長官の帝国中枢観察日誌 その一

moon1.gif - 1,499Bytesエミールとコンラートmoon1.gif - 1,499Bytes

Emil und Konrad

 

新帝国暦3年、7月28日。今日は皇帝(カイザー)ラインハルト陛下のお葬
式だ。
しばらく前から覚悟していたはずなのに、なんとも言えない重い気分だ。は
あ……。
気力を奮い立たせて、クローゼットの奥から礼服を引っ張り出し、似合わな
いのを覚悟で着込む。
とりあえず鏡でも見てみるか。
……。
やっぱり似合わない。はあ、ますます気が重い。
うあー、何やらいい天気だー。

「おはよう、長官。」
「あ、おはようございます、尚書閣下。」
式場に着くなり、工部尚書のグルックさんに会った。
「君のような人でも、そんなに暗い顔をすることがあるんだね…。」
「は、はあ…。」
グルックさんはいい人だから、意地悪で言っている訳ではない…はず、なの
で、私はあいまいにうなづいた。
周りには帝国政府の文官・武官が大勢並んでいる。どの顔も、今日の天気
とは裏腹に暗く沈んでいる。
おや、あのオレンジ色の髪した軍人はもしやビッテンフェルト提督??
以前、大本営の廊下で私を突き飛ばして爆走していった方とは思えない表
情だなあ。
ビッテンフェルト提督を目で追っていくと、帝国軍最高幹部の方々に目が行
った。
うわー、みんな死にそうな顔してる…って、あれ??なんでこんなところに子
供が?
群集から少し離れた壁際に、15,6歳の男の子がたたずんでいる。とび色
の髪に見覚えがあるような気が?
あー、思い出した!エミール君だ!!陛下の近侍のエミール君だ!
……かわいそうに、きっとよっぽど悲しいんだろうなあ……。
私は二年前の初夏、ラインハルト陛下とエミール君に初めて会った日のこと
を思い出していた。

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バーミリオン会戦終了後、いつものようにオーディンの科学技術省で、仕事
をほっぽって観測衛星から送られてくる映像を眺めていたら、突然悪友のシ
ルヴァーベルヒに呼び出された。
「なんですかあ?今忙しいんですけどー。」
「まあ、ついてくればわかるって。」
不満たらたらな口調で尋ねる私に、相変わらず髭も剃っていないシルヴァは、
意味深げな返答をした。
しかたなく彼のランドカーに乗って、もう一度尋ねてみた。
「教えてくださいよ、一体何事ですか?」
シルヴァは何やら意味ありげな笑いを浮かべて、とんでもないことを言った。
「実は今度、俺は工部尚書になるんだ。お前、俺の下で科学技術庁長官で
もやってみないか?」
…………。
「はあ?!」
ランドカーは、私の叫びに満たされた。

ランドカーが到着したのは、帝国宰相府だった。
どうやらシルヴァの言った事はいつものキツイ冗談ではないらしい。ああ、ど
うしよう…。
執務室の扉の前まで来て、ひげおやじが意地悪く問い掛けてきた。
「さあ、この中にはローエングラム公、いや、皇帝陛下がいらっしゃるんだ
ぞ?覚悟はいいか?」
答えるのが癪だったので、私は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
扉が、重々しい音をたてて開いた。

私は思わず息を呑んだ。
そして口を開いた。
目も見開いた。

「お、おいっ!!」
後ろからシルヴァにつつかれなかったら、私はいつまでもそんな間抜けな顔
をしていただろう。
私が慌てて敬礼すると、陛下(この時はまだ閣下だったけど)は苦笑しつつ
返礼してくださった。
(うわー、うわー、どーしよー、どーしよー!?)
私の思考回路はその二語しか表示しない。
「この論文を書いたのは、卿か?」
言って、陛下は分厚い書類をデスクの上に置いた。
それは確かに私が書いた博士論文、「銀河系外文明の可能性と他銀河居
住のポテンシャリティについての考察」だった。
「は、はいっ!!そうであります!!」
私は全身を硬直させて返事をした。
「なかなか興味深い研究だ。卿は実に豊かな探究心を持っているようだな。」
こんな論文に価値を見出してくれたのはシルヴァだけだったので、私は驚い
た。
「は、さ、さようでございますか??」
「確かに、今までの頭の固い科学技術省の連中には理解されなかったのだ
ろうな。だが、これからの科学技術庁には卿のような人材が必要なのだ。卿
の、そのあくなき探究心を私のために役立ててくれないか?」
陛下の言葉には、何人にも逆らえない不思議な力があった。
「わ、わたくしのような、役立たずでもよろしいので!?」
思わずおかしなことを口走ってしまった。
陛下は微笑してうなづき、一枚の紙切れを示した。
「これが辞令だ。詳しいことはシルヴァーベルヒに尋ねてくれ。それから…。」
陛下が視線を移すと、とび色の髪をした幼年学校の生徒らしき少年が、おず
おずと進み出た。
「エミールが、卿の話を聞きたがっているのだ。卿の研究について話してや
ってはくれぬか?」
「は、はい!!よろこんで!!」

