻ってきちゃった」
泣き笑いのような顔でエリーは言った。
「・・・ただいま。なんか久しぶりだね」
その言葉に、予想外の展開に混乱していたダグラスの頭の中で何かが弾けた。
「このっ・・・馬鹿野郎!!俺になんの挨拶もなしに出て行きやがって!久しぶりだねって何ぬけたことぬ
かしてやがる!!どれだけ探したと思ってるんだ!!俺が一体どんな気持ちで・・・!!!」
勢いよく立ち上がり、怒鳴り散らす。だがエリーが怯えたように肩をすくませるのを見て、ダグラスはハッ
と我に返った。これではこの間と同じだ。
「あ・・・いや、違う。違うんだ、そうじゃなくて。こんなこと言いたいんじゃなくて、言いたいのは別の
ことで、この間は悪かったってわけで、えーと」
焦っているせいか、うまく言葉が出てこない。そうしているうちにエリーがうつむき加減に、
「・・・だってダグラスがどこにでも行けって、せいせいするって言うから・・・」
「うっ・・・」
ダグラスは言葉に詰まって視線を宙に泳がせた。言うべき言葉を捜しているうちに、エリーが続けてくる。
「だからダグラスが私の事迷惑がってるなら、すぐにでも街を出るべきだって。これ以上嫌われたくないし、
迷惑そうな顔も見たくないって思ったから。だから挨拶にも行けなくて・・・。でも、でもね。馬車がザール
ブルグを出た途端に、急に頭の中がダグラスで一杯になって、すっごくすっごく会いたくなって、悲しくて悲
しくてしょうがなくなって・・・」
うつむいているエリーの声が震えてきた。
「あれでおしまいなのかなって・・・もう会えないのかなって・・・。大げさだよね、今生の別れでもない
のに・・・なんかもう、一生会えないような・・・気が、して・・・それ、で、馬車降り、て、歩いて・・・
ここまで・・・来て・・・それで・・・それで・・・」
「エリー・・・」
ダグラスはしゃくり上げ始めた彼女の腕を掴んで、自分の方に引き寄せた。華奢な背中に腕を回し、ぎゅっ
と抱きしめる。そのまま耳元に顔を寄せ、不器用に言った。
「その・・・この間は悪かった。ひどい事言っちまって・・・。でもあれは本心からじゃないんだ。お前が
出て行くって聞いて、気が動転して、それで・・・ああっ、くそ!」
エリーを抱いたまま頭を掻き毟る。こんな時こそ、自分の口下手さ加減に嫌気がさす。本当に言いたいのは
こんなことではなく−−−
「好きだ」
短く、はっきりと。ダグラスは言った。その囁きに腕の中のエリーがピクッと体を震わせた。
「ずっと好きだった。お前の事が。だから−−−どこにも行くな。俺の側にいてくれ。これからもずっと」
「ダグラス・・・」
涙に濡れた顔を上げ、こちらを見上げてくるエリー。彼女は震える声で、
「いいの?私・・・私、また甘えちゃうよ?無茶な事もして、迷惑もかけて、それで・・・」
「迷惑だなんて思っちゃいねぇよ。どうしてくれたっていい。これからもお前は俺が護る。他の奴になんか
絶対ぇ渡さねぇ。嫌がったって離さないからな」
エリーの言葉を遮って言う。確かめるように抱きしめる腕に力を込めた。ダグラスの言葉にエリーはしばし
沈黙し、やがてずっと下ろしていた腕を彼の背中に回して、強くしがみついてきた。
「うん、うん。わた、私も、私もダグラスが好きだよ。1番好き。ずっとずっと一緒にいたい」
それにダグラスはエリーの髪に顔を埋めたまま、何度も頷くことで答えた。
ずっと求めていた言葉。ずっと求めていた彼女が、今目の前にいて自分の腕の中にいる。それだけでこんなに
も穏やかな気持ちになれる。安堵感が胸を満たしていく。
ふとエリーがダグラスの胸に押し付けていた顔を上げ、にっこりと笑いかけてきた。ダグラスも微笑み返す。
そのまま彼女の顎に手をかけ、顔を近づけていった。ゆっくりと、少しづつ。
目を閉じる瞬間に、エリーが頬を染め、同じように目を閉じたのが見えた−−−−
エルフィール・トラウム。愛称エリー。錬金術士の卵。それがどんな人間かといえば−−−
明るい。前向き。天真爛漫。真面目。努力家。優しい。親切。
そして。
世界で1番大切な女性。
<あとがきという名のいいわけ>
この話における突込み点を探して見ようの会。
1.無駄に長い。
2.タイムリミットって時間制限があるわけじゃないんだから。
3.歩いてきたって、エリーちゃん、あなたタフね。
4.もっとこう・・・簡潔な文を書けんのか、ウエキよ。
以上。いやまだあると思いますが(爆)どうぞ、他にも探して心の中で突っ込んでやって下さい。
この話はダグラスの心情を中心としたものですが、三人称で話を進めていきました。副題としましては
「走馬灯ダグラス」(違)ちょっとありきたりかな、とも思いましたが、なんというか、ごめんなさい(汗)
大好きなダグエリなだけに緊張しました〜。く、口説き文句って難しいですね。シェンク兄弟の話し言葉
がうまくつかめなかったです・・・特にクーゲルさん。文才がないもので他にも至らない点もあると思いま
すが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。次はギャグっぽいのを書いてみたいっす(まだ書く気か)。
*ちなみに「Abendsonne」はドイツ語で「夕日」という意味です。
いや、後半夜になってますが(爆)。もう書き逃げ。
<ウエキ ナエ>