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――自分は何も持っていないんだ。そういう風に、見えるだけで……。
さらさらと手のひらをすり抜けていく一一そんな感覚が抜けない。
長い夜が終り、昨日からずっと降っていた雨も止み、陽が出て、窓から光が差し込み始めるが、身体と心が気怠く重い。
彼は、孤独から放たれた。
やがてずっとそばにあった愛にも気付くのだろう。はたから見てもただのすれ違いだった一一、その誤解も近いうちに解ける。
この胸にある彼に対する気持ちはまたひっそりと変わっていくのだろうか……。
否、根本は変わらない。強いて云うならそれは羨望。彼は自分の出生を呪うことでかたくなに生きてきた。ただ、そんな中でも彼と気さくな仲間が談笑したりしている姿を見た。俺は自分を自分として保っているのが精一杯だったのに。
そうやってつっぱねながら、彼女の胸に飛び込んでいく一一そういう無邪気さが針のように俺の心を刺す。
俺は一一、そんな風に彼女に救いを求めながら、素直に飛び込んでいくことに、ためらう。
もう、充分なほど彼女に救われたのに、自分はまだ救いを求めようとしているのか一一そう思ってきっと救われたいと差し伸べる手とは裏腹に心が思う。
心が一一、砂漠の中で水を求めるように、彼女を求めているのに。
素直に手を伸ばせばそこに彼女の手が差し出されることを知っているのに一一。
彼女の手からこぼれる自由の甘美。俺はかけらしらすくえなかった、それを確実に手に入れた彼。
『自由』一一それはどんな味がするだろう……。どんな風に幸せな気持ちになれるだろう……?
どす黒い感情が俺を包む。俺は優しくない。こんなにも心が醜い一一。
自分への苛立ちはやがて倦怠感に覆われていく一一思考を全て手放したくなる。
『草摩由希』を造っていることでさえ、もう嫌になる。それでも朝になれば俺は穏やかな偽りの笑みを浮かべてしまうのだろう一一長い間そうしてきたように。
心の中で悲鳴を上げていることを何事もないように覆い隠して。
――それ以外にどうすれば良いのだろう。
俺は手段を知らない。
甘えることも本心を出すことも。
知っているのはそう一一、声を出さずに泣くことだけかもしれない。そうしてこれからも生きていくのか。
外を見る。夜の闇が消え、空が白くなっていく。
雨が止もうとしていた。
それでも俺の心の雨はまだ、止まない。
END
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