それからエミール君は、目を輝かせて私の話を聞いてくれた。
我々にとっては広大なこの銀河系ですら、宇宙の大きさに比べれば砂粒同
然であること、他の銀河にも我々のような生物が存在しているかも知れない
ということ…。
エミール君は、こんなことを私に言った。
「じゃあ、ローエングラム公爵閣下が銀河系を統一なさったら、他の銀河も
統一しに行かれればいいんだね!」
それを聞いた私は思わず絶句した。そういう考え方も、確かにある。私はこ
う言った。
「確かに閣下にならできそうですねー。じゃあ私は、閣下が銀河を統一なさ
る前に他の銀河に行く方法を考えなきゃいけませんね!」
それを聞いたエミール君はこれ以上ないほどの笑顔を浮かべて、私の顔を
見た。
「じゃあ僕は立派な医者になって、閣下と一緒に他の銀河へ行けるね!」

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あの時語り合った夢も、永遠に叶わなくなってしまったのか…と思うと、エミ
ール君がかわいそうでたまらなくなってしまった。
「ちょっと失礼します、尚書閣下。」
グルックさんに挨拶して、私はエミール君の方へ歩き始めた。
(おぼえててくれるかな?)
という私の不安は、エミール君の数歩前で氷解した。「長官!」と言いつつ、
私の方へ歩いてきてくれたのだ。
エミール君の青い瞳が涙に潤んでいるのを見て、私はかけるべき言葉を
失ってしまった。
「えと、あの…。」
私が貧弱なボキャブラリーの中から、なんとか言葉をしぼり出そうとした、そ
の瞬間。
  ゴーン……ゴーン……
荘重な鐘の音が、国葬の開始を告げた。
「長官、席に戻った方がいいんじゃないですか?」
エミール君が感情を抑えた声で言った。
「そ、そうですよね。じゃあ、エミール君、またあとで…。」
私は仕方なく、何度も振り返りながら席へ戻った。
エミール君は、ずっと私の方を見ていた…。

国葬が終わって辺りを見回すと、もはやエミール君は見当たらなかった。

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「はうー。」
その夜、庁内のデスクで論文を書き散らしていたが、どうにも身が入らない。
「ふひー。」
何十回目か良くわからないため息をつくと、私は一つ伸びをして立ち上がっ
た。
書類を適当に片付けて、暗い廊下を通り抜け、外へ出る。
外の空気はひんやりしていて、なかなか心地よい。
私はここフェザーンで一番のお気に入りの場所、「星降りの丘」へ向かって
歩き出した。

庁を出て十五分ほどで目的地についた。
「…おや?」
いつもは人っ子一人見かけない丘の上に、一つの人影があった。
こんな時間にこんなところで、一体何してるんだ?
ひょっとして、泥棒とか殺人鬼とか露出狂とか???
いずれにしても、私のたった一つの安らぎの場所をそんな奴らに荒らされて
たまるもんか!!
私はポケットの中から携帯用小型ライト(なかなか強力で、まともに見ると目
を傷める)を取り出すと、怪しげな人影に向けてスイッチを押した。
「誰ですか?こんな所で何してるんですか?!」
怪しい奴は驚いたように飛び上がると、光を見て短く悲鳴を上げた。
…あれ?女の人か子供かな??…
「す、すみません、ここって立ち入り禁止なんですか?き、気づかなくって、ご
めんなさい!!」
なんだか悪い人じゃなさそうだし、えらく狼狽してるし……。
ひょっとして私、悪いことしたかな?
「あ、ごめんなさい。いや、てっきり泥棒か何かかと思っちゃいまして。目、大
丈夫ですか?」
そういって私はその少年(?)の方へ歩み寄った。
年のころは16,7、黄金色の髪をしたまだあどけなさの残る顔立ちの少年
だった。
「はい、なんとか。」
まだ目が痛むのだろう、眉をしかめて少年は言った。
「本当にごめんなさい。でも、こんなところでなにしてるんですか?ひょっとし
て、…家出とか?」
私が問い掛けると、少年はうつむきかげんにこう答えた。
「星を、見ていたんです。」

