「聞いてる? はーさん」
電話口で問うたのは、反応がないからではなく、自分でも珍しく気持ちが不安定だからだ。
彼がいつも電話口でもあまり相槌をうたないのは長い付き合いでもわかっていたことだから、いつもそういうことに気にせず、話し続けていたのに。相槌はあまりうたないけれど、誰よりもきちんと話を聞いてくれることを知っていたのに。
――おかしいのは、彼でなく、自分だ。
「……ああ」
問いに必ず返事をくれる彼は、煙草の煙を吐くように短く、それでも確実な答えを返してくれる。煙草を連想したので恋しく想い、手元のそれに手を伸ばし、火を点ける。
机の上に置いたテーブルにはワープロの液晶が、書きかけ一一文の途中で止まったまま一一の作品を表示している。この状態でどのくらい経ったか記憶にない。よく、電話をしながら、カタカタとキーボードを鳴らしていたが、今日はその気にならない。
――シナリオは思惑通りに仕上がっているだろうか?
「良かった、と云って良いか、わからないが」
電話口から言葉は継がれる。
その声に我に返って、意識を電話に戻す。
「――そうだね。今はまだ、良かったって云えるかもしれない……どうなるかわからないしね」
糸を操っているように見えて操られているのかもしれない。
「……でも」
そう云って言葉を切る。電話口の向こうで先を促す沈黙があり、なんとなく苦笑する。
――こういうとこがたまらないんだよなあ、はーさんてば。
「呪われていながらも、心が救われるのを見るのはいいね」
それに対してどう思っているのか、まだ自分でもわからない。自分がそうなりたいのか、あえて突き放したいのか。
「……ああ」
先程とはほんの少し違う、力のこもった相槌に少しだけ首を傾げて。
「キーパーソンはあの子だね、きっと。心が純粋で、僕には少し眩しいけれど、どんな未来を見せてくれるのか、楽しみにしたいな」
電話口の向こうが何かを云おうとした刹那、彼を呼ぶ声がした。
「慊人さんが呼んでるね。また電話するよ」
相手は短く別れの挨拶を云う。それを確認して受話器を置く。同時に、そっと目を瞑ってみた。
5センチ程開けた窓から、風が入ってきて朝まで降っていた雨の匂いを運ぶ。
その中に少しだけ、新しい季節の匂いがした。
end |
|