BLUE ROSE


 ――有り得ない、奇跡は――。

 目についた、机の上の花。
 いつも佳菜が気を利かせて、はとり専用の机に花を置いてくれる。別になくてもいいと飾られた当初は思っていたが、そばにいなくても佳菜がいるような気がして、こまめに変えられる花を楽しむ余裕もできた。
「ブルーローズ……?」
 その言葉に佳菜は顔を上げて、はとりを見る。
「そ。珍しいでしょ?」
 佳菜の口調が、謎掛けのように聞こえる。世間知らずと佳菜に思われているらしいはとりでも、さすがにこれは知っていた。
「人工では出来ないと、聞いたことがある。――ああ、水を吸い上げているんだな」
 バラが入っている花瓶の水は青。確かそんな風にしか青いバラを見ることがない――とどこかの書物で読んだ。
「ええ、そう」
 バレちゃったか、と呟いて、佳菜ははとりを見て、微笑む。
「さすがに、青いバラはないって知ってるのね。なんだか、今日は気分で、白いバラを青く染めてみたの」
「――綺麗だな」
 佳菜が立ち上がって、はとりのいる机に近づく。そして一緒にバラを見る。
 1輪だけの青いバラ。
「ええ、もとの白も綺麗なの。だからもったいなくて、青いバラは1輪だけしか作れなかったの。人のきまぐれで、綺麗だったのに、変えられてしまうのはなんだか哀しいわ」
 自分に対して言って、そうして責めているような佳菜を、はとりは見る。
「ならば、どうして、青いバラを?」
 佳菜ははとりの目を見つめ、ふ、と優しく笑む。
「はとりが私を好きになってくれたから――。青いバラって『奇跡』とも言うの。私に奇跡が起きたから、1番近いところに飾ってみたかったのよ」
 ――こういう時、自分の身体を呪う――
 佳菜を抱き締めたい衝動は理性でかろうじて抑えられた。
 『奇跡』というなら、めぐりあいが人よりも少ない自分に佳菜という女性が現れたということ。自分の普通にはない能力を知ってなお理解してくれたこと。
 動物に変身したって構わない――その言葉が胸に暖かく甦る。
 もっと彼女を抱き締められたらいいのに。
 佳菜に逢えたのは、はとりにとっての『奇跡』だ。
 佳菜より重みが違うけれど、自分の想いが佳菜にとっての『奇跡』と言ってくれるなら、嬉しい。
「俺にも奇跡が起きた」
 佳菜が驚いたようにはとりを見る。抱き締める代わりに佳菜の額にコツンと自分のそれを当てて、佳菜に目線を合わせる。
「佳菜に逢えたこと」
 間近に見える佳菜の大きな目が驚きいっぱいに見開かれ、やがて、その大きな瞳から雫があふれ、頬を伝う。
「うれしいわ、はとり。そう言ってくれて……」
 佳菜は彼の言葉に胸がいっぱいになり、声がつまる。その意味の深さを知っているから。
 朝の光に青いバラの入っている花瓶が光を反射した。                
 END