少年の名は、コンラート・フォン・モーデルといった。
なんでも、ラインハルト陛下の姉君、グリューネワルト大公妃殿下の近侍だ
とか。
にわかには信じ難いが、真剣で、そして悲しげな少年の瞳に嘘はなさそう
だった。
陛下の国葬の後、ずっと落ち込んでいらっしゃる大公妃殿下(少年は「アン
ネローゼ様」と言った)をお慰めようとして失敗し、「一人にしておいて」と言
われてさらに落ち込んでしまったらしい。
そこで、オーディンに住んでいたころから好きだった星を見に、こんなところ
まで一人で歩いて来てしまったらしい。
「でも、フロイデンの山荘にいた頃見た星とは、全然違うんだ…。」
コンラート君は目にうっすらと涙を浮かべて、そう言った。
「そうだったんだ…。」
少年の隣に腰掛けた私は、そうとしか答えられなかった。

「長官?」
そこへ、後ろから意外な人物の声がした。
振り向くと、息を切らせてたたずむエミール君がいた。
「エミール君?!どうしてここへ?」
エミール君は笑顔で言った。
「科学技術庁の警備員さんに聞いたら、多分ここだって教えてくれたんだ。
あの後、長官に会えなくて残念…」
そこで初めて、エミール君はコンラート君に気づいたらしい。
「あ、エミール君、紹介しましょう。こちらはコンラート・フォン・モーデル君。
コンラート君、こちらはエミール・フォン・ゼッレ君です。」
二人は同時に、ややぎこちなく「はじめまして」と言った。
エミール君に私の隣に座るように勧めてから、私は話した。
「エミール君はカイザーラインハルト陛下の近侍だったんですよ、コンラート
君。そして、コンラート君はグリューネワルト大公妃殿下の近侍だそうです
よ。」
二人は驚いて相手の顔を見た。
聞くところによると、カイザーご姉弟はカイザーの結婚式まで約三年半も顔
を合わせなかったらしい。なら当然、この二人にも面識はないわけだ。
しばらく、沈黙が三人を包んだ。

「ねえ、長官…。」
その沈黙を破ったのはコンラート君だった。
「なんですか?」
「長官は、なんでここに来たの?」
あれ?言ってなかったっけ?
「それと、長官はなんの長官なの?」
あ、あれれ??それも話してないっけ??
ひょっとして…
「ひょっとして、私コンラート君に自己紹介してませんでしたっけ?」
コンラート君はうなずいた。かすかに苦笑して。エミール君は明らかに笑い
をこらえている。
「あ、あはははは、やっちゃいましたね。私は科学技術庁の長官です。ここ
に来た理由は、コンラート君と全く同じですよ。」
「おんなじ…?」
エミール君が聞き返した。
「ええ。星を見に来たんです。私も、一応人間ですから、淋しい時やつらい
時があるんです。そんなとき、よくこの丘に来てぼけーっと星を眺めている
んですよ。」
「そうだったんだ…。長官みたいに観測衛星や宇宙望遠鏡で星を見るのが
仕事みたいな人でも、こうやって自分の目で星をながめたくなるんだ…。」
コンラート君が意外そうに言った。
「お、なかなか詳しいですね、コンラート君。確かに、観測衛星などで見る星
もいいですけど、私はこうやってきらきらまたたいている星を見るほうが好き
なんですよ。」
「……陛下も、星をご覧になるのがお好きだった……」
エミール君が、殆どつぶやくようにそう言った。
「ブリュンヒルトの艦橋で、指揮シートを倒して、身じろぎもせずに。僕がお
側にコーヒーを置いても、全然気付かずに。その時の陛下の顔、本当にお
幸せそうだった…。」
エミール君はそこで言葉を切ると、ふいに涙をこらえる表情になった。
「ご病気がひどくなられてからも、毎晩のようにただじっと眺めていらっしゃっ
たんだ。僕は思い切って一度だけ、陛下にお尋ねしてみた。何故、いつも星
をご覧になっているのですか、って。すると陛下はひどく困ったような顔をな
さって、しばらく考え込んでから、こう言われた。何故だか幸福な気分になる
からだ、って。」
エミール君は、堰を切ったように話しつづけた。
「それからまた熱が上がってしまって、陛下はひどく苦しまれた。僕は、僕
は……、お助けすることが出来なかった。苦しんでいらっしゃる陛下に、何
もして差し上げることが出来なかった。陛下の主治医になるってお約束した
のに。僕のことを可愛がってくれた陛下に、何かご恩返ししたかったのに。
僕は、僕は何もできない役立たずだ…!!」
そう言ってエミール君は、ぽろぽろと涙を流した。
「僕も、なにもして差し上げれなかった…。あんなに、僕が守って差し上げま
すって約束したのに。」
そう言ったのはコンラート君だ。
「そして僕は、何も知らなかった。フロイデンの山荘で夜空を見上げてらっ
しゃったアンネローゼ様のお気持ち。ただ無邪気に、星座の名前を尋ねた
り、流れ星を探したり…。アンネローゼ様が本当は何を見ていらっしゃった
のか、全然知らなかった。」
コンラート君は遠くをみつめた。エミール君は泣き止んで、じっと話を聞いて
いる。
「それがわかったのは、ラインハルト陛下が亡くなられてからだ。それまで僕
は、皇帝陛下に対してあんまりいい印象はなかった。アンネローゼ様を守る
のは僕だ、と思ってた。でも、陛下が亡くなられて、殆ど精神的に死んでし
まっているようなアンネローゼ様を見て、誰がアンネローゼ様を本当に守っ
ていたのかわかったんだ。陛下が生きていらっしゃるということ、それこそが
アンネローゼ様を支えていたんだ、って。」
コンラート君も、やや涙声になってきた。
「僕は、アンネローゼ様にとって、一体何のお役に立っていたんだろ…。そし
てこれから、何のお役に立てるんだろ…。」

