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今日の草摩紫呉家は透、たった独りだった。他の3人は、草摩本家の正月祝いに先ほど家を出たばかりだ。
見送ってからやるべきことを片付けて、こたつでお茶を飲む。この家に独り、という事は一度もなかったので、かなりがらんとした印象を受ける。ちょっとだけ寂しいです……心で呟いて、この家に世話になり始めた頃を思い出す。
「いらっしゃい、草摩家へ!!」
草摩紫呉の言葉で、透はこの家の住人になった。簡単です――、まだ熱の引かない頭で透は思う。
けれど、透はその申し出にこの上ない幸運を感じながらも少し不安だった。
テントで暮らすのは楽ではないが、これから生きていく上での試練だと思ってた。
母が死んで、透は『家族』と『家』を同時に失った。生まれてからずっと一緒にいた人と、住み始めて数年ほど経った狭いアパートの部屋。
幸運な事に想い出の部屋ではないが、その後透の住む『家』は与えられ、改築する前まではそこにいた。父方の祖父は優しくて、2人で静かに暮らしていた。
そもそも『家』ってなんだろうか?
暮らしの空間なのだけど、祖父の家とテントはどちらも変わりがなかった気がする。確かにテントは地にしっかりとしていなくて、飛ばされそうな不安はあったけど。
――1番はお母さんがいないこと。
葬式の時に、これだけ親戚がいたのか、と思ったほど、透は自分の血縁の人をほとんど見たことがなかった。
ずっと2人だったし、仲の良い友人もいて、それでいいのだと透は気にしなかった。だからかもしれない。2人で仲良く生きてきたから喪失感が半端ではなかった。あれ以来、透の心にはどうにも埋まらない大きな穴が空いているみたいだった。
友人はとても心配してくれて、元気になろうと努めたけど、かなり長いこと空回りした。__普段は笑っていたけれど、それが嘘の笑いなのは自分が良くわかっていた。
テント暮らしから一転、同級生の草摩由希と彼の従兄弟に当たる草摩紫呉と草摩夾との同居生活は、そんな矢先のことだった。
改築が終わるまでの約束で住まわせてもらうことになり、代わりに家事を請け負うことになった。草摩家の秘密を知ったという、ちょっとしたおまけ付きで。
草摩家の人たちは透に優しくて、自分が幸運の元にいることに感謝をする。
生活を共にしていく中で、王子と名高い由希の心の深い部分に触れたりもした。励まそうと思った言葉が、それがうまく形になったかどうかは由希に聞いてみないとわからない。そういう時に、うまく立ち振る舞えない自分を少し恨んだ。王子とかそう言われるのとは別の次元で透は由希と仲良くなりたい、と思った。
夾もそうだ。幼い頃母の話で出てきた、十二支の物語に出てくる猫。夾は異性に抱きつかれるとその猫に変身をする。嬉しくて透は早く仲良くなりたがったが今日は一向にその気配を見せない。だがある時、夾の不器用な優しさに触を知る。タイミングが合わないだけだったのだ。タイミングは自分が合わせていけばいいのだ。今日も仲良くなってくれるといい……そう思った。
楽しい日々はあっという間で、祖父の家の改築が終わった。
透はまた違う喪失感を胸に、草摩家を出る。
テレビは大晦日の寺の中継画面が流れている。初詣の時間まで後何時間もあるのに、寺はもう人であふれかえっている。
対してこの家は、テレビを消してしまえば、しんとした静寂に覆われそうだ。
――幸せは、形を変えて、降ってきます……。
目を閉じて、透は感謝を捧げる。
草摩家にいたかった。
改築後の家に来て思ったこと。ただそれは、その願いは口にすることはおろか考えてもいけないことだった。自分はまだ選択をしてはいけない。もっと大人になってからだ。
ただ祖父は、そんな透に「我慢はいけない」と言った。その言葉で、透の固い決意はふにゃふにゃに溶けてしまった。
そうして我が儘を言った時、由希と夾が透を迎えにやってきた。まるで手品を見ているみたいだった。
祖父との話し合いも済んで、いまもこうして、草摩の家に住んでいる。
一生に1度か2度あるかないかの奇跡だと透は思う。そしてとても嬉しかった。
家族のように暮らしていきたいと思った人たちが、自分を必要としてくれたことに。
最高の我が儘かもしれなかった。
『家』があって、『家族』がいる……。そこには自分の居場所がきちんとある。
皆が出ていった後、部屋から母の遺影を持ってきた。それを見つめる。
――お母さん、私は今、すごく幸せです……。
たくさんの優しい想い出と今の満ち足りた生活。いつもこれ以上ないほど幸せだと思っているけれど、それ以上に幸せで涙が出る。
ほんの少しだけ、欲を言えばもう少し母といたかった。大きくなって母に恩返しをしたかった、のに。
透に与えるだけ与えて、逝ってしまった。
――お母さんは、ちょっとずるいかも、しれません……。
テレビは毎年見ていた大晦日恒例の番組。去年は母と過ごした想い出が、透を少し感傷的にさせる。
バンッ。
その時唐紙が開いて、透は泥棒かと思って一瞬びっくりするが、入ってきたのは夾と由希だった。息も絶え絶えで、でも透の涙を拭って、2人は笑った。
「ただいま」
透はさっきとは意味が違う涙が目から零れ落ちる。
「おかえりなさい」
幸せで胸がいっぱいだった。草摩本家の方に申し訳ないと心の中で思いつつ、年末年始を彼等と過ごせることが嬉しかった。
私の家はここで……家族もここにいる。
END
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