彼という孤独



 ――私はあなたにとって、『かたきの1人』かもしれない。それでも、私にはあなたが救いだった。

 外に雨が降り始める。
「楽羅さん、私、呼ばれてますので、先に眠って下さって構わないです」
 はっ、と彼女の声に我に返る。
「……ええ、ありがとう、透くん」
 小綺麗に片付けられた部屋の大きなベッドの脇に布団が引いてある。
 ――きっと、そのどちらにも私が身を沈めることはないだろう……。
 軽く握ったスカートの裾が、ぎりっと悲鳴を上げるのをぼんやりと聞いていた。
「――具合でも悪いのですか?」
 部屋を出ようとした透くんが素早く戻ってきて私の顔を覗き込む。
 ――見ないで、見ないで。明日には笑えるから、今だけはどうか私を見ないで一一……!
 心の叫びは決して喉を通ることなく私は自分でわかるほど力ない笑みを浮かべた。どうかこれでごまかされてくれますように。
「大丈夫よ、ちょっと疲れちゃっただけ」
 叫びではなく、言い訳を取り繕おうとしている私はみじめ。それでも、彼女は傷つけたくないと心の底の自分が強く願っているのを感じてる。
「では今日は、ゆっくり休んで下さいね」
 そう云って彼女は部屋を出ていった。
 始まる。
 大きく息をつく。安堵か緊張か自分でもわからない。
 ――彼女は、これから本当に救おうとしている『彼』も、自分も救ってくれた。無条件に差し伸べられる優しい手を、私も取ったのだ。
 傷を嘗め合うみたいに、彼と結ばれてしまいたかった一一その甘い夢が今夜、消えてしまう。
 気持ちはまっすぐに、例え同類同志だとしても、人として、好きだった気持ちは本当。
 ――伝わったかは……わからないけれど。
 視界が歪んでいくのは雨のせいだ、きっと。ぽろぽろと頬を伝うのは、閉めた窓から飛び込んだ雨の雫だ。
 私を知ってそれでも笑ってくれた頃に戻れたら、どんなに幸せだろう。
 だがそれは夢だ。
 甘くはかないひとときの夢。
 私は、生きていくことを決めた。彼に救われ、これから愛していくために。
 私はきっと、彼を癒してあげられない。
 自分の身を呪うのはそういう時だ。
 幼い日はもう返ってきはしない。それでも、彼が私を救ったように、いつかは彼のことを助けてあげたかった。その想いは今も変わらない。
 それは淋しくて哀しいけれど、彼が救われることが、今は嬉しい。
 END