「この丘の名前、知ってますか?」
唐突に、私は話し始めた。二人の不思議そうな顔を交互に見て、微笑んで
から再び話し始める。
「<星降りの丘>っていうんですよ。もっとも、その名づけ親は私だし、それ
を知っているのはこの世には私しかいませんけどね。」
二人は笑いかけたが、ふと気付いたように目を見合わせた。
「この世には?」
言葉にして問いかけたのはコンラート君だ。
「ええ、この世には。私の昔の親友と、ここで大流星雨を観察したときにつ
けた名ですから。お二人ともその時はこの惑星にいらっしゃらなかったから、
ご存知ないのも無理ありませんね。それはもう、すばらしかったですよ。」
コンラート君の無念そうな表情を見ながら、私は言った。
「お酒を酌み交わして、料理をつまみながら夜明けまで語り合いました。自
分たちの夢や、この国の未来について。そこで私は友人に誓ったものです、
絶対にアンドロメダまで行ってやる、って。」
「アンドロメダって、M31のこと?」
「ほほー、詳しいですねコンラート君。その通りです。私たちが今いる銀河系
の外にある、別の銀河。エミール君にはじめて会った時にも言いましたよね、
確か。」
「…うん。」
エミール君はこっくりとうなづいた。
「別に今のまま、銀河系の中だけでも十分に生活できますけど、やっぱり夢
は大きい方がいいじゃないですか。それに、エミール君にも約束しましたよ
ね、他の銀河へ行く方法を見つけるって。」
エミール君は再びうなずいた。
「私は陛下が銀河系を統一なさる前に、なんとかしてその方法を見つけよう
としていました。その友人も、本当によく協力してくれました。でも、友人は突
然、この世からいなくなってしまいました。」
二人は真剣な顔で、私の話を聞いてくれている。
「お二人を見ていると、その時の私自身を思い出しますよ。自分の無力さに
腹が立ってしかたがない。私もこの丘でただ星を眺めていました。でも私に
は、友人との約束があるわけですから、それをほったらかしにして、こんなと
ころでうじうじしているのはいけないな、と思ったんです。」
「約束…。」
そうつぶやいたのはコンラート君。
その声に反応して、こっくりうなずいたのはエミール君。
「さあ、そろそろ帰りましょう。せっかくですから、お二人ともお送りしますよ。」
そう言って立ち上がったのは私。

あなたは約束を果たさずに逝ってしまいましたね、シルヴァ。                             
そう思ったのも、私